明日から書く。

□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

序幕

 十九世紀末期、イギリス。
「はっ、はっ、はっ!」
 僕ことジョシュア・ワットは、夜のロンドンを全速力で駆け抜けていた。
 目の前を走る獣がなかなか速い。だが相手との距離は、なんとか一定に保っている。
 あいたた、舗装された道は足に悪いみたいだ。明日マメ出来てないといいなあ。
「走れ走れ、ワット君! 見失ってしまうぞ!」
 僕の右肩の上から呑気な声が聞こえる。
「わかってます先生! 黙っててください!」
「そうかいそうかい、俺からのせっかくの忠告を無下にするとはね」
 肩の上で肩をすくめられる気配。横目で確認する余裕もない。
 僕と獣が走っているのはイーストエンドの辺りで、具体的に言うとマンセル・ストリートを南下中だ。
 深夜とはいえ四車線もある大通りなので、まだ人通りはある。
 ときおり獣に驚く声や、悲鳴が上がるのは仕方ない。
「はっ、はっ、すみませーん! 狼男が通りまーす! すみませーん!」
 前を走る狼男も僕に合わせたのか、ぐわーお! と吠えてくれた。また悲鳴。
 あーあ、しかも通行人を突き飛ばしてしまっている。
 通行人が邪魔なら大通りを選ばなきゃいいじゃないか、と僕は思った。
「ああ、目立ってますよー。もし明日の新聞に、僕の名前まで載っちゃったらシャレになりませんよー」
「そうか? 『ジョシュア・ワット、満月の夜に狼男を倒す!』なかなかいい見出しじゃないか。故郷のお母さんもお喜びになる」
「卒倒しますよ! あれ? タワーブリッジを渡るみたいですね」
「だろうと思った」
 事もなげに言う先生。
「本当にわかってたんですか?」
「わかってたとも! ヤツがずっと川沿いを走っているのは、川の向こう側に渡るチャンスを探していたからだ。それに、ロンドン橋はさっき通り過ぎてしまっただろう? 川を渡るには、もうタワーブリッジしかない。それに、たぶんヤツは高いところに行きたいハズだ」
「なんでわかるんです?」
「そのうちわかるさ」
「あっ、やった! 橋が上がってますよ! これで袋のネズミだ!」
「いや、残念だが、ヤツはネズミより頭が良いな。タワーをよじ登り始めた」
「え」
 遠くの方で、タワーブリッジの片側のタワーの表面を、茶色の動物がよじ登っていくのが見える。
「爪をひっかけてるんですかね? ずいぶん器用ですね」
「それよりも、あの爪はレンガに穴を開けられるみたいだぞ。十分気をつけたまえ」
 そのままもうしばらく走って、ようやくタワーの足元にたどり着いた。
「ぶあー! やっとタワーに着いたー!」
「ほら、休んでるヒマなんてないぞ。すぐにフックガンの準備だ! 俺たちも登るぞ!」
「はいはい、こうなると思ってましたよ! もう!」
 上着のポケットからフックガンを取り出す。ああ、あんまり危ないことはしたくないのに。
 タワーを見上げると、もう狼男はタワーを登り切っていた。
「よおく狙って撃てよ。あの尖った屋根の上の十字架なんかが、おススメのスポットだ」
「最初からそこを狙ってます。静かにしてください」
「はいはい、きみのためを思って言ったんだがね」
 よおく狙いをすまし、撃つ。
 火薬の炸裂音と共に、銃身からフックが勢い良く飛び出した。
 そのまま空中を突っ切って、目標の十字架に引っかかる。
 フックにつながったワイヤーをぐいぐい引っ張り、抜けないことを確かめた。
「大丈夫そうだな。それじゃ行こう、ワット君」
「そうですね、先生。僕の肩から落ちないように気をつけてください……それでは」
 銃についたスイッチを入れる。
「巻き取りスタート!」
 銃の中にワイヤーが勢い良く巻き取られていき、結果として、僕たちは宙に浮いた。
 そのまま、すべるようにタワーの横を登っていく。
 足はブラブラ、頼りになるのはワイヤー一本のみ。
「うわあああ!」
 何度やっても慣れない。こういう仕事には向いてないなあ、と痛感する瞬間だ。
 しばらくワイヤーに身を任せていると、僕たちはタワーのてっぺんにたどり着いた。
 
