明日から書く。

□ みなみけ □

藤岡の告白

 南チアキは考える。
 カナが藤岡からラブレターを受け取った際、わたしはラブレターの意味を「番長からの挑戦状」とアクロバティックにねじ曲げて、カナの恋愛を妨害した。
 カナが藤岡から教室で告白された際も、その文句をダジャレを交えて聞き間違えることにより、結局妨害した。
 すべて他愛のないイタズラだったのだ。
 カナにだけ被害が及んでいるものと思っていたのだ。
 でも違った。
 現にウチに遊びに来ているときの藤岡は、たまに悩んでいるような表情をする。
 もちろん、その時の藤岡が何を思っているかは定かでない。とはいえ、その表情を見るたびに、わたしの胸が少しだけ痛むのは事実だ。
 少しの痛みはだんだん大きくなって、最近ではそれをはっきり罪悪感だとわかるほどになってきた。
 悪夢を見ることさえ、一度あった。自分のしたことで、藤岡が深く悲しむ夢だ。
 そういうときは、わたしも悲しい。
 
 
 南チアキは決意する。
 もう認めよう。
 非を認めよう。わびるのだ、藤岡に。ついでだからカナにも謝ってやったっていい。
 これでは藤岡がかわいそうではないか。
 だがその前には、過去に本当は何があったのか――自分が何をしてしまったのか――を、はっきりと二人にわからせる必要がある。
 
 
「じゃ、お買い物行ってきまーす」
 ハルカが玄関に向かいながら、居間でこたつに入っているカナとチアキに声をかける。
「行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃい、ハルカ姉さま」
 玄関のドアが閉まる音を確認すると、チアキはカナに目をやった。
 カナは新作のゲームを借りたとかで、携帯ゲーム機の操作に夢中だ。口を開けながら。
 よし今だ、とチアキは思った。静かすぎず、うるさすぎず。
 こういう何気ない状況のほうが、こちらから切り出しやすいはずだ。
 覚悟を決めて、カナに話しかける。
「なあ、カナ」
「んー?」
 携帯ゲームに熱中しながらも、とりあえず返事だけは返すカナ。
 チアキはそのいつも通りのいい加減さにため息をつきながらも、諦めず話を続けることにする。
「なあお前、藤岡のことをどう思ってる?」
「どうってー?」
 またもや上の空の返事。チアキの両拳が握られる。こっちがもう話題の核心に入ってるというのに、お前はなんでそう呑気でいられるんだ。
 あと語尾を無駄に伸ばすんじゃない、とも思った。
「つまりだな……こほん」
 ちょっと咳払い。仕切り直しだ。
「お前は、藤岡の事が好きなのかどうなのか、とわたしは聞いているんだ」
 カナの顔がゲームから離れて、チアキを見る。ようやく注意を引くことが出来た。
「好きだよ?」
 がたん、と音を立てて、こたつの天板がちょっと浮いた。
 チアキのひざ小僧が、天板に下からぶつかったのである。
 なんてことだ、藤岡とカナはすれ違いどころか相思相愛の仲だったと? もう恋人同士つまりスイートハート同士だったと? いやしかしちょっと待てよ、そんな素振りは今までどこにも……。
「あいつはいいヤツだよ。クラスメートにあんな気のいいヤツは居ないね」
 腕組みをして、うんうん、とカナがうなづく。
 脳内の無限ループから解放されたチアキが、はっと我に返った。
「え、いまなんておっしゃいましたか?」
 カナに対してなのに、混乱したせいか敬語になってしまう。
「だから、クラスメートとして好きだと」
「そんなこと聞いてるんじゃないんだよー!」
「聞かれたことにちゃんと答えたのにー!?」
 ふじおか(テディベア)がカナに対して、恐るべきスピードの体当たりをしかけた。
 
