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【#4】関係性ミリオンアンサー

「わーい! たーのしー!」
 ノートパソコンの前で(真っ白な肌に血管の浮いた)両手を挙げて叫ぶロメ子。
 その後ろでカバンを肩にかけながら、西田井が言う。
「ロメ子さん。それ何回観るんですか」
 人差し指を立てて不敵に笑うロメ子。クマがかなり濃いが、それはいつも通りである。
「ふふふ。ジャパリパス1540円(一ヶ月有効/税抜き)を手に入れたわたしにもはや死角なし。何度でもパークを周回してやる心づもりなのです。特に1話に張られた最終話への伏線は――」
「じゃあいってきます」
 話の途中で、西田井がドアを開けて出て行った。
「――たつき監督ありがとう、って、あれえ!?」
 若干遅れてロメ子が西田井の不在に気付く。ちょっとふくれっ面をした後、パソコンの画面に注意を戻した。
 そんな彼女の頭上で、二人の様子をリカが天井につかまったまま見つめていた。



第四話【関係性ミリオンアンサー】



 お昼。
「ふう。だいぶ観たとね」
 謎の達成感に満ちた笑みでロメ子が一息吐き、おでこをぬぐった。
『ねえねえお姉ちゃん』
 突然、何かに背中を突かれた。
「えひゃ!」
 身体が跳ね、変な声が出てしまう。
 振り返るとリカが居た。
『ちょっと聞きたいことがあるんだけど……』
 もじもじと長い舌を振るリカ。よだれが飛ぶ。
 ちなみにこの言語は丁ウイルスに感染した者にしか分からない。
 また雑巾を用意しなきゃ、と思いながらロメ子が小首を傾げる。
「なあに?」
 一拍置いた後、リカがロメ子との距離を詰めた。
『お姉ちゃんってさ、西田井さんが好きなの?』
 ロメ子は全身が硬直し、さながら本物の死体のようになった。


 加尾長技術科学大学内、学生食堂。
「油そばばっかり食ってて飽きない? 板ちゃん」
 そういう自分も油そばをすすりながら、西田井が板石に聞いた。
「いや飽きないぞ。あ、お酢とって」
「はいよ」
「サンキュー」
 板石がお酢を油そばのどんぶりに垂らす。
「こうやって味を変えれば飽きない」
「……いや、別のメニュー頼めばいいじゃん」
 ずるずる、とお互いに麺を一口すすって、咀嚼する。
 お酢でむせたのか、板石がちょっとむせた。水をひとくち。
 コップを置く。
「そういえばさ、西田井」
「なに?」
 西田井もコップの水を飲みながら答える。
「お前ってロメ子さんが好きなの?」
 コップを傾けた姿勢のまま、西田井が静止した。


「ぜ、ぜぜぜ全然ぜんぜんそんなことなかとよ!? ゲホッゲホッ」
 ロメ子が赤い(?)顔で、両手をぶんぶん顔の前で振って見せる。そしてむせる。
『えーその反応、お姉ちゃん怪しいー』
 片手の爪を口の前にやって、クスクス笑うリカ。


「い、いやいやいやいやそんなことないよ!? ゲホゲホ」
 西田井が赤い顔をして、両手をぶんぶん顔の前で振って見せる。そしてむせる。
「えーその反応、怪しいぞお前」
 片手で口を押さえながら、くつくつ笑う板石。


『実はね、ちょっと心配だったんだ』
 長い舌を揺らしながら、リカが言う。よだれが床に飛ぶ。
『わたしがここに居ると、二人がイチャイチャできないんじゃないかなーって』
 少し過呼吸がおさまったロメ子が、ごほんとひとつ咳をした。
「ち、違うのよリカちゃん。わたしはただの居候で、西田井さんは良い人だからわたしを置いておいてくださってるだけで、別にそういう関係ではないの」
『えー? お姉ちゃん顔赤いよ? それに良い人だったら好きになるのも自然だと思うなー』
 ロメ子がリカの肩(筋肉が露出している)を軽く小突く。
「もう。やめてよリカちゃんったら」


「いや実はな、ちょっと心配だったんだよ」
 追加のお酢を垂らしながら、板石が言う。
「二人の関係が進展したみたいな話を全然聞かないし、お前EDなんじゃないかってな」
 少し過呼吸が収まった西田井が、ごほんとひとつ咳をした。
「ち、違うんだよ板ちゃん。ロメ子さんはただの居候で、俺は良い人だからロメ子さんを置いておいてあげてるだけで……」
 そこでちょっと顔をしかめる西田井。なんだか未知の力を感じる。
「まあとにかく、そういう関係ではないんだ全然」
「顔赤いぞ? それにロメ子さん可愛いじゃん。好きになるのも自然だと思うけどな」
 西田井が板石の肩を軽く小突く。
「やめてよ板ちゃん」


 夕方。
「ただいまー」
 西田井が帰宅した。ドアを開けたとたん、ロメ子と目が合う。
「た、ただいま」
「お、お帰りなさい」
 ぎこちない会話を交わす二人。最近はあまり無かった、気まずい沈黙が漂う。
 西田井はギクシャクと歩き、机の上にカバンを置いた。その間ずっと、ロメ子が座布団を抱えたまま西田井を注視し、一定の距離を保っている。おびえた子犬かなにかのようだ。
「……えーと、どうでした? けもフレ」
「え?」
 ロメ子が座布団を置いた。
「さ、最高でしたよ? た、たーのしー」
「それは良かった」
「ええ」
「うん」
 再び沈黙。顔を見合わせたまま、硬直する。
 二人同時にはっと気がつき、声を上げた。
「「夕飯にしますか!」」
 いそいそと用意を始める二人。リカが天井から見守っている。
 準備をしながら、西田井の脳裏にはある言葉がリピートしていた。
 お昼の会話のとき、板石に言われた言葉。


