明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

史上最大の作戦が開始される

 一同が第十二閲覧室に着くと、もう大体の準備が終わったところだった。
 巨大な円筒状の壁面には本がギッシリ詰まっており、地面は本棚の森となっている。
 だが、見ている間にもそこかしこで黒い領域がまるで染みのように発生しており、ここももう長い命では無いことを物語っていた。
 全員でエレベーターから出る。この膨大な量の本の中から、図書館を救うことの出来る情報を探し出さなくてはならない。一人あたりの担当は二千万冊以上になる計算だ。
 せめてもーちょっと人数が居ればなあ、と誰からともなくため息が出た……そのとき。
「あ、来た来た!」
「本部長、遅いっすよー」
「おい、こっちだ! こっちのエレベーターだった!」
 急にエレベーターの周りが騒がしくなった。
 〈猫人〉だ。たまたま近くに居た〈猫人〉がフェスエ達を発見し、別の所に居た〈猫人〉を呼びに走って行く。
 あっという間に、フェスエ達は四十匹以上の〈猫人〉に囲まれていた。
 その全員が、いつも通りに遠隔検査キットを背負っている。
 驚きのあまり言葉を失っていた一同だが、ようやくジタンファが口火を切った。
「お前ら、なんでここに居るんじゃ?」
 その問いに、〈猫人〉の代表が目をぱちくりさせる。
「いやだって、本を検査するのは僕たちの役目ですから。でしょう?」
 そうだそうだー、とそこら中で〈猫人〉の賛同する声が上がる。
「それはそうじゃが、今は緊急時なんじゃ! 早く逃げんか!」
「だって、『万が一にも何か起こしてはならん、どんな時でも本は並べる前にチェックを怠ってはならん』って本部長がいつも言ってたじゃないですか。でしょう?」
 言ってた言ってたー、とまたしても〈猫人〉の賛同する声が上がる。
「いや、今回は特例なんじゃ!」
「『特例なぞ認めん』って本部長いつも……」
 言ってた言ってたー、と、今回は少しフライング気味になってしまった。
 ずきずきと痛む頭を押さえつつ、ジタンファがうめき声をもらす。
「お前たちらしくも無いぞ、どうしたんじゃ。そんなクソ真面目に仕事しようだなんて」
「まったく猫共め、からかうのもいい加減にしないか」
 頭上から腹立たしげな声と共に風が吹き付けてきた。
 見上げると、〈竜族〉の代表が近くに滞空している。
 その向こうでは、たくさんのドラゴンが上空を旋回していた。〈猫人〉に劣らない数だ。また、遠隔検査キットを持っているのも同様である。
「お前たちまで……」
「わたしから説明しよう。我々は、このグーゴルプレックス図書館を救うための館長や本部長たちの作戦を知って、応援に駆けつけたのだ」
「応援じゃと……!?」
 ジタンファが辺りを見回すと、照れ笑いする〈猫人〉でいっぱいだった。
「我々はこの図書館を好いている。あなた方に負けないほどな……それに、ほら」
 ドラゴンが首で指し示した方向を見ると、こちらに百人以上の人間が走ってきている。
「あの司書たちも、参加したいそうだ。本部長の許可を頂きたいのだが」


 エレベーターの周りは、四十匹以上の〈猫人〉および〈竜族〉、それに百人以上の人間で囲まれており、その視線は全てジタンファに集まっていた。
「ほら、ジタンファ爺さん、泣いてないでなんか言わないと」
 リテミスがジタンファの肩をつつく。
「泣いとりゃせんわ……よしお前たち、よく聞くがいい。お前たちは馬鹿だ、大馬鹿者だ」
 周囲がどよめくのも構わず、ジタンファは続ける。
「こんな成功するかどうかもよくわからんような作戦に命を預けるなどというのは、普通なら絶対に許可できんところだ……だが」
 制服のポケットから名刺のような物を取り出し、眺める。
「『ハイパーリンク』は全滅した。もはや逃げ場はどこにも無い。よって、特例として」
 すう、と息を吸い込み、大きな声で締めくくる。
「この作戦への参加を認める! 全力を尽くしてくれ、以上じゃ!」
 数瞬の静寂の後、辺りは割れんばかりの拍手に包まれた。
「ほら、早く本を漁りに戻れ! 早く!」
 だがジタンファが解散するよう指示したので、全員が「閲覧室」中に散らばっていった。
「有望そうな本は、この広場に集めるんじゃ! わしらが読んでチェックするからの!」
 はーい、と遠くの方からバラバラに返事が聞こえてくる。
「よしホーラ、俺らも行こうぜ……あれ嬢ちゃん、どうした」
 リテミスが隣に立つフェスエに声をかけた。まるで薄着でスキー場に来てしまったかのように、自らの身体を抱いて震えている。
「ちょっと責任感じちゃったか? 不安か?」
「え、ええ、少し」
 大きく深呼吸を三度繰り返し、息を止めて身体をきつく抱く。
 震えはなんとか止めることが出来た。
「でも、大丈夫です」
「そうかそうか、さすがは嬢ちゃんだ。大したもんだ!」
 リテミスがフェスエの肩に手を置いて、笑う。
「よし、じゃあ俺はこっちの方の本を見るから、ホーラはあっちな。で、嬢ちゃんは」
「ここで頑張って読みます」
「よろしい!」
 四人で視線を交わすと、リテミスとホーラも「閲覧室」に散っていった。
 
