明日から書く。

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第三章 プロローグ

 四十二番カウンターの前には普段はベンチが並べられているが、今日はベンチが壁際にどけられて、代わりに本の小山が四つ築かれていた。
 人の背丈を越える高さの山の周辺を、リュックサックを背負った少女と大男がうろうろしている。
 山から本を取り出しては、リュックサックから伸びたペンライト状の機器を近づけ、本を別の山に足す。また、元の山から本を取り上げ、以下繰り返し。
 もう同じ作業を何時間繰り返しただろう。
 額に汗して、うろうろうろうろ。
 ため息まじりに、うろうろうろうろ。
「校正」と呼ばれる作業である。
 校正用の検索ワードを検索エンジンに入力し、結果として出力された本が、本当に検索ワード通りの本かを確認しているのだ。
 つまり、検索エンジンが正しく動作しているかどうか見極める作業である。専用の遠隔検査キットを用いて、本の記載内容と共に、放射線量や含有元素の比率等をチェックする。
 少女がずしりと重い本を手に取る。
 なんとかペンライトで検査する。
 おぼつかない足取りで別の山まで歩き、本をてっぺんに置く。
 また元の山まで戻る。
 ガッ。
 山のふもとにつまずき、転んでしまった。
 ドドドドドーッ!
 本の山が雪崩に変わり、少女を覆い隠してしまう。
「あれ、穣ちゃん……? おい穣ちゃん大丈夫か!」
 額に汗をびっしょりかいた大男が、雪崩の発生に気づき、いち早く現場に急行する。
 ハードカバーの本をかきわけると、中に少女が倒れているのが見えた。
 ぐったりと力の抜けた少女の身体を抱きかかえる。
「しっかりしろ! 寝たら死ぬぞ!」
「リ、リテミスさん……不肖フェスエ隊員、もう限界で、ありま、す……」
「何を言うか! 気をしっかり持て!」
 フェスエの頬をぺしぺしと叩く。だが、少女の目の焦点は合わず、虚ろなままだ。
「リテミスさんに、最後の……お願い、が」
「縁起でもないことを言うな! 気をしっかり持つんだ!」
 フェスエがごほっごほっ、と咳き込む。
「子供、たちに……」
 最後の力を使い、口を微笑みの形に持っていく。
「クリスマス、プレゼント……あげられなく、て、ごめんって……伝え、て、ガクッ」
 フェスエの頭が(口による擬音付きで)落ちた。
「おい、フェスエ!? 嘘だろなあ、フェスエ……なあ?」
 リテミスが必死に頭を揺さぶるが、反応が無い。
「フェスエーー!!」
 もうその開かれた両目には、何も映っていないのだ。
 あげられなかったクリスマスのプレゼントも、家で待つ子供たちも、泣きながら自分を抱きかかえる上司も、そして面倒な仕事も。
 そのとき。
 手近の山が光った。
 本で出来ているはずの山が光りだしたのだ。ついでに、空気中に静電気が満ちる。
「な、なんだなんだ」
 リテミスはフェスエの身体を床に放り出すと、山から迸る光に見入った。
 フェスエは頭を打ってしまう。
「あいたた、いきなり離さないでくださいよー……なんですかコレ!」
 フェスエも起き上がりながら、山の輝きに目を見張る。
 するとフェスエに近い山も光り始めたので、あわてて飛びのく。
 二人で固まって、じりじりとカウンターまで後退する。
「ななな、なんなんですか、なんで光ってるんですか」
「知らねーよ、って袖を掴むな伸びる」
 本の山は光を発しながら、ときおりパチパチと放電するような音を立てた。
 さらに、なんと本が雷光を放ちつつ、粉のようになって崩れ始めた。本の山が今では粉の山に変わり、光りながら形を変え、なにやら人らしきものにまとまっていく。
 完全にまとまった直後、突然、稲妻が止んだ。
 カウンターに静寂が戻る。
 二つの本の山があったところには、信じられないことだが。
 タキシードの紳士と、ドレスを着た女の子が居た。
 
 
「あら、今回は壁からじゃないのね?」
 仏頂面でぱたぱたとドレスを払う幼い少女。つば広の帽子も直す。
 六歳にも達していないと思われるが、その割に表情の変化というものがほとんど無い。
「はい。ちょうど本の山がありましたので、質量を利用させていただきました」
 礼儀正しい笑顔で丁寧に会釈しながら答える紳士。ダービーハットをちょっと直す。
 こちらは二十歳ほどの若い男だが、限りない経験を重ねてきたような印象を与える。
 と、リテミスと目が合った。
「おや、あなたは司書の方ですか?」
「え? あ、ああ」
「それでは自己紹介を。わたくしはタイムキーパーと申します。以後よろしく」
 そこで帽子を取り、優雅なお辞儀をする。
 司書二人も、突然の展開に驚きながら頭を下げた。
 紳士は帽子を戻し、かたわらの少女に向いて紹介を続ける。
「そしてこちらが、スターマウント家長女、ミス・ミシェル・スターマウントさまです」
「ご機嫌よろしゅう」
 少女がスカートのすそをつまんで持ち上げ、紳士と同様に丁寧なお辞儀をした。
 また司書二人があわてて頭を下げる。
 数秒の間が空いた。
 ああ、自分たちが自己紹介する番か、とリテミスは気づき、口を開く。
「えーと、俺は」
「リテミスさまですね?」
 なんと、横取りされてしまった。紳士がイタズラっぽく笑っている。
「え、なんで名前を」
 ジリリリリリリリ!!
