明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

黒幕の死、真の黒幕への伝言

 黒服の男は考えた。
 もうあの恐ろしい虫の大群は、そう時間をかけずに、この艦隊を壊滅させるだろう。
 そしてこのブリッジにも押し寄せて、全員をその手にかけてしまうだろう。
 千年も準備した計画が、たかが司書と、その飼っている虫に邪魔されるなんて。
 こんな結末は認められない。決して。決して。
 ふと、フェスエが抱えている〈全知の書〉が目に入る。
 そうだ。
 忘れていた、これで〈全知の書〉は七冊全部そろったんじゃないか!
 フェスエの手から〈全知の書〉が突然飛び出し、黒服の男の手に渡った。
「あっ、しまった!」
 今さら事の重大さに気づき、あわてふためくフェスエ。
「くくく、ははははは! まだこちらには切り札があったというわけだ、それも最強最大のジョーカーが! おい、〈全知の書〉を集めろ! 水も一緒にだ!」
 一瞬ぽかーんとしていた〈カルイデス〉機関員だったが、すぐに命令を実行するため、二人が走ってブリッジを後にした。
 数分経って、その二人が戻ってくる。
 黒服の男の足下に〈全知の書〉七冊と、そして水おけ(本で出来ている)が置かれた。
 全知の存在への期待に、手もみをする黒服の男。
「よおし、それでは一冊ずつ読んでいくとするか」
 一冊目を手に取り、水おけにつけようとする。
「全て読み終わるころには、わたしは」
「し! しまったー!」
 ややぎこちない感じで、リテミスのガラガラ声が割って入った。
「大変だ! なあ嬢ちゃん!」
「え」
 ぼんやりしていたフェスエの腰あたりを、リテミスが軽く叩く。
 とたんにフェスエが何かを思い出した。
「あ、そ、そうです大変です! あれを七冊いっぺんに読んだら、大変なことにー!」
 ややぎこちない感じで、フェスエが黒服の男のほうに手を伸ばす。
 興味を引かれた黒服の男が、水おけから本を戻す。
「大変なこととは、なん」
 冒険家が食い気味に答えた。
「その本は、一冊一冊を読むだけならば得られるのは単なる知識じゃ! だが、七冊全てをまとめていっぺんに読むと、世界へのより深い理解と洞察が得られてしまうんじゃー! だから、せーの」
 他の二人に合図し、タイミングを合わせる。
「読むなよ! 絶対読むなよ!」
 三人で合唱したところで、黒服の男はにやりと笑った。
「なるほど……いいことを聞かせてもらった!」
 足下の〈全知の書〉七冊全部を抱え、水おけに突っ込む。
「こ、これは……!」
 驚きの表情は、すぐに恍惚としたものに変わる。
「ふはは、素晴らしい! ふははははは! あっはははははぁ!」
 予想もしなかった大量の知識や概念が本から吹き出してきて、黒服の男は水を飲むように、ごくごくとそれを吸収していく。
 素晴らしい、やはり伝説は本当だった。これならわたしは神にだってなれる!
 だが、知識が究極の真理に迫っていくにつれ、ふと黒服の男の顔に不安がよぎった。
 
 
 数分後。ブリッジでは異様な光景が展開していた。
「あ、が! が、ああああああ! ぐああああああ!?」
 床の上でのたうち回る黒服の男の手から、なんとか〈全知の書〉を引きはがそうとする、〈カルイデス〉機関員たち。
 だが〈全知の書〉はぴったりと張り付き、まったく離れる様子がない。
「うわー、本当に嬢ちゃんの言った通りになったな」
「で、ですね」
「ちょっとむごいのお」
 少し離れた場所でドン引きする、この事態を引き起こした張本人たち。
 そのうち、黒服の男の動きが緩慢になってきた。
 ついにはあお向けになり、ゆっくりと呼吸をするだけになる。
 その両目は天井に向いているが、もはや何も見てはいない。
 心は真理に満たされている。
 そして、呼吸が止まった。
「死んだか」
 黒服の男に向けて両手を合わせる三人組。
「貴様ら! だましたな!」
 機関員の一人が激高し、リテミスに詰め寄る。
 だがリテミスは平然と、こう言った。
「いや、ウソは言ってないぜ」
 動かなくなった黒服の男を見やる。
「本当のことなんて、知らないほうが幸せなのさ。おっと、起きたぞ」
「なに!?」
 驚いて機関員が振り返ると、なんと、黒服の男が起き上がっていた。
「ん、うーん……?」
「閣下! ご無事でしたか!」
 駆け寄る機関員たち。
 だが黒服の男は自分のサングラスを邪魔そうに捨てると、こう言った。
「む、君たちは誰かね?」
 頭をかく。
 顔を上げると、リテミスたちが手を振っているのに気づいた。
「おお、あなた達か、久しぶりだな! ここで何をやってるんだ? ここはどこだ?」
 フェスエが微笑みながら、言う。
「全部解決しました!」
 ブリッジの全員が、その顔に見覚えがあることに気づき、こう叫んだ。
「皇帝陛下!」
 実は生きていた皇帝陛下に向けて、艦長から戦況の報告がもたらされる。
「第十五空洞侵略艦隊」は全艦が沈没か航行不能、作戦遂行は不可能。
 皇帝代行を勤めていた特務機関〈カルイデス〉総司令官は謎の殉職。
 加えて、「チャルグウィッ大学帝国」の粉飾決算が何者かによって各報道機関にリークされ、暴動が起きたり、大学講堂に戦闘機が突っ込む原因不明の事故が起きる等、混乱を極めている。
 報告を聞き終えた皇帝は言った。
「こりゃひどいわい」
 そしてフェスエたちの方に向いて、微笑んだ。
「よくやってくれたよ、まったく」
 
