明日から書く。

□ けいおん! □

えすえふ!

「あっ! いっけね!」
 わたしは下校の途中で(若干わざとらしいくらいの)大声を出した。
「どうした? 律」
 澪が怪訝そうにわたしを見る。
「どしたのりっちゃん?」
 唯も、相変わらずのとぼけた声で聞いてきた。
 わたしは頭に手をやって、台本通りの言葉を吐く。
「いやー、ちょっと学校に忘れ物しちゃった。数学の宿題のプリント」
「あら大変」
 ムギが口に手をやって驚く。
「おいおい。『今日は澪の家で宿題やろう』って言い出したの、律だろう?」
 ため息を吐きながら、澪が腰に手を当てた。
 その横で梓も呆れ顔。
「あははー、面目ない次第で……」
 おっと、もう時間が無い。
「みんなで取りに行こうか?」
 唯の提案を、わたしは素早く手を挙げて止めた。
「いや、一人で大丈夫」
 わたしはその場できびすを返し、四人に手を振る。
「じゃあ、みんな先に行ってて! 後で合流するから!」
 背中の向こうからバラバラに帰ってくる返事を聞きながら、わたしは走り出した。


 というわけで、わたしは学校に戻ってきた。
 向かったのは一階の、ずっと使われていない空の教室。
 黒板を前にして、立つ。
「はあー」
 思わずため息が出る。何度同じ事を繰り返しても、こればっかりは慣れそうにない。
 せめてもうちょっと結果が出れば、気分も晴れるのだろうが。
 ええい、なるようにしかならないさ。
 ほっぺたを両手でぱしぱしと叩き、なんとか気合いを入れる。
 そして黒板に両手の手のひらをくっつけ、お決まりの呪文を唱え始める。
「スキャンを開始。氏名、田井中律。認識番号、49550-32-5-A。〈レディ=ドクター〉の権限に基づき、特別通路の使用許可を求めます」
 そのまま、少し待つ。同時に、誰にも見られていないことを祈る。
 大丈夫だろうな? 今、ちゃんと全身がスキャンされてるんだろうな?
 黒板を間違っていたら、このポーズはただのアホだ。
 おっと、背後で何かが動く気配がした。
 予想通り、「開かずのロッカー」が開いている。
 ロッカーの中に入って床に乗り、戸を閉める。
 床が音も立てずに沈み込み始めた。
 地下への旅。決して楽しいものでは無い。
 この下には〈報告室〉がある。
〈公社〉との連絡は、この街の中でもここでしか出来ない。
〈ケージ〉への情報漏れを防ぐため、外との連絡手段は本当に最低限しか無いのだ。
 でもなあ、せめてわたしの家の近くにも入り口を造ってくれれば、どんなに楽か。
 
 
 目の前で小さなドアが開く。
 たどり着いたのは、まるで薄暗い法廷だった。
 一つの証言台と、その向こうに並んだ十の裁判官席。
 全てがのっぺりとしたスマートスチール製で、愛想のカケラも無い。
 わたしはこれから、上層部にこれまでの研究成果を裁かれるというわけだ。
 やれやれ、ともう一度重いため息をつき、ドア横のハンガーから白衣を取る。
 白衣をはおって前の飾りボタンを留め、ポケットに入っていたメガネをかける。
 証言台に立ち、目の前のデスクに触る。
 起動したデスクを叩いて暗証コードを打ち込み、手のひらを置いて静脈認証をかける。
 認証完了。
 あ、髪型戻してなかった。
 カチューシャをポケットに突っ込んで、前髪を下ろしてくしゃくしゃにする。
 よし、これで大丈夫。〈報告会〉の開始にそなえて前を向く。
 彼らにはこの格好の方が分かりやすいのだ。
 白衣の下が学校の制服なのを除けば、〈公社〉の研究所に居たときのままになっている。
 なじみ深い格好のはずなんだけど……なんだか違和感がすごい。
 こっちの髪型でメガネをかけてたときの方が、軽く十年は長いはずだというのに。
 ふいに、裁判官席が淡い光を放ち始めた。
 光はまとまり、人間の形を取り始める。
 完全にまとまると、そこにはホログラムで表された、〈公社〉の幹部たちが居た。
 疑い深い目つきのジイサンたち。
 やれやれ、と向こうにわからないように息を吐いた。
 楽しい報告会の始まりだ。
 