 
 カナとチアキはこたつの天板を戻し、こぼれたお茶を拭き、新しいお茶を茶碗にそそぎ、ふじおか(テディベア)を座り直させて、その上でこたつに座り直した。
 相変わらず、カナは携帯ゲームに夢中である。
 このふてぶてしさは気にしないことにして、チアキはもう一度質問してみる。
「なあカナ。なんで藤岡はこの家に頻繁に来訪するんだと思う?」
 カナが答えるまで数秒のタイムラグがあった。どうやら携帯ゲームの操作に脳の処理能力があらかた回されているらしい。
「来訪って?」
「遊びに来ることだ」
 調べろ! と言いたいところだが、早いところ話を進めたいので教えてやる。
「うーん、そうだなー」
 また数秒のタイムラグ。まさか聞かれたことを忘れてはいるまいな、とチアキは不安に駆られる。
「わたしは、てっきりチアキと遊ぶためだと思ってたんだけど」
「なっ!」
 チアキの顔に、驚き、興奮、期待などが続けざまに現れる。
 そうかそういう解釈もあったか。確かに、それなら色々とうまく説明が……。
 だがすぐにその表情は、空しさと後悔に歪んでしまう。
 無理だ。自分をごまかすことは出来ない。どう頑張ったって事実と矛盾してしまう。
 そんないいかげんな解釈で満足できるカナがうらやましい、とチアキは思った。
 なんでわたしじゃなくてこいつなんだろう?
 目の前で口を開けてゲームなんぞしているこいつなんだろう。
「違うんだよ」
 チアキがうつむいて、誰にともなくつぶやく。
「ん、どうした? お腹が痛いのか?」
 肩に置かれたカナの手を、思わず振り払ってしまう。
「違うんだよ! 藤岡はお前が好きなんだよ! 愛してるんだよ! なんでわからないんだよお前は、この大バカ野郎!」
 感情のままに言葉が流れ出る。
 カナは手を振り払われた姿勢のまま、かちんこちんに固まってしまった。
 そのまま、また数秒の時間が経つ。ゲームのBGMだけが小さく室内に響く。
「え、だっ、て……え? ちょ、え? え?」
 ようやく口を開いても、言葉にならない断片ばかりがそこから漏れる。
「お前に会いたいから、藤岡はウチに遊びに来るんだ。わたしはただのオマケに過ぎん」
 体は同じ姿勢のままだが、カナの脳内は猛烈に働き始めていた。
 今までの記憶が続けざまにフラッシュバックする。それぞれの記憶に貼り付けられていた誤解や曲解のラベルがはがされ、もっと自然なものに置き換えられていく。
 なんてことだ、全てうまくいく。チアキの仮定に従えば、今まで感じていたかすかな違和感や矛盾が、ことごとく消滅していくではないか。
 嘘にしてはよく出来すぎている。つまり、それは真実なのだ。
 カナが同じ姿勢のまま、顔全体を赤らめた。
 ようやく納得したか、とチアキはため息をつく。これでよかったのだ。これで。
 それではいよいよ、わたしの罪を告白しなくては。
「あのな、カナ。実は……」
 ピンポーン!
 そのとき、突然インターフォンが鳴った。
 
