明日から書く。

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フェスエの部屋

 フェスエの部屋は雑然としていた。
 手狭な部屋に、ベッドとタンス、机や本棚が置かれ、作業台まですえつけてあった。
 唯一ある窓は机の上に置かれた本棚で半分埋まってしまい、室内が薄暗い。
 作業台の上には卓上旋盤と卓上ボール盤が固定され、ネジや金属の削り粉が端っこに転がっている。
 さらに(雑多な物体の入った)容器をいっぱい収めたガラスのデシケーター(防湿庫)と、馬鹿でかい(作りかけの)エンジンか何かが鎮座しているのである。
「じゃあ、このベッドを……ああ、ちょっと待ってください」
 フェスエは自分のベッドを占拠していた三つの大きなポリエチレンボトルを持ち上げ、デシケーターになんとか詰め込んだ。
 ちなみに中身は炭化タングステン粉末、コバルト粉末、炭化チタン粉末。おそらく合金か何かを作ろうとして、買い込んでいたのだろう。
 さらに小さなポリエチレンボトルの入った薬局の紙袋に気づき、それもデシケーターに放り込む。ようやく少女の寝られるスペースが確保できた。
 ちなみに、小さなボトルの中身はフッ化水素である。
 スプーン一杯飲んだだけで死に至り、皮膚に接触すれば骨まで溶かし(うずくような痛みが続く)、気化したガスを吸っても危ないというやっかいな毒物。金属の洗浄か何かに使おうとしていたのだろう。
「これでいい……でしょうか?」
 布団を伸ばして整えたあと、いま初めて部屋が汚いことに気づいたとでもいうように、紳士を上目遣いで見ながら、確認を取る。
 紳士はまたもくつくつ笑いを漏らしながら、こう言った。
「ええ、ええ、結構です。とても素敵な……興味深いお部屋なので、お嬢さまもお気に召すことと思います」
「えへへ」
 頭に手をやって、照れ笑いするフェスエ。初めて部屋を褒められたのだ。
 紳士がさりげなく言い直したことは指摘しないであげよう、とリテミスは思った。
 二時間後。
「なっ、なに、この部屋!? なぜゴミ捨て場で寝ているのかしら!?」
 少女が起き上がるなりパニックになって、身を守ろうと布団をしっかりつかみ始めた。
 その横で、フェスエは椅子に座りながらガックリとうなだれていた。
 
 
「ああ、あなたの部屋、だったのね」
 落ち着きを取り戻した少女がフェスエに言う。
「はい、わたしの部屋です。ゴミ捨て場みたいですけど、わたしの部屋です」
「う」
 少女は心底申し訳ない、と思った。哀しげに「わたしの部屋です」を二回も繰り返されては、誰だってそんな気持ちにならざるを得ない。
「ご、ごめんなさい。その、えーと」
「いいんです。ぐすっ」
 泣いたー! 少女は困り果ててしまった。自分より一回り以上も年上の人間をなぐさめたことなど、今まで一回も無いし。
 そこでふと少女は、紳士とリテミスが居ないことに気づいた。
「あ、あとの二人は、どこに行ったのかしら……?」
 おずおずと聞いてみる。これで話題の矛先が外れてくれるといいのだが。
「えっと、ぐすっ、二人は、ぐすっ、せっかくだから、ひっく、地元のパブに行くって、言ってました、えっく」
 まだ泣いてるー! 少女は仕方ないので、賭けに出てみることにした。
「あのー、そう、この部屋なんだけど。とっても素敵なお部屋ね? わたし気に入ったわ」
 フェスエがすすり上げながら、少女をじっと眺める。
 疑われている。かなり疑われている!
「いえ、さっきの発言は、そのー。そう、ゴミ捨て場に捨てられちゃう夢を見てしまったのよ。それで、あんなことを言ってしまったの。勘違いさせて、ごめんなさい」
 そんな夢を見たと親に言ったら、すぐに精神分析医を呼ばれそうだ。しかしフェスエの表情が少女の言葉を聞いているうちに、だんだんと変わり始めているのがわかった。
 すごい嘘っぽいけど、でも信じたい。
 信じたがっている……よしもう一歩だ、と少女は言葉を継ぐ。
「本当よ。スターマウント家の子女たるもの、みだりに嘘をついたりしないわ。あの机の上の機械、あれは何というのかしら?」
 少女が作業台を指差して言った。
 フェスエが涙を拭きつつ、それに答える。
「あれは卓上ボール盤です。隣は卓上旋盤」
「そう。とてもかっこいいわね、色んな所がとんがってたりして、パンクなイメージだわ。それにあの……ガラスの物体もいいわね」
「デシケーターです」
「そう、デシケーターというのね。美しいデザインだわ。その、気品があるわ」
 少女が部屋の中の物体をひとつひとつ褒めていくにしたがって、フェスエの疑いも晴れ、機嫌も良くなっていった。
「それじゃあ、ちょっとこの辺を案内してくださらない? 少し歩きたいわ」
「はい、了解です! それじゃ、付いてきてください!」
 フェスエは泣いていた事などウソのように、部屋を出て元気いっぱいに先導しはじめた。
 その後ろで少女は気づかれないように、そっと小さなため息をついた。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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