明日から書く。

□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

猫探偵とその助手、依頼人を待つ

 卵焼きとベーコンで簡単な朝食を摂った僕達は、事務所の応接室で今か今かとお客さんを待っている。
「どうだ、タイ曲がってないか? ベストとシャツにシワは寄ってないか?」
 机に向かいながら、何度も身だしなみをチェックする先生。
「ありませんよ。僕がアイロンしたんです、信頼してください」
 それに服自体が僕の手作り、自信作だ。
「ワット君、今日はなんだか大事件が起きるような気がするぞ!」
 先生が、なんだか物騒なことを目を輝かせて喋り始める。
「あはは、大事件ですか。でも殺人とかは起こって欲しくないですね」
「ふん、そんな危ない事件に関わる気なんぞ無いから安心したまえ。誰も死ななくて、怪我もしなくて、俺たちも終始安全で仕事も楽ちんでしかも儲かって、それでいて誰もがあっ! と息を呑むような大事件を待っているのだよ」
「……それ、そもそも成り立ちますかね? 論理的に」
「さあて、来たれ大事件よ!」
 まあいいか。当人にやる気があって何よりだ。


 そして、僕たちは待った。

 お客さんは、今日も来なかった。


「なあ、ワット君。七時間待ってみて、ちょっと気づいたことがあるんだ。聞いてくれ」
 先生の声は、朝とは段違いにトーンが落ちている。
「なんでしょう、先生」
 努めてさりげなく返事をする僕。ああ、聞きたくないなあ。
「もう一ヶ月依頼人が来なかったのだから、こうやってただ待っていても何も起こらないというのは、朝の時点で明白だったのではないかな、ワット君」
「ええ、さすが卓見です、先生」
 わかりました。わかりましたから、にらむのは止めてください、先生。
 先生は机の向こうでふー、と大きくため息をついて、伸びをした。
「ふーやれやれ、張り切って損したよ。今日こそは冴え渡る我が名推理で大衆の度肝を抜いてやろうと思っていたのに。いやはや残念だ」 
 わざとらしく首をコキコキ鳴らしながら肩をマッサージする先生。
 まったく、全部が全部僕のせいにされちゃたまらない。
「もう、お客さんが来ないのは僕のせいじゃないですよ。それにまだ事務所の営業時間は終わってないんですからね?」
 壁掛け時計を指差す。
「ほら、まだ午後の四時なんですから。閉めるまであと三時間あるんですよ」
 先生は肩をすくめて、言った。
「といっても、依頼人が来ない間、我々は何も出来ないんだぞ? 『留守にします。大家に伝言を残してください』とドアに貼り紙でも出して、この待っている時間を何か別のことに使ったほうが有益なのではないか、とワタシは思うのだよ」
 なんで一人称がワタシなんだ、と思いながら、僕は先をうながした。
「ほう、例えば?」
「例えば……そう、食料の買出しに出るとか、公園で自然とふれあうとか……あとは」
「デートとか、ですか」
 僕が言ったとたん、彫刻みたいに固まる先生。
 僕だって、伊達にずっと先生の助手をやっているわけじゃない。
「また、お隣の猫とデートですか?」
「う、いや、まあ、それも選択肢の一つとして考えてはいるがな」
 しどろもどろになる先生の瞳をじっと見つめ、問いただす。
「先生……実は、もう約束してるんじゃあないですか?」
 黙り込む先生。やっぱり。推理的中だ。
「誰とデートなんですか?」
 しばらく経って、ちっちゃな声で返答があった。
「と、隣のメルシーちゃんと」
「どこで?」
「その……リージェンツ・パークで」
「いつ約束したんですか?」
「昨日の夜」
 もう観念したのか、矢継ぎ早の質問に順番に答えていく先生。
「それは何時からですか?」
「いや、それは、その」
「答えてください」
「あの、ご……五時から」
 五時? デートが五時から? ちょっとまった。
「一時間後ということは……今日は初めから、お客さんを待つつもりなんて無かった、ってことじゃないですか!!」
 僕が机に走り寄ると、あからさまに先生の頭が遠い位置に移動した。
「いや、その、まあ、なんだ、あれだよ。デートってのは明らかに依頼人が来ない場合の話であって、そりゃもちろん依頼人が来るなら、デートの方は即刻キャンセルしようと思っていたよ? ……あれ? なに? なにその目。本当だって! 本当にキャンセルするつもりだったんだって」
 おろおろと信頼性の無い言葉を並べる先生。
 相変わらずの先生に、僕は自然とため息をつく。
「あの、いいですか先生? 先生は人間なんですよ。わかってるんですか?」
「もちろんだとも」
「じゃあ仕事を蹴って猫と遊んだりしないでください」
 ぐ、と言葉に詰まる先生。
「そ……それとこれとはまた別の話だ。たとえ心は人間だろうとも、姿が猫である以上は、ご近所の猫たちとの交流は欠かせないのだ。猫の体であることの利点を最大限に活用して、仕事用の情報網を作っているわけなんだよ、そうとも」
 先生は無理に胸を張ってみせるが、どうもうさんくさい。
「でもデートなんですよね?」
 とたんに先生が元の猫背に戻る。
「まあ……少しばかり親密な交流をだな、その、なんだ」
 頬を掻きながら、もじもじする先生。なんだか顔も少し赤い気がする。
 再びため息をつく僕。
 まあ身体が猫になってしまったのだから、心が人間であろうとも猫に魅力を感じてしまうのは仕方ないのかもしれない。あまり責めてばかりじゃ可哀想かな。
「ま、全然わからなくもないですよ。確かに、可愛い猫ちゃんですよね」
 すると、急に先生が怒り出した。
「ええい猫ちゃんと言うな! あの美しさは所詮貴様にはわからないのだ! あのふさふさの白い毛……ぱっちりとした目……そして小さな口」
 ちょっとの間、メルシーちゃん(猫)が目の前に居るかのようにうっとりとする先生。
 はっと我に帰り、言葉を継ぐ。
「一度でいいからデートしたいって熱心に求愛する雄猫が山ほど居るのにもかかわらず、誰とも付き合わずに独身を貫くという、ここら辺では知らぬもののない有名猫なんだ! その彼女がようやく俺に振り向いてくれたんだぞ、先月! このチャンスを逃すヤツは馬鹿だ!」
 僕は正直に言うと、ドン引きしていた。
 うわ、ダメだ。もう先生は心まで猫だ。それでいいのか、先生!
「猫の恋人まで作っちゃって……人間に戻りたいってさんざん言ってたじゃないですか」
「その気持ちは変わらん。いつか魔女を倒し、元の体に戻ってみせる」
 先生いわく、「悪い魔女に魔法をかけられて」今の姿になってしまったのだそうだ。
 僕はその後に出会ったので詳細は知らないし、先生も語ろうとしない。いったいどういうことなのだろう? でも今、僕の目の前に喋る猫がいることだけは、まぎれもない事実だ。
 仕方ない、どうせ今からデートを断ることも出来ないのだろうし。
「……とにかく、じゃあ五時までは待ってもらいますからね」
 僕の言葉に、先生のヒゲがぴん、と伸びる。
「当たり前だとも。仕事だからな」
 さりげなく装いつつも、鼻歌を歌いながら机に向かう先生。やれやれ。と、その時。

