明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

少年、図書館で巨大生物から逃げ回る

 ドラゴンのシルエットがぐんぐん大きくなる。
「ギャアアアアア!」とドラゴンが叫んだ。
「ギャアアアアア!」と少年も叫んだ。
 叫んでいるだけでは命が危ないと気づいたので、少年は本の山から全速力で逃げ出した。
 少年が山から離れた一瞬のち、ドラゴンが地響きをたてながら山をまたいで着地する。
 手近の本棚の陰に回り込んで隠れる少年。自分の息が耳に響くのを感じながら、本のすきまを通してドラゴンを眺める。
「グワアアアアア!!」
 びりびりと空気を震わせ、ドラゴンが雄たけびを上げた。
 どうやら着地の際に少年を見失ったようで、辺りをキョロキョロと見回している。
「なんだよ……あれ……」
 少年は目にしたものが信じられなかった。
 それはただの動物ではなかった。頑丈そうな角が頭から何本も生え、どんな物体も切り裂けそうなかぎ爪を持った腕と脚、自動車をサンドイッチみたいにして食べれそうなほど大きなアゴに鋭い牙。
 しかも身体が象など目じゃないくらい大きいくせに、翼をはばたかせて宙を舞うことが可能らしい。どうして可能なのかって、こっちが聞きたいくらいだ。
 ただし、それが動物かどうか怪しいものだった。なぜなら、身体全体が紙で出来ているような気がしたからだ。というのも、その表面に文字がびっしりと書きこまれているように見えたのである。
 と、
『ぴんぽんぱんぽーん!』
 突然館内中に、大音量で緊張感の無いマイク音声が響いた。
「うおっ!?」
「グワッ!?」
 少年とドラゴンがそろって驚く。
『お客さん、聞こえてますかー?』
 この声は、と少年は気づいた。ここまで案内してくれた少女の声じゃないか。
『えー、ただいま書庫から[噛み付く本]が逃げ出した模様です! もしかすると閲覧室まで行くかもしれないので、気をつけてください!』
 少年は思った。あ、あのドラゴンってやっぱり本だったのか。
 というか教えるの遅いでしょ? ねえ? 
 ドラゴンを見ると、匂いでもかぎつけたのか、少年の隠れる本棚の方向にまっすぐ向かってくる。
 少年は足音をたてないように気をつけながら、よつんばいになって走り、本棚の横に隠れた。ほどなく、先ほどまで少年の居た位置にドラゴンが鼻先をつっこんで匂いをかぎ始めた。
 ドラゴンの暖かい息が棚ごしに吹きつける。本棚に背中を預けながら、早くこの怪物がどこかに行ってくれることをひたすら願う。
 すると、願いが天に通じたか、ドラゴンが顔をひっこめた。諦めたか。音が出ないように気をつけながら、小さくため息をつく。
 ずしん! 
 背後で大きな音がしたかと思うと、本棚がぐらりと倒れた。
 振り向いた少年は、ドラゴンと目が合った。
 しばらくの間。
 手でも振ってみるか。少年は苦笑いしながら手を振った。
 
 
 手を振りながら、少年の脳裏には生まれてから今までの人生が、まさに走馬燈のようにクルクルと慌ただしく再生されていた。
 赤ん坊のころ栃木で生まれ、東京に引っ越してきたのが小さいころ。その頃なぜか石けんを食べたのを妙によく覚えている。小学校と中学校は地元の学校に行き、その頃はよく友達に給食のデザートをあげていた。というかとられていた。高校は電車通学。その頃できた友達とは今でもよく遊んでいる。大学は……あ、いま高校生か。行き過ぎました。
 で、ある日学校の図書室のドアを開けたと思ったらなんかわけわからん図書館とやらにつながっていて、へんてこな女の子に調書をとられて検索エンジン見て、そしてこの部屋に来てお守りもらって自分の自伝読んでドラゴンに襲われてるわけだ。あれ、こっち来てからのほうが思い出長くないか。
 はて、と少年は気づいた。お守り? 
 手を振るのをやめ、ゆっくりと腰に手を持っていく。あった。お守りと一緒にもらったホルスターをベルトの上から巻いていたのだ。
 ホルスターのボタンを外し、素早くじゅ……お守りを取り出し、両手で構える。
「形勢逆転だな、バケモノめ」
 ちょっと唇をなめ、引き金に指をかける。
 少年は思った。まさか本当に撃つことになるとは思ってなかったけど、ホントもらっといてよかった。あの女の子に感謝しなくては。
 目の前でわずかに動くドラゴンに狙いを定める。
 息をゆっくりと吐き出し。
 引き金を、引く。
 ポン! 
 何も起きなかった。
 なんだかパソコンの警告音に似た音が鳴っただけ。
 冷や汗が吹き出る。
 もう一回。
 ポン! 
 もう一度。ポン! もういっちょ。ポン! もうひとふんばり。ポポン! 
 あれあれ、と少年はお守りの横を見た。どうもさっきから何か動いている気がする。
 確かに、お守りの横には文字が浮き出ていた。
「充電してください」
 少年はお守りをドラゴンに投げつけると、はじけるように駆け出した。
 あの女の子はなんだろう、殴ったらいいのかな? 
 