 
 タワーの屋根に乗ったまま、あたりを見渡す。
「居らっしゃったぞ、ワット君」
「どこです?」
「展望通路の上だ、タワーの間に二本かけてあるやつ。ほら、あの左側の通路だ」
 確かに、狼男が居た。
「展望通路の真ん中で座ってる……? 何をしてるんだろう」
「しっ! 静かにしていればわかる」
 狼男は座った姿勢のまま、頭を真上に向けた。そして。
 アオーン! アオオーン!
「なるほど、遠吠えですか」
「今日は満月の夜だからな。色々高ぶるんだろうよ」
「ここには、仲間も居ないですしね……さびしいですよね」
 ちょっとの間、僕たちは遠吠えを眺めていたが、すぐに本来の仕事を思い出した。
「おっと、早く捕まえないと。俺たちも展望通路に降りるぞ。狼男の居る方に」
「了解です」
 僕たちはもう一度フック付きワイヤーを使って、そーっと展望通路の上に降りる。
 狼男と同じ、左側の通路だ。
「よし、到着。ワット君、例の特殊弾丸は」
「バッチリです。えっと、確かこっちのポケットに」
 上着の内ポケットをまさぐっていると、先生に顔の横をつんつんされた。
「……あー、ワット君。なるべく急いでくれたまえ」
「まあまあ、ちょっと待ってください。あれ、こっちだったかな?」
「急いで! 早く!」
 先生はなぜか息を殺している。
「あった。なんでですか?」
「こっち見てるんだよ!」
 確かに顔を上げてみると、展望通路の上に立った狼男とばっちり目が合っていた。
 グルルルルルル。
 しかも興奮してうなり声を上げている。加えてよだれまで垂らしている。
 さっきまで逃げまくってたクセに、今度はこちらを攻撃する気満々だ。
 たくましい人間の形をした毛深い上半身が、襲いかかるための構えを取る。
「うわ、おっきいツメ……! あれで刺されたら一撃ですよ」
「そんなこといいから、早く撃て! 撃っちまえ!」
 確かにそうだ、と僕は引き金を引いた。
 パアン!
 キャインッ!
 狼男は悲鳴を上げ、倒れる。
「ふう、いっちょあが……り?」
 しかし、すぐに立ち上がった。
 グルルルルルル!
 まずい、さっきより興奮してる!
「そんなバカな! な、なんで銀の弾丸が効かないんだ!?」
 先生も混乱している。
 しかし、僕はここで単純な事実に気がついた。
「あっ」
「何かわかったのか、ワット君」
「あはは、先生。これ、普通の弾が入ってる拳銃でした。あはは」
「なるほどな。あははは」
「あはははは」
 アオーン!
 ヤケで笑っていた僕たちは、狼男が今度こそ、こちらに突進してくることに気づいた。
 屈強な下半身を躍動させ、通路表面を蹴って走ってくる。
 こちらは銃を撃って応戦した。
 パン! パアン! パン!
 ガウウウウ!!
 さっきは倒れたのに、今度は銃弾が当たっても無視される。
「うわー、全然効いてませーん!」
 僕はもう半泣きである。
 そんな中、狼男はもうすぐそばまで距離を詰めている。
 あと六ヤード(約六メートル)……!
「跳べッ!」
 耳元で先生の声がした。
 