「じゃあさ、俺がロメ子さんに告っても良いってことだよな」


(結局あれは冗談だったけど……)
 西田井は胸元の服をぎゅっと掴んだ。

【#3】フレンド

 桑潟県(くわがたけん)、加尾長市(かおながし)。
 西田井家。
 優しくおだやかなゾンビであるロメ子だが、今日は珍しいことに激怒していた。
「二年ですよ!? 二年!!」
 ピースサインを出しながら、普通の青年、西田井へ覆いかぶさるようにして叫ぶ。西田井の視点からすると喰われそうで怖い。
「あのタイミングで二年半ほっぽらかしってどういうことですか! あれじゃ『主人公が捕まって終わり』みたいな、あんまりなオチかと思われるじゃないですか!」
 両手を上げた西田井が、おっかなびっくり言った。
「あの、二日だと思うんですけども。あとオチって……?」
 何か言いかえそうとしたロメ子だが、ふいに口を閉じる。
 怪訝な顔になって言った。
「二日?」
「二日です」
 ロメ子は死んだ魚の目をぱちぱちさせて何かを考えた。ちょっとカレンダーを盗み見る。
 しかしすぐに気を取り直して、再び西田井に詰め寄った。
「と、とにかく! 通報するなんてひどいじゃないですか! しかも二日も迎えに来てくれないなんて」
「ですから、あれがロメ子さんだとわからなかったんですって。いろいろ探してて」
「言い訳無用ですっ!」
 ぷい、とロメ子はあさっての方向を向いてしまった。
 部屋は静まりかえり、ずっしりと気まずい空気が西田井にのしかかる。
「あの……」
「ふんっ」
 話しかけようとしたが、ロメ子は取り付くしまも無い。
 なすすべもなく、ただ立ち尽くす西田井。
 ぐぐう~。
 沈黙を破ったのは誰かの腹の虫であった。
 一瞬だけ腹をおさえたロメ子だが、はっと気付いて元のポーズに戻った。
 西田井は冷蔵庫に向かう。中から生肉のパックを取ってロメ子に差し出した。
「ロメ子さん、これを」
 しかしロメ子は目もくれない。やはり駄目か。
 いや、そわそわしている。
 意志の力をふりしぼって見ないようにしているのだ。
「特上サーロイン。買ってきました」
 瞬間、ロメ子の顔はステーキ肉に向いていた。


「あ。みぇーるひへる!」
「ロメ子さんほおばりすぎです」
 生のステーキ肉をリスのように口へつめこみながら、ロメ子は携帯をいじっている。いつもなら食事のマナーを注意する西田井だが、今回は大目に見ることにしていた。
 どうやらメールが来ているらしい。
「明日お友達呼んでもいいですか?」
 肉を食べ終えたロメ子が言った。もうすっかり笑顔だ。
 胸をなでおろす西田井。肉は高かったけど、ご機嫌が直って本当に良かった。
「って、お友達!?」
 ロメ子がうれしそうにうなずく。
「そうなんですよ。出稼ぎのわたしが心配でよくメールくれてたんですけど、こっちがどんな風なのか気になっちゃって、思い切って村を出て来たいんですって」
 しかし西田井は及び腰である。
「え、じゃあ、ゾンビ……?」
 小首をかしげて考えるロメ子。
「そうですねえ。そう言えるかも。同じ村の出身なので」
(ふーむ)
 西田井は目の前の少女を観察してみた。
 真っ白な顔、青い血管、灰色の瞳に真っ黒なクマ。
 最初はその風体におどろいたものの、今ではすっかりなじんでいる。ここにもうひとりゾンビが増えたところで迷惑になることもないだろう。ロメ子さんだって人畜無害だし。
「あ、泊まる場所は自分で探すそうなので」
 手をひらひら振りながらロメ子が言った。
 心配なのはそこでは無いとはいえ、西田井はうなずく。
「わかりました」
「やった! リカちゃんにメールしときます!」
(リカちゃんか)
 西田井は考えた。
 もしかしたら可愛い娘かもしれないぞ。
 ロメ子さんも特殊メイクを施したら美人なんだし、類は友を呼ぶかも。
 そう考えて、西田井はちょっとニヤケてしまった。