 だが疑問を口にしかけたところで、館内中に警報が鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報! 館内に侵入者あり! 繰り返す! 館内に侵入者あり!』
 エレベーターの扉が開き、二十人ほどの特殊武装司書が現れた。警報が鳴ってから三秒足らずという、驚くべき素早さである。
 全員が銅で出来たロケットのような武器を油断なく構え、耐熱・耐衝撃・耐薬品スーツの上に防弾ベストを重ね着している。ヘルメットとガスマスクのせいで顔がほぼ見えない。
 さらに、相手が対戦車ロケット弾とかそういう物を撃ってきても大丈夫なように、頑丈なスペースアルミニウム製の盾まで持っている。
 武装司書たちが地面に立てた盾ごしに武器を構え、紳士と少女をぐるりと取り囲む。
 ついでに、ひとつだけ残っていた本の山に武装司書の身体が当たり、崩れてしまう。
「ああー……」
 思わず口から悲鳴が漏れるフェスエ。あれだけでも二時間分の仕事なのだ。
 紳士は肩をすくめると、笑顔のまま両手を挙げた。
 しかし傍らに立つ少女は手を挙げる代わりに、紳士の上着のすそをくいくいと引っ張る。
「ねえ、あなたはなぜ両手を挙げているの?」
 にこやかな表情と両手を挙げた姿勢は崩さないまま、紳士は少女に顔だけを向けた。
「はい、ご説明いたします。お嬢さま、こちらの方々をよくご覧ください」
 少女は言われたとおりにその場で一回転し、武装司書たちをくまなく見渡した。
「見たわ」
「皆さま、何かをお持ちになっていますね?」
「ええ、みんな銅色の何かを持っているわ」
 紳士が穏やかな笑顔のまま、首を小さく縦に振る。
「その通りです。こちらの方々がお持ちの銅色の物は、〈ザップガン〉です」
「ざっぷがん?」
「はい。ひとたびそのトリガーが引かれてしまえば、不幸な標的は原子や素粒子はおろか、超ひもさえはるかに超越した根源要素〈レベルX〉まで分解されてしまいます。とても強力な武器です」
 少女は思わず、身体をブルッと震わせた。
「それは恐ろしいわね」
「はい、とても恐ろしい武器です」
 紳士は先ほどよりもゆっくりと大きくうなずくと、武装司書たちに向き直る。
「つまりそのような恐ろしい武器……手の内をこうしてあけっぴろげにお見せになることにより、『こちらは隠し事をする気は無い』、すなわち『新しい客人を心から歓迎する』という意思を示していらっしゃるのです。その際に、客人はこのように両手を挙げることによって、感謝の意を伝える事になっています。この地方ではこれがマナーなのです」
 少女も合点がいった様子でうなずき、言った。
「わかったわ。マナーは大事ね」
 そして両手を挙げた。ただし表情は仏頂面のまま変わらない。
 紳士がまた、ゆっくりとうなずく。
「よろしい。ですがもう一つだけ、忘れてはならないことがあります」
「あら、それはなにかしら」
「確実に感謝の意を伝えるため、こう言わなくてはなりません。『降伏します!』」
 突然自分たちに向けられた大声に、武装司書たちはそろって驚き、ちょっと下がった。
 ついでに少女も驚いている。表情はわずかに変わる程度だが。
 数秒たっても少女が何も言わなかったので、紳士が少女にうながす。
「お嬢さま、ご唱和ください。『降伏します!』はいどうぞ」
 少女は少しの間ためらっていたが、ちらりと盗み見た紳士の目が本気だったので、観念して息を吸い込んだ。
「こ、降伏します」
「もっと大きな声で。『降伏します!』はい!」
「降伏します」
「もっともっと、『降伏します!』」
「降伏します!」
「いいですよ、『降伏します!』」
「降伏します!!」
「はいもっと、『降伏します!』」
「降伏しま」
「もういい! もういい! 何回もやらんでもわかった!」
 武装司書のリーダー格(中年男性)が馬鹿馬鹿しそうに手を振りながら、盾に隠れるのをやめて出てきた。他の武装司書も盾を持って立ち上がる。
「わかっていただけたようです。よかったですね、お嬢さま」