 
 少年は本棚の間を駆け抜けていた。
 そしてその後ろを、うすらバカでかい怪物がついて走る。
 ついさっきまではジグザグに走ってかく乱しようとしていたのだが、どうも後ろの怪物は細かくターンするどころか障害物をよけるという発想も無いらしく、本棚をぶち壊してばかりで効果が無いし被害を増やすだけなのでやめていた。
 本棚の森を伐採しながら疾走する竜巻のごとく、少年の背後から大量の本や本棚の破片をまきあげながらドラゴンがばく進してくる。
「だれかなんとかしてー!」
 息を切らしながら少年は叫んだ。そのせいでちょっと走るのが遅くなったが、どうせもうすぐ追いつかれるのだから構わないだろう。
 本棚の置かれていない広場に突入し、駆け抜け、また本棚の間に分け入る。広場の真ん中の床には丸い模様がついていた。
『お客さん、お客さん!!』
 また館内放送。そうだ、まだあの娘がいるじゃないか!
『どうも閲覧室に[噛みつく本]が逃げ出してしまったようです!』
 知ってるよ!
『じゅ……お守りを使えば撃退できると思います!』
 役に立たなかったよ!
『それでも無理だった場合は、本棚の置いていない広場を目指してください!』
 え、なんで?
『丸い模様に[開け]と命令すれば、エレベーターが出てきます! それで避難してください!』
 あ、さっきのやつか。
「言うのおせえええええ!!」
 少年は叫びながら、本棚の間を駆けた。
 すると、目の前には壁があった。とうとう閲覧室の端に来たのだ。
 もうこれまでか。
 少年は壁のタイルがぐんぐん迫ってくるのを見ていたが、やがてまだあきらめないことに決めた。
 壁にタッチすると、とりあえず左にむかって壁沿いに走ってみる。
 すぐ後ろでドラゴンが壁にぶつかり、煙のようにタイルの破片をまき散らした。
 
 
 ずしん、と衝撃を体に感じながら、少年は走り続ける。
 すこし経つと、目の前に黒塗りの金属で作られた柱のようなオブジェが見えた。
 らせん階段だ。壁から突き出た何枚もの床を突き抜けている。
 一瞬迷ったのち、少年はそれを登っていた。あのドラゴンはさすがに階段は登れないだろうから、これで上に避難すれば、とりあえず命は助かるだろう。
 足でステップを駆け上がるだけでなく、右腕で手すりを引き寄せるようにして、全身で登る。登る。五階分登ったところで、ドラゴンの大きなあごが届かないと思われる高さまで行くことができた。
 らせん階段から降りて床にへたりこむと、らせん階段が大きく揺れた。ドラゴンがぶつかったらしい。ぜいぜいと息を切らしながら、床の手すりから頭を出して下を眺める。
 怪物は悔しそうにこちらを見上げ、牙をむいて威嚇していた。
 よしよし、これで大丈夫そうだ。生きて帰れる。
 頭をひっこめて床に座り込み、大きく息をする。今になって、ひたいに汗が吹き出してきた。そででぬぐう。やれやれ。大変な目にあったわい。
 下からは、まだドラゴンのうなり声が聞こえる。
 主にももの部分が傷みだしていたが、なんとか我慢して起き上がり、ちょっと歩いて移動することにする。この高さなら安心だとはいえ、真下にバケモノが居座っているのは落ち着かないものだ。
 立ち上がったついでに、また手すりから頭を出し、様子を見る。ドラゴンは諦めもせず、まだこちらを眺めていた。
 びっ、と中指を立てて挑発してみる。
 へっ、バケモノにピースだこのやろう。
 でもピースじゃないなこれ。
 ドラゴンは多少落ち着いていたが、挑発の意味がわかるのか、また盛んに吼えはじめた。
 ざまあみろ。
 少年は体をひっこめ、歩いて五十メートルほど移動してみた。
 座り込み、ももを叩いたり揉んだりしてみる。
 とりあえず、これで大丈夫だ。あとは待っていれば、あの女の子か、もしくは図書館の別のスタッフが対処してくれるだろう。
 あれ? そういえば図書館のスタッフはあの女の子しか見てないぞ。
 館長どころか、他に誰一人として少年の前に現れていない。
 不況なのかなあ。
 そこまで考えたとき。
 ドラゴンが目の前を大きな翼ではばたいていた。
 あーそっかあ、飛べるのかあ。
 違うんです。
 中指立てるのは僕の故郷では「あいしてる」のサインなんです。
 申し訳ありませんでした。
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Date:2014/04/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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