明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

館長室に到着する

 三人は中央カウンターを後にすると、突然現れる黒いボールや霧に注意しながら廊下を歩き通し、館長室へたどり着いた。ここはまだ無事のようだ。
 部屋へ入るなり、優美な机の上で群れていた十匹の猫の内の一匹が、来客に気づく。
「ありゃ、君たち! まだ残ってたにゃ!?」
 その一匹……館長の一部分から、すっとんきょうな声が飛んでくる。
 机の前に置いた椅子に座っていたジタンファも三人に気づき、びっくりしながら両手を広げ、立ち上がる。
「何やっとるんじゃ? さっさと逃げんか!」
「そうにゃ! 早く逃げるにゃ!」
 フェスエは二人の方に駆け寄ると、ジタンファの腕を持って、引く。
「ジタンファさん、ここももう危ないです! こっちに!」
 だがジタンファは、フェスエの手の上にそっと自分の手を乗せると、言った。
「いや、フェスエちゃん。わしらはここに残るよ」
 思わぬ言葉に、フェスエの思考が停止する。
 部屋が急に暗くなったような気がした。リテミスがそちらを見ると、天井のランプの端っこが、黒いボールに喰われていた。
 だが、館長は特にあわてる様子も無い。
 やや悲しげな決意を秘めた声で、ジタンファに同意する。
「我輩には、これを止められなかった責任があるにゃ。ならば館長として、沈み行く図書館と運命を共にするまでにゃ」
「右に同じじゃ。わしにも、『情報崩壊対策本部』の本部長として責任があるでな」
「そんな、あきらめないで下さい。逃げましょう? ねえ……」
 ジタンファと館長は何も答えなかった。その代わりに、フェスエの手をジタンファが両手で持ち、優しく自分から離す。
 あくまでも優しい拒否。しかし、拒否であることに変わりはない。
 支えを失ったフェスエの腕が、だらりと下がった。
 室内が、ぴりぴりとした静寂に包まれる。
 リテミスがフェスエに何か声をかけようとした、そのとき。
「なんで……」
 他ならぬフェスエが、静かに口を開いた。
「なんで、そんなに落ち着いてるんですか? ここに居ると死んじゃうんですよ?」
「覚悟の上にゃ」
 猫の群れるデスクの端に、球状の〈無〉が出現した。
 うっとうしそうに、それを避ける猫たち。
「わしらの事はほっといてくれ。さあ、早く逃げるんじゃ」
 ジタンファもぶっきらぼうに言って、後ろを向く。その横でいつの間にか、座っていた椅子が倒れていた。脚が二本、真っ黒な闇の中に沈んでしまっている。
 フェスエは状況の理解が思うように出来ず、呆けたようにその様子を見守っていた。
 だが、
「ほ……」
 感情を取り戻すと、
「放っておけるわけ、ないでしょうッ!!」
 叫んだ。
 館長を始め、全員が言葉を失ってしまう。
 フェスエは泣いていた。
「なんでそんな簡単に、諦められるんですか!?」
 叫びながら泣いていた。
「なんで助かろうとしないんですか!」
 こんなことは初めてだった。
「死んでもいいなんて、簡単に言わないで!!」
 そのままうつむいて、荒く呼吸しながら乱暴に顔を拭く。
 その間も、床や壁や天井のそこかしこで、〈無〉が空間を削り取っている。
「なあ、嬢ちゃん……フェスエ」
 リテミスが口を開いた。
「館長もジタンファ爺さんも、簡単に諦めたわけじゃないんだ」
 フェスエが顔を上げる。
「みんな、この事態を避けるために全力で働き続けてきたんだ。お前には言ってなかったけどな……もう何年も何年も。ホーラもそうだ」
 ホーラがうなずいて、先を続ける。
「ええ。崩壊の予兆があって、なんとか原因を特定しようとしたのよ。でも、うまくいかなくて。ジタンファさんと『書庫』の遠隔探査もしたんだけど……」
 ジタンファがうなるようにため息をつく。
「全く、全くもって何も情報が得られなくての。もはや手遅れなんじゃ」
 それきり、皆が口をつぐむ。
 フェスエのしゃくり上げる声と、そして部屋のそこかしこで何かが闇に浸食され続ける音だけが響く。
 意を決して、ジタンファが行動に移った。ここももう危ないのだ。
「フェスエちゃん、逃げるんじゃ。ここはもういいから」
「い、イヤです、わたしは」
 ジタンファは何かを言う暇を与えず、リテミスに命令する。
「リテミス!」
「あいよっ」
 リテミスが素早くフェスエに駆け寄り、抱え上げた。台本通りの動作。
 ずっと昔から、崩壊の予兆が発見された時から、こうすることに決めてあったのだ。
 この少女だけは、殺すわけにはいかない。この少女には未来があるからだ。
 それと平行して館長室の床が丸く切り取られ、せり上がってきた。
 筒が現れ、扉が開く。緊急用のエレベーターだ。
「まだ三番と二十二番カウンターの『ハイパーリンク』は無事じゃ! 早くそこに行け!」
 エレベーターにホーラが、続いてリテミスとフェスエが乗り込む。
 フェスエは全身をねじったりばたつかせたりして、なんとか拘束を逃れようとしていた。
「いやああ! ジタンファさーん! 館長さん! いやです! いやー!」
 扉が閉まる刹那、ジタンファは叫ぶ。
「現実を見るんじゃ! これは物語なんかじゃない! 何でもかんでも、ハッピーエンドになるわけじゃないんじゃ!」
 その言葉を聞いて、フェスエは静かになった。
 扉がぴったりと閉じ、エレベーターの筒は床に沈んでいった。
 館長室の中で加速度的に増え続けている〈無〉を眺めながら、ジタンファは嘆息した。
 これでいいのだ。これで。
 まだ無事な椅子を持ってきて、座る。
 まもなくここは闇に沈んでしまい、何も残らないだろう。図書館自体も完全に消滅する。だが、各宇宙に逃げた司書や客人の思い出まで消えるわけではない。
 誰かが、強い意志と力を持った誰かが、図書館を復興するかもしれない。
 自分はそれには立ち会えないだろうが、しかし……。
 チーン!
 突然の異音に、ジタンファの意識は現実に戻された。
 今の音は、外から館長室にエレベーターが着いたときの音だ。
 なんと、沈んだはずのエレベーターが、また戻ってきている。
 そして扉が開いたとたん、フェスエの声が聞こえた。
「ハッピーエンドの本を探せばいいんですよ!」
 なんてことだ、あの顔は、とジタンファは思った。
 何か発明できそうな名案が浮かんだときの顔だ。
 そして、大抵はうまくいくのだ。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/05/05
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/91-17aeb16e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)