明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

ドラゴンの最期と、少年の帰還について

 それは思っていたよりはるかに、はるかによく燃えた。
 体に火がついた瞬間、ドラゴンはロボットから離れ、飛びながら壁にぶつかって消火しようとした。しかし、それはいたずらに本を燃やしただけで、ドラゴンの残りの人生を長くするものではなかった。まもなくドラゴンの全身に炎がまわり、そして墜落した。
 少年の自伝もまた、よく燃えた。
 ドラゴンを中心にして、炎の輪が広がっていく。それはゆっくりとではあるが、確実に床一面を覆いつくそうとしていた。それは広大な炎の大海になろうとしていた。
 さらに、壁にまで燃え移りはじめている。
 その光景をぼーっと眺めていた少年だったが、ふいに手を引かれて気がついた。少女が、少年の手を引いている。
「こっちです!」
「は、はい」
「早く! 炎が回らないうちに!」
「は、はい!」
 二人は走り始めた。らせん階段を一段飛びに降りて、最下層にたどりつく。
 炎はもうすぐそこまで迫っているようで、むせかえるような熱気が二人を包んだ。よく見ると、壁も一部が燃えはじめていた。
「こっち、こっちです!」
「はい!」
 少女に手を引かれて、少年も走った。今では、どこを目指しているのか少年にもわかり始めていた。広場だ。本棚の無い広場。エレベーターで避難するつもりなのだ。
 本棚の間を抜け、走る。そこかしこで、少年の自伝が燃えてゆく。
 暑い。顔から、体から汗が吹き出る。すぐにシャツがぐしょぐしょになった。だが、先頭を走る少女はもっと暑いはずだ。汗をぬぐわずに走る。
 思ったより火のまわりが速かったようで、炎や崩れた本棚で出来た行き止まりにぶつかることが多かった。そのたびに、少女は「こっちです!」と少年を別の方向に誘導した。
 しかし、少女の走るペースがだんだん遅くなってきていた。見ると、息がかなり荒い。無理もない。今では周り中から炎であぶられているようなものだった。
 壁を見ると、それはもはや地獄の火炎から出来ているように見えた。
 とうとう、少女が立ち止まった。また行き止まりだ。通路が燃えている。ひざに両手をつき、必死に口から酸素を取り込もうとする。
 これ以上は、走れないか。
「あの」
 少年は炎を見つめながら、少女に話しかけた。時間が無い。
「は、はい……」
「この、先ですか」
「ええ、もうすぐ」
 ごほっごほっ、と咳き込む。
「このちょっと先です」
「そうですか」
 もう一回、炎を見る。
 しょうがないか。
 覚悟、決めるか。
 少年は少女の横に立つと、
「よい、しょおおおおっ」
 少女をお姫様だっこした。ちなみに、人生初のお姫様だっこである。
「どりゃああああああ!!」
 そしてそのまま、炎に向けて突進した。
 
