明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

準備完了、本を読もう

 それから五分後。
 ある本棚の上にジタンファが立ち、〈猫人〉の代表を見下ろしていた。
 その後ろでは本棚の上にたくさんの〈猫人〉たちが乗って、ジタンファを見つめている。
 代表がわざとらしく堅苦しい敬礼をして、ジタンファに報告した。
「床の本棚、異常ありません」
「うむ、ご苦労」
 ジタンファはうなずき、今度は空を仰いだ。
〈竜族〉の代表(少女を捕まえていたドラゴン)が口を開いた。その後ろにはたくさんのドラゴンが滞空して、その様子を見守っている。
「壁の本棚、異常ないぞ」
「わかった、ご苦労。よし、解散じゃ!」
 ジタンファがそう言ったとたん、静かだった「閲覧室」が一気に騒がしくなった。
〈猫人〉たちはしゃべりながら壁に付いたドアに向かって行進を始め、ドラゴンたちは空に飛び上がって、天井に開いた出入り口から家に戻ろうとしていた。
「こら猫ども、モタモタしとらんで早く帰らんか! お客が来てしまうぞ!」
 一番近くに居た〈猫人〉が反論した。
「え、でも、もう来てますけど?」
「む」
 ジタンファは紳士と少女の方を見た。
「う、うるさいわい! とにかく早く帰れ!」
「はーい」
 クスクスと笑いながら、〈猫人〉たちは帰っていく。
 数分で、再び静けさが戻った。
 ここに居るのは紳士と少女、そしてリテミスとフェスエ、およびジタンファだけだ。
「おいリテミス! 客をみだりに準備中のところに連れてきてはいかんぞ! わかったか、このスットコドッコイめが」
「あ、はい、すんません」
 頭に手を置いて謝るリテミスを見て、フェスエも謝ることにした。
「あの、すみませんでした」
「いや、いいんじゃよいいんじゃよ! 別に連れてくるぐらいどーということもないしの、どんどん連れてくるといい」
「ええー!?」
 一瞬で意見をひるがえすジタンファの柔軟さに、さすがのリテミスも驚きを隠せない。
 ジタンファはそれにはとりあわず、紳士と少女に向き直った。
「それでは、図書館を楽しんでくだされ。失礼」
 言うなり、本棚からぴょんと飛び降りて、出口に向かっていく。
 紳士と少女は口々に礼を言ったが、果たして聞こえているものかどうか。
 
 
 さて、完成した「閲覧室」は巨大な筒状の図書館だった。
 床は本棚で出来た広大な森であり、地平線まで広がっているかのように見える。
 壁からはいくつもの床が張り出し、数限りない本棚が並んでいて、床と床の間はらせん階段やチューブ状のエレベーターで移動できるようだ。
 壁の本棚はもはや遠すぎるため本同士が溶けあってしまい、ただの模様にしか見えない。
 少女は思った。いつだったか両親に連れて行ってもらったことのある、ウィンザー城とセント・ジョージ礼拝堂の遺跡が、この床に丸ごと移設できてしまうのではないかと。
 その推測は当たっていた。めったやたらに広いのだ。
「さて、お嬢さま」
 紳士が、ぽかーんと口を開けっ放しで天井を仰いでいる少女に切り出した。
「さっそく、本を読んでみるとしましょうか」
 少女が一瞬の間を置いて、はっ、と我に返る。
「そ、そうね。こうしてはいられないわ!」
 興奮した様子で、適当な方向に向けて走り出した。
「あまり走ると転びますよ、お嬢さま!」
 そう言ったとたん、少女はすてんとこけた。
 いたた、と言いながら起き上がる少女に、リテミスが手を貸す。
「大丈夫ですか? お客さん」
「ええ、問題無いわ……笑わないでくださる?」
「ごめんごめん」
 口を押さえながら謝るリテミスの手を取って、少女は立ち上がった。
 今度は落ち着いて、辺りをよく観察することにする。
 スターマウント家の子女たるもの、同じ過ちを繰り返してはならないのだ。
 とたんに今さらながら、辺りが膨大な量の本で満ちていることに気づいた。
 フェスエに「中央カウンター」で聞かされた説明を思い出す。確か、「一回の輸送で一億冊ほど」と言っていたのではなかったか?
 一億冊。たぶん、この部屋にはそのくらいの本があるのだ。
 本の重みが周り中からのしかかってくるように感じて、少女は頭を抱えてしまった。
 一億冊って、何年くらいあれば読み切れる量なんだろう?
「ありゃ? お客さん、気分悪いのか? 大丈夫?」
「え、ええ、平気よ」
 近くまで駆け寄ってきていた紳士が、適当に抜き出した本をぱらぱらとめくりながら、誰にともなくつぶやく。
「ふむ、ここに一億冊あるとして……そして一日一冊読んだとして、一年で三百六十五冊……ということは、全部を読むには……二十七万と三千九百七十三年かかるわけか」
 少女は失神した。
 
