明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

カウンターを目指して歩こう

 館長室を後にした一行は、図書館の廊下を歩いて移動していた。
 廊下は壁も天井も清潔な白い大理石で出来ており、アーチになっている天井からは、穏やかな光を放つランプが垂れ下がっている。
 廊下の突き当たり、木とすりガラスと鋳鉄で出来たドアを開けながら、リテミスが紳士に話しかける。
「で、なんでここに来たんだ?」
 ドアを押さえ、先にフェスエと少女を通す。
 二人を通した後、隣を歩く紳士が答えた。
「ええ、お嬢さまが『本を読みたい』とご所望でしたので」
 ドアの向こうは広い廊下だったが、壁の一面が全てガラス窓になっていた。
 窓からの景色を眺めながら休憩できるように、ソファがぽつぽつと置かれている。
「まあ! あれはなにかしら!」
 当の少女は廊下を駆け出し、窓の外に輝く機械化惑星群に釘付けである。
「おいおい、本のこと忘れてねえか?」
 リテミスが肩をすくめながら言うと、紳士はくつくつと笑いを漏らした。
「ええ、そのようです。まあ、それでもお嬢さまがご満足なら、それでいいのですよ」
 窓にぺたーっとひっつく、フェスエと少女。
 機械化惑星群は一面ネオンサインのようにきらめき、なにか文字めいたものも見える。
「おいおい嬢ちゃんたち。ありゃ、あんまり教育にゃよろしくないシロモノだぜ?」
「え? それはなぜなの?」
「え? なんでですか?」
 好奇心に輝く四つの瞳がリテミスをとらえる。
 言えねえ、とリテミスは思った。
 あれが「ボナンノ・ガンビーノ惑星団」、通称「闇カジノ星系」だなんて。
 六十九番宇宙のM9銀河においては知らぬ者の居ない、凶悪犯罪の博覧会場。
 あのヒワイな意味のネオンサインが輝いているということは、今日も今日とて五兆体にのぼる知的生命体が果敢に突撃し、そして見事に素っ裸で蹴り出されたり、臓器をごにょごにょとかされているのだろう。
 紳士はそれを眺めながら、いまは自動翻訳機能を切っておいてよかった、と思った。
「つまりだな。そのー、あれは甘ーい愛の言葉なのさ。お前らにゃ早い」
 愛の言葉には違いない、ただ即物的で身もフタもないってだけで。
「星を丸ごと使って愛の告白だなんて……なんてロマンチックなのかしら」
 ほう、と甘い吐息を漏らし、ヒワイな看板をうっとり眺める少女。
「なるほどここまでするなんて、愛の力は偉大ですねえ……」
 フェスエも感心しきりで、わかった風にかぶりを振る。
「あーもう。景色を変えるからな」
 リテミスが窓ガラスに指を滑らせると、ガラス窓から明るい日差しが降り注いだ。
 またもやぺたーっと窓に張り付く二人。
 窓の下は一面が雲の海で、遠くの方で縦に伸びるキラキラした糸のようなものが見える。
「あの光ってるのはなんなの? 司書さん」
「ああ、それは……」
「あれはですね! この星と月を結んでる、でっかいクモの糸なのです」
 少女は明らかにリテミスを呼んだのだが、なぜかフェスエがかっさらってしまった。
 しかもなぜか、「どうだ」とでも言いたげな表情。
「あなたには聞いてないわ?」
「わたしにも聞いてください、わかりますから! 司書ですから!」
 胸を張るフェスエを見て、少女の目が珍しくまん丸になった。
「そんな……てっきり近所に住んでいるアホな子供だとばかり……」
「なっ!?」
 フェスエは一瞬固まったが、じりじりと顔面が赤くなりはじめた。
 何を隠そう、フェスエはバカ扱いされることが何よりも嫌いで、「腰抜け」と言われるよりもなおトサカに来るというのだから、実にヘビーである。
 フェスエが怒りに駆られ、少女をつかもうと右手を伸ばした。
 しまった! リテミスと紳士が止めに入ろうとする。
 だが少女は「見切った」とばかりの得意げな表情で、飛んでくる右手を避ける。
 まあ端から見ても右手の動きはかなり遅かったので、誰でも避けられるのだが。
 この時点で大人二人は止めるのをやめた。
「見切った……そう思ったのか?」
 フェスエの低いつぶやき。
 あれキャラが違くねーか、と思ったとたん、リテミスは原因に思い当たった。
 あいつそういえば、最近格闘漫画にはまってたような。それも現実離れした派手なヤツ。
 イヤな予感がする、と思った瞬間、
「ひっ、さーつ! ジゴワットガルバーニ・ショーットオオ!!」
 フェスエが必殺技(?)の名前を叫んだ。予感的中である。
 右手はおとりだった。遅れて繰り出された左手が、少女の顔の前に届く。
「しまっ……!」
 ぱくっ。
 少女は後悔の文句を言い切ることができなかった。
 なぜなら、顔の前に出された薄いシートを本能に従って咥えてしまったからである。
「むっ!? むーむー、むー!」
 咥えた直後から、キーンとした不快感に硬直してしまう少女。
 そう、少女が咥えたのはアルミホイルだったのだ。
 フェスエの得意げな長口上が、少女の耳に無情に響く。
「く、く、く……歯がゆいであろう、歯がゆいであろーう! 例えるなら魂のインゴットがゆっくりじっくり圧延されて薄いホイルにされるような苦しみ……このまま貴様の精神を電気分解してあたっ!?」
 フェスエはリテミスに頭をはたかれたので、台詞を最後まで言えなかった。
「お客さんになんてことすんだお前は。見てみろ」
 涙目のフェスエが指差されて少女を見ると、
「む、む、む、む、む、む」
 両手を突き出した妙な姿勢のまま、全身ががくがくと震えだしていた。
 まあ顔面にパンチとかしなくて本当に良かったけどな、とリテミスは緊張を解く。
「お嬢さま! 口を開ければよいのですよ! お嬢さま!」
 しばらく静観していた紳士が声をかけると、少女は気づいて口を開け、ホイルを出した。
 ぜいぜいと肩で息をする。
 フェスエは我に帰ると、しまったやっちまった、と思った。早いとこ謝ろう。
「あ、あのー」
「ごめんなさい」
 なんと、先にぺこりと頭を下げられてしまった。
 両目をぱちくりさせるフェスエ。
「思ったことでも思いやりを持たず口にするのは良くないと、いつもお父様とお母様から言われていたの。これからは気をつけるわ」
 ここまで素直に謝られてしまうと、もはや驚いて声が出ない。
 しかも、嫌々謝っているというわけでもなさそうなのだ。
 感情表現の乏しい顔だが、その大きな瞳に紛れもない誠意がこもっているのがわかる。
 まいった、降参だ。フェスエは短くため息を吐き、顔が自然とほころびるに任せた。
 こんな良い子に怒りようなんてないじゃないか、まったく。
「いえ、こちらこそ。本当にすみませんでした」
 堅く握手をして、二人は立ち上がる。
「タイムキーパー、わたしは本が見たいわ」
 少女が紳士に話しかけると、紳士は丁寧にお辞儀をして、言った。
「はい、承知しております。リテミスさま、カウンターへ案内していただけますか」
 リテミスは嘆息して言った。
「その途中なんだよ」


