明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

少年、図書館で本を読む

 エレベーターを降りると、そこは巨大な図書館だった。
 本棚が右に左に、前に後ろにどかどか並べられ、地平線まで続いているように思えた。
 振り返ると、地面から生えたエレベーターの柱があり、後ろにも本棚の森がある。
 さらに見上げると、かなたに見える壁からもいくつもの床が張り出し、本棚が並んでいるのがわかる。本がつながって壁になっているようにしか見えないので、壁はおそらく二百か三百メートル、下手をすればもっと遠いに違いない。
 床と床の間は、らせん階段やチューブ状のエレベーターでつながっていた。
 そして、天井は……はるか高いところにあった。そこから上品な光が降り注ぐ。
 まるで巨大なパイプの中に立っているようだ。
「ほへえー……」
 少年はあまりの広さに圧倒されていた。
 と同時に不安にもなった。
 こんな莫大な量の本の中から、自分の探してる本をどうやって見つけるんだろう? 
「あの、どこに俺の本があるんでしょ?」
「これ全部です」
「うええー!?」
 少年は腰を抜かしそうになった。
 もう一度、周りを見てみる。
 本、本、本。一面の本。これが全部、俺の自伝だって……? 
「い、一冊じゃないんすか!?」
 少年が思わず聞くと、
「え、わたしそんなこと言っちゃいました!?」
 少女が驚き、青い顔になった。
「……いえ、言ってないです、大丈夫です」
 がっくりと肩を落とす少年の様子にも気づかず、ほっと息をついた少女がマニュアルを見ながら説明を始める。
「えーと、手始めとして、お客さまの自伝全体から無作為に抽出した一億冊ほどをご用意致しました。何かご要望があれば、またおっしゃってください」
 座り込みたい衝動を必死にこらえる。思ってたのとだいぶ違う展開だ。
「あ、そうだ、これ」
 少女がポケットから何か金属のカタマリを取り出した。
 少年にそれを手渡す。ずっしりと重い。
 銅か何かで出来たロケットのようなものから、握り手と……引き金が出ている。
「えーと、あのコレ」
 言いかけた少年の肩に、少女がポンと手を置いた。
「お守りです」
 握り手と引き金が出ている。
「いや、あきらかにコレじゅ」
 反対の肩に、少女がポンと手を置いた。
「お守りです」
 少年は少女の瞳を見つめた。
 あ、聞くなって書いてある。
「……どうも」
「まあ、念のためですので。何もないと思いますから、安心してください」
 にっこりする少女。
 安心して、って言うには何かあるんですね? 
 ここ図書館ですよね? 
 
 
 少女がエレベーターに乗って帰ったあと、少年はとりあえず手近の本棚を見てみた。
 同じような……というか、普通の図書館ではありえないことだが、棚いっぱいに同じ本が並んでいた。
 背表紙にはただ「自伝」とあり、大きさは普通のハードカバーの小説くらい。
 上品な紺色のカバーがかかっている。
 適当に一冊を選び出し、眺める。
 表紙には大きく筆文字で「自伝」。絵すら無し。我ながらシンプルすぎないか、と思いながら著者が自分であることを確かめる。
 最初からめくってみる。
 誕生、そして小さい頃、幼稚園、小学校、中学校、高校。ふむ、ここまでは確かに自分の人生が書いてあるようだ。
 確かに、この自伝の作者は俺だ。
 問題は……そう、そこから先。
 「大学編」をめくる。
 すぐ閉じる。
 ゆっくり息を吸って、吐き出す。体中に、どくんどくんと血が流れるのを感じる。いや、ちょっと待って、これ読んでも大丈夫なのか? 未来を知ってしまった上で、明日からも生きていかなきゃいけないのか?
 そこまで思ったところで、本棚いっぱいの自伝と、そして自伝を満載した本棚がわんさか並んでいる図書館に気づいた。
 そうか、自伝はひとつじゃない。まさか図書館にある本が全部一緒の内容なわけないから、自伝の中身は一冊一冊で違うってことだ。
 つまり、ここから先の人生はひと種類だけ書かれているわけじゃなくて、少なくとも一万種類、いやそれ以上あるはず。
 ならひとつ読んだところで、これから何が変わるわけでもない。気に入らないなら、別のコースに進めばいいだけだし。
 あーでも緊張する。もしこれで将来、公園とか川原で暮らしてる人になってたらどうしよう。
 いやそれはない、と言い聞かせる。それだったら自伝なんか書かないだろう。
「ただの本だ」
 声に出してみる。すこし落ち着いた。そう、単なる本に自分の人生は縛れない。
 意を決して、ページをめくる。
 少年は本をめくる手が止まらなくなった。
 大学、仕事、恋愛、結婚、出産、子育て、老後。
 そこには決して波乱万丈ではないが退屈でもない、平凡だが他の誰にも真似できない物語が展開されていた。
 間違いなく、ここに描かれているのは、これを書いたのは自分だ。
 一気に読み終えると、ため息をひとつ。
 そして本を床に置くと、別の本を手に取り、勢いよくめくり始めた。
 
