明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

書庫へ出発

 リテミス、フェスエ、そして冒険家の三人はエレベーターに乗って移動していた。
 床にはカンテラが三つ置かれている。本をくっつけて出来ているようなデザインだ。
 ずいぶん凝ってるな、と冒険家は思った。
「『書庫』に行くなんて久しぶりです!」
 フェスエは到着が待ちきれない、といった様子だ。
 その一方、リテミスはひたいに手を置いてため息を吐く。道のりは険しそうだ。
「なかなか到着しませんね!」
「そうだな、もうずいぶんと長く閉じ込められてるが」
「書庫は遠いんですよ、もうしばらくお待ちを」
 と、長い移動が終わり、エレベーターのパネルがチンと鳴った。ドアが開く。
 そこは暗い場所だった。
 最初はエレベーターの明かりに照らされた近くの本棚しか見えなかったが、目が慣れてみるとどうやら倉庫のようで、遠くまで同じような本棚がたくさん並んでいる。
 しかし、見渡す限り全ての本棚が空のようだ。リテミスが三つのカンテラを持ち上げ、明かりを点け、先頭をきって歩み出た。芝居がかった仕草で振り返る。
「レディース・エン・ジェントルメン、カンテラをどうぞ」
 カンテラをフェスエと冒険家にひとつずつ手渡す。
「このカンテラはいわゆる命綱です。くれぐれもお忘れなきよう」
 くるりと前を向く。
「それでは、参りましょう。危険な旅へ」
 三人は歩き出した。両脇を通り過ぎる空っぽの本棚にはさまれて、果てのない暗闇が待ち受けている。フェスエが何かに気づき、「あ」と小さく声を漏らした。
「リテミスさん、わたしたちは一人ずつだから、『レディー・エン・ジェントルマン』が正しいんじゃないですか?」
 リテミスはちっ、と舌打ちした。
「マニュアルにそう書いてあんだよ」
 
 
 本棚は最初こそ空だったが、進むにつれてちらほらと本が置いてあるようになった。
 冒険家は本を見つけるたびに足を止めてぱらぱらとめくっていたが、やがて本を見る時間が減っていき、ついには歩きながら背表紙をちらと見るだけになった。ため息をもらす。
「無いもんだな」
 フェスエが前を歩く冒険家をちょいちょい、とつついた。
「『無い』って、いったいどんな本をお探しなんですか?」
「ああ、その、だな」
 ぽりぽりとほほをかく。
「やはり言えないんだ。わけがあって」
「そうですか……」
 フェスエはあごを触りながら、ちょっと考えた。そういえば、カウンターでこの人が何か言ってたな。
「『ここにしかない本』なんですよね?」
「ああ、そうだ。間違いない」
「だったら……たぶん『長老』が知ってます」
「長老?」
「ですよね、リテミスさん!」
 リテミスが振り返って言った。
「最初っからそこに向かってるの」
 暗闇を進むにつれ、歯が抜けたように、本棚の置かれていない場所が目立つようになった。だんだんと、本棚が少なくなってくる。まばらに置かれているだけになり、ぽつんと孤立するようになり、そしてついに、見当たらなくなった。周り中ただの暗闇で、どこを歩いているのかわからない。いつの間にか、天井すら無くなっていた。
 暗い平原を歩く。
 たまに山積みになった本に出会ったりしたが、もう三人とも目もくれなくなっていた。
 そこからさらに歩くこと三十分ほど。暗闇に多少飽きてきたころ。
 急に、空いっぱいにたくさんの星明かりが灯った。
「わああ、キレイですねえ!」
 口を開けながら、空を見上げるフェスエ。
「お、ちょうどいい時間に来たみたいだな」
 リテミスも立ち止まり、空を見上げる。
 しばらく星空に見とれる二人。冒険家も空を見上げていたが、多少混乱していた。
 明るかった空が暗くなって、星が見え始めるのならわかる。だが、暗闇だったところに突然星が現れるなんて。雲でもあったのか?
 ふと冒険家は、空の真ん中に小さな丸い、暗い部分があることに気づいた。そこには星が全く無いようだ。なんだろう、新月だろうか?
 いやそもそも、ここは図書館の中なのでは?
 そして地平線が、あふれる光で満たされた。
 
 
 近づいてみると、光は都市だった。
 どうやら住宅地の向こうに、たくさんのビルが林立しているらしい。ビルはそれぞれ色とりどりに輝いていて、それが地平線に見えた光の正体だった。
 一番近い民家の壁に近寄ってみると、それは互い違いに組まれた長細いレンガで出来ていた。さらに接近すると、全てのレンガに何か文字が書いてある事がわかる。
 まるで本の背表紙だ。
「いや、これは……まさか」
 冒険家が壁を調べながら、驚きの声を上げた。
「そう、もうおわかりでしょうが」
 リテミスが壁を指し、説明を始めた。
「この壁は本でできています。この『書庫』内では一番手に入れやすい素材ですからね」
「これが……これが全て本、だと?」
 右と左、街灯に照らされて地平線まで続く家屋の群れ。
 いや、よく見ると、道路や地面まで本だ。積まれた本の上に、三人は立っているのだ。
「し、しかし、これでは本を取り出すのが大変だろう」
「ああ、それは大丈夫です。本を探したり、取り出すのは機械の仕事でして。テレポートを使うんで、奥にあっても関係ないですし」
「だが壁の中の本が抜けてしまったら、家が崩れるんじゃないかね」
「それも心配無用です。ここにある本は全蔵書の中のほんの、ほんの一部です。確率的に、ここから本が取り出されることは非常にまれです」
「なるほど……」
 冒険家はため息まじりに、手のひらで壁を叩いた。
「この図書館の広大さは想像を絶するな」
 そのとき、別の家屋から物音がしたので、三人は思わず物陰に隠れた。
 家屋の壁の一部がまるでドアのように開き、中から人影が出てきて、ドアを閉める。
 そして車のような物体に乗り込み、都市へと走って行った。
 物陰から出てくる三人。
「この家は本ではないのかね? 一部分だけ固まって動いたぞ?」
「あー、それはですね。実はこの『書庫』内は物理法則が外と多少異なるんです。結果として、まあ、言ってみれば魔法のようなものが可能になってるわけで。本に水を含ませて、エイッ!」
 リテミスが両手を合わせて、気合をこめるような仕草をする。
「って感じで、本を固めて好きな形にしてるんです。乾くまでくっついてるんですよ」
 冒険家は頭を抱えてしまった。
「いままで行ったどこよりも、この図書館は奇妙な場所らしい」
 