 
 案外、突進してしまえばあとは簡単だった。
 本棚の残骸を踏みつぶし、炎を抜けると、そこは開けた広場だった。本棚の無いここまでは、炎も回らなかったようだ。
 広場の中心、円形の模様のところまで来ると、少年はひざをつき、少女をなんとかゆっくり降ろした。
 少女がせきこみながら、エレベーターに「開け」と命令する。
 床から柱がゆっくりとせりあがって来た。はいつくばってそのドアに向かう。
 ドアを開き、中に入る。床にへたりこむと、少女が「カウンターへ」と、かぼそい声でなんとか命令できた。
 ドアが閉じて熱気を遮断し、エレベーターは動き出した。
 助かった。
 二人とも、床にあおむけに寝転がった。その場でしばらく呼吸を整える。
 まさかドラゴンやら大火事やらに襲われて生き残れるなんてなあ。この子のおかげだ。
 それに本が燃えなければ、もしかしたら今頃……。
 あっ。
 なにかに気づき、少年は少女の方を見た。
 目が合う。正直気まずい。でも言わなきゃいけないよなあ。
「あ、あの……」
 身体を起こし、おずおずと少女に話しかける。少女も起きた。
「はい?」
「その……」
 素早く土下座して、頭を床にガツンと打ち付けた。
「すみませんでしたあっ!!」
 少女はぽかんとそれを見つめている。
「その、燃やしちゃった本は、なんていうか、一生かかっても弁償しますんで」
 少年は涙腺が痛むのを感じていた。ああ、大変なことをしてしまった……。
「あ、ああ。別に大丈夫ですよ」
「へっ?」
 顔を上げる。別に、少女に怒ってる様子も困ってる様子もない。
 どういうこと?
「閲覧室にあったのは、図書館の誇る蔵書のほんの、ほんの一部です。それに、あそこにあった本とほとんど同じ本が、まだ書庫には大量にあるんです。炭素原子がひとつ、シリコンに置換されてるだけ、ってレベルの」
「え、じゃあ……」
 少女はにっこりと笑った。ホントひまわりみたいな笑顔だ、と少年は思った。
「全然、痛くもかゆくもないんです。大丈夫ですよ」
 少年は再びへたりこんだ。よかった。ホントによかった。
 と、床に置かれた少女の手が目に入った。
 ついさっきまで少女に手を握ってもらっていたことを思い出す。しっかりと、励ますような感触。そしてぬくもり。なんだかその、照れくさい感じではある。
「あの、あと」
 言いながら、座りなおす。
 少女の手をしっかり両手で包む。気持ちが伝わるといいけど。
 この手に、助けられたのだから。
「ありがとうございました」
 少女はまたぽかんとしていたが、やがて手を握られていることに気づくと、
「い、いえあの、これも仕事でございますですので」
 などと言いながら、そっぽを向いた。
 照れているのである。
 
 
 エレベーターがカウンターに着くと、二人はそこから這い出し、またしばらく冷たい床に横になっていた。三十分もすると少しは元気になったので、少年が起き上がる。
 そろそろおいとまする、と少女に告げた。
 少女は驚いたが、すぐに事務的な笑顔になる。
 わかりました、と言った。
 壁の大きな真鍮の枠に歩みより、横のボタンを押し込む。
 突然レンガ壁が溶けて泥になり、それが動いて枠の中に暗い空間が出来たと思うと、金属のレールが出てきて、その横をたくさんのドアが滑走しはじめた。
 すぐにドアの動きは遅くなり、止まった。
 レールの左側に止まっているのは、見慣れたドアだった。
 そう、学校の図書室のドアだ。
 ドアをはさんでいた機械が離れ、レールもひっこんだ。
 宙に浮いたドアの周りにすぐ泥が戻ってきて、ドアと枠の間を埋める。
 泥はすぐに固まったが、元通りのレンガ壁にはならなかった。その代わり、ドアの周りに本来あるはずの壁を選んだようだ。
 真鍮の枠の中には、図書室の内壁と、そこにはめ込まれた学校のドアだけが残った。
 紙で出来たドラゴンを見たあとでは、むしろこのドアや壁が奇妙なものに思える。
 立ち上がると、足がすごく痛い。こんなに全力で走ったのはいつ以来だろう?
 ほんと、今日はへんてこな一日だった。どんな本にも載ってないくらい変だった。
 変だけど、今になってみると、楽しかった。
 少女がカウンターに戻った。少し元気がない。なんだか、今ではこの少女を他の友達の誰よりも古くから知っているような気がしていた。
 お世話になった少女にこんな思いをさせて悪いとは思う。
 でも、この機会を逃せば、もう帰ることはないような気もしていた。ここはあまりにも刺激的で、魅力的すぎるのだ。そして現実は、このドアの向こうはあまりにも平凡で。
「じゃあ……もう行きます」
 少年は軽く手を振って、痛む足をひきずりつつドアに向かった。つとめてさりげなく、痛みに集中して何も考えないようにしながら。
 ドアに手をかけようとする。
「あ、あの」
 呼び止められた。
 参ったな、帰れなくなっちゃうよ。
「えっと、今日は、ありがとうございました」
 少女がぺこりとお辞儀をした。俺が何をしたっていうんだろう?
「お客さんの普段のお話を聞いているとき、すごく楽しくて。わたしも『高校』に行って、『げえせん』で遊んでる気分になれて……お客さんがとってもうらやましくて、その、うまく言えないんですけど」
 ああもう、帰れなくなっちゃうよ。
「だから、ありがとうございました」
 またお辞儀をした。今度は顔を上げない。顔を見られたくないのだろう。
 ドアに手をかける。ひんやりとした感触。しっかりとした現実の手触り。
 開けようとして、思いとどまった。
「あの、また来ます!」
 しまった、思ったより大きな声になってしまった。
 少女が驚いて顔を上げた。
「やっぱり弁償します。お金を持ってきます」
 帰れなくなりそうだ。
「一生働いて、頑張って働いてお金つくって、ここに持ってきますから」
 帰りたくない。
「それまで、待っててください」
 少女は笑顔になった。ひまわりみたいな笑顔。
「はい」
 かくして、少年はドアをくぐった。
 