 
 先に口を開いたのは、中央の裁判官席に座った、最年長のプロジェクト主任だった。
『わがドクター。久しぶりだな、元気そうで何よりだ』
 わたしも義務的に答えを返す。
「はい、お心遣い頂き感謝いたします、わがロード=ハイネス。本来は礼装を着用すべきところ、失礼をお許し下さい」
 そこで主任に向けて、礼儀正しく最敬礼。
 姿勢を戻すと、他の幹部達をざっと見渡す。
「そして列席のわがロード諸賢に再びお会いできた事を、光栄に思います」
 そこで主任の隣に座った幹部が、ちょっとからかい気味に横やりを入れてきた。
『どうだね、〈ケージ〉の中の生活は? 快適かね?』
「はい、わがロード。申し分のない環境です。〈調整局〉によろしくお伝えください」
 幹部が満足そうにうなずく。彼は〈ケージ〉運用の最高責任者なのだ。
 儀礼的なあいさつが終わったところで、プロジェクト主任が口火を切った。
『では早速だが、きみが担当している実験の進捗状況を報告してもらいたい。例の〈平沢姉妹〉に関する、一連の実験の成果を』
「はい」
 気が重い。
 以上のやりとりは、もううんざりするほど繰り返されてきた。
 なにせ月一回の報告会を、二年半の間、ずっと繰り返してきたのだ。
 本来のプランなら半年で終わるはずの研究が、延長に延長を重ねているのだ。
 だから、もはや向こうで並んで光ってるお偉いさん連中も、今更わたしの口から「研究の新しい成果」が出てくるなんて、たぶん考えていない。
 ただ報告が義務だから、報告するだけ。それだけだ。
「それではわがロード諸賢、報告を始めます……」
 今回も、取り立てて報告すべきことなんて無い。
 なんとかレポートではオブラートに包んで表現しているが、ちょっと読めば誰にでもわかる。さすがに嘘をつくことまでは出来ないし。
 憂鬱な気分をなんとか無視するようにしながらデスク表面をなぞり、幹部たちにわたしのまとめた研究レポートが流れるようにする。
 ちょっと待ってから、口答での説明を始める。
「〈憂〉に発現した〈速習能力〉ですが、依然としてその能力値に変動は見られません。催眠状態において行った実験では多少のスコア上昇がありますが、これは日内変動の範囲内に収まっているため、有意な変化ではないと考えられます」
『〈憂〉には、他の〈能力〉は発現していないのかね?』
 幹部の一人が口をはさんだ。
 レポートを読めよ、と思う。「成果ナシ!」ってきちんと書いてあるだろ。
「いえ、発現は見られません」
『わかった。では〈唯〉はどうかね』
 他の幹部にわたしが追求される前に、プロジェクト主任が話題を進めてくれた。
「はい。〈絶体音感〉と限定的な〈速習能力〉の発現が確認されています。実験スコアはお手元の資料をご覧ください」
 しばらく、法廷は静まった。
 みな、自分の所に送られた資料に目を通しているのだ。
『ここ三ヶ月ほど、スコアの伸びが見られないようだが』
 幹部の一人から、胸にぐさっとくる質問が飛んでくる。
「……はい」
『きみは何か対策を打っているのかね?』
 だからちゃんとレポートを読めよ。「色々試したけど成果ナシ!」って書いてあるだろ。
「はい。〈素体〉の生育環境における発育阻害因子の絞り込みと排除を試みました。また、向精神薬の組み合わせと投与時期を変更し、〈埋め込み記憶〉の整理を行いました」
『選択的ニューロン阻害法は?』
「前々回の報告より、引き続き行っています」
『それでも、スコアが伸びないということか』
 わたしは一息置いて、言った。
「その通りです」
 ああ、胃が痛い。なんでこんなわかりきったことを、もう一度聞くのかね?
 再び、法廷は静まりかえった。
 
