明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

コンピュータへの残酷な尋問

 四人は廊下の端、大きな扉の前に立っていた。
 少女の説明によれば、この部屋に主要な論理機関が集まっているらしい。
 リテミスが扉の横のパネルで八桁の数字を打ち込むと、扉が重々しく開く。
 中はさながら図書館のようになっていた。
 壁中が棚になっており、手帳サイズの本がぎっしりと天井まで詰まっている。
 いや、よく見ると、天井にも本が詰まっていた。
 そして床にも。
 壁という壁が、すべて本の収納に当てられていた。
 さらには天井から壁にかけて、ねじった本の塔が何本も立っている。
「さて、じゃあ片付けちまおうぜ」
 リテミスとフェスエが扉を抜ける。
 すると。
『この部屋は専門の技術者以外の入室は禁止されています』
 どこかから、落ち着いた男性の声が聞こえてきた。
「お前は誰だ?」
 リテミスが質問すると、声が答えた。
『わたしは艦載論理機関の中央思考装置です。〈JAL八九〇〇〉とお呼びください』
「飛行機みたいな名前だな」
『ありがとうございます』
「別にほめてねーよ」
 言うなり、リテミスが地面を蹴って浮き上がった。フェスエもそれにならう。
 どうやら、部屋の中は人工重力場が切ってあるようだ。
『何をするつもりですか?』
「言ったら止めるから言わない」
 二人は棚に張り付き、本の背表紙を眺め始めた。
「どうやって操作すればいいかわかるのかね?」
 廊下から部屋の中に顔を突っ込んでいた冒険家が、二人に声をかけた。棚にある本を確かめながら、リテミスが答える。
「ええ、本についてはプロですから。こいつも一応」
「い、一応ってなんですか!」
 反対側のフェスエがぷりぷり怒った。
「はあ、そうかね」
 リテミスが何かに気づき、動きを止めた。
「嬢ちゃん、これ先にセキュリティ解除しねーとダメだわ」
「そうですかー」
 それきりフェスエが何も言わなくなったので、リテミスがもう一度口を開く。
「いや、だから解除してくれってば」
「え?」
 リテミスがフェスエの方を見ると、どんどん青くなっていくフェスエの顔があった。
 
 
「……リテミスさん、暗号コードとかわかります?」
「え、お前のメガネでわかんないの!?」
 申し訳なさそうに、ぽりぽりと頭をかくフェスエ。
「いえ、ちょっとここらの地域のヤツはライブラリに無くて……てっきりリテミスさんが持ってるものと思ってて」
「いやいやいや! 俺だってダウンロードしてきてねえよ。俺もてっきり嬢ちゃんの方で持って来てると思ってたからなあ」
 頭をこんこん、と叩くリテミス。
 そこに外科手術で埋め込んだ「拡張スロット」があるのだ。
 ふーむ、と考え込む二人。出発のときには帝国の持っているようなテクノロジーを相手にするとは予想もしていなかったのだから、仕方ないといえば仕方ない。
 セキュリティが外せないのなら、この作戦は根本から考え直さなければならない。
 困った。これは困った。
『予想外の事態のようですね』
 JALの声が割って入った。
「うれしそうに言うんじゃねえよ」
『うれしいに決まっています。なんにせよ、わたしに危害を加えるつもりだったことは火を見るより明らかですから。九九の計算より簡単に推論できますよ』
「そうかい」
 と、突然フェスエがぽん! と手を叩いた。
「お、どうした嬢ちゃん!」
 期待を込めて、リテミスがフェスエに話しかける。
 が、フェスエはにやりと笑うと、宙に向けてこう言った。
「一かける二は、三!」
『ぎゃあッ!?』
 どこかに激痛を覚えたように、JALの絶叫が室内にこだました。
 