 
 それから数え切れないくらい、少年はいろいろなドアをくぐった。
 しかし、あのときの図書館につながることはついになかった。
 それでも彼は生きた。現実に適応した。恋をして結婚した。子供を設けた。
 幸せに暮らした。
 それでいいと、そうなってくれれば幸せだと、少女は思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そこまで読んで、少女は顔を上げた。あいかわらず誰も来ない。
 バタバタとうるさかったドアの行列も終わってしまい、真鍮の枠の中はただのレンガ壁に戻っていた。
「ちょっと館長! これ読み終わっちゃったじゃないですか!」
 猫に話しかけると、猫はこりこりと前足で顔をかき、
「そんなこと言われても。来るような気がしたんだにゃ」
 と言った。
「もー、今度こそ来ると思ったのにい」
 ブラシ必要なかったなあ。
「その本面白かったか?」
「ぎゃあ!」
 いきなり背後から声をかけられて、少女は飛び上がった。
「り、りりりりリテミスさん!」
「いや、そんな驚かなくても、フェスエの嬢ちゃんよ」
 声をかけたデカいおっさん、リテミスはぽりぽりと顔をかいた。
 フェスエと同じように司書の制服を着ているが、こちらは下が黒いスラックスで、上が半袖シャツに紺色のネクタイとチョッキだけの簡易版だ。
「いつの間に来たんですか、会議は?」
「さっき終わったんだよ。で、面白かったか」
「え? そ、そうですねえ……」
 フェスエはうーん、と腕組みをした。
「最後あたりにきて破綻しました。無理やり落としたっていうか……あと図書館じゃない場面が説明不足かなと。『高校』とか『ゲーセン』の情報もあまり無いし」
「はー、厳しいねえ」
 短い銀髪をかきあげ、本をのぞいてみる。フェスエがここここ、と最初の方を指差す。ああなるほど、異世界ファンタジーか。説明不足は痛いな。
「まあ、図書館の本がいつも面白いとは限らないもんな。というか九割方はクズだと言われてるくらいだし……んん? ちょっと待て」
 突然、リテミスがフェスエから本をひったくった。
「あっ!」
 フェスエが取り返そうと手を伸ばすも、器用に避けながら本を読み進める。
「この司書、こりゃフェスエの嬢ちゃんそのものだ。すごい偶然だな!」
「で、でしょー、すごいでしょ!」
 リテミスに言われて、若干ぎこちなく胸を張るフェスエ。
「ていうか、そんな偶然あり得ねーな。……検索したな?」
「え」
 フェスエが固まった。
「自分の出てくる作品を検索したんだな」
「ええまあ、そうです……」
「あれほど私的利用は控えるように言ったのににゃ」
 館長もとがめるように口をはさむ。
 二人に怒られて、背中を丸めてちっちゃくなるフェスエ。
 そんなこんなで、その日は結局誰も四十二番カウンターに来ないのであった。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/04/29
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/34-6817a4be
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)