 
 総勢百八十人以上の人員がどんどんと広場に本を運び込んでは、空いたスペースに積んでいく。積まれたものは、館長、ジタンファ、そしてフェスエが読んでふるいにかける。
 本の山……というか壁に囲まれて、三人は黙々と読み、そして話し合っていた。
「これはどうでしょう?」
「駄目にゃ。ちょっと図書館の構造が記述と違うにゃ」
「これはどうじゃろ、フェスエちゃん?」
「そうですね……うーん、たぶん部品がそろわないですね」
「これはどうにゃ?」
「うーむ、こいつはちょいと時間が足りないの。惜しいわい」
「こっちはどうでしょう?」
「いや-、残念ながらエネルギーが不足してるにゃ」
「おっ、こいつはいけるんじゃないかの?」
「どれです? おおっ、これは!」
 フェスエが急に本を持って立ち上がりながら、歓声を上げる。
 それを見て色めき立つジタンファと館長、そして周りに居た司書たち。
 が、本を読むにつれてフェスエは落胆した表情になり、ぺたんと座りこんだ。
「ダメでした……マシンの仕様がちょっとだけ違います。無理に実行すると、バッファがオーバーフローして壊れちゃいます」
 はあー、とため息。
 周りに居た司書たちは肩を落としつつ、自分の仕事に戻っていく。
 三人も本をチェックする作業を再開した。
「こいつはいけるにゃ、たぶん」
「なになに……おおっ!?」
 ジタンファが立ち上がった。再び色めき立つフェスエと館長、そして周りの司書たち。
 が、やはりジタンファも落胆した表情になり、肩を落として座り込んでしまう。
「これじゃと構築した仮想機械が超実数体を厳密に定義できんから、名前空間上で名前の衝突が起こっちまう可能性が高い。たぶんハイパー演算がうまく実行できんじゃろう」
 なんだかよくわからないが、ダメだったらしい。司書たちもまた作業に戻る。
「あ、これ、今度こそいけますよ!」
「どれにゃ? おお!」
 だが館長は猫だったので、立ち上がろうにもそれは出来ず、あまり目立たなかった。
 辺りの司書たちも気づかず、作業に没頭している。
「やっぱりダメにゃ。これだとヴォーパル型のジャバウォッキーがバンダースナッチに対してボロゴーヴするか、最悪スニッカー・スナックで崩壊してしまうにゃ。残念ながら」
 三人でまた、大きくため息。結局ダメだったことを考えると、司書たちの注目を集めずに済んでよかったのかもしれない。
 