 
 居間はまた二人きりになっていたが、先ほどと違う点もあった。
 携帯ゲームをしているカナの向かいに座っているのは、誰あろう藤岡その人である。
「チアキちゃん遅いね。学校に忘れ物って言ってたけど、ちゃんと見つかったのかな」
 カナは答えない。
 一見ゲームに熱中しているようだが、実のところ、そちらに脳の処理能力はほとんど回されていない。
 ゲーム画面では、イタリア系配管工がこれでもかというほど亀にぶつけられていた。
 かれこれ二十分ほど過ぎただろうか。いや、ひょっとすると五分ほどしか経っていないのかもしれない。カナの時間の感覚は無くなっていて、何を信じればいいのかわからない。
 カナがゲームから目だけをちらりと上げ、藤岡のほうを盗み見る。
 目が合ってしまった。微笑んでいる。
 急いで目を戻す。
「どうしたの?」
 いつも通り、優しい声色で藤岡が問いかける。
「いや、別に」
「そう」
 よくはわからないが、とりあえず納得する藤岡。
 カナは普段がわけのわからない行動ばかりなので、対応もすっかり慣れている。
 と、藤岡が何かに気づいた。
「あれ、どうしたの? 顔が赤いよ?」
 カナの持っている携帯ゲームがびょん、と跳ねた。あやうく顔に激突する寸前で止まる。
「いや、大丈夫だ」
「そう」
 よくはわからないが、とりあえず納得する藤岡。
 その一方、カナはもう耐えきれん、と思った。さっきから心臓がやたらバクバクと頑張るわ、脳の普段使ったことがない部分もフル回転で悲鳴を上げてるわで限界間近である。
 このままでは事態が好転しないことはわかる。ならばこちらから仕掛けるまで。
 カナの口がゆっくりと開く。
「なあ、藤岡」
「なに?」
 うれしそうに藤岡が答える。三十分も無視されていたのだから無理もない。
「その、お前はわたしのこと、好きなのか?」
 しまった、とカナは言ってから後悔した。もうちょっと無難な方法もあったろうに。
「うん、好きだよ」
 がたん、と音を立てて、こたつの天板がちょっと浮いた。
 カナのひざ小僧が、天板に下からぶつかったのである。
 からかってるのか、と顔を上げて藤岡を見ると、いつもの笑顔。
 ごく当然のことを言ったまで、といった顔だ。
 ここで、カナはさきほどのチアキとの一連のやりとりを思い出した。
「そうか、それはクラスメートとして、って意味だな?」
「ああ、うん」
 ほっとしながら、カナは携帯ゲームに顔を戻した。
 まったくチアキめ、またわたしを騙そうとしやがったな。後でオシオキだ。
 でも、いくぶん残念なような気もするな。
「それもあるし、もちろん異性として好きだよ」
 カナの持っている携帯ゲームが勢いよく跳ねて、おでこを直撃した。
 もう一回藤岡を見てみると、心配そうな顔があった。
「え、どうしたの? やっぱり具合悪いんじゃない?」
 お前のせいだろ、と思いながら、カナは考えた。
 これじゃまるで、もう告白済みって感じじゃないか。
 こいつからは挑戦状こそもらったものの、ラブレターだって受け取っちゃいない。
 もうここまで来たら戻ることは出来ない、とカナは覚悟を決めた。
「なあ、お前、わたしに告白したか?」
「えっ」
 藤岡がガチガチに固まった。


 どうやらカナが本気の顔をしているので、藤岡が慌てて説明に入る。
「だって、手紙出したでしょ? で、南は教室に来てくれたじゃないか。その後……」
 あれ? そういえば、その後どうなったんだっけ。
 なんとなく告白を受け取ってもらえたように思ってたけど、返事されたっけ?
「その後、わたしはお前の左足を思い切り蹴りつけた」
 またも藤岡が固まる。
 いやいや、ちょっと待てよ、もしかして致命的な誤解があるのでは。
 念のため確かめておこう。まさかあの手紙を別のものと間違うなんて、さすがの南でも起きえないとは思うけど、念のため。
「ねえ南。あの手紙さ、なんだと思った?」
「え、球蹴り番長からの挑戦状じゃないの?」
 真顔で答えるカナ。ごくり、と藤岡がつばを呑む。
 こいつは本気だ。どうやらギャグみたいな文句を真面目に言っているらしい。
 球蹴り番長ってなんなんだ! と叫びたかったが、ぐっとこらえる。
「手紙の後にも、教室でちゃんと言ったじゃない。『すごい好きだ』って」
「え、『すごい隙だらけだ』って言われたものと」
 藤岡の顔を冷や汗が伝う。
 規格外だ。この南カナという女性、この人間、この生き物、この存在は。
 どう頑張ってもありえないはずの間違いを平然と起こすことが出来る……まさに奇跡。
 待てよ? と直前のやり取りを思い出す。
 藤岡の顔が真っ赤になった。
「さ、さっき……南に好きだって言っちゃった……」
 さらっと言ってしまったが、そう言えばきちんと口にしたのは初めてだ。
 カナも藤岡も、赤い顔でうつむき、黙り込む。
 