 展望ラウンジを後にすると、四人はまたもや大理石の廊下に出た。
 駆け出す子供二人を見守りつつ、リテミスが紳士に切り出す。
「なんでここに来たんだったっけ」
「お嬢さまが本を読みたいとご所望でしたので。出来るだけ本の多いところがよいと」
「そりゃ、ここの蔵書数は『論理的に』一番多いんだろうけどな」
 がりがりと頭をかく。
「でも別にここじゃなくてもいいだろうに。ホルヘ超銀河団の『バーベル図書館』とか、リリパット星系の『ラピュータ―バルニバービ・ラグナグ―グラブダブドリッブ』とか」
「後はパラダイス・カントールにある『この図書館を含む図書館』とか、ですね」
「そうそう、あそこはいい経験になるぞー。自分の宇宙観がこう、音を立てて砕かれる」
 くくく、と紳士の口から笑いが漏れる。
「なんだよ、なんで笑うんだよ」
「リテミスさまは、六十年前も全く同じことをおっしゃっておいででした」
「げ、まじか」
 なるほど(老化遅延処置を施してあるとはいえ)六十年は長い。
 それに昔は若かったし、余裕も無かった。
 ちょっと悲しい気分でおなかの肉をつまむ。
「それはわたくしも考えたのですが、今回はなるべく人類言語の通じるところへ旅行するように、旦那さまと奥さまから釘を刺されておりまして」
 前回の旅行で何かやらかしたということか。まあ今回も図書館への到着後数秒で大騒ぎになってるわけだしな、とリテミスは思った。
「旅行っていうか、近所のこども図書館にでも連れて行けばいいんじゃないのか?」
 苦笑しつつ肩をすくめる紳士。
「お屋敷の近くどころか、地球に図書館は数えるほどしか無いのですよ。紙で出来た本は重要文化財なので……家具に付いている真鍮製の手すりを握るだけで、情報はいくらでも読めるからです」
 言いながら、片手で何かを握る仕草をする。
 リテミスはおぼろげながら思い出した。そういえば「エンパシーウェブ」って情報網に脳が直接アクセス出来る、とか前に説明されたっけ。
 苦笑いのまま、紳士が説明を続ける。
「それなのに、お嬢さまはどこかから『本』の概念を仕入れてしまいもう大興奮、図書館はあいにくどこも入館に予約で五年待ちというありさまで、わたくしも大分困りました」
 おやおや、それはまあ。四千年代は大変だ。
 はて?
 このやり取りが繰り返しなら、六十年前に来たのも同じ理由だったんだな。
「なあ、その『奥様』ってもしかして、前来たときの……あのちっこい?」
 こっちで六十年経ってるなら、向こうでも多少は時間が経ってるはずだ。
「ええ、いまやすっかり、お美しいレディーになられました」
 紳士もどこか懐かしげに語る。
 そうか、あのワンパク小娘がレディーになったあげく娘をねえ。どうも信じられん。
 てことは、変わらないように見えるこいつも、もうずいぶんな歳になるってことか。
 突然、廊下の向こうからザワザワと賑やかな音が聞こえてきた。
 話し声、歩く音、何かの機械が動き出すきしみ、レールのガタガタいう音。
 まるで、大きな駅のプラットフォームに降り立ったかのような喧騒。
 いつの間にか廊下の突き当たりに子供二人が到着しており、そこにあったドアを身体で押し開けていたのだ。
 フェスエが開いたドアを押さえ、その向こうに少女は駆け出す。
「タイムキーパー! こっちよ! すごいわ!」
 興奮にほほを染めながら、こちらを手招きする少女。
 紳士とリテミスはやれやれと言いながら微笑み、そちらに走っていった。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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