明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

フェスエ・ジーリー・ウェルズ二級司書が旅立つ

 本人が表彰を辞退する意を表明したにも関わらず、フェスエ・ジーリー・ウェルズ二級司書に対する特別勲章の授与式は予定通り行われた。
 どうして予定通り行えたかというと、フェスエが館長のお誕生日会が開かれると聞いて会場に行ったところ、あろうことか自分の表彰式が始まったからである。
 会場から出ようにも出口は密封されて開かないし、会場に集まった千人を超える司書の目にさらされては逃げるのもはばかられた。
 というわけで彼女は今、壇上に上がろうとしていた。高い台に乗った館長とジタンファより、黄金のメダルを首にかけてもらうためだ。
 その様子を見守る、千人超の司書たち。〈猫人〉や〈竜族〉も全員参列している。
「ぷっ!」
 一人の司書が思わず吹いてしまった。
「おほん。すみません」
 すぐに周りの司書に対しておわびする。
「ちょっと、なんで笑うのよ!?」
 隣に立つ司書が注意した。
「だってよホーラ、フェスエのやつ緊張しすぎて、右腕と右脚が同時に出てるんだぜ?」
「何よそんなことで……ぷふっ!」
 改めて指摘されると、やはり吹いてしまう。
「すみません」
 ホーラも神妙な顔を作り、おわびした。
 そんなこんなしているうちに、フェスエはギクシャクとしたロボットのような歩き方で、館長およびジタンファの元へ到着した。
 マイクを通した館長の声が、会場中に響き渡る。
『えー、フェスエ・ジーリー・ウェルズ二級司書!』
「は、はいっ」
 名前を呼ばれたので、背が弓なりに反ってしまうくらい、フェスエは背筋を正した。
『このたび、当グーゴルプレックス図書館が〈情報崩壊〉による消滅の危機から脱した件について、貴殿の寄与するところ非常に大であったと、我輩は判断する次第にゃ』
 フェスエは決まり悪そうな顔で何か言いかけたが、
『よって、ここに特別勲章を授与するにゃ! こちらに来るにゃ!』
 館長に呼ばれたので、口を開くことは出来なかった。
 代わりに、おぼつかない足取りで歩を進める。
 ジタンファがメダルを持ち、かがんだフェスエの首にかけた。
 会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
 メダルをかけ終わると、ジタンファが小さく声をかけた。
「フェスエちゃんは我々全員の誇りじゃ。良くやってくれた」
 ジタンファの笑みにつられて、フェスエの顔にも微笑みが広がる。
「さ、そのメダルを皆にも良く見せてあげるにゃ」
 館長にうながされて、フェスエはおずおずとメダルを掲げて見せた。
 先ほどよりも大きく、会場中が拍手と歓声で一杯になる。
「ちょっと、なに泣いてるのよ」
 ホーラにひじでつつかれて、リテミスは手早く目元をぬぐった。
「泣いてねーよ」
 少し経って拍手が収まったところで、フェスエは壇上から降りようときびすを返す。
『あ、ちょっと待つにゃ! まだ終わってないにゃ』
 呼び止められてしまった。
 正直、早く帰りたい。緊張でどうにかなってしまいそうだ。
『おほん! ここで、もうひとつ発表があるにゃ』
 なんだろう、なんにせよ早くして欲しいのだけれど。
『ただいまの特別勲章の授与を持って、フェスエ・ジーリー・ウェルズ二級司書は』
 ちょっと間を取ってもったいぶってから、館長は核心に入った。
『一級司書へ昇格となるにゃ!』
 フェスエは思った。なるほどね、わたしが一級司書になるのかあ。
「え、ええーっ!?」
 事の重大さに、思わず驚愕の叫びを上げてしまう。
 例えば目の前にあったガソリンスタンドが何の前触れもなく突然大爆発したら、たぶんこういうリアクションになるだろう。
 もっと喜ぶ感じの声が出ればよかったのになあ、と本人は後に語っている。
 会場は一瞬、まるで水を打ったかのように静かになった。
 そしてフェスエの叫びにも負けないほど大きな、沸き立つような大歓声が起きた。
「なに泣いてんだよ、ホーラ」
 リテミスにひじでつつかれたので、ホーラはぷい、と顔をそむける。
「あなたもじゃない。バカ」
「ふん。くく……あはは、ははは!」
 リテミスがホーラの手を取った。
「すげえ! 一級司書だ! すげえぞ!」
 ホーラも我慢するのをやめ、笑顔になる。リテミスの手を握り返した。
「ええ、ええ! 最高だわ! すごい!」
 二人は手を取り合ったまま、踊るようにその場でぴょんぴょんと跳ねる。
 そんな中、フェスエ本人は戸惑いながらも、仕方なくピースサインなどしてみていた。
 事前に言ってもらえればもっといい反応を考えたのになあ、とこれも本人が後に語ったところである。
 
