明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

作戦が最終段階に入る

 ここまで来れば、もはや語るべきことも多くはない。
 虹色に光るレンガで出来た、縦に深く深く伸びるトンネルの中。
 ジタンファ、フェスエ、リテミス、ホーラの四人はそれぞれが段ボール箱を抱え持ち、らせん階段を大急ぎで下っていた。館長はリテミスの肩の上。
 段ボール箱の中には、無事だったカウンターから集めた必要な資材が詰まっている。
 この下、らせん階段を降りきったところに図書館の最深部があるのだ。
 そこにだけは、エレベーターでは行けないことになっている。筒状の超空間シャフトを徒歩で降りなければならない。
 その終着点はトンネルの出口のように、明るい光の点として見えている。
 つまり、まだまだ遠いということだ。
「はひ、はひ、急げ、もっと急げ嬢ちゃん!」
「ひい、ひい、こ、これで全速力ですー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれんか、足がこれ以上の速度では回らんわい!」
「はあ、はあ、もっと早く走ってちょうだい! 早くしないと……」
 ズシイン……。
 後ろで音がした。もはや慣れっこになってしまった音、図書館が崩壊するときの音だ。
 らせん階段を伝って、上の部分の振動が伝わってくる。
 四人は文句を垂れるのを止めて、走る速度を上げた。
 だが。
 バキンッ!
 何かが折れた音がしたと思うと、四人は突然宙に浮いていた。
 そしてあの独特の、内蔵が浮き上がるような気持ち悪さ。
 つまり、らせん階段の軸が折れたのである。
「お、落ちてるー!」
 リテミスが悲鳴を上げると、全員がそれに習って、大声を上げはじめた。
 トンネルの出口は恐るべき速度で、四人に迫ってきた……。
 
 
「起きるにゃ、フェスエ。起きるにゃ」
 肩を揺すぶられて、フェスエは目覚めた。
 なんだか、真っ白な空間に浮いていた。
 ただし、もう自由落下の状態にあるのでは無く、一カ所に留まっている。
 段ボールたちも無事で、近くに漂っている。
「おお、起きたか」
「良かった、心配したのよ」
「やれやれ、あれで生き残れるとは奇跡じゃわい」
 リテミスとホーラ、そしてジタンファの笑顔が見えた。
 フェスエも笑った。まだ生きているのだ。
 辺りを見回す。だいぶ目が慣れてきたところだ。
 ただ真っ白なだけに見えていた空間は、その細部の動きまで分かるようになっていた。
 海の中に似ていた……ただ魚の代わりに、周り中で雪の結晶のような「概念」が泳いでいる。あれは『図書館』、あれは『実数』、あれは『愛』。トランスコミュニケーターのおかげで難なく意味を追うことが出来る。
 ぱらぱらと上から振ってくる「情報」を取り込み、整然とした「論理」の枝を伸ばして成長を遂げる。
 二つ、三つと結合して新しい複雑な「概念」になったり、「真」の、もしくは「偽」の色彩を帯びる。
 また、そこら中で色が付いた「感情」の霧が発生しては瞬く間に消滅したり、「情報」によって別の「感情」に変質しているのも見える。
 まるでクジラのように巨大な「記憶」がときおり海底から頭を出して、それと「概念」が衝突してお互いに変化を遂げたり、もくもくと「感情」が吹き出したりもしている。
 あまりにも巨大な思考。思考の中。こころの中。
「ここが……『グランド・セントラル』」
 圧倒された様子でフェスエがつぶやくと、他の四人がうなずく。
 館長が漂ってきて、前足を広げて見せた。
「その通りにゃ。図書館の中心……そして、『我輩の中』にゃ」
 怪訝な表情になるフェスエ。
「え、『館長の中』、ですか?」
「そうにゃ。我輩を形作る思考や感情や記憶、そんなものの集合体。それがここにゃ」
 フェスエは眉根を寄せて考えてみてから、言った。
「館長って猫じゃなかったんですか?」
 そのとたん、全員がびっくり仰天して目と口をまん丸くし、同時にこう叫んだ。
「え、まさか知らなかったの!?」
 あまりにも驚かれたので、フェスエはそっぽを向いて、むくれてしまった。
 気を取り直した館長が、笑いながら説明を続ける。
「ははは、この猫の身体は単なるインターフェースにゃ。ここで、本は創られたにゃ。図書館は創られたにゃ」
 そこでフェスエは、ずっと心に抱いてきた疑問を聞いてみることにした。
「なんで、創ったんですか? 図書館を」
 ふむ、と少し言葉を選んでから、館長が口を開く。
「理由は三つにゃ。一つ目は、『言葉』というものに興味があったからにゃ」
「言葉に?」
「そう。我輩は元々、言葉を持たない存在だったにゃ。なぜなら、我輩が宇宙を満たしていたから……会話すべき『他者の存在』が無いから、思考とか感情とか記憶があっても、言葉は無かったにゃ。そして」
 身を切られるような調子で、言葉を継ぐ。
「その宇宙を、我輩は不注意で壊してしまったにゃ。ちょっと実験をするくらいのつもりだったのに……だから、その宇宙を取り戻したかったのが、二つ目の理由にゃ」
「だから、本をマシンに入れて宇宙を検索させていたんですね?」
 あれは単なる道楽では無かったのか、とフェスエは思った。
「そうにゃ。最後の理由は、お客さんと君たち司書の会話を見ているのが楽しいからにゃ。コミュニケーションってやつは奥が深いにゃ」
 そう言って、館長は笑った……たぶん笑ったように見えた。
「おほん! あー、お話中悪いんだがな」
 突然、リテミスが割って入った。
「時間が無いぜ」
 その指差す方を見ると、この『グランド・セントラル』にも〈無〉が侵入している事が見て取れた。「概念」を、「記憶」をむさぼる黒い闇。
 リテミスが微笑みながら、フェスエの肩に手を置いた。
「それじゃ、『例の言葉』をお願いします、フェスエさん」
「は、はい」
 緊張ぎみのフェスエのもう一つの肩に、ホーラとジタンファも手を置く。
「頑張って、あなたなら出来るわ」
「信じとるからの、大丈夫じゃ」
 フェスエは力強くうなずくと、ある「呪文」を叫んだ。
 すると段ボールの中身がまばゆく輝き、少しためらった後に消滅した。
 そして轟音と共に海底をぶち抜き、結晶で出来た都市のような輝く巨大構造物が、周り中で続々と姿を現し始めた。
 