第三話【フレンド】



 翌日。
「たっだいまーっと♪」
 ご機嫌で帰宅した西田井は、部屋に誰か来ていないかさっそく見回した。
 だが誰もいない。押し入れを見てみたが、ロメ子もいないらしい。
「迎えに行ったのかな」
 ひとりごとを言い、頭をかく。
 部屋の換気をするため窓を開けた。外から夕方の匂いが漂ってくる。遠くの山でカラスが鳴いている。
「じゃあ顔でも洗って……」
 振り返り、ふと動きを止めた。
 部屋の真ん中に、なぜか水たまりがある。
 透明な液体がねばつく動きで畳の上を広がっていく。
 こんなもの、部屋に入るときは絶対に無かったはずだが……。
 ぽちょん。
 水たまりに何かが落ちてきて、そのまま馴染んだ。
 ごり。こりっ。
 頭上からかすかに、木を固い物でひっかくような音がした。
 西田井の背筋が凍りつく。
 先ほどまで気付かなかった、何者かのあえぐような息づかいが聞こえてくる。
 見たくない。
 だが仕方なく、ゆっくりゆっくりと頭上を見た。
 天井に化け物がくっついていた。
 大まかに人間の形だが、頭部は脳ミソが剥きだしであり、目は無い。身体中で筋肉が露出してしまっている。両手は骨からデタラメにツメを生やしまくったようで、原型を留めていない。
「キシャアアアア!」
 開いたキバだらけの口から、長い長い舌を出して吠える。舌からよだれが垂れた。
「ひぎゃああああああ!?」
 西田井は久しぶりに腰を抜かし、畳におもいきり頭をぶちあてた。
「どうしました!?」
 ロメ子が悲鳴を聞きつけ、大急ぎで部屋に入ってきた。
「ば、ばっ、ばばば化け物ののの」
 ロメ子の足下にすがりつく西田井。
 驚くあまり、言葉がまとまらない。
「あー、リカちゃんこっちに居たのー!」
 嬉しそうに化け物に向けて両手を振るロメ子。
「たすたす助け……え?」
 西田井の脳内がうまく整理されるまで、若干の時間を要した。


「こちら、リカちゃんです」
「シャアアア」
 ロメ子の隣に(犬のようなポーズで)座るリカちゃんが、長い舌を振り回してあいさつした。先端からよだれが畳に飛ぶ。
(それリカちゃう! リッカーや!!)
 思わず口から出かかった言葉をなんとかして飲み込む西田井。
「は、初めまして」
 納得はしていないものの、いちおう礼儀として頭を下げる。
「キュイークワッ」
 リカちゃんも深々と頭を下げた。
 西田井が頭を上げかけた所で、ツメだらけの馬鹿でかい両手が目の前に飛んできた。
「うわあっ!」
 思わず後ろにふっとんで、ファイティングポーズを取る西田井。
 が。
「クルルルル……」
 がっくり肩を落とすリカちゃんの両手の間には、なにやら菓子箱が不器用にはさまっている。
(あ、お土産渡そうとしただけ?)
「ちょっと西田井さん! なんで下がるんですか!」
 ロメ子もご立腹である。
 西田井は元の位置に座り直し、深々と頭を下げた。
「どうもすみません。ツメにびっくりしてしまって」
「キシュー」
 ロメ子がリカちゃんの通訳に入る。
「『気にしないでください、よくあることですから』だそうです」
 やっぱそうなんだ、と失礼を自覚しながら西田井は思った。
 仕切り直し、改めてお土産を受け取る。
「ご丁寧にどうもありがとうございます」
「クワウッ」
(なんだ、意外と礼儀正しくていい娘(?)じゃないか)
「えーと、ここまでどうやって来られたんですか? リカさんは」
「シュー」
 舌を恥ずかしげに(?)ぶんぶん振るリカちゃん。よだれが飛ぶ。
「『リカちゃんで結構です』って」
「あ、はい」
 すると突然、リカちゃんがどこからか使い古された折りたたみ式の携帯電話を取りだし、畳の上に置いた。
 ぱかっと開くと、ボタンを早打ちし始める。
 ピポポポポポピ、ピポポポ、ピポポポポポポピ!
 舌で。
(やっぱり舌の方が器用なのか……)
 目元がひきつる西田井。
 打ち終わると、携帯の画面をこちらに向けられた。
〈貨物船の船倉に乗ってきました!(恥ずかしい顔の絵文字)
 ちょっと普通の船には乗れないので(汗の絵文字)
 でも、慣れれば意外と快適なんですよ(ハートの絵文字)(笑っている顔の絵文字)〉
(なんでもない感じで言ってるけど可哀想だー!)
 西田井は思わず目頭を押さえていた。
「……ゆっくりしていってくださいね」
「キュワアアッ!」
「『ありがとうございます!』だそうです」
「いえいえ」
 しかし、そこで西田井の脳裏にある疑問がかすめた。
 どうやってリカちゃんは物を見ているのだろう?

【#2】プリティ・ガール

 夜の西田井家。
『ううー、あー』
『キャアアアアア』
 カーテンまで閉め切った暗い部屋の中で、ただブラウン管のみが陰気な光を放っている。
 画面内のモノクロの世界では、真っ白な顔のゾンビが人間にかぶりついていた。断末魔の悲鳴が墓地にこだまする。
 そんな光景を無言で見つめる少年と少女。惨劇にすっかり心を奪われているようだ。
 古いゾンビ映画はいよいよクライマックスにさしかかり、朽ちたようにボロボロの服を着たゾンビが集団で、哀れな人間に襲いかかっている。
「うわわわ」
 おののくように少年が言った。少女は答えず、食い入るように画面を見続ける。
 やがて映画は終わった。
 スタッフロールが流れ始め、ようやく息をつく少年。
「いやー、これ案外怖かったですねー」
 隣の少女に話しかける。
 くるり、と少女が少年の方を向いた瞬間、少年は息を呑んだ。
 真っ白な顔――浮いた血管――ボロボロの服。
「ぞ、ぞ、ぞ」
 少年の顔にじわじわ驚きが広がっていき、ついに叫んだ。
「ゾンビだあー!」