 
「えっ?」
「跳ぶんだ、隣の通路まで!」
「無理ですよ、助走も無しに!」
「フックガンを使え! 隣に撃ちながら跳ぶんだ、空中でワイヤーを巻き取れ!」
「そ、そんな無茶苦茶な」
「おい、ヤツがもう三ヤードの距離だぞ!」
 僕は一瞬の判断で、先生の指示に従うことに決めた。
「う、うわあああああ!」
 フックガンを撃ちながら、隣に向かって跳ぶ。同時にワイヤーを巻き取り始める。
 背後で狼男が腕と爪を振るった音がし、続いて落下の感覚。
 遠くの方で、硬いもの同士がぶつかった音がした。
 見事フックの先端が、通路の向こう側に引っかかった音だ。
 僕は猿か何かのように、フックガンを持ってぶらさがる格好になる。
 だんだんとワイヤーが巻き取られ、結果として、僕は右側の通路のすぐ下でブラブラする状態になった。
「手、手が限界です……」
「が、がんばれワット君! 俺も乗ってるんだからな! なんとか登るんだ!」
 突然、僕の真上で大きな音がした。何か重い物が落ちてきたような。
 見上げると、なんと狼男が僕たちを見下ろしている。
「うわ、こっちの通路に来た!」
「見ればわかるわっ」
 大きな腕と爪が、僕の頭上をぶんぶんとかすめる。
「うわっ! うわっ!」
 ガウウウウ!
 腕がどうしても届かないとわかると、狼男は次の策に出た。
「あれ? かがみましたよ?」
「何か咥えてるな」
 ガルルル、グルルルル!
「うわ、ちょっと! ワイヤーを噛むな!」
 プチ、プチブチっ。早くもワイヤーの繊維の千切れる音が聞こえてくる。
「ヤツめ噛み千切るつもりか。……そうだ! おい、ちょっと我慢しろよ」
「え、何をです?」
 突然先生が肩から降り、僕の上着の中に滑り込んだ。
「あはは、ちょ、上着に入らないでください、くすぐったいですよ、あはは」
「我慢しろと言ったろ、あったぞ!」
 また肩の上に戻ると、なんと先生が拳銃を持っていた。
「先生、その拳銃、撃てるんですか?」
「ああ、銃の後ろをワット君の肩に当てて、反動を受け止めれば。銀の弾を入れて……」
 先生が苦労して弾を込め、激鉄を起こす。
「早く、そろそろ手が限界です!」
 グルルルル。
 プチプチプチッ!
 もう手がしびれて、ほとんど感覚が無い。
「大丈夫だそろそろ……装てんできたぞ! それでは」
 僕の頭の横で、先生が引き金に腕をかける。
「発射!」
 すさまじい炸裂音が直に右耳を撃ちつけ、火花が散った……。
 
 
「終わったー」
「終わりましたねー」
 僕たちは展望通路の上に座っていた。運動したあとの夜風が気持ちいい。
「汗びっしょりですよ、もう」
「こういうとき、展望通路の上は風通しが良くて助かるな」
 目の前に狼男が倒れている。
「こいつももうしばらくは動けんだろう。あとは依頼人が」
「ああ! 捕まえて頂けましたか!」
 通路の上をおっかなびっくり、若い労働者風の男が歩いてくる。
「あ、どうもディクソンさん」
 僕は立ち上がってあいさつする。この人が依頼人だ。
「すみません、お二人にはお手数おかけしました」
「ホントだよ、まったく」
 先生は小さくつぶやいたが、すぐに接客用の声に戻った。
「いえいえ、この程度のご依頼でしたら、我々にとっては日常茶飯事、記憶するにも当たらないものです。ああそうそう、早くペットを連れ帰って銀の弾丸を摘出したほうがいいと思いますよ。銀に触ると、ひどい炎症を起こすんでしょ?」
「ああ、確かにその通りです。では、こいつはわたしが持って帰ります。よいしょっと」
 依頼人は、体重が自分の倍近くありそうな狼男を軽々と抱え上げた。
「わ、すごい」
「力持ちだな」
「では、失礼します」
 元来た道を引き返そうとする依頼人を、先生が呼び止める。
「あ、あの! すみませんが報酬のほうは?」
「え? ああ! すみません、ついうっかり」
「踏み倒すつもりだったんじゃないだろうな?」
 先生は小さくつぶやいたが、再び接客用の声に戻る。
「ええ、ええ、うっかりは誰にでもあるものです。どちらのご出身であろうともね。それで、いつ頃お支払い頂けますか」
「それが……そのー」
 あれあれ、依頼人の顔が見る見る曇っていくのはなぜだろう。
「ちょっといま、現地通貨を持ち合わせておりませんで……代わりと言ってはなんですが」
 突然、依頼人がポケットから小箱を取り出したかと思うと、親指でその表面を数度叩いた。
 そのとたん、アーク灯のようなまぶしい光で、頭上から照らされる。
「わっ、まぶしっ!」
「なんだなんだ? この光は?」
 続いてなぜか豪雨が、僕たちの頭上から降り注いだ。
「なんで雨、って、いたたた! 何か雨に混じってますよ!」
「なんかヌルっとしてるぞ!? いてっ」
 雨が収まったと思うと、目の前には信じられない光景があった。
 通路いっぱいにピチピチと、大量の魚が飛び跳ねていた。
「ディクソンさん」
 プルプルと身体を振って水を落とした後、先生がおそるおそる切り出す。
「この……通路いっぱいに元気良く跳ね回っている魚たちなんですが、まさか今回のお支払いということで?」
「ええ、そうです、申し訳ないのですが。お土産にするために、乗ってきた船に載せていたものなんです」
 ちょっと下を見てみると、下がっていた橋の上にも魚がびっしり乗っかっていた。
「おっと、そろそろ行かなければ。それでは!」
 言いながら、また小箱を指で押す。
「あっちょっと、ディクソンさ、まぶしっ!」
 またまぶしい光でディクソンさんと狼男が照らされたと思うと、彼らはいつの間にか消え去っていた。
 おそらく、船とやらに乗り込んだのだろう。
 それにしても。
「これが報酬ねえ」
 先生が魚をつまみ上げて言う。
「依頼人が消えた以上、これを受け取るしかないんでしょうねえ」
 僕たちは、はああ、とガックリ肩を落とした。
「ともかく、ここに居ても仕方ない。降りるとするか」
「ああ、また空中で釣られるんですね……」
 