 
 それから一ヶ月ほどの後。
「派遣観測員」としての基礎研修を終えたフェスエは、四十二番カウンターの「ハイパーリンク」の前に立っていた。最小限の手荷物をまとめたバッグを肩から提げている。
 横にはリテミスとホーラ、そしてジタンファと館長も居る。
 館長がおごそかな調子で口を開いた。
「さて、それでは実地研修を始めるにゃ」
「はい」
 緊張した様子で答えるフェスエ。
「始めにどの宇宙へ行くかは、きみが好きに決めていいにゃ。希望はあるにゃ?」
「あの、じゃあ」
 小脇に抱えていた本を館長に差し出す。
「この本で探してみて、いいですか?」
 それは、この図書館を救った本だった。四十二番カウンターが消滅する際に、フェスエがとっさに持ち出してきた本だ。
 なるほど当然だ、と館長はうなずいた。
「それじゃ、検索してみるにゃ」
「はいっ!」
 フェスエは「検索室」に入ると、検索エンジンに火を入れた。
 このマシンともしばらくお別れだ。
 いつもより丁寧にキーを打ちこみ、本を差し込んで、検索を開始した。
 しばらくの間。今までで一番長く思える待ち時間。
 なんと、宇宙は見つかった。
 本の内容と……詳しく言えば前半の一部分の記述と、そっくり同じ中身を持った宇宙。
 本来なら奇跡と言えるだろう。だが、フェスエは驚かなかった。
 見つかると知っていたからだ。
 実はこの本を選んだとき、フェスエには秘密の目的があった。
 今回の研修は、ある人物との再会を意味するハズだ。うまくいけば。
 再び、フェスエは「ハイパーリンク」の前に立った。
 大きなボタンを押し込む。
 レンガ壁が溶けて脇にどき、バタバタと扉が飛び出ては去っていく。
 その様子を、固唾を呑んで見守るフェスエ。
 あの扉でなくてもいい。同じ扉でなくてもいいから、せめて近い地域で……。
 扉は選ばれた。
 真鍮の枠の中で固定され、周囲を泥から変化した壁で埋められる。
 フェスエは正直、肩を落としそうになった。
 形が違う。やはり、そこまでうまくはいかないか。確率も逆天文学的に低いのだろう。
 それでも、と背筋を伸ばす。同じ宇宙なのは確かなのだ。もしかしたら、赴任期間中に探し出せるかもしれない。
「嬢ちゃん……いや、ウェルズ一級司書」
 いたずらっぽい笑みで、リテミスに声をかけられる。
「大丈夫ですか? 体調は万全ですか? ハンカチは持ちましたか?」
「もう、馬鹿にしないでくださいっ」
 くす、と笑い合う。緊張が少しほぐれたのがわかる。
 続いて、ホーラが気遣わしげに口を開いた。
「何かあったら、戻ってきていいのよ? たまには連絡ちょうだいね?」
「はい、わかりました」
 うなずき合う。未知の赴任先への不安が、心の中で小さくなったのがわかる。
 最後はジタンファと、館長の番だ。
「あんたなら出来ると信じとるぞ、フェスエちゃんや」
「期待のエースにゃ、もちろん出来るにゃ!」
「あはは、プレッシャーかけないでくださいよー」
 頭をかく。それでも、自分の心が誇りに奮い立つのがわかる。
 それでは、もう行く時間だ。
 ドアノブに手をかけ、振り返る。家族のみんなを。
「じゃあ、行ってきます!」
 みんなに手を振ると、振り返してくれた。
「おう、頑張ってこい!」
「無理はしないでね!」
「いっちょ、かましたれい!」
「気張るにゃ! 気合いにゃ!」
 フェスエはドアを押し開け、そして後ろ手で閉めた。
 ドアの周りの壁はすぐに消え去り、ドアも枠の向こうへと消える。
 真鍮の枠の中がレンガ壁に戻るのも待たず、見送りの面々は引き返し始めた。
 仕事がある、いつも通りの仕事が。
 今日もグーゴルプレックス図書館は休み無く働き続け、あらゆる宇宙からの客人を受け入れ続けるのだ。
 それに、フェスエならきっと大丈夫だろう。
 彼女は我々の娘なのだ……証明はそれで十分ではないか?
 
 
 さて。
 あなたの部屋のドアが、グーゴルプレックス図書館につながる確率はとてもとても低い。
 それはもう、お話にならないくらい低い。
 だから、そんな事態が起きることを気にする必要などない。
 今まで通り、普通に生活していけばいい。
 そうとも。
 しかし、確率はゼロでは無い。
 それもまた、事実に違いないのである。
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Date:2014/05/05
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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