明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

猫と竜のお仕事

「お嬢さま! 貴様、お嬢さまを離せ!」
 紳士の右腕に稲妻が走り、鋭い刃に変化した。
 そのまま、ドラゴンに向けて飛びかかろうと身構える。巨大で強靭なアゴや尖った牙、鋭いかぎ爪、王冠のごとく生えた角に注意しなければならない。全身を覆うウロコをこの刃で貫通できるだろうか……とそこまで考えたとき。
「あー、待った! 待った!」
 リテミスが慌てて紳士とドラゴンの間に入った。
「落ち着け、敵じゃない。あいつは」
「しかし!」
「きゃー!」
 今度はフェスエが別のドラゴンに捕まっていた。
 だが、少女は悲鳴を上げているのに対し、こちらは楽しそうな歓声だ。
 少女を捕まえている方のドラゴンが、空中で羽ばたきながらリテミスを見た。
「やれやれ。リテミス、説明をしていなかったのか?」
 紳士は一瞬、自分の耳を疑った。
 ドラゴンの声だと思ったのだ。
 だがドラゴンの口は閉じたまま動いていない。当然だ。その口はあくまでも獲物をかみ殺すために進化しており、もちろん話すことには著しく不向きだろう。
 ドラゴンの声、というより意思のようなものが、直接頭に響いてきたのだ。
 そうか、と紳士は思い出した。これは図書館のトランスコミュニケーターだ。
「すまんすまん」
 リテミスがドラゴンに向けて、苦笑いで手を合わせる。
 どうやら敵ではないとわかったので、紳士が刃を引っ込めた。
「でも、チョッキか何か着とけって言ったろ? 紛らわしいから」
「ふん。あの布きれは好きになれん」
「いったいどういうことなの? わたしを捕まえている、このケダモノは何なのかしら?」
 さっきまでジタバタしっぱなしだった少女が、不満げにドラゴンを指差す。
「ケダモノ!? 失礼な!」
 ドラゴンが激高し、いきなり急上昇を始めた。
「きゃあああああ……」
「お嬢さまー!」
 上昇を続けるにつれ、悲鳴は細くなり、だんだん聞こえなくなっていく。
 最高点に達すると、ドラゴンもまるで蚊のように小さく見えた。
 そのまま空中で宙返りを決め、今度は落下。
 少女の悲鳴も合わせて戻ってきた。
「……あああああ」
 途中でゆっくり減速し、元の場所に舞い戻る。
 ぐったりと動かなくなった少女が、ようやく絞り出すように言った。
「す、すみません、でした」
「よろしい。言動には気をつけたまえ」
 紳士がホッと息をつく。身体に異常は無さそうだ。泣いてもないし。
 すぐにリテミスと紳士にもそれぞれを担当するドラゴンが近寄ってきて、かぎ爪で胴体を優しくホールドしてくれた。
 ジタンファは慣れているのか、ドラゴンの首の辺りに乗っている。
 全員が空に舞い上がったとたん、
 プオオオオオオオン!!
 突然耳をつんざくクラクションのような音が鳴った。
 
 
 クラクションに続いて、床や壁や部屋全体がガタガタと揺れ始め、何かが走り回っているような音が聞こえてくる。まるで床の下や壁の裏で列車が走っているような。
 先ほどの中央カウンターでの経験を思い出し、少女は天井を眺めようと身体を反らしてみた。
 しかし、動いたのは床だった。床の一部分が少し下がり、続いてスライドし始めたのだ。
 スライドが終わると、そこには長方形の穴が残った。
 一カ所だけではなく、床中でぽこぽこと穴が開いていった。しばらく経つと、部屋の床は穴だらけで、まるでスポンジのようになっていた。
 なるほど、これは確かに危ない。下手な場所に立っていれば落ちてしまう。
 紳士と少女は、ドラゴンに捕まって空を飛んでいる現状に納得した。
 ふいに、部屋の揺れが止む。
 次は何が起こるのか、と不安げにきょろきょろする少女。
 周囲の壁全体に切れ目が入った。それがたくさんの内開きのドアのように回転し、回転前と直角を向いて止まった。
 一瞬部屋の壁が無くなったように見え、四人は漆黒の無に取り巻かれる。すぐに本棚が闇からせり出してきて、壁の穴は埋められた。
 何も無かった部屋は、今や巨大な図書館になっていた。
 飛びながらも、その様子に見とれる少女。すごい。こうやって本を並べるのか。
「まだ終わりませんよ、お客さん!」
 リテミスの声が聞こえるやいなや、なんと壁全体が回転しはじめた。
 