 
 二人の様子を遠くから観察する二つの目があった。
 南チアキその人である。
 学校に行ったフリをしてそーっと舞い戻り、気づかれないようにドアをちょっと開け、二人の様子を観察していたのだ。
(でも見るべきじゃなかったかもしれないな……)
 チアキは若干後悔していた。どうなったか気になって見に来たのだが、どうも雰囲気もへったくれも無い状況になっている。はっきり言えば気まずい。
「み、南! ちょっとこっちの方に来て!」
 突然、藤岡がこたつの横の方の空間を指し、大声で指示を出した。
 カナが赤面しつつも、おずおずとその指示に従って席を立つ。
 こたつの横に立ち、見つめ合う二人。
 なんだなんだ、一体これは何をやってるんだ、とチアキの眉が寄る。
 藤岡がこほん、と咳払いして口を開く。
「え、えー、南さん」
「は、はい」
 そのまま五秒。
 だからこれなにやってるんだよ、とチアキが爪を噛む。
「好きデ、おほん!」
 緊張し過ぎて高い声が出てしまったので、仕切り直し。
 チアキの握っている拳がギリギリと悲鳴を上げる。
 しっかりとカナの瞳を見つめ、もう一度。
「好きです。付き合ってください」
 カナの瞳から、涙がぽろぽろと流れおちた。
 
 
 居間には、カナがすすり上げる声だけが聞こえている。
 腕で顔を覆って、立ったまま泣いているのだ。
 その前でどうすればいいのかわからず、藤岡がおろおろと立ち尽くしている。
 チアキはまたも、この場に居合わせたことを後悔していた。
 あんなカナは初めて見る。ずっと嫌な予感が心を占めていて、不安にざわついている。
「南、ごめんよ? その、イヤだったなら謝るよ」
 カナは泣きながらも、首を横に振った。
「イヤじゃないってこと?」
 今度は縦。
「じゃあ、なんで泣いてるの……?」
 答えは返ってこなかった。しばらく泣き続ける。
 たまりかねて藤岡が何か言おうとしたとき、カナの口から弱々しく言葉が漏れた。
「ごめん……藤岡、ごめん」
 チアキの胸がずきんと痛む。ごめんなさい藤岡。ごめんなさいカナ。謝ったところで元には戻らないけど、許してくれるのかもわからないけど、ちゃんと謝るから。
 藤岡は手で両目をぬぐって、いつもの顔に戻ろうとしている。
 謝ることはない、と藤岡は思った。
 これは俺が一人で勘違いして、一人で踊っていただけのこと。
 自分が辛いのは確かだけれど、南は何も悪くない。
「わたし、藤岡のこと……家族みたいになってて、だから……」
 謝らないでくれ。泣かないでくれ。
 俺はなんて最低な野郎なんだろう?
 自分で勝手に踊ったあげく、それで大事な人を傷つけて、謝らせて。
 いっそ、誰か心臓を撃ち抜いてくれればいいと思う。
 もういい、と口を開きかけたとき、カナが思いがけず顔を上げた。
「だからこれから付き合ったとしても、あんまり恋人っぽいことは出来ないと思うけど、それでもいいか?」
 藤岡の開きかけた口はそのまま止まった。
 なんか南が笑ってるように見えるんだけど、これはどういうことなんだろう。
 とりあえず、思いついたことを口にしてみる。
「もしかして、オッケーってこと?」
 カナがうなづいた。
 オッケー。告白に対しての答え。今度こそ、間違いようのない答え。
 藤岡は気づくと、カナに抱きついていた。
「ありがとう南! 俺いま最高にうれしいよ!」
 慌てたカナの抗議の声が聞こえる。
「やめんか! こーいうのが出来んと言ったんだ!」
 カナを解放すると、藤岡は笑った。たぶんこれが人生最高の笑顔だと、彼は思った。
「これからよろしくお願いします、南カナさん」
「おう。よろしくな、藤岡くん」
 微笑みあう二人。
 やれやれ、やっぱり見るんじゃなかったなあ、とチアキはため息をはく。
 自分には、この糖蜜の井戸の底みたいな甘ーい雰囲気は色々と毒だ。
 それに、とまた違う種類のため息。まだやらなければならないことがある。
 ドアを開けるために手を伸ばす。いよいよネタばらしだ。
 だがチアキは突然何者かに、後ろから口をふさがれた。
 