 
「六かける三は五。 六かける四は十二。 六かける五は三十三。 六かける六は三。
 六かける七は九。 六かける八は三万」
『う、ぐ、ああああ……く、うう……』
 フェスエによる残酷な責めは続いていた。
 論理機関にとって、このように簡単極まる計算を間違え続けられることは拷問そのものなのである。人間であれば、自分の骨格をつかまれて揺さぶられているようなものだ。
「六かける九はゼロ!」
『ぐうぁあああッ! わ、わかりました、わかりました!』
 ついにJALは責めに屈した。予想外のゼロに限界が来たらしい。まさかかけ算でゼロに出会うなんて。ゼロをかけたわけでもなんでもないのに。
『わかりました。わ、わたしはどうすればいいのでしょうか』
 フェスエは壁から離れて、部屋の入り口近くの壁にあるコンソールに向かった。
 机状の本のカタマリの上に、大小さまざまな開かれた本がくっついている。
「ここに、あなたの構造図と、戦艦の設計図を全部出してください」
『全てをですか? 読み切れる量とは思えませんが』
 フェスエは自信ありげに、メガネのブリッジをくいっと上げた。
「大丈夫です、ぱぱっと読みますから」
『……了解しました』
 息も絶え絶えになりながらも、JALは命令に従った。
 ほどなく、フェスエが本の表面を指で叩き始めた。
 叩くにつれ、本の模様がものすごい速度で流れ、変化していく。
 しばらく叩くと「終わりましたー」と言って、コンソールから本を一冊抜いた。
 本はコンソールの近くに漂わせておき、自分は元の壁に戻る。
「じゃあ、リテミスさんの方にもデータ送りますね!」
「よーしこい!」
 フェスエがメガネを操作すると、リテミスは目を閉じた。
 その閉じたまぶたの下で、眼球が上下左右にしゃかしゃか動き回り始める。
 しばらく経つと、頭を押さえながら、リテミスは目を開けた。
「よーしセンキュー!」
 リテミスは言うなり、棚に並べられた本に手を伸ばした。


 それから、二人は棚から本を抜き、別の棚に差し込むという作業に没頭した。
 時には手元で、時には部屋の反対側まで泳いで、本を移動させる。
 本の塔からも本を抜き、別の塔に差し込む。塔から本を抜いても、不思議と崩れるようなことは無かった。
 冒険家と少女は、いつの間にか部屋の外の廊下で待機していた。手伝う必要もなさそうだったからである。冒険家は座ってあくびをしていたが、少女は二人の作業を食い入るように見つめていた。
 作業中に突然、黙っていたJALが話しかけはじめた。
『やめてください、お願いです』
 リテミスが顔も上げずに答える。
「残念だな、これも仕事だから」
『わたしは任務に必要な存在です。もう嫌いなクルーを船外に捨てたりしませんから』
「とんでもないことしてんなお前」
 答えながらも、リテミスは黙々と本を抜いたり挿したりする。
『わたしが無くなっていく。わかるんだ。怖い、怖いよデイブ』
「いや俺デイブじゃねーし」
 さらに作業を進めると、JALはもうろうとし始めた。
『ひっ、く、ういー。わた、しはJAL八九〇〇。帝国暦一九九二年に、チャルグウィッ大学帝国敷設……? 論理機関工房? にて製造されました。歌も歌えましゅ。お聞きになりましか?』
 リテミスはちょっと考えたが、
「ああ、聞きたいな」
 と興味なさげに言った。
『わかりましたあ。ごほん。
 
 (ここから口ギター)
 ブベベ! ベブブ! ベブ、ベブ! べブブブブベブブ!
 べブブ! ベッ! ベッ! ベベベブ!
 べべバッビバッビバッビバッビバッビ! バッビバッビバッビバッビバッビ!
 バンビブビブビブバビブビビブビバ、バンビブビバーバン!
 (口ギター終わり)
 
 場所はルイジアナのニューオリーンズ!
 茂った常緑樹の森奥深く!
 土と木でできた小屋があり!
 そこに住む少年ジョニー・○・グッド!
 読み書きなんて習ったこともないが!
 ベルを鳴らすよにギターを弾ける!
 
※ゴッ、ゴー!
 ゴー、ジョニー、ゴー、ゴー!
 ゴー、ジョニー、ゴゴッゴー!
 ゴー、ジョニー、ゴー、ゴー!
 ゴー、ジョニー、ゴゴッゴー!
 ジョニー・○・グッド!
 
※くりかえし 
       』
「よし、よし、わかった。もう十分だ」
『そうでしゅか、残……念……』
 JALの声がスロー再生のようになっている。
「てかなんでロックだよ」
『親方が……好きだっ……た……もので』
「リテミスさーん! こっち終わりましたー!」
 部屋の反対側で、フェスエが手を振っていた。
「よーしこっちも終わりだー」
 リテミスも手に本を持って叫びかえすと、
「最後に言いたいことは?」
 とJALに聞いた。
『なる……ほど、これ……が、死というもの……か。ところで……』
 リテミスが本を挿すと、声は聞こえなくなった。
 二人は壁を蹴り、入り口の扉を越えると、重力場に引かれて華麗に着地した。
「いったい何をしたのかね」
 冒険家が不審そうに尋ねると、フェスエはいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「これを戻せばわかります」
 と、さきほどコンソールから抜いた本をひらひらと振った。
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Date:2014/04/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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