 コンコン。

 ドアをノックする音だ。
「お客さん、ですかね?」
「いや、まさか」
 なんでちょっとイヤそうなんですか、先生。
 
 コンコン!

 さっきよりも強い音。これは間違いない。
「お客さんだ! 先生やりましたね、お客さんですよ! ……ってなんでガッカリしてるんですか、先生!」
「気にするな。俺は居ないと言ってくれ」
「それじゃ意味ないんですよ、もう」
 とにもかくにも、ドアノブに手をかける。
「あっ、ちょっと待て!」
 なぜか先生に止められた。
「大家のヤツの可能性もある。警戒を怠るなよ」
 ああ、そうだった。忘れていた。
「……今日は家賃を払うはずの日でしたね」
「そういうことだ」
 しかも、もう二回も延長してもらっているのだ。慎重に行動しないと。
 ドアを開ける前に、誰が来たのかをあらかじめ確認する。
「あの、どなたでしょう?」
「郵便です。チャールズ・アレックス・トラヴァーズ様にです」
「誰だった?」
「郵便屋さんでした。先生宛に。男の人の声だし、間違いないと思います」
「そうかそうか」
 ほっと胸をなで下ろす先生。それは大家さんじゃなかったから、ですよね?
「はい、いま開けまーす」
 とにかく、ドアを開ける。
 すると。
 郵便屋さんが居た。
「こんにちは」
 そして郵便屋さんと並んで、笑顔の若い女性が、ほうきを持って立っていた。
「こんにちはー」
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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