明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

すてばちな名案を実行に移す

 フェスエは館長の机の上を、両手の指を使って猛烈な勢いで叩いていた。
 猫たちは地面に避難している。
 机の表面に様々なグラフや絵や文字が現れては消え、フェスエの操作によって目まぐるしく変転していく。
「図書館の歴史の本を検索……今の状況を含めて、図書館の歴史がぴったり同じで……」
 その間にも〈無〉はどんどん発生し、部屋の一方の壁は完全に闇に呑まれてしまった。
「す、すてばちもいいところじゃ! 早く逃げないか!」
 もうここは危ない。ジタンファがフェスエを止めるために机に駆け寄ろうとする。
 だが、リテミスに肩をつかまれた。
「まあまあ。あいつを信じましょうよ、ジタンファじいさん」
 フェスエはそちらになど目もくれず、必死の形相で机を操作し続ける。
「物理法則も同じだと思われるものに限って……」
 机の片側が黒いボールに削り取られた。だが、機能に支障は無い。
 ジタンファが振り返り、リテミスに詰め寄る。
「なんで戻ってきたんじゃ! リテミス! それにホーラも!」
 二人は顔を見合わせて、同時に答えた。
「なんだかうまくいきそうな気がしたんスよ、これが」
「なぜかうまくいきそうな気がしたんです、不思議と」
 ジタンファは大きくため息をつき、かぶりを振った。
「どうかしとるわい、お前達三人とも」
 天井が半分、真っ黒な霧に覆われている。まるでそこから宇宙が見えているかのようだ。
「そして、最後に〈情報崩壊〉から救われているものを……!」
 フェスエが検索条件の入力を終え、
「検索!」
 ひときわ大きなボタン(の絵)を押した。
 ズズン……。
 床から振動が伝わってくる。
 館長の机につながっている検索エンジンが、どこか遠くで起動したのだ。
 フェスエが机に両手を突き、ふう、とひと息ついた。
 その様子を見ながら、ジタンファが誰にともなくつぶやく。
「……わしはどのみち死ぬ気じゃったから構わんわい。だが、フェスエちゃんにまで強制するのは酷じゃないか。生きておれば、まだ楽しいことだってたくさん待っとるだろうに」
 制服のポケットから名刺のような物を取り出し、表面を指でなぞった。
 それを半ば投げるようにして、リテミスに渡す。
「見てみいリテミス。まだ生きとる『ハイパーリンク』はあと一つしかない。逃げるなら今のうちじゃぞ! 心中なんぞ馬鹿げとる」
「いや、心中するつもりなんか無いスよ?」
 手をひらひらと振りながら、リテミスは名刺を返した。
 ジタンファは呆れかえって、一瞬言葉が出なくなる。
 このアホ面は、今まで生きてきて一回でも、物事をキチンと考えたことがあるのか?
「お前だってわかっとるだろう! 図書館は破損がひどい! もはやちゃんと検索して、本を集めて、並べて……その段階が全てうまくいくとは思えん!」
「あいつが、やりたいって言ったんスよ」
 リテミスが(めったに見る事の出来ない)真剣な表情で、フェスエを指差す。
「この作戦が失敗したら間違いなく死ぬことも、うまくいく可能性がかなり低いことも、予測できない要素がふんだんに挿入されそうだってことも、あいつは全部知ってます」
「だ、だったら」
 ジタンファの反論を、ホーラが途中でさえぎる。
「あの子は生きるつもりなんです。自分たちも、図書館も、まるごと救うつもりなんです。それが出来ると確信しているからこそ、今ここに残っているんです」
 ホーラも、本心からフェスエを信頼しているようだった。
 ヤケになっているわけではないのだ。助かるつもりなのだ。
「……確かに、この図書館には『どんな本でも』あるがの」
 ジタンファは再び嘆息した。
「こりゃ最高に馬鹿げた試みじゃて」
「きゃあっ!?」
 突然机の方から、フェスエの悲鳴が聞こえた。
 机が丸ごと、黒いボールに飲み込まれていた。
 
 
「大丈夫か嬢ちゃん!」
 リテミス、ホーラ、ジタンファが一斉に机に向けて走り出す。
「うおっ!?」
 黒いボールがもう一つ現れ、進路を妨害される。
 ギリギリで避けたが、危ないところだ。
「フェスエ!」
 居た。生きていた。机から離れた床の上で、腰が抜けたようにへたり込んでいる。
 黒いボールは、フェスエが見つめている間も膨張しつつあった。
「り、リテミスさん」
「こっちだ! 早く!」
 リテミスがフェスエの手を引いて立ち上がらせ、机から退避する。
 机から離れたとたん、〈無〉の黒いボールが連続して発生し、つながり合う。
 これにより、周辺の空間は完全に消滅した。
「もうここは駄目じゃ! 逃げるぞ!」
 ジタンファが再び、床から緊急用エレベーターを呼び出す。
 机の周辺だけでなく、壁も天井も、その間の空間も、大部分が消滅しはじめていた。
 崩壊が加速度的に進んでいる。その最後の段階だ。
「館長さんが! 館長さんが呑まれちゃいました!」
「いいから乗れ!」
 全員がエレベーターに乗り込み、扉が閉まる。
 単なる真っ黒な世界と化した館長室から、エレベーターは動き出した。
 しばらく、全員が静かに息を整える。生きているのがほとんど奇跡のようだ。
「館長さんが……館長さんが助けてくれたんです。後ろに引っ張ってくれて」
 呆然と床を見つめながら、フェスエがつぶやいた。
「そうしてくれなければ、今頃はもう……」
「消滅してたにゃ」
 がば、とフェスエが顔を上げる。
 なんと、館長はそこに居た。
「か、館長! さっき〈ヌル領域〉に呑まれたんじゃ」
「呑まれたにゃ。この身体はスペアにゃ」
「スペア」
 果たしてそれで納得していいものかどうか、とフェスエは迷ったが、
「そう、スペアにゃ。保険をかけとくのは大人として当然にゃ」
 いつもの館長そのものだったので、安心して力を抜いた。
「なあ、嬢ちゃん。どこまで行った?」
 おっと、作戦の事を忘れていた。
「あ、はい。検索は完了しました。今は閲覧の準備をしているハズです」
「よーし、まだ生き残れる可能性はあるってことだな。エレベーター! 現在閲覧の準備をしてる[閲覧室]へ行ってくれ!」
『了解しました。第十二閲覧室へ向かいます』
 リテミスが命令を下すと、エレベーターは超空間シャフトを急降下していった。
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Date:2014/05/05
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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