「ええ。一生分の声を出した気分だわ」
 けほ、と咳払いする少女。
「わかったから、とりあえずこっちに来てくれ。館長がお会いになるそうだ」
 武装司書たちに誘導されて、彼らはエレベーターに乗り込んだ。
 扉が閉まると、そこには本の山だったものの残骸と、リテミスとフェスエが残った。
 自分の目にしたものが信じられないというように、両目をゲンコツでこするフェスエ。
「な……なんだったんでしょう、あれ?」
 ふと横を見ると、渋い顔でなにかを考えているリテミスの横顔があった。
「なんだろう、あいつ、どっかで……」
 が、つぶやきは館内放送にかき消される。
『きんこんかんこーん! 四十二番カウンター担当の司書は館長室に出頭するにゃ!』
 苦りきった顔を合わせるリテミスとフェスエ。
 こういう風に呼ばれるときは大抵説教か、面倒な仕事を押しつけられるかなのだ。
 本だったものの成れの果てが広がるカウンター前を見つめ、二人はため息をついた。


 館長室に入ると、そこには大きくどっしりとしてしかも優雅な机と、そんな上品な机がよく似合うロココ調の内装、そして机の上で群れる十匹の猫が待っていた。
 机の前には四つの椅子が置かれ、紳士と少女、リテミスとフェスエが座っている。
 じゃれ合う猫の群れを離れて一匹が紳士の方に進み出ると、こう言った。
「前に注意したはずにゃ。ちゃんと正規のルートで入館してほしいにゃ。人騒がせにゃ」
 紳士は座りながら軽く肩をすくめる。にこやかな表情は崩さないが、嫌味ではない。
「承知しておりますが、図書館側で我々を拾っていただける確率がいささか低いもので。待っている間にお嬢さまが退屈なさいますから、やむなく侵入させていただきました」
 リテミスは首を掻きながら思った。「いささか低い」なんてまさか、とんでもない。
 正しくは「惑星が生まれて死ぬまでの間に拾ってもらえれば文字通り拾いもの」だ。
 そりゃ不法侵入もしたくなるわな。
 発言した猫が群れに戻ると、別の猫が進み出る。
「まあ今回はしょうがないにゃ。入ってしまった以上、お客さまとして扱うにゃ。そこで」
 リテミスの前にも別の猫が歩いてきた。
「リテミス、きみに館内を案内してもらうにゃ」
「えっ? まだ校正が終わってないっすよ」
 ちょっとごろごろ鳴いてみてから、猫は言葉を続けた。
「それは後でいいにゃ。どのみちこちらのお客さま方が帰らなければ本も戻らないにゃ」
 そういえば、この紳士と少女は本の質量を利用して存在を維持しているんだった。
 自然と口からため息が出る。
「そうっすね。でもなんで俺なんです」
「こちらのお客さまは一度リテミスに会ってるにゃ。六十年前に」
「ええ!?」
 思わずリテミスが椅子から立ち上がると、微笑む紳士も立ち上がった。
 紳士がリテミスに歩みより、片手を差し出す。
「お久しぶりです。一級司書になられたんですね、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう……?」
 リテミスも反射的に差し出された手を握る。
 そういえば、この紳士の目の色に、リテミスは覚えがあった。
 六十年前といえば図書館に流れ着いて、司書になったばかりのころだ。
 そうだ覚えがある、この真鍮色の目をした紳士と、そして少女……。
「お前、あのときの『タイムキーパー』か! 子供連れの!」
 紳士は目を細め――微笑みのバリエーションは無数にあるかと思われた――言った。
「はい、そうです。六十年前はお世話になりました」
 その横では、少女とフェスエがそれぞれ、ひざの上の猫を一生懸命なでていた。
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Date:2014/05/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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