明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

フェスエの秘密

「まだ帰ってこないのね。もう、先に寝てしまうわ」
 少女がベッドの上でふてくされて、横になった。
「あ、わかりました。それじゃ、お休みなさい」
 フェスエは気を利かせて、部屋を出ようと席を立つ。
「あっ、その、寝るまで横に居てくださらない?」
 が、少女に呼び止められてしまった。フェスエが椅子に座り直す。
「やっぱり、お一人では寝られませんか?」
「寝られるわ。ああ、ウソをついたわ、だから行かないでちょうだい。さびしいの」
 フェスエが再び椅子に座り直した。
「笑わないでくださる? わたしは寝るとき、いつもタイムキーパーか、お母さまにそばに居てもらっていたのよ。そのクセが抜けないの」
 笑っていたフェスエの表情が、なぜかほんの少しだけ寂しげになる。
「お母さま、ですか。お優しいんですね」
「そうよ。たまにだけど、手料理を作ってくださることだってあるわ……」
 自慢しかけていた少女は、フェスエの顔を見て、口をつぐんだ。
 フェスエにリテミスと同居中だと聞いて以来、気になって仕方ないことがある。
「ねえ、あなたに聞きたいことがあるのだけれど」
 
 
「やはり、そうだったのですね」
「ああ。あいつは……フェスエは、親が居ない。それどころか、どの宇宙から迷い込んだのか、誰にもわからないんだ。あいつの知っている世界は、この図書館だけ」
 くいっと酒を流し込むリテミス。
「やっぱり、寂しいだろうな」
 紳士も真似して酒を飲みながら、自分に何か出来ることがないか考えてみた。
「探すことは出来ないのですか? フェスエさまの、ふるさとを」
 リテミスはゆっくり首を振る。
「宇宙を特定できる情報が皆無でな。図書館はいま、十三万千七十一の宇宙と回線がつながってる。その中から一つに絞り込むには、やっぱり相当の情報が必要だ。あいつは赤ん坊だったから何も覚えてないし、それに出現当時、ほとんど何も身につけてなかった」
 ふう、とため息を吐き、言葉を継ぐ。
「ヒューマノイド種族なんてありふれてるしな……それに、宇宙が特定できても、その中のどの銀河の、どの星系の、どの惑星出身かまで絞らなくちゃならん。とてもじゃないが」
 口をつぐみ、大きく首を振った。
 
 
「だから、わたしの家はここなんです。わたしを育ててくれたリテミスさんとホーラさんには、ものすごく感謝してるんです」
 少女は胸が痛むのを感じた。フェスエが笑っているから、余計にだ。
「そう……ごめんなさい、そうとは知らなかったの」
 言いながら、つい目をそらしてしまう。
 果たして自分に、彼女を励ます言葉などかけられるだろうか?
「いいんです、謝らないでください。それに」
 
 
「でもな、あいつは諦めたわけじゃない」
 思いがけない誇らしげな口調に、紳士は顔を上げた。
「あいつはな、いま一級司書になろうとしてる。どういうことだと思う?」
「どういうことですか?」
「一級司書になれればな、『派遣観測員』の仕事に就けるんだ。つまり、図書館と回線がつながってる宇宙に出かけていって、そこで起きる出来事を観測する職業だ。あいつは、そのチャンスを狙ってる」
 リテミスは思わず微笑んでいた。
 
 
「でも……でも」
 あまりに途方もない話だったので、少女はなんと言葉を続けたものか、しばらく迷った。
「あなたはさっき、ふるさとを探すのは手がかりが無くて、とても難しいと言ったわ? それなのに、宇宙のひとつひとつに出かけて、ふるさとを探すと言うの?」
「いえ、そうは言ってません。機械を造るんです、ふるさとを探すための」
 フェスエのこの自信はどこから来るんだろう、と少女はいぶかしんだ。
 