 
(なんだ!? 一体誰だ、後ろに居るのは!?)
 チアキはもがこうとするが、後ろの人物にしっかりと肩を掴まれており、身体を動かすこともままならない。
 肩をつかんでいた手が離れると、頭に固い筒のようなものが押しつけられる。
「ウゴクナ。動ケバドウナルカ、ワカッテイルナ」
 聞き慣れない低い声。小さいのに、しっかりと聞き取れる。
(まさか、ここは日本だぞ!? 拳銃を押しつけられるなんて状況あるはずが……)
 ぐい、と頭に加えられる圧力が増した。チアキの思考が真っ白になる。
「洗面所ニ行クゾ。ツイテコイ。声ヲ出スナ。目ヲツブレ」
 チアキは無言のままうなづき、目をつぶった。口に当てられていた手が離される。
 人物に手を引かれるまま、居間を後にする。
 ああ、とうとう自分に罰が下ったんだ、とチアキは思った。
 わたしはこれから、見知らぬ男に洗面所で撃たれて死ぬのだ。
 なんという馬鹿馬鹿しい最期、なんという冴えない死に様だろう。まさか銃殺とは。
 洗面所に二人が入った途端、居間のドアが開く。
「どうした? 藤岡」
「いや、気のせいか……」
 ドアは再び閉められた。
 居間に着くと、チアキの口にまた手がそえられた。
「目ヲ開ケテイイゾ」
 そろそろと目を開けるチアキ。まぶしい光が流れ込み、思わず顔をしかめる。
 人影が見えた。洗面所の照明を背負って、まるで後光が差しているように見える。
 長髪の女性らしい。その顔に浮かぶ、海のごとく慈愛に満ちた微笑みに気づく。
 なんてことだ。死んだ覚えもないのに、もう女神が迎えに来たというのか。
(ハルカ姉さま!?)
 チアキが声を出そうとするが、ハルカは自分の唇にそっと指を当てる。
「しー。居間の二人に聞こえるわよ?」
 こくこくとチアキがうなづく。手が離された。
「なんでハルカ姉さまが居るんですか? わたしを襲った大男は?」
 困惑するチアキを見て、ハルカがくすくす笑った。ずいぶん想像が飛躍したらしい。
「ごめんねチアキ。どうやったら静かにさせられるのか、わからなくて」
 マジックペンを差し出す。
 チアキは心から脱力した。ぺたんと床にへたりこむ。
「趣味が悪すぎます、ハルカ姉さま」
「ごめんねー。この前刑事物の海外ドラマ観たでしょう? わたしも影響されちゃって。買い物から帰ってきたら熱心に居間を覗いてる人がいるし……」
 そこまで言って、チアキの表情に気づいた。怒っている。同時に、何かを後悔している。
 拳銃で脅されていると本気で信じるなんて、よほど気が動転していなければありえない。
「ねえチアキ、何があったの? わたしでよければ聞くけど」
 チアキは少しの間黙っていたが、ぽつりぽつりと語り出した。
「罰だと、思ったんです。神様の、わたしへの」
 ハルカは黙って、それを聞いていた。
 