第二話【プリティ・ガール】



「いやいやいや」
 少女が手の平をひらひらさせて言った。
「それを今さら言われても」
 少年が頭に手をやりながら言う。
「すみません、蛆沸ロメ子(うじわき ろめこ)さん」
「えっ、フルネーム?」
 怪訝な顔になるロメ子。
 なぜかそこで少年はテレビの前を離れ、何も無い壁に向いて立った。
「こちらの蛆沸ロメ子さん、一見死体のようですがゾンビではありません。故郷の村を突然襲ったバイオハザードによって、体質と見た目が変わってしまったのです」
 壁を見ながら話し始める。
「え、どうしました?」
 戸惑い、遠くから声をかけるロメ子。
 しかし少年は答えず、大きく息を吸って一気にまくしたてる。
「彼女は出稼ぎのために村を出ました。しかしどこにも雇ってもらえず、行き倒れ寸前になってしまいました。そこで僕、西田井庄二(にしたい しょうじ)の部屋へ勝手に上がり込み、同居を始めたのです」
「あのー、壁の向こうにどなたか居らっしゃるんですか?」
 おそるおそる西田井越しに壁を見てみるロメ子。しかし、ただの壁だ。部屋を構成する四枚目の壁、言いかえれば第四の壁である。
 手など振ってみるが、特に反応があるわけもない。
「ロメ子さんと僕は同居して早一ヶ月が経とうとしています」
 相変わらず誰かに向けての説明を続ける西田井。
「え、あの、さっきから誰に話してるんですか?」
 混乱したロメ子が西田井の肩をたたき始めた。
「ゾンビとの生活に始めは戸惑っていた僕ですが、最近は色々慣れてきました。いやまったく、慣れというのは偉大……」
「ちょ、どうしちゃったんですか! 誰に話してるんですかあ!」
 ロメ子が西田井の肩を掴んで揺さぶる。
「そういえば」
 急に西田井が振り返った。びっくりするロメ子。
 対照的に西田井は静かに声をかける。
「あれってなんだったんですか? 凍死しかけたとき、バッグに入ってたもの」
「え?」
 数秒思考した後、ロメ子は何かに思い至った。
「ああ、〈変装キット〉!!」
「もしかして忘れてました? なんか重要っぽい感じだったのに」
 完全に忘れていたので、ロメ子は相手の視線を避けた。
 西田井は壁に向けて肩をすくめて見せると、本編に戻った。


 こたつを挟んで座る二人。
 天板には木の箱が乗っている。ふたには大きく開いた傘のイラスト。
〈傘社〉のシンボルマークだ。ロメ子の村にバイオハザードをもたらした企業である。
「いやー、これ使うのも久しぶりだなあ。覚えてるかな」
 ロメ子が慣れた手つきで箱の掛け金を外し、ふたを開く。
 中には大きなプラスチックのボトルが横たわり、脇には小物が詰め込まれている。絵の具と筆、コンタクトレンズと保存液らしきもの。
 ロメ子は手早くそれらを取り出し、こたつの上に並べた。
「なんですかこりゃ」
 用途が皆目わからない、と思う西田井。
「化粧道具です。えーとまず、これを肌に塗ってと」
 ロメ子がボトルを手に取って振った。西田井がそれを眺めながら聞いてみる。
「化粧水ですか?」
「いえ、ASです」
「ん?」
 眉根を寄せる西田井。ロメ子が怪訝な顔になった。
「あれ知りません? 常識ですよ」
「そう、ですか」
 西田井は少し脳内を検索してみるが、やはり聞いたことが無い。
 もしかすると現代の化粧では必須の何かなのだろうか。
 ロメ子はボトルのふたを開け、手の平ににゅるりと白色の液体を垂らした。
 両手をこすり合わせて伸ばし、顔に塗っていく。
「ちょっと待ってと」
 待っている間に、西田井はASとやらのボトルを手にとってみた。
「あの、ロメ子さん」
「はい」
「『人工皮膚』って書いてありますけど」
「そうですよ?」
 またもやロメ子が怪訝な顔になったので、西田井は黙ってボトルを置いた。
 指で触って乾き具合を確かめるロメ子。いまひとつのようだ。
「じゃあ西田井さん、外に出てください」
「え、なぜ」
「じっくり見られるとやっぱり恥ずかしいんです! さあ早く!」


 そんなわけで、西田井はドアの前で待っていた。
 と、ポケットの携帯電話が振動する。
 友人の板石からだ。画面を指でなぞって電話に出る。
「もしもし」
『あ、西田井? お前変なオッサンに会わなかった?』
 ちょっと考えて、記憶を探ってみる。
「……会ってないけど?」
『そうか。いや、さっきロメ子さんの事を聞かれたからな』
 西田井は黙り込んだ。先ほど見た、傘のマークが鮮明に蘇る。
 呼吸を落ち着けてから板石に尋ねる。
「何を聞かれたの?」
『ロメ子さんの写真を見せてきて、[家出した娘を探してます]って言ってたな。ロメ子さんって家出してるの? 話違くない?』
 間違いない。西田井は呼吸を落ち着ける事に努めた。
 ついに、〈傘社〉が動き出したらしい。
「俺の家教えちゃった?」
「いや。なんか向こうに電話が来て、それで俺のこと忘れたみたいでどっか行っちゃった」
「どんな人?」
『それが上下真っ黒なスーツでさ、最初葬式の帰りなのかと思ったよ。サングラスと帽子も黒くてな、ガタイもいいし、威圧感があったな』
「そう。わかった」
「なあ、結局ロメ子さんって……」
 通話を切る。
 気づけば、携帯のボディが悲鳴を上げていた。
 あわてて手の力を弱める。
〈傘社〉の魔の手は、エージェントはすぐ近くまで来ている。
 どうしよう? どうすれば、ロメ子さんを守れるだろう?