 
 リテミス、フェスエ、冒険家の三人は、ブリッジから去ろうとしていた。
 本来なら皇帝への反逆罪および帝国を壊滅させた罪で死刑は免れないところだが、特別に皇帝自身の恩赦が出たため、異例の無罪となった。
 リテミスが皇帝と固い握手を交わす。
「じゃ、いろいろ迷惑かけて悪かったな、清掃……皇帝さん」
 思わず、皇帝から笑いが漏れる。
「ふふ、まったくだ。それと、別に清掃員で構わんよ。もう帝国が無いんじゃ、わたしも失業だろうからな。どこかに雇ってもらうさ」
「ああ、あンたならそっちの方が向いてるぜ」
 皇帝の肩を叩く。
「帝国が健在なら今の言葉で死刑だぞ? はは」
 次はフェスエの番だ。
 しっかりと抱き合う、皇帝とフェスエ。
「出来れば、笑ってくれないかな。わたしも別れが辛くなってしまうから」
「そうですね……すみません」
 身体を離し、笑顔を作って、言った。
「お元気で!」
「ああ、あなたもな」
 最後は冒険家だ。
 ぎゅっと手を握り合う。
「これから大変だろうが、頑張ってくだされ。なに、一人二役をずっとやっとったんじゃ。次の職場でも元気でやれるだろうて」
「ははは、でもあれは無自覚だったからな。ありがとう」
 三人は皇帝と最後に手を振り合い、ブリッジを後にした。
 連れだって廊下を歩く。
 脱出ポッドの場所は聞いているので、それを使わせてもらうことにした。
「皇帝さんも大変でしたね、二重人格なんて。……あれ?」
 フェスエが怪訝そうな声で、リテミスに聞く。
「あの、さっきの皇帝さんは二重人格でいいと思うんですけど、それより前の理事長さんも全員そうだったんですか?」
 リテミスがちょっと目をそらしながら答えた。
「ん? ああ、まあそうなんじゃないか? なんか遺伝するのかもしれんし……あっ」
 リテミスが突然立ち止まったので、後ろを歩いていた冒険家がまともにその背中にぶつかってしまった。
「あたた。なんじゃね?」
「あーちょっと、忘れ物しました。ここで待ってて!」
 ブリッジに走って引き返すリテミスを、二人はぽかんとした顔で見送った。
 
 
「皇帝……清掃員のじいさん!」
 ブリッジで名前を呼ぶと、反対側に居た皇帝が不思議そうな顔で駆けつけてきた。
「どうした? 帰ったのでは無かったのかね?」
「ああ、ちょっと伝言を頼む」
「誰に」
「そうだな、今回の事件の黒幕に」
 露骨に怪訝な顔になる皇帝。
「なんだって? あの人格は死んだのだろう?」
「いいから。じゃ、伝言行くぞ」
 すう、と息を吸い込み、はっきり伝わるようにゆっくりと発音する。
「『我々グーゴルプレックス図書館職員は、今回のような、書庫内環境を破壊する行為を絶体に許しはしない』。覚えたか?」
 一拍置いて、戸惑った反応が返ってくる。
「あ、ああ。覚えたがしかし、いったい誰に伝えれば……」
「たぶん向こうから来るさ! じゃあな!」
 言ったきり、リテミスはブリッジから走り去った。
 なんだったんだろう、と去っていくリテミスを見守る皇帝。
「アア、オボエテオコウ。神気取リノチッポケナ人間ヨ」
 皇帝は、ばっ、と後ろを振り返った。
 何か聞こえた気がする。気のせいか?
 皇帝は首をかしげたが、すぐに自分の仕事に戻ることにした。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/05/04
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/67-bb8ab5d7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)