 
 次に目覚めたとき、少女は正座した紳士のひざに頭を乗せ、床に伸びた姿勢だった。
 本棚の森に設けてある、ちょっとした広場のような所だ。
 目を開けたとたん、四方八方からコメントが殺到する。
「あ、起きましたよ!」
「おお、お嬢さま! ご無事ですか!?」
「大丈夫かお客さん! どうしたんだ、貧血か?」
 それを片手を上げてさえぎりながら、少女は身体を起こす。
「大丈夫よ。ちょっとその、色々圧倒されてしまっただけ。今は平気よ」
 三人が一斉に、ほっ、と息をつくのが聞こえた。
 だが少女は立ち上がると腕を組み、座ったままの紳士の方をじとーっと険悪な目つきで眺めだした。
「いかがなさいましたか、お嬢さま?」
 少女は答えず、じとーっを続ける。
「お嬢さま?」
 じとーっ。
「おじょ……」
 じとーっ。
 紳士は観念して、細い息を吐き出した。
「……わかりました。あれはワザとでした、大変申し訳ありません。よもや気を失われるとは予期しておりませんでした。どうかお許しください」
 言いながら、姿勢を正座から土下座に、スムーズに移行させる。
 リテミスとフェスエの目が丸くなった。
 そのまま十秒かそこら、気まずい時が流れる。
 少女が腕をほどいて、言った。
「あなたを許します。悪気があったわけではないし、真剣に介抱してくれたものね。頭を上げなさい、タイムキーパー」
「はい、お嬢さま」
 紳士は言われた通りに頭を上げた。
 その眼前に、少女が手を差し出す。
「仲直りよ。握手しましょう」
 紳士は少し驚いたが、微笑むと言った。
「はい、喜んで」
 二人で固い握手を交わす。紳士は立ち上がり、少女に優雅なお辞儀をした。
「では、行きましょう。わたしにオススメの本を選んでちょうだい」
「承知いたしました」
 二人は並んで、本棚の森に進んでいった。
 あわてて司書二人も付いて行く。
 事情の飲み込めないフェスエが、リテミスにささやいた。
「え、タイムキーパーさん、何かしちゃったんですか?」
「ああ、まあ、普通なら問題にならない事なんだけどな。どうでもいいことさ」
 リテミスがそう言って肩をすくめたので、フェスエは一応納得することにする。
 
 
 広場にはエレベーターを呼び出す機能の他に、机と椅子を呼び出す機能もあった。
「机、椅子!」と床に言えば、それは床からせり出てきた。
 とりあえず適当な広場をベースキャンプにして、そこに紳士やリテミスやフェスエが本を運んで、テキパキと積んでいく。
 英語(少女の時代の後期英語)の本が無作為に集められているため、内容を見て、少女が読める本に絞り込む必要があった。主に絵本で、挿し絵の多い小説も少し。
 その間、少女も本棚の森に分け入って、適当に本を眺めていた。
 紳士の腰までの高さに本が積み上がったところで、まあこれくらいあれば少女も飽きるまで読めるだろう、と三人は判断した。
 そこで少女を探しに行こうとしたが、思いがけず向こうからやってきた。
 というか、それは絵本を固めて、足を生やして歩かせているように見えた。
 伸ばした腕の上に目一杯積み込んで、過積載もいいところの状態で歩いているのだ。
 当然、前など一切見えない。
 よろよろ、とよろめいたところに、紳士が手を貸し、無事に荷物を降ろすことが出来た。
 しびれた両手を振りながら、少女は言った。
「よし、読むわよ」
「はい、お嬢さま」
 紳士と少女は同じ机の、同じ椅子に並んで座る。
 少女は絵本を広げると、もっともらしい顔でうなずき、ページをめくった。
 ちょっと経つと、またうなずいてページをめくる。
「お嬢さま、上下が逆ですが」
「あら。抽象画かと思ったわ」
 絵本を素早くひっくり返し、食い入るようにじっと見つめた。
「これ、音の出るボタンが無いのね?」
「ええ、純粋に紙で出来た本を、お嬢さまがお望みでしたので」
 いささかバツが悪そうに、少女は隣の紳士に言った。
「読んでもらえないかしら? ちょっとこの文字は読み辛いわ。印刷が悪いわ」
「はい、喜んでお読みいたします」
 実際のところ、文字は極めて明瞭に印刷されていたが、紳士は一言も指摘しなかった。
 二人の様子を眺めていたリテミスが、紳士に声をかける。
「じゃあ、俺たちはカウンターに戻るから。何かあったら、この名刺に向かって俺の名前を呼んでくれ。図書館中どこに居ても、俺につながるから」
 内ポケットから取り出した名刺を紳士に渡す。
「ありがとうございます」
 フェスエが床に命令して、エレベーターを呼び出した。広場の真ん中に、人間が七人入れるサイズの筒が出現する。
「じゃ、そういうことで」
 軽く手を振って、エレベーターに入るリテミス。フェスエもそれに続く。
「はい、お世話になりました」
「ありがとう、司書さん」
 会釈を返す紳士と、手を振る少女。
 司書二人もそろって手を振り返したところで、エレベーターの扉が閉まった。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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