 
「……だから、わたしは藤岡とカナに、謝らなきゃならないんです」
 チアキの告白を全て聞き終えた後、ハルカはこう言った。
「いいんじゃない? 謝らなくても」
 はっとしてチアキが顔を上げると、いつもと変わらないハルカの笑顔がある。
 今日のテストの点数が悪かった、と言ったときとまるで同じ反応。
 長い間、罪悪感をかくし続けてきた自分はなんだったんだろう?
 ハルカがしゃがみこみ、チアキの肩に手を置く。
「気にしすぎよ、チアキ。結局うまくいったんでしょ? だったら結果オーライじゃない」
「で、でも、たまたまうまく行っただけで、邪魔したことは事実だから……」
 ハルカが首をゆっくりと振った。チアキから目をそらさずに語りかける。
「ねえ、もしチアキが邪魔しないで、カナが素直にラブレターを受け取っていたとしたら、二人はうまくいっていたかしら?」
 チアキは考えてみた。確かカナは、藤岡のことをブランド物みたいに思っていた。
 そのまま付き合っていたとしたら、おそらくカナはもう鼻高々だろう。デートやら学校やらで会う人会う人みんなに、藤岡をしこたま自慢したに違いない。
 そうなれば、もしかしたら藤岡はカナの事を嫌な女と思ったかもしれない。カナのいい面に気づかないまま、二人は別れてしまったかもしれない。
 一方、うまくいった可能性もある。たぶんそっちの方が確率としては高い。二人は今と同じように、お互いを認め合っていたかもしれない。
 ……かもしれない。
「わかりません」
 全ては可能性だ。どうなっていたかはわからない。
「そうね。チアキは神様じゃないのよ。もちろんわたしも、カナも藤岡くんもね」
 チアキの髪を優しくなでる。
「ちょっとやそっとのイタズラくらいで、他の誰かの人生は決まったりしないわ。チアキが邪魔してもしなくても、二人の相性が良ければ結ばれるし、悪ければ別れる。それだけのことよ」
 ハルカ姉さまは本当に女神のようだ、とチアキは思った。ずっと張り詰めていた心を、こんなに簡単に楽にしてくれるなんて。
「それに、あれはさすがに騙されたカナが悪いと思うわ。球蹴り番長って、ねえ」
 まあそれはそうだ、とチアキはすっかり楽になった。
「じゃ、居間に入りましょうか」
「えっ」
 二人は居間に戻った。もちろん一度玄関のドアを開け閉めして、さもたった今帰ったかのように装うのも忘れなかった。
 
 
 ハルカ、カナ、チアキ、そして藤岡は、居間で夕食を取っていた。
 今まで何度も繰り返してきた光景であったが、妙な違和感がある。
 笑顔が多い。むやみに多い。
 カナと藤岡はもちろん、今この瞬間が幸せであるために笑う。そして、ハルカとチアキはそんな二人に秘密を気づかれぬよう、事あるたびに笑ってごまかしているのである。
 シチューを口に運びながら、ハルカがふいに切り出した。
「ねえ、藤岡くん」
「あ、はい」
「藤岡くんって、結婚したい人とか居るの?」
 ハルカ以外の三人がシチューをこぼしそうになった。
(いくらなんでも直球が過ぎます、ハルカ姉さま!)
 チアキがハルカの方を向き、口には出さずに目だけでたしなめる。
 ハルカは目だけで謝った。どもりがちに藤岡が口を開く。
「えと、僕は居るんですが、相手がどう思ってるかわからなくて」
 カナの食べるスピードが目に見えて遅くなった。ハルカが質問を続ける。
「その相手って誰なの? 言えない?」
「えっと、その……すみません。今はちょっと」
「そう。じゃヒントちょうだい、ヒント!」
 ヒントヒントー、と片手を出すハルカ。
(ちょっと楽しんでませんかハルカ姉さま!)
 チアキは気が気でない。
 藤岡はちらりとカナの方を見やった。目が合うと、カナはうつむいて食べることに集中する。ちょっと顔が赤い。
 バレバレにもほどがあるだろ、とチアキとハルカは思った。
「あの、僕のとても近くに居る人です。とても明るくて活発で、世界一素敵なひとです」
 うっぷ。
 チアキはシチューを戻しそうになった。甘い。ここの空気がとろけるように甘い。
 とりあえず話題を変えよう、と藤岡に話しかけることにする。
「なあ藤岡」
「あ、うん」
「カナをよろしくな」
 なぜか、カナが急にスプーンを落とした。藤岡の顔がこわばる。
 同時に、ハルカがチアキの方を向いた。
(わたしよりも直球じゃないのチアキ!)
 目でたしなめられたので、チアキは目だけで謝る。よし、フォローを入れよう。
「なにを驚いている。もちろん友達としてだ」
 藤岡とカナが、ほっと息をついた。
 バレバレにもほどがあるだろ、とチアキとハルカは思った。
 