 
 広大な本棚の森。その開けた一角に、本を積み上げた小山ができていた。
 山のふもとに寝ていた少年が、むっくりと体を起こす。
 何時間かぶっ続けで自伝を読み続けたので、疲れて眠ってしまったのだ。
 ぼりぼりと頭をかく。
 ぼんやりと自伝の山を見る。
 大きさも表紙もばらばらの本の山。
 なんだかもう何回も産まれて、懸命に生きて、そして死んだ後のような気がする。
 同じ本棚にある本はだいたい同じ内容だった。
 少し歩いた本棚に行くと、結末が多少違っていた。
 もっと遠くまで足をのばすと、人生のより早い時期に変化が出ていた。
 遠くに行けば行くほど、人生が違ったものになっていた。
 恋愛をするか、しないか。結婚するか、しないか。子供がいるか、いないか。
 もっと大きく変化したのが職業だった。
 会社員、デパート店員、フリーター。プログラマー、ウェブデザイナー、エンジニア。高校教師、大学教授、保父さん。ロック歌手、シンガーソングライター、オペラ歌手。画家、書家、彫刻家。デザイナー、イラストレーター、漫画家。漫才師、ピン芸人、放送作家。などなど。
 世間から見て成功したものもあれば、失敗したものもあった。
 だが自分自身の満足度は、どうやらそれとは関係が無いようだった。
 ひとつではなかった。未来はひとつなどではなかった。
 両手でも持ちきれない、あふれんばかりの可能性だった。
 少年の目の前に可能性が本となって積み重なり、そびえたっている。
 ここで一番大切なことは、可能な全ての人生が、同じ幹から伸びた枝であることだ。
 その幹とは今までに歩んできた人生であり、そして全ての枝が間違いなくこれから自分の進むことが出来る道であるという、説得力に満ちたものに思えた。
「俺ってできる子だったんだなぁ……」
 少年はつぶやき、にやつく。なんだか、久しぶりに心の底からワクワクしていた。
「できる、できる!」
 近くの本を手に取り、天井の照明にかざした。
 そこには、「総理大臣ができるまで」と書かれていた。
「やったるぞー!!」
 少年は決意した。
 きっと今までの自分からは想像できない自分になってやる。
 と、そのとき。
 照明の真ん中に穴が開いていることに気づいた。
 最初はどうでもいいことだ、と思っていた。
 この図書館に着いてからというもの、わけのわからない事ばかり起きているのだ。
 ささいな違和感まで、いちいち相手にしてはいられない。
 ただ、どうも穴とは別に、照明に何かのシルエットが動いているのが気になった。
 それはドラゴンに見えたし、実際「グワオオオオ!!」と鳴き声をあげた。
 そしてもちろん、こちらに飛びかかろうとしていた。
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Date:2014/04/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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