 
 僕たちが橋の上に着地した直後。
「こらあ! お前ら! 一体ここで何をやってるんだ!」
 若い警官が怒鳴りながら、走ってきた。
「お、来た来た。警官だ」
「恒例の事情聴取ですね」
 が、途中で道が魚でふさがっているのに気づき、足下を確認しながらの歩きに変わる。
 しばらく待ったあとで、ようやく警官が僕たちの下にたどり着いた。
「げほ、げほ。なんて臭さだ。そこら中に魚をばらまいたのは、お前らか? ……ん?」
 魚に気を取られていた警官が、先生に気づいたようだ。
「ちょっと待て、なんだその猫は。服を着て、立っているが」
「こら。初対面でその呼び方は失礼ではないのかね?」
 先生が反論すると、警官は言葉を失ってしまった。
 おずおずと口を開く。
「……ね、猫がしゃべった……!」
「そうとも、逮捕するかね? 猫がしゃべるのを禁止する法律は無い。おまけに、猫が探偵業を始めてはならんという条文だって、世界のどこにもありはしない」
「し、しかし、しかし」
 混乱しはじめた警官を見かねて、僕が口をはさむことにする。
「おまわりさんはロンドンに来て間も無いようですね?」
「あ、ああ、まだ一ヶ月だ」
「それならご存じなくても仕方のないことです。でも猫の探偵、『猫探偵』はロンドンでは有名ですよ。あまり驚いていると、逆にあなたが不審がられます」
「そ、そうなのか? そうか……」
 よし、なんとか警官が落ち着いてきた。とっとと話を進めよう。
「世界には不思議がたくさんあるんですよ。おほん。それはともかく、事情聴取がしたいんじゃなかったんですか?」
 全力疾走に宙づり、高い場所からのジャンプ。もう身体中が痛い。早く帰りたいのだ。
「ん? ああ、そうだった! えー、ごほっ、この橋の上にまき散らされた大量の魚なんだが、お前たちがイタズラしたのか?」
「なに? 俺たちが? なんで? まさか!」
 先生があからさまに驚いた顔を作る。僕もそれに習って、目を見開く。
 あまりのわざとらしさに、警官がふうう、とため息をつく。
「なんでやったのかはこっちが聞きたいね。だいたい、さっき街中で狼男を追い回していたのも、お前らだろ。最終的にはあのタワーのてっぺんまで行ったそうじゃないか。結構な数の目撃証言が取れてるんだぞ」
 まあ、そうなるのはわかっていたことだ。だから大通りなんて逃げなければいいのに。
 先生が大げさに肩をすくめながら、笑ってみせる。
「おおかみおとこー? ははは、まったく何を言い出すかと思えば、常識で考えてみたまえ、常識で。そんなもの居るわけがないだろ?」
 警官がじとーっと先生を見つめながら、反論した。
「そうだな、本官もついさっきまではそう思ってたんだがね」
「見るな見るな。とにかく、あれは狼男なんかじゃない。ロンドン動物園に運ばれる途中で港から逃げた、ただの狼だ。確かに身体は馬鹿みたいにデカかったし、ロンドン子は街中の狼なぞ見慣れてないから、誰かが『うわー、助けてー、狼男だー』などと言えば、その場のみんながそう思ってしまうものなんだよ。集団心理というやつだな」
 あらかじめ考えておいた長台詞を終え、先生が一息つく。
 警官がしぶしぶその証言をメモに取ると、次の質問に移った。
「じゃあ、狼男……いや、狼はどこに行ったんだ?」
「さあ。逃げてしまった。テムズ川に飛び込んでしまったんだ」
 事もなげに言う先生。納得しかけていた警官の顔が再び曇る。
「あのタワーのてっぺんから飛び降りたのか!? 百四十フィート(約四十三メートル)以上あるんだぞ!」
「そ、そうだ。我々もさすがに驚いたよ。なあワット君?」
「え、ええ。そうですね先生」
 内心焦りながらも、必死で顔に出すまいとする先生と僕。
 さらっと流したいのがミエミエだ。
 とにもかくにもメモを取っていた警官が、再び口を開いた。