 
『わがドクター、失礼な質問だと取らないでいただきたいのだが』
 プロジェクト主任が重々しく口を開いた。
『ズバリ聞くが、この研究に……見込みはありそうかね?』
 幹部全員の目が、確実にわたしを捉えた。
 もはや疑惑を隠そうともしない表情で。
 そりゃ、三年近くも「成果ナシ!」じゃあ、見切りを付けられてもしょうがない、とは思う。
 主任から最も遠い位置に座った幹部が、嫌味たっぷりの口調でわたしを非難し始める。
『エステサロンと勘違いしているのではないだろうね? 研究が続く限り、あなたはその若さを保てる。だが、それにかかる費用のことも考えてくれたまえ』
 なんだって? エステサロンだ?
 こっちの苦労なんて、何も知らないクセに!
 内心ではハラワタが煮えくりかえっていたが、口を開くのはやめておいた。
 研究成果が出ていないこと、〈公社〉の会計がこの研究で多少圧迫されていることは、厳然たる事実なのだ。
『口を慎みたまえ、わがロード』
『……失礼した』
 プロジェクト主任が助けてくれた。
 たぶん、わたしを孫みたいに思ってるんだろう。
『同僚の無礼を許してくれたまえ、わがドクター』
「いえ、気にはしていませんので」
 さっきの幹部がにらみつけてきたが、知るもんか。
 主任が言葉を続けた。
『だが、わがドクターよ、使える時間には限りがあるのだ。これ以上続けても何も成果が出ないと判断するなら、即刻研究内容の変更を検討しなくてはならん』
「変更ですか?」
『そうだ。例えば研究に使う〈素体〉を変えるとか……』
「お言葉ですがわがロード、あれ以上の〈素体〉は居ません!」
 研究所で何年も何年も、DNA合成機とハイパーコンピュータと〈促成子宮〉の間を駆け回っていた日々を思い出す。やっとたどり着いたのだ、あの姉妹に。
『そうか。そうだとすれば、より事態は深刻だ。対応は急を要する』
 あの〈平沢姉妹〉がダメだとすれば、もう計画全体がダメだったということだ。
 それに、〈唯〉を……唯を失って別の誰かでやり直すなんて、絶体にイヤだ。
 たぶん、もうにっちもさっちも行かない所まで来てしまっているんだ。
「もともと……虫が良すぎる話だったんじゃないですか? 天才を造って、世界を救ってもらおう、なんて」
 わたしはいつもの報告会なら心の中に留めておいた言葉を、口にしてしまっていた。
『なんだと!?』
『謝罪したまえ!』
 一気に法廷が賑やかになる。
『静粛に! 静粛に!』
 主任がなんとかして、全員を黙らせる。
 わたしは深く頭を垂れて、謝罪の意を表した。
「申し訳ありません」
『今の発言は記録するかね?』
「はい。自分への戒めとします」
『わかった。……なあ、ドクターよ』
 急に主任がいつもの法廷での儀礼を越えてなれなれしくなったので、わたしは驚き、顔を上げる。
『世界はもう限界なのだ。壊れてしまっている。少なくとも、人間にとっては極めて住み辛くなってしまった。どこかに移住できるだけの体力も無い。このままでは確実に我々は滅びるだろう。残った道は環境の復元だ。この学校の周りに再現された環境を我々が再び取り戻すには、向こう百年は全力で働かなければならない。だがその前に、未だ残る争いの火種を消して、人類全体が団結しなくてはならない』
 ごほ、ごほ、と主任がせきこんだ。
 わたしが何か言う前に、続ける。
『世界は、人類は救世主を待ち望んでいる……世界の全てを見渡し、理解し、そして統率することの出来る人間を。それは我々の知っている人間の能力を超えている。だが、今はどうしてもそんな人間を超えた人間……つまり〈天才〉が必要なのだ』
 一気にしゃべり終えると、荒く息をする。
 わたしは自分の言った言葉が恥ずかしくなった。
 それは、皆がわかっていたことだからだ。
 恥をしのんで、〈天才〉になんとかしてもらおうとしているのだ。
 それ以外の方法ではうまくいかないと、身を持って知っているからだ。
「改めて、先ほどの発言を謝罪させてください。……しかし、研究は引き続き、今の方法で進めたいと考えているのですが、いかがでしょうか」
 ざわざわと、幹部同士が話し合い始めた。
 しばらくすると、意見がまとまったようで、また法廷は静かになった。
 主任がうなずく。
『いいだろう。それ以外の方法も今のところ無い』
「ありがとうございます」
 とりあえず、また生きながらえたわけだ。わたしも、唯も憂ちゃんも。
『だが気をつけたまえよ、わがドクター。年齢の固定処置は無制限に続けられるわけでもない。今だって、その身体には相当の負担がかかっているのだ。忘れないように』
「はい、心にとどめておきます」
『それでは、報告会は以上とする。解散』
 主任の合図で、幹部のホログラムは全て消滅した。
〈報告室〉にはわたし一人が残された。
 
 
 メガネを取って白衣を脱いで前髪を上げて、ロッカーから出る。
 忘れないようにカギが閉まっているか確認して、っと。
 にしても、これからどうすればいいんだろう。
 はあー。
 とりあえず問題は家に帰るまで先送りにすることにして、教室から出る。
 うなだれた格好のまま、ドアを後ろ手に閉めたとき。
「あら? 律じゃない」
「うわあ!?」
 ビックリしたわたしは、後頭部を思い切りドアにぶつけてしまった。
 ななな、なんで和がここに!
「え、ちょっと律、大丈夫!?」
 そのまま、無言で数秒経過。
「……あのー、見た?」
 わたしがロッカーから出てくるところ。
「見たって、何を?」
 キョトンとした表情で首をかしげる和。
 良かった、大丈夫そうだ。
「あーいや、別になんでもない。なんでまだ校内に居るの?」
「忘れ物取りに来たのよ。律も?」
「そ、そーそー! ちょっと資料を……」
「資料?」
 いかん、クチが滑った。
「じゃなかった、プリント忘れちゃって」
「へえー」
 一番会いたくない人に会っちゃったなあ……。
 カンが鋭そうだし、何も気づいてないといいけど。
 