 こつこつ!
 ドアが突然ノックされて、西田井は飛び上がるほど驚いた。
「どうぞー。終わりましたー」
 くぐもったロメ子の声。
「あ、はい」
 そういえば何かを待っていたような気がするが。なんだったっけ。
 傘社のエージェントについて考えを巡らしながら、ドアを開ける。
 ロメ子が居なくなっていた。
 代わりに、全く別の少女が居る。まるで一輪のユリの花が咲いているかのように。
「えっと、こんな感じなんです、けど」
 白いワンピースをふわりと広げながら少女が回転して見せると、柔らかな黒髪が半歩遅れて付き従う。
「ど、どうですかね? 破れてないのこれしか無くて、夏服なんですけど」
 照れ笑いを浮かべる少女。
 西田井は言葉を失っていた。
 この少女――ロメ子の代わりに現れた、可憐で健全な少女に見とれていた。
 しかし、すぐに廊下に出てドアを閉める。
「え、え? 西田井さん? ちょ、え!?」
 ドアを身体でしっかり押さえつけながら、携帯電話を取り出した。


 警察はすぐに来てくれたので、西田井は安堵した。
 あの少女は誰なんだろう。ロメ子さんはどこへ行ったのか。
 謎は深まるばかりだった。

【#1】ザ・アパート・オブ・ザ・デッド

 桑潟県(くわがたけん)、加尾長市(かおながし)。
 その山沿いの端っこに、とある木造家屋がある。
 二階建ての一軒家。近所にある大学に通う学生専用の下宿だ。


 深夜。
 近くに電灯はあまり無く、月の光だけが男を照らしている。
(ここは仕事がしやすい)
 と、男は思った。
 田んぼの間の道を抜け、木造家屋になにげなく、躊躇無く近付く。
 誰も彼を見る者は居ない。
「知苑荘(ちえんそう)」と表札のかかった玄関の引き戸を開く。当然のごとく鍵が開いているのだが、この周辺では特に珍しい事でもない。
 目的の部屋は二階だった。足音を消して階段を上る。
 下見に来た段階で、一番不用心だった部屋を目指す。
 男は連続窃盗犯であった。



第一話【ザ・アパート・オブ・ザ・デッド】



 ドアノブをひねると、鍵が開いているのがわかった。
 ピッキング用具をしまう。
(楽勝だな)
 男は暗がりで笑みを浮かべた。古くさいディスクシリンダー錠で、解錠に三十秒もかからなかった。やはり、ここらのセキュリティは甘すぎる。
 ドアをゆっくりと開いて、中をのぞき見る。
 窓から月明かりが差し込み、辛うじて内部の様子が分かる。
 下見に来たときは二人居たように見えたが、今は誰も居ない。
(お友達とお出かけかな)
 なるべく音が鳴らないようにゆっくりと、暗い部屋の中を歩く。
 狭い部屋だ。布団を一枚敷くだけで床がほとんど隠れてしまうだろう。
 六畳一間で、置いてあるのは必要最低限の家具だけ。テレビやたんす、勉強机、本棚、冷蔵庫、こたつになるテーブルなどだ。
 通帳は……あった。机の一番上の引き出しに放り込んである。印鑑も一緒だ。
(へへ、不用心すぎるぜ? 坊ちゃんよ)
 預金残高を見た。四万円弱。
 まあ、この部屋の様子ではこんなものだろう。
(さて、さっさと退散……)
 ゴトッ!
 背筋が硬直する男。声が出そうになるが、反射的に抑える。
 音がしたのは、背後の押し入れかららしい。
 そっと振り返って見る。だが何も無い。誰も居ない。
(気のせいか?)
 ふすまから目を離す――。
 ガタゴトッ!
「う」
 また音。
 今度は少し声が漏れてしまった。
(いや、気のせいじゃねえ)
 ということは、ふすまの中に何かが居る、のか。
 ペットを飼っているとか? 押し入れの中に?
(確かめておくか)
 男は、いちおう押し入れの中を見ておくことにした。まさか人間は居るまい。
 通帳を元の位置に戻し、押し入れにゆっくりと近付く。
 ふすまに手をかけ、開く。
 死体と目が合った。


「うわあっ!?」
 目を見開いた黒髪の女だった。死んだ魚みたいに濁った両目と、真っ白な皮膚。破けてボロボロのセーラー服らしいものを着ている。
 後ろにのけぞったとたんに、転がっていたペットボトルを踏んづけて転んでしまった。
(こ、腰が抜けた)
 両腕を使って、なんとか下がっていく。
「なんでだよ、な、なんで、し、死体なんか」
 まさか、この部屋の主が女を殺して……しまっておいたのか?
 何も考えて無さそうな若者だったが、とんでもない殺人鬼だったらしい。えらい所に入ってしまった。
 ドアは幸いすぐ近くにある。このまま出て行って、逃げれば……。
「う、う、う、う、う」
 ふすまの奥から、うめき声が聞こえた。
 同時に、何かが内部でうごめく音。
 馬鹿な。あり得ない。そんな。
「ううううう」
 男はもはや動く事も出来なくなっていた。
 ずるり。
 女の死体が勝手に、開いたふすまから伸び出てきた。
 頭から床に落ちる。
 そのまま、さながらハ虫類のように、両手両足を使って這いずってくる。
 畳の上を、男に向かって。
 べた。べった。べたっ。
「ううう、うううあああ」
 すぐ近くまで来た。やはり死んでいるように見える。しかし動いている。
「にいいいいいくううううううう」
 死体が男に覆い被さってきた。
「ひっ」
 両肩を掴まれた。尋常ならざる握力が、男に悲鳴を上げさせる。
「にいいくう、にいくう、にく、にく、肉!」
 眼前の死体が口を開けるたびに、生臭い吐息が鼻を刺す。
 濁りきった両目は開いたまま、瞬きすらしない。
「肉! 肉! 肉!!」
 口許から赤い液体が垂れて、顔の横に落ちた――。
 ふいに男の全身に力が蘇り、死体を振り落とした。
 立ち上がって駆け出し、飛ぶように廊下を抜け、落ちるように階段を下り、下宿を後にする。
 追っ手は無かった。
 