 
 フェスエの唱えた「呪文」と段ボールの中身は、誰もが思いもかけない相互作用を引き起こしたのだった。
 ただ、これを詳しく理解するためには関連する諸分野の高度な知識が必要とされるので、ここでは結果のみを述べるにとどめておく。
 とにかく相互作用は(非常に込み入った事情により)十三万千七十一の宇宙全てに影響を及ぼし……そして特定の人々の、ある意識下の記憶を呼び覚ました。
 
 グーゴルプレックス図書館の思い出を。
 
 ひとつひとつの記憶は小さく曖昧で頼りないものだったが、十万超の宇宙に散らばった客人たちから記憶を拾い集めて統合した結果、思い出はとてつもなく強力な武器になった。
〈情報崩壊〉が起きる前のグーゴルプレックス図書館の、あらゆる細部、あらゆる次元を網羅した、完全で完璧な青写真が完成したのだ。
 そしてそこまで思い出せれば、後は簡単な事だった。
 
 
 図書館は復活した。
 いともあっさりと、全部ドッキリでしたとでも言わんばかりに復活した。
 フェスエ、リテミス、ホーラ、ジタンファ、そして館長(のインターフェース)は、気づけば四十二番カウンターに居た。
「あれ? うわ、元通りです!」
 何もかもが元通りになっていた。レンガ壁も、「事務室」と「検索室」のドアも、エレベーターも、「ハイパーリンク」も「到着案内板」も全て。
 さらに、フェスエが走って行って確かめたところによると、「事務室」と「検索室」の中身も綺麗に修復されていたという。
 全員でお茶を飲みながら、彼らは語らった。
 ホーラがカウンターに白いシートを取り出し、手で叩いた。
 表面を文字やグラフが流れていく。それを読みながら、ホーラは思わず口笛を吹いた。
「各施設も各システムも、全てが完全に復旧してるわ。〈情報崩壊〉なんて無かった、って言われても信じちゃうくらい。あとは司書が戻ってくるのを待つばかりよ」
 おおー、と全員から感嘆の声が漏れる。
 リテミスがカウンターの板をなでながら言った。
「にしても、あんな奇策があるとはなあ。思いもよらなかったぜ」
 くす、とホーラが笑う。
「そうよね、まさかお皿とフライパンとスポンジたわしがこんな用途に使えるなんて」
 ジタンファが指を立てて補足を加えた。
「ミキサーにかけたエレキギターを忘れとるぞ」
 館長もそれに続く。
「それに工業用の換気扇と、段ボール一杯のビー玉もにゃ」
「わたしの言葉を忘れては困ります!」
 息を切らして戻ってきたフェスエが、抜け目なく付け加える。
「わかってるよ、嬢ちゃん」
「感謝してるわ」
「こりゃ勲章ものじゃの、なあ館長?」
「そうにゃ。授与式を盛大にやらんといかんにゃ」
「え? そ、そんな事していただかなくても!」
 顔を真っ赤にしながら、両手を突き出すフェスエ。
「まあまあ。せっかくだからもらっとけって」
「い、いえその」
「そうよー。一生に一度あるか無いかよ?」
「ほ、ホーラさんまで!」
 ますます顔を赤くしていくフェスエ。
「いや、表彰せんわけにいかんわい」
「これだけの功績を無視するのは無理にゃ。もう司書全員が知ってるにゃ」
「あ、あわわわわ……」
 ついに両手で顔を覆ってしまう。そういう行事は大の苦手なのである。
 彼らは笑った。ほがらかに笑った。
 災厄は去ったのだ。もしもう一度起きたとしても、今度は対処法を知っている。
 詳細は省くが、とにもかくにも図書館は復活したのである。
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Date:2014/05/05
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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