 
 家に用事があるということにして、話を早めに切り上げた。
 若干腑に落ちない顔をしていたものの、まあ和は大丈夫そうだ。
「律せんぱーい」
 学校を出たところで、また呼び止められた。
 今度は梓だ。
「あれ、どうした? 澪の家に行ったんじゃないの?」
「そうなんですけど、律先輩が遅いから見てきてって、頼まれちゃいまして」
「あー、なるほどね」
 報告会と勉強会が重なったのは、自分のミスだ。
 最近は疲れ気味なのか、そういうケアレスミスが多い。
「どうでした、報告会のほうは」
 思わぬ言葉に、わたしは一瞬呆けたような顔をしてしまった。
 ぱぱっと前後左右を確認し、誰も聞いていないことを確かめる。
 声をひそめて、耳打ちするような調子で梓に言った。
「それ、〈ケージ〉の中で言っちゃダメだって」
「あ、そうでした」
 慌てて口に手をやる梓。変なところで抜けてるんだから、全く。
 わたしが歩き出すと、梓も付いてきた。
「でも、律先輩が……田井中博士がこの頃お疲れのようなので、少し心配で」
 研究所のときの呼び方。学校の制服を着てそれは、ちょっと滑稽だ。
 わたしも「博士」の顔になって、梓の肩のあたりを小突いてやる。
「わたしの心配より、そっちも明日報告だろ? 大丈夫なの?」
「ええ、まあ」
 梓がちょっと申し訳なさそうにポリポリとほほを掻き、続けた。
「一応、結果は出ましたから。山でのナノマシン散布のデータ取りが、今日の朝終わったばかりなんですよ」
「あー、二酸化炭素を吸着するっていう」
「そうです。もうギリギリですよー、なんとかレポート書き終えないと」
 あはは、と苦笑いする梓の横で、わたしはガックリ肩を落とした。
「そうかいそうかい、順調でいいね」
 あーあ、どんどん後輩に抜かれてくなあ。
 すると突然、梓が立ち止まる。わたしも止まった。
「た、田井中博士は頑張ってるじゃないですか! そのうち結果だって出ますよ!」
 あれあれ、なんか怒ってる?
「諦めたりしないでくださいね、絶対」
 真剣な顔で、わたしの瞳をまっすぐ見つめる。
 なんだ。怒ってるんじゃなくて、わたしを励ましてるのか。
 まったく、梓は本当にいい娘だな。
 わたしは微笑むと、言った。
「諦めるなんて言ってないだろ? 心配しすぎ」
 また澪の家へ向けて歩き出す。
「試してない実験プランが、両手に余るくらいある……だから『放課後ティータイム』は、まだまだ当分解散しない。安心したまえ」
「……はいっ!」
 本当に嬉しそうな様子で、梓はわたしの横に並んだ。
 
 
「そうだ、澪先輩ちょっと怒ってましたよ」
「げ、マジすか」
 わたしは頭をくしゃくしゃ掻いた。ジジイに寄ってたかって絞られた直後に、女子高生にも怒られるのかい、わたしゃ。
「……なんかお土産とか買ってった方がいいかなあ? スイーツ的な」
「あ、わたしいいお店知ってますよ! この前オープンしたばかりで……」
 わたし達はごく普通の会話を交わしながら、てくてく歩き続けた。
 ふと見ると、道を真っ赤な夕焼けが照らしていた。
 ニセモノの夕焼け。
 でも、綺麗だ。
 すう、と深呼吸する。
 まがい物の空気。かすかに混じる、模造品の草とか花の香り。
 でも、わたしはこの空気が好きだ。
 少しすっきりした気分になる。
「なあ梓。もしわたしのプランがうまく行ったら……いやうまく行かせてみせるけどさ、憂ちゃんが世界を支配するわけだよな?」
「ええ、そうなりますね」
 わたしはその世界を思い描こうとした。きっと、彼女ならうまくやるだろう。
 梓がそこでちょっと考えて、付け足す。
「あ、唯先輩の可能性もありますよ」
「ぷっ!」
 そっちは全然想像できなかったので、わたしは思わず笑ってしまった。
スポンサーサイト

*    *    *

Information

Date:2014/04/27
Trackback:0
Comment:0
Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fluxcapacitor121.blog.fc2.com/tb.php/3-956db57e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)