 
 住宅地を抜けると、そこはまぎれもない都市だった。立ち並び天を突く壮麗なビル郡、ビルの壁に張り付いた巨大で華麗な広告パネルたち、そしてビルの間を走る四車線の道路、道路を埋め尽くすように駆け抜ける自動車やバイク。しかしひとつ奇妙な点があった。
「わーい本だらけだー!」
 無邪気にはしゃぐフェスエ。走りながらビルの壁をなで、道路をなで、とにかく色んなものをなでまくる。
 そう、それらは全て、よく見ると本で構成されていた。住宅と同じくビルも本のレンガで出来ており、歩道と車道の舗装も同じ。広告はモザイク模様だし、道路に並ぶ街灯さえ、本を高く積み上げた先に明るく光る本がくっついているのだ。
 さらに、自動車やバイクに至っては、大まかに乗り物の形に組まれた本のカタマリが浮かんでいるという有様である。
 冒険家はもはや言葉も無かった。口をあんぐりと開け、目の前の現実をなんとか受け入れようと頑張っている。
「まあとにかく、色んな本がありまして。それを組み合わせれば、なんでも作れるんです。本の種類によって、水を含ませるとくっついたり、反発したり、あるいは光ったり……」
 慣れた調子で、リテミスが都市の光景の秘密を淡々と説明する。
「……どうりで、空気がむせかえるようなインクの匂いになるわけだ」
 なんとか立ち直った冒険家がつぶやくと、リテミスも匂いをかいでみてから、言った。
「これでも、匂いは薄いほうなんですよ。雨が降った直後みたいですから」
「へえ、これでかね」
 言われてみれば、歩道の本がしっとり濡れているような。
「じゃ、行きましょう。『長老』のアパートへ」
 三人は連れ立って歩き始めた。
 
 
 街は今帰宅ラッシュらしく、歩道はビジネススーツに身を包んだ人間であふれている。
 しかし、またしても二つほど奇妙な点があった。
 歩道を歩いている人間の、いや都市中の人間の肌が雪のように白い。しかも白い肌の上に、びっしりと文字が書きつけてある。
 また、歩道は人であふれているにもかかわらず、三人はすいすいと進めた。まったく人にぶつからない。
 ああ、とフェスエは気づいた。もちろん、この二つの点は関係があるのだ。
 冒険家を追い越し、リテミスの肩をたたく。
「リテミスさん、リテミスさん!」
「なんでい嬢ちゃん」
「ペイント忘れてます」
「あっ!?」
 リテミスは声を上げると同時に立ち止まり、フェスエがリテミスにぶつかり、続いて冒険家がフェスエにぶつかった。
 リテミスがあわててビルの間の小路に駆け込むと、あとの二人もそれに続く。冷や汗をぬぐいながら、リテミスが言った。
「あぶねえー、そりゃ変だよなあ。みんなこっち見てくるわ、避けられるわ」
「わたしたちが『本』じゃないってバレちゃったでしょうか……」
 心配そうなフェスエを、リテミスがなだめる。
「まあ、それは大丈夫だろ。早めに気づいてくれて助かったぜ、嬢ちゃん」
「えへへ」
 話に入りそびれていた冒険家が意を決して口をはさんだ。
「ど、どういうことだ、いったい」
 フェスエが指を立てて説明した。
「えっとですね、『書庫』内に住んでるのは全部『本』なんです」
「はっ?」
「だから、ペイントしないとバレちゃうんです」
「はっ……?」
 混乱するばかりの冒険家に、リテミスが補足を加える。
「つまり、今歩道を歩いていたのは……というか、『書庫』の中に居る生き物は全て『本』なんです」
「う、動いとったぞ、生きていたぞ」
「生きてる本です。光ったり動いたり浮かんだりする本と一緒で、特殊な本なんです」
「と言われても、とてもじゃないが信じられん」
 両肩を上下させるリテミス。
「まあ、信じる信じないは自由です。でも事実ですからねえ」
 冒険家はかぶりを振った。とりあえず、今すぐ理解することは諦めよう。
「では、『バレる』というのは何だ」
「ここでは、『書庫』の外の世界があることはトップシークレットです。『長老』や、他の一部の人間……〈出来上がっていく本〉しか知らないんです」
「なぜ隠すんだ」
「ご自分が図書館の収蔵物になれば理由がわかると思いますよ。たとえ図書館が宇宙より広かったとしても」
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Date:2014/04/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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