 
 紳士も少女も、始めは自分たちが回っているのだと思った。
 しかし、お互いの位置を維持したまま、全員が綺麗に回転できるわけがない。
 したがって、としぶしぶ第二の可能性を受け入れる。
 この高さも幅も数百メートルの円筒が、壁全体が、回転しているのだ。
 その証拠に床を見ると、床は彼らに対して動いていなかった。
 壁だけが回転しているのだ。まるで洗濯機の中に居るように。
「なぜ壁を回転させているのですか、リテミスさま?」
 紳士が質問すると、慣れた口調で説明が帰ってきた。
「こうやって壁を回転させれば、遠心力で本がきちんと本棚の奧に収まるからだよ、一冊一冊やってたら一生かかっても終わらないからな! それにほら、検査も楽チンだ!」
 リテミスの指差す方を見ると、ドラゴンの群れが壁の近くに滞空し、かぎ爪に持った何かの機器を壁に向けていた。
「スキャナーですか?」
「その通り! 万が一にも何か無いように、いちおう検査しとくのさ!」
 なるほど効率的だ、と紳士は思った。
 滞空して壁が一周するまでスキャナーを向けていれば、縦に数冊分、横に壁一周分の本が検査できるわけだ。ドラゴンが壁全部を検査するために飛び回るより、はるかに早い。
 そうこうするうちに壁はゆっくりと止まり、今度は床に変化が起きた。
 床に開いた長方形の穴から、ちょうど同じ大きさの本棚が生えてきた。
 丸い床全体で本棚の隆起が始まり、のっぺりした床が急に森のように賑やかになる。
 それと平行して、本棚の森を走る影が見え始めた。
 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……少女は数えられなくなった。あまりに増えるのが早いのだ。床中で、何かがちょろちょろと走り回っている。
「あれはなにかしら?」
 少女を抱えたドラゴンが、疑問に答えた。
「あれは〈猫人(ルビ:ねこびと)〉だ、娘よ。我々〈竜族〉と同じく、本の検査を担当する」
「えっ? 今なんと言ったの?」
 ドラゴンが答える代わりに、少女を本棚の上にそっと降ろす。
 少女がかがんで床をよーく見ると、走る人のような影がときおり通るのがわかった。
 だがそちらを見ても、影はすぐにどこかへ消えてしまう。
「よく見えないわね、速すぎるわ」
「何が見えないんだい?」
 いつの間にか猫が、少女のそばに立っていた。


 いや、正確には猫ではなかった。まず直立していたし、人間と同じくらい大きい。
 さらに(司書の制服に覆われている)上半身も形は人間そっくりで、びっしりと短い毛が生えた顔は、猫と人間の中間くらい。
 だが半ズボンから見える脚は間違いなく肉食獣のたくましさで、裸足の足の平も、ひじから先より長いように見える。かかとが常に上がっており、地面に着いているのは足の先だけだ。
 これなら、とてつもない速度で地面を走ることが出来るだろう。
 猫が手をひざについてかがみこみながら、少女と同じものを見ようと目をこらしている。
 少女は驚いて声も出ない。
「ねえ、何を見ようとしてたの?」
 制服の穴から突き出たしっぽを振りながら、猫はもう一度聞いた。
 はっ、と少女は気を持ち直した。いかなるときも、礼節を失ってはならない。
「あ、あの、『ねこびと』さんを、探していたんです」
 この一見して猫のような人のような生き物は年齢がさっぱりわからなかったので、失礼のないように敬語で答えた。
「んん? 〈猫人〉かい? それって僕もなんだけど、ふむ」
 くいくいと口ひげを引っ張って、考える。
「そうか! きみは〈猫人〉を見たことないんだ! そうだね?」
 ぐいっと笑顔を近づけられ、少女はひきつりながら辛うじて「え、ええ」と答えた。
「僕たちは昔、十九番宇宙からスカウトされたんだ、なにせとっても素早く走れるから。それに性格だって悪くない。ちゃんとお給料さえくれれば、文句も言わずお仕事に」
「こら! 猫!」
 ドラゴンが話に割って入った。
「早く仕事に戻らんか、まったく」
「おやこれは、誇り高き〈竜族〉のだんな。ごきげんうるわしゅう」
 帽子は無いが、帽子を持ち上げる仕草で挨拶する〈猫人〉。
「機嫌などどうでもいい。時間が押しているぞ」
「はいはい」
〈猫人〉は肩をすくめると、持っていた検査キットを構え直した。
 ペンライトのようなものと、それにつながったリュックサックだ。
「それじゃあお嬢さん、残念ながらお仕事がありますので、これで」
 少女にも同じく帽子を持ち上げる仕草で、別れを告げる。
「あ、はい」
 少女は立ち上がり、両手でスカートのすそをちょっと持ち上げて、お辞儀した。
 くすっ、と〈猫人〉は笑うと、本棚から軽やかに飛び降りて、走り出した。
 ときおり立ち止まると、棚を検査キットで検査する。済むと、また走り出す。
〈猫人〉はすぐに見えなくなった。
「あれも本の検査なの? あなた達とやり方が違うわ」
 少女がドラゴンに聞くと、ドラゴンは鼻を鳴らして答える。
「いや、やり方に大きな違いは無い。〈竜族〉は宙を舞いながら、〈猫人〉は走りながら、広範囲センサーで本棚を大まかにチェックしているのだ。異常がありそうな箇所には出向いて、精密センサーで検査する」
 ドラゴンが上を向くと、確かにドラゴンの群れが心配な箇所を調べに回っていた。
「〈猫人〉も仕事は早いな、おしゃべりなのが難点だが」
 ドラゴンの愚痴に付き合いながら、なんてヘンテコな場所だろう、と少女は思っていた。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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