 
「ただいまー」
 部屋の主が帰宅した。
 スイッチを引っ張って電気を点ける。
 死体が畳の上でひっくり返っていた。
「ちょっと、ロメ子さん!」
 若者が呼びかける。死体が、はっ、と気がついた様子で、もぞもぞ動くのを止めた。
 ゆっくり起き上がる。
「あれえ、西田井さん? おはようございますー」
「いや、まだ夜です。なんで畳の上で寝てるんですか」
「ん? あれ?」
 ロメ子は初めて状況に気づいたらしく、きょろきょろと辺りを見回す。
「確かお腹が空いたから、西田井さんにお肉をせがんでいたような」
「僕はいま帰ったところです」
 コンビニの袋を掲げて見せる。驚いた顔になるロメ子。
「そう、ですか? じゃあ夢かも……」
「ああもう、ドリップが口に付いてますよ」
 ウエットティッシュを取り、西田井がロメ子の口を強制的に拭く。
「むぐむぐ」
 ゴミ箱にティッシュを捨てて、押し入れの中から空の肉用トレイを回収した。
 流し台に行き、トレイを水洗いしてからプラスチック用ゴミ箱に放り込む。
「寝ぼけながらお肉食べるのはもういいですけど、歯ぐらい磨いてください」
「え、臭います?」
 ロメ子が自分で自分の息の臭いを確かめてみる。だが顔をしかめて首をひねっているところを見ると、よくわからないらしい。
「そうだ、ドアも開いてましたよ。気をつけてください、まったく」
 西田井が腰に手を当てる。
「はあ、すみません」
 頭を下げるロメ子。
 洗面台を兼ねている流し台に向かい、PCクリニカのチューブを歯ブラシにしぼって歯を磨き始める。
 しゃこしゃこ、ごしごし。
 はて、それにしても。
 ドアは開けたかなあ?
 ロメ子は考えたがわからなかったので、西田井が眠るのに合わせて電気を消し、自分も寝床に戻った。

【#14】セブン・デイズ・ア・ウィーク(後編)

 夕方。
 ロメ子の家、居間。
 親戚一同(とその上あまり関係ない人まで)集まっての大宴会となっていた。
 畳敷きの床に穴が空きそうなくらい、人でぎっしり詰まっている。
 長机には並ぶ海の幸と、そして地元の酒。
「いやー、また会えてうれしかばい!」
 ロメ子の肩をばんばん叩くおじさん。
「まあまあ、飲んでくれんね、さあさあ」
 ロメ子の持つおちょこに日本酒を注ぐおばさん。
「ちょっと背が伸びたんじゃなかの?」
「そがんわけなかやろう、もう!」
 ちょっとボケた事を言うおじいさんと、強めのツッコミを入れるおばあさん。
 突然、居間の外の庭先が騒がしくなった。
 がさがさ、と草むらを踏みつぶす音がする。
「わあ、タラちゃんが入ってきてしもうた!」
 騒ぎを聞きつけて、巨大タランチュラが居間に入ろうと縁側をよじのぼっている。
「ああもう、みんなで外に出すーで!」
 立ち上がる男衆。
 四人ほどで抱えて、外に放り投げる。
「いち、にの、さん、そいっ!」
 ずしーん!
 タランチュラはひっくり返ったが、すぐに立ち上がってどこかへ去って行った。
「あはは、みんな相変わらずたいね」
 ほろ酔い加減で笑うロメ子。
 酒がうまい。魚もうまい。タランチュラは人懐っこい。
 ああ、帰って来たんだなあ、と思う。
 夢だけど。
 
 
 
第十四話【セブン・デイズ・ア・ウィーク(後編)】
 
 
 
 五時間後(夢時間)。
 再びロメ子の家、居間。
 今では倒れた死体の群れでぎっしり詰まってしまい、まるで何かの事故現場である。
「う、ううーん」
 死体が一体、頭を抱えながら起き上がった。
 ロメ子だ。
 目をばっちり開いたまま、安らかに眠る村人たちを見やる。
 全員がすっかり酔いつぶれてしまったようだ。
 ナップザックを見つけ、ひっつかむ。
 親戚たちの身体を踏まないようにして、慎重に居間から出た。
「ふー、だいぶ飲んだと」
 酔い覚ましに、縁側へ腰かける。
 脚をぷらぷらさせながら、まん丸いお月様を見上げた。
 そよぐ夜風が涼しくて、気持ちいい。
「そいにしても、まぁだ夢の中みたい」
 つぶやくロメ子。
 はて、いつ目覚めるのだろう?
「もうちょっとばい」
 思いがけず、近くで返答があった。