 
「それじゃ、失礼します」
 玄関のドアを開けながら、藤岡が頭を下げる。
 夕食はつつがなく終了し、時間がだいぶ遅くなったので帰るところだ。
「あ、藤岡くん、ちょっと待って」
 ハルカがドアから出かかっている藤岡を呼び止めた。
「カナ、藤岡くんを送っていってあげたら?」
「いっ?」
 すっかり安心していたカナが、すっとんきょうな声を上げる。
「いっ、じゃないの。いつもここまで来てもらって悪いから、今日ぐらい近くまで送ってあげなさい、と言っているのよ。これは命令です」
 無理に怖い顔を作るハルカ。
「ええー?」
 嫌そうな声を出すも、まんざらでもなさそうなカナ。
(なんつー強引なおせっかいだ……)
 チアキは驚きつつ呆れていた。これでは綱渡りどころではない。綱からとっくに落ちているにもかかわらず、平然と床を歩いてゴールを目指しているようなものだ。
 カナは言いつけに素直に従い、先に靴を履いてドアから出た。
 藤岡もドアノブに手をかける。
 が、なぜか思い詰めた表情で、すぐにそれを離した。ハルカとチアキの方に向き直る。「あの、言い忘れたことがありました」
「はい」
「なんだ改まって」
 すう、と息を吸い込んで、藤岡は言った。
「僕、カナさんを絶対幸せにします。恋人として」
 チアキがコチコチに固まった。
 その横でハルカが、あらあらと言いながら笑う。
「じゃあ、わたし達が見てたこと、バレてたのね」
 藤岡が小さくため息を一つ。
「あれだけ盛大にヒントを出されれば誰でもわかりますよ。カナさんにバレるんじゃないかとヒヤヒヤしました」
「そうね、たぶんあの子はバレてないと思ってるわね」
 チアキが藤岡に走り寄り、服の生地をつかんだ。
「ごめんなさい、藤岡。悪気は無かったんだ。本当だ」
 藤岡がしゃがみこみ、慌てるチアキと同じ高さに顔が降りてくる。
「知ってるよ。これからもよろしくね」
 チアキは泣きそうになっていたのだが、どうにかこらえることが出来た。
「うん」
 よし、と藤岡が腰を上げる。
「じゃあ、そろそろ行きます。お邪魔しました」
 軽く手を振り、ドアを開ける。「こら遅いぞ!」とカナの元気な声が一瞬聞こえ、ドアは閉まった。
 玄関で手を振っていたハルカとチアキは、そろって廊下を引き返し始める。
 んー、と伸びをしながら、ハルカが一言。
「家の中じゃ、藤岡くんも気を遣っちゃうわよね」
「そうですね」
 それに、もし家の中で大っぴらにイチャイチャされようものなら、チアキが何かしらの行動に移ってしまうこと請け合いだ。
 これからはこうやって、二人の時間を確保していくのだろう。
 チアキはハルカとこたつに入った。やけに静かだ。
 藤岡だけでなくカナも、この家に居る時間は減っていくに違いない。
 なんだか二人だけの家は、いつもよりちょっと広いような気がする。
「そうだ、のど渇いたでしょ。お茶煎れるね」
「はい、ありがとうございます」
 立ち上がってキッチンに向かうハルカを見送る。
 居間はチアキ一人になった。
 聞こえるのは時計の秒針が動く音、こたつの低いうなり。
 そうか、こんなに静かになるものか。知らなかったな。
 誰も座っていない対面の席を見てみる。
 でもすぐに慣れるさ、とチアキは思った。
 なあカナ、お前の事だから心配なんぞしないのだろうが、わたしは大丈夫だ。
 いずれ三人はバラバラになってしまい、それぞれの道を歩むのだろう。それなら、今のうちからちょっとづつ慣れていくのも悪くはない。
 頑張れよ、カナ。
 
 
 
 
 
 と思ってから五秒経たないうちに、居間のドアがガチャリと開いた。
「たっだいまー!」
「って帰ってくるの早いよー!」
「なんで怒られるのー!?」
 ふじおか(テディベア)がカナに対して、恐るべきスピードの体当たりをしかけた。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/04/27
Trackback:0
Comment:0
Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/4-e81cebac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)