「……まあいい。そういうことで上には報告しておく。では本題だ。この魚はなんだ!」
 足下一杯に跳ね回る魚を指差す。ちょっと元気が無くなってきたので、早く片付けないと腐敗してより一層キツい匂いを出しそうだ。
「さあ?」
 またもや肩をすくめる先生。
「『さあ』だと?」
 警官が疲れのまじるため息をひとつすると、目の付け根をもんだ。
「お前、まさか無関係だとでも言うのか?」
「もちろん無関係だとも。逆に聞きたいんだが、どうやったら魚なんて降らせられるんだ?」
「む、それは……」
 警官が答えに詰まってしまったのを見て、先生が畳みかけるように素早く口を開く。
「これは推測なんだが、たぶん竜巻だろう。遠くの海に竜巻が起きて、海の魚が空中に巻き上げられる。そしてそれが、ここらへんに降ったに違いない」
 それにしては魚の降る範囲が限定されすぎな気がするが、言いますまい。
 うんうんとうなっていた警官だが、ついに先生の説を受け入れることにしたようだった。
「わかった、わかった。とにかく無関係なんだな。まあ、確かにこんな芸当は人間には出来ないか、そうだよな。疑って悪かったな」
「いや、まあこんな状況なら混乱しても仕方ないさ。さて、そろそろ帰るとしようか」
「あ、はい! そうですね」
 そそくさとその場を立ち去ろうとする僕たちの背中に、あわてて警官が声をかけた。
「ああ、すまないがもう一つだけ! 今回の事件の依頼人は誰だ? ロンドン動物園の関係者なのか?」
 振り返り、やれやれ、と疲れ果てた顔を見合わせる僕と先生。
「すまないが、それは守秘義務で教えることは出来ん」
「じゃあ教えられるだけでいいから、ヒントか何かくれないか。報告書にはちょっとでも書かないといけない」
 ふむー、と渋い顔になりながらも、先生は考えた。
「そうだな、遠くの国で、運河を造る仕事に就いてた。今回は休暇が取れたので、観光に来てたんだ」
「どこの国だ?」
「それは言えない。とても遠くだ」
 手帳にメモを書き込むと、ようやく警官の仕事は終わったようで、こちらに敬礼した。
「よし、証言に感謝する。それでは良い夜を」
「ああ、良い夜を。それじゃ」
 さっさと歩き去る先生の後を追いかけていく。
「お休みなさい」
 よかった、今回も命があってよかった。これでようやく眠れる。
 遠くのほうで、
「こら! 落とし物を盗んじゃいかん! 取り合うな、こら!」
 警官の怒鳴り声が聞こえた。
 道に落ちてる魚なんて、そんなに欲しいかなあ?
 
 
 
 
「ヴィクトリア朝」―――一八三七年から一九○一年の期間。
 ヴィクトリア女王が統治する、イギリスの黄金期。
 産業革命によって急成長したイギリスは、今や超大国「大英帝国」となっていた。
 その支配地域は世界中に広がり、文字通り世界に君臨していたのだ。
 産業革命の要因のひとつは数々の画期的発明であり、それは自然科学の応用とも言えた。この頃は科学が発達し、迷信が駆逐されていった時代でもある。
 ケルビンは王立研究所の講演において十九世紀の物理学をふりかえり、「原理的な問題はすべて解決してしまい(中略)きれいに晴れわたった青空にも比せられる」と講演した。
 しかし、それは楽観的すぎた。ここから先、宇宙はさらに奇怪で理解しがたい姿を見せていく。人間は世界がどのようなものか、まだまだよく知ってはいなかったのだ。
 つまり、何が言いたいかというと。
 僕が書いた事件記録は、決してねつ造なんかじゃないってことである。
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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