 いつの間にか、横におじいさんが座っていた。
 先ほどの宴会には居なかった顔だ。
 やけに時代がかった着物を着て、キセルをぷかぷかさせている。
 ほとんど毛の無い頭、顔に刻まれた深いシワと、そして優しい微笑み。
 ゾンビ化しておらず、人間の特徴を保っている。
 ロメ子はこの人物に覚えがあった。
「ひ、ひいじいちゃん!?」
「そうたい」
 深くうなずく、ひいじいさん。
「で、でん(でも)、じいちゃんは死んだととに」
「夢なら、なんでんアリばい!」
 あははは、と大声で笑うひいじいさん。
 なるほど確かに、とロメ子は納得した。
 納得したので、ひいじいさんに抱きつく。
「会いたかったよ……」
 ひいじいさんはロメ子の頭を、ぽんぽん、と叩いてくれた。


「そうだ、家族にはおーたか(会ったか)?」
 落ち着いて涙を拭くロメ子に、ひいじいさんが聞いた。
「あっ、おーておらん!」
 驚いてハンカチを落とすロメ子。
 そういえば、先ほどの宴会に家族は出ていなかった。
 ロメ子がポリポリとほほを掻きながら言う。
「たぶん、オイ(わたし)が会いづらいから夢に出てこないんて思う」
「やっぱい、まぁだ仕事は終わっとらんか」
 こっくりとうなずくロメ子。
 ひいじいさんは責める口調では無かったが、やはりうつむいてしまう。
 ロメ子の様子を見て、ひいじいさんが何かを着物から取り出した。
「まあ、こいば忘れとっようじゃ当たり前やろうな」
 取り出した物を見て、ロメ子は目を丸くする。
「そうばい、そいば忘れとった!」
 ロメ子は両手をお椀のようにして、それを受け取った。
 四角く、細長い箱。
 箱の表面には、大きく開いた傘のマークが描かれている。
 開けて中身を確かめると、ロメ子はそれを慎重にナップザックへしまった。
「こいもたい。ほれ〈変装キット〉」
「おお、ありがとぉ!」
 今度は大きめの箱を手渡される。
 笑顔で中身を確かめ……ているうちに、ロメ子はある事に気づいた。
「あれ、こい夢ばいね? 今もろうても意味ないんじゃ?」
「ありゃ、そいもそうたいね」
 ロメ子はがっくりと肩を落とした。


 二人は満月を見つめながら、じっと黙っていた。
 ふいに、ひいじいさんが話を切り出す。
「二人暮らしの方はどがんか? うもういっとっとか(うまくいってるのか)?」
「実は……ちょっとケンカばしてしもうた」
 ロメ子の視線が、空から地面へと落ちた。
「オイが悪かと。西田井さんは、オイば心配して言ってくれとるの」
 脚をぷらぷらさせながら、続ける。
「そいやとに、オイ、ひどか事ば言ってしもうた。もう帰れん」
 ぷらぷらを止めた。
「やっぱい、迷惑やったと思う。ボチボチ出て行こうて思おとったし……ちょうどよかと」
 風が吹き抜けた。
「ひどか男ばい、そん西田井とかいう奴は」
 吐き捨てるように、ひいじいさんが言った。
 ロメ子が顔を上げる。
「なあんも言わんで一週間泊まらせて、そいで『やっぱい迷惑だけん出て行ってくれ』、なんて。そんげん迷惑て言うなら、始めに断るべきやろう」
 キセルを一口吸って、続ける。
「出て行け出て行け、そがん家。そいで帰って来たらよか」
「で、でん」
「でんじゃなか。普通の男なら、迷惑と思っとっ奴ば平気な顔で一週間も泊めたりせん。そん西田井はよっぽどの変人たい。早く別れた方がお前んためばい」
 ロメ子は驚いて、ひいじいさんを良く見た。
 怒っているように見えるが、実は違うように思える。
「……やっぱい、迷惑なヤツば一週間も泊めたりせんかな?」
「そりゃそうばい、一日、二日ならともかく。別に泊める義理もないやろう?」
 言われてみれば確かに、とロメ子は思った。
 しかし、別の可能性もある。
「でん、西田井さんがよか人だけん(良い人だから)かもしれんし」
「家ば突然追い出すようなヤツが、よか人なわけなかやろう。だけんさっさと帰って……」
「追い出されとらん!」
 思わず、ひいじいさんの言葉を遮っていた。
「オイが勝手に出て行ったと。西田井さんは止めたとに、オイ、飛び出してしもうて」
 驚いた顔のひいじいさんだったが、すぐにキセルの先でロメ子の頭を軽く叩いた。
「あたっ!」
「そいなら早うそう言わんか! すっかり勘違いしとった」
 また一口、キセルを吸う。
「可愛いひ孫が、悪か男に騙されとるんじゃなかかとな。ワイはこまか(小さい)頃からなあんも変わっとらんな」
 頭を押さえるロメ子を見て、笑みが漏れた。
「そん人は正真正銘のよか人ばい。心配しとっから、早く帰りなさい」
「うん、わかった」
 苦笑いするロメ子。
 悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
 ふと、ひいじいさんの姿が揺らめいた。
 まるで、二人の間に見えない水面があったかのように。
「じ、じいちゃん!?」
「ああ、心配しなくてもよかばい。夢が終わるだけやけん」
 落ち着いてキセルを吸うひいじいさんだけでなく、座っている縁側や、周りの庭や、空の月や、その他全ての物が陽炎のようにグニャグニャと歪んでいく。
「じいちゃん!」
「今度は西田井くんば連れて、墓参りにでん来んね……」
 ひいじいさんは世界を巻き込んで消える間際、こう言った。
「……使命ば果たしなさい、我がひ孫よ」
 世界が消えた。