 
 館長とジタンファ、フェスエは、その後も諦めずに本を読み続けた。
 目がしょぼしょぼしてきたし、それにやたらと乾く。
 そろそろ一人当たりの読書量が三桁の大台に乗ろうかという、そのとき。
 ズシャアアアン!
「うわああっ!!」
 遠くの方で大量の何かが崩れ落ちた音、それに司書の悲鳴が聞こえた。
 顔を上げるフェスエ。
 そのとき、気づいた。「閲覧室」の壁が全滅している。
 壁の七割はすでに闇に覆われてしまっており、残りは崩落して無くなっている。たった今、崩落したのだ。
 天井も半分が削られて、部屋全体が薄暗い。いや、天井と床の間の空間そのものが喰われているせいだろうか。見ている間にも、どんどんと天井が消えていく。
 ここも、崩壊の最終段階に入ろうとしているのだ。
「もう、タイムリミットにゃ」
 振り返ると、館長とジタンファが沈痛な面持ちで、フェスエに呼びかけていた。
「逃げるぞ、フェスエちゃん。もうここは崩壊する」
 その言葉を裏付けるように、さっと部屋全体が暗くなる。あちこちで上がる悲鳴。
 まるで日食が起きたかのようだ。
 フェスエの返事を待たず、ジタンファは名刺のような物を取り出し、指でなぞってからそれに声をかける。
「作戦中止! 作戦中止じゃ、本作戦は失敗した! 全員、床に空いた穴から避難せよ!」
 見ると、床に置いてある本棚が沈んでいき、完全に沈みきった場所に穴が開いていた。
 続いて、穴の間の床も一部が落ちて、穴を拡張する。
 司書たち(〈竜族〉も〈猫人〉たちも)が名残惜しそうに、その穴に飛び込んでいく。
 作戦失敗。
 その意味が心に染み渡ると、フェスエのほほを涙が伝っていた。
 ふと気がついて、今まで読んでいた本を見る。
 小さな〈無〉のボールがまるでウジ虫のように吹き出して、本を食んでいた。
 衝動的に、それを踏みつぶそうと足を出す。
「おい、待て!」
 腕を後ろに引っ張って、止められた。
「危ないだろ。足無くなるぞ」
 リテミスだった。
 そして気がつくと、フェスエはリテミスに抱きついて、泣きじゃくっていた。
 フェスエの頭に手を乗せ、優しくなでてやるリテミス。
「さあ、俺たちも逃げようぜ。出来ることはやった。な?」
 フェスエが無言のまま、こく、とうなずく。
 連れだって歩き出す。ホーラも合流した。握ってくれた手が温かい。
 それだけではない、後ろには館長とジタンファも居る。
 この全員が一緒なら、最期だって思ったほど悪くはないのかもしれない、とフェスエは疲れ切った頭で考えた。
 穴のふちに腰をかけ、降りようとする。フェスエが最初だ。
 急がないといけないのはわかっているが、なんだかどうでもいいことに思える。
「おい、フェスエ」
 呼び止められた。まだ何かあるのだろうか?
「あの本はいいのか?」
 本? 本ならもう十分読んだが。
「あのカウンターから持ってきたヤツ」
 少し考えて、思い出すことが出来た。四十二番カウンターが崩壊する直前、読んでいた本を持ってきたのだった。
 馬鹿な事をしたものだ、とフェスエは自嘲の笑みを浮かべる。
 どうせ全てが、消えて無くなってしまうというのに……。
 フェスエが突然立ち上がると、本を取りに走った。
 広場に置かれた本の山から拾い上げ、後ろからぱらぱらとページをめくって中身を確かめると、息を切らせて戻ってくる。
「まあ、記念みたいなもんだな、その本も」
 だがフェスエは息が整ったとたん、こう言った。
「いえ、これはカギです。図書館を救うための」
 なぜか笑っている。例の、何かを思いついたときの笑みだ。
 
 
 リテミスは失礼ながら「もしかして頭が……」と思ったが、一応聞いておくことにした。
「どういう意味だ?」
「これ、読んでみてください」
「えー、

 「ちょっと館長! これ読み終わっちゃったじゃないですか!」
  猫に話しかけると、猫はこりこりと前足で顔をかき、
 「そんなこと言われても。来るような気がしたんだにゃ」
  と言った。
 「もー、今度こそ来ると思ったのにい」
  ブラシ必要なかったなあ。

 なにこれ?」
「そこじゃないです、もっと後の部分です」
「うーんと、

 「だいぶぶぶ、揺れるるるのおおおお」
  口を押さえる冒険家。
 「我慢してててくださーいいい」
  同じく、口を押さえるリテミス。
 「こここの揺れれれれ久しぶりでーすすす!」
  両手を挙げて歓声を上げるフェスエ。
 
 おい、なんで俺が出てきてるンだよ。しかも内容に覚えがあるぞ」
「簡単に言えば日記なんです。大事なのはもっと、もーっと後の部分です!」
「日記い? 後の部分ねえ。

 「ひっ、さーつ! ジゴワットガルバーニ・ショーットオオ!!」
  フェスエが必殺技(?)の名前を叫んだ。予感的中である。
  右手はおとりだった。遅れて繰り出された左手が、少女の顔の前に届く。
 「しまっ……!」
  ぱくっ。
  少女は後悔の文句を言い切ることができなかった。
  なぜなら、顔の前に出された薄いシートを本能に従って咥えてしまったからである」
 フェスエが本をひったくってページをめくり、重要な部分をリテミスに見せた。
「ここです!」
 リテミスはもはや声に出して読みはしなかった。
 だが、その両目がどんどんとまん丸になっていく。
「これ、もしかして、この後のことか? この後に起きる出来事なのか?」
「そうです! この方法でいけると思うんです、どうでしょう館長? ジタンファさん?」
 二人にも見やすいように、本を床に置いて開く。
 数秒の静寂。
 遠くで何かが落ちて割れる音。
 真の闇に近づいていく「閲覧室」。
 やがて、館長が口を開いた。
「完璧にゃ」
 ジタンファも興奮した様子で同意する。
「これが答えじゃ、これこそ答えじゃ! これ以外に答えは無い!」
「よし、その作戦でいくにゃ! 我輩に続くにゃ!」
 館長が床の穴に飛び込んだ。フェスエとリテミス、ホーラ、そしてジタンファが続く。
 その背後で、「閲覧室」は完全に消滅した。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/05/05
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/93-431057fc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)