 
「オートマトン?」
「そうだ。回線のつながってる宇宙全部に派遣されていって、自己複製式オートマトンをばらまく。探偵を増やしに増やしまくって、人海戦術でふるさとを探そうってハラさ」
 紳士は少し考えてみたが、どうも無理がある気がする。自己複製式とは言っても、必要な数は膨大なものになるはずだ。それこそ数兆体……いやもっともっと多いだろう。
 その疑問に、リテミスはなんでもない事のように答えた。
「まあ、数は指数関数的に増えていくから、いつかは要求を満たせるだろうさ」
「しかし、どうやってふるさとを特定する気なのです? 情報が無いのでしょう?」
 リテミスは笑い話を思い出したような様子で、にやりと笑う。
「そこもまあ、考えてあるのさ」
 
 
「顔写真ー?」
 少女はもはや呆れていた。宇宙中に探偵をばらまいて、知的生物を見つけては、自分の顔写真を見せて回る気なのだ。
「そうです! いつかはわたしを知っている人が見つかる、と思います! 見つからなくても、それっぽいところにはわたしが出向いて調査します!」
 無理があるどころではないと思うが、しかし、確実にうまくいかないとも言い切れない。
 少女はやがて考えるのを止めて、一番聞きたいところだけを聞くことにした。
「なんであなたは、そんなに自信があるのかしら?」
 
 
「なぜあなたは、そのプランがうまくいくと確信しているのです?」
 くく、とリテミスは笑った。
「いや、確信なんてない。根拠もない」
 くいっと酒をあおる。
「でもな、うまくいきそうな気がするんだ、不思議と。なぜなら」
 
 
「わたしは天才だからです!」


「あいつは大天才だからさ」
 
 
 少女はそれを聞いて吹き出してしまった。
 胸につかえていた重苦しいものも、どこかに行ってしまった。
 不思議だ。なんだか、本当にうまくいくんじゃないか、と思ってしまう。
 根拠もないし、理屈にも合ってないことはわかっているが。
「そう。頑張ってね。わたし応援しているわ」
「はい、ありがとうございます!」
 フェスエと少女は、固い握手を交わした。
 
 
 紳士はあっけにとられていた。
 リテミスは無理をしているわけではない。
 心の底から、フェスエの能力を信じているのだ。
 だとしたら、もう自分に言えることは何もない。
「非論理的ですね、リテミスさま」
「なんとでもいいなさい」
 またしても、くく、と笑うリテミス。
 紳士もつられて笑った。
 きっと大丈夫だ。そうとも、論理がなんだというのだ?
 
 
「ただいまー……って、あれ」
「おや、お休みのようですね」
 そーっと家に帰ってきたリテミスと紳士が見たのは、フェスエのベッドで眠る少女と、少女の上に覆い被さるようにして(椅子に座りながら)眠っているフェスエの姿だった。
「ちょっと遅くなりすぎたなあ」
 リテミスは頭を掻いた。あとでフェスエには埋め合わせしないと。
「お嬢さまはこのベッドでお休み頂くとして……フェスエさまは?」
「うーん、よし、隣に詰めちゃえ」
 二人はフェスエを持ち上げ、少女の隣に寝かせた。何とか入ったがギリギリだ。
「よし。じゃあタイムキーパーは俺の部屋のベッドを使ってくれ。俺はホーラのベッドを使わせてもらう」
「はい、ありがとうございます……ああ、それと」
 紳士は、立ち去りかけていたリテミスを呼び止めた。
「わたくしがフェスエさまのプライベートに立ち入った質問をしてしまったことは、内緒にしていただけませんか? 本来なら、うかがうべきではありませんでした」
「ん? あいつも気にしないと思うけどな」
「それでも一応、お願いいたします」
「うーん、わかった。内緒にしとくよ。それじゃ、お休み」
「はい、お休みなさい」
 リテミスはホーラの部屋に歩み去った。
 紳士はリテミスの部屋に入り、休眠・自己点検モードに入る。
 意識を失う刹那、よもや少女もフェスエに同じ質問をしていないだろうな、と思ったが、結局気にしないことにした。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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