「――さん! ロメ子さん!」
 ロメ子は目覚めた。
 気がつくと元のベンチの上に寝ていて、西田井にほっぺたをペチペチされていた。
「ん……西田井さん?」
 むくりと起き上がる。
 身体から何かが、ぽろぽろとはがれ落ちた。
 雪だ。
 空模様を見ようとしたが、急に西田井がぶつかってきたので、出来なかった。
 力一杯、抱きしめられる。
「え、え、西田井さん? ちょっと、ちょっと!」
 あわてて背中をタップするが、離してくれない。
「良かった……生きてた……ぐす、良かったよおー……」
 西田井のすすり泣く声が聞こえてくる。
 ロメ子はタップするのをやめ、代わりに自分も西田井の背中に腕を回した。
 しばらくそのまま、お互いが存在する事を確かめる。
 辺りはもうかなり暗い。
 夕方から夜に変わる時間帯で、しかも雪を降らす黒雲が空を覆っているのだ。
「本当にごめんなさい、ロメ子さん。言い過ぎました」
 西田井が身体を離すと、深く頭を下げた。
 頭を振るロメ子。
「いんにゃ、オイが悪かと。西田井さんの言ったことは、何ちゃかんちゃ(全て)正しいとから」
 顔を上げた西田井が目を丸くしているのを見て、ロメ子は口を覆った。


「じゃあ、ロメ子さんは夢の中で里帰りしてたんですね」
「そうば……そうです」
 なかなか直らないなあ、とロメ子は恥ずかしげに口を押さえる。
「それ、直さなくてもいいんじゃないですか? 方言可愛いじゃないですか」
「か、かわ!?」
 見る見る顔が(相対的に)赤くなっていくロメ子。
「あ、えーと」
 西田井も気づいて赤面し、顔を逸らした。
 逸らしたままで、話を戻す。
「それにしても本当に、無事で良かったです。ロメ子さんが出て行ったとき、すごく後悔して……すごくひどい事をしたんだってわかって」
「いえ、そんなことは」
「ロメ子さん」
 西田井が突然、ロメ子と視線を合わせる。
 否定の言葉を口にしようとしていたロメ子が、驚いて口をつぐんだ。
「出来ればその、もう少し、僕の部屋に居てくださいませんか」
 今度はロメ子が目を丸くする番だった。
 頭を掻きながら、情けない顔をする西田井。
「ロメ子さんが居ないと、意外と寂しいんですよ。出来れば、でいいんですけど……」
「い、居ます!」
 食い気味に答えてしまうロメ子。
 二人とも驚いて、ちょっと黙った。
「よ、よかった。あはは」
「あははは」
 嬉しさと照れで、思わず笑ってしまう二人。
 こつん。
 ロメ子の手が、自分のナップザックに当たった。
「あり?」
 なんだか硬い感触があったような気がしたので、ナップザックを開けてみる。
 そこには、なんと〈変装キット〉が入っていた。
「う、うわあああ!」
 思わずナップザックから身を引いてしまう。
「え!? ど、どうしたんです!?」
「いえその、夢でもらったはずのモノが……えええ!?」
〈変装キット〉を恐る恐る取り出し、天に掲げる。

 ロメ子は 〈変装キット〉を てにいれた!

「夢だけど、夢じゃなかった……ユメダケド、ユメジャナカッタ……」
 ぶつぶつと、支離滅裂なつぶやきを漏らすロメ子。
「あれ、ロメ子さん。そっちの細い箱は?」
「え? うわ、こっちも!?」
 細い箱を取り出し、西田井から見えないように中身を確かめる。
 さっきと同じように、天に掲げた。
 
 ロメ子は なぞのはこを てにいれた!

「それ、なんなんです?」
「い、いやー、アハハ」
 ロメ子は笑顔で誤魔化したが、西田井は深く追求しない事にした。


 西田井が乗ってきた自転車を押して、二人で歩いて帰る。
 はて、とロメ子が気づいた事を聞いてみた。
「あの、よくわかりましたね、ここに居たって」
「いやもう、どこをどう探したのか覚えてませんよ。偶然です」
 苦笑いの西田井。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」
 深く頭を下げるロメ子。
「本当ですよ」
 やっぱり許してもらえてないのか、とロメ子は肩を落とす。
 が、すぐに西田井が言葉を継いだ。
「だから、もう失踪したりしないでくださいね。部屋でゲームしてていいですから」
「……はい」
 ロメ子は顔を上げて、微笑んだ。
「そうだ、帰ったら『パタポン』のやり方教えてくださいよ。今日やってたやつ」
「いいですよ! あれすんごい難しいから、覚悟してください」
「本当ですかー? ロメ子さんがリズム音痴なだけじゃないんですか?」
「うぐ。そんなことない、ですよ。ええ」
 二人はゲームの話をしながら、たっぷり時間をかけて、家に帰った。
 その途中で、西田井がふとつぶやく。

「にしても、誰の仕業なんでしょうね?」
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