明日から書く。

□ 図書館グーゴルプレックス □

グーゴルプレックス図書館、とは何か?

「ふえっ」
 少年は高校の廊下の真ん中で急に立ち止まり、右手で口を押さえながら少しのけぞった。
「くっしょおん!」
 思い切りくしゃみをする。急に感じた鼻のむずむずは解消されたが、鼻水がちょっと飛び出てしまった。急いで右手で学ランのズボンを探り、ポケットティッシュを見つける。
 ずびー、と鼻をかんだ。
 この一連の動作を全て右手で行ったのは、左手にはカバンと文庫本を持っていたからである。
 文庫本の表紙では、可愛い女の子が不思議かつ若干セクシーな服装で未来の銃のようなものを構えている。しかし本を読んでみると、この女の子の登場するシーンはあまり多くなく、実はメインキャラですらないことが判明した。
 ひでえペテンだ、と少年は思った。
 というわけで読み返すことも無いと思うので、彼はこの本を貸し出し期限より早めに図書室に返しに行くところなのである。
 そもそも、そんなペテン本が公立高校の図書室に置いてあるのもどうかと思うのだが。
 図書委員はちゃんと全部読んだ上で決めてるんだろうか。委員長の趣味・主観と独断で決めてんじゃないのか、ひょっとして。
 いやそれはないな、と少年はすぐに思い直した。
 委員長は最近受験勉強で忙しくて、満足に委員会の仕事もこなせないって言ってたっけ。
 ふいいー。
 ため息を吐き、行き場を無くした右手を収めるかのように、うなじの辺りをこりこりとかく。
 そういえば最近は教室でも受験トークが多くなって、なんとなくなじめない空気だ。
「なんであんないっしょーけんめーできんだろうなぁー……」
 思わず、小さく声に出してしまう。
 なぜ口々に辛いやめたいと言いながらも「勉強」を何ヶ月も継続出来るのか、なにより「受験競争」に素直に熱中できるのはなぜか、少年にはどうしても理解できない。
 あれが大人に仕組まれたレースだってことぐらい、全員がわかってるだろうに。
 従って最初はどうにか大学進学をさけて進む道がないものかと暗中模索していたのだが、最近ではかなり諦めつつあり……つまり、大学生になったほうが就職より楽だよなあ、と思うようになりつつあった。
 世の中、思うようにならないことのほうが多いものだ。たぶん。
 ふいいいー。
 もう一回ため息をつくと、少年は図書室の前にたどりついていた。ちょっとドアの上にかかる「図書室」の文字を眺めてみる。
 入る前に、ちょっとタバコでも吸うか。気分を落ち着けるために。
 ポケットからタバコとライターを取り出しかけたが、やはり手を戻す。いくら放課後で人が居ないとはいえ、ここ学校だし。落ち着きたいときにすぐタバコを吸おうとするのは悪いクセなんだよなあ。これもわかってるんだけどなあ。
 決めた、すぐ本を返して、それから吸おう。
 このまま廊下に突っ立ってたって、なんだかマヌケなだけだ。
 かくして、少年はドアに手をかけ、開けた。
「いらっしゃいませー! グーゴルプレックス図書館へようこそ!」
 赤毛の少女が立っていた。
「……間違えました」
 少年はドアを閉じた。
 そこは図書室ではなかった。というか、あの少女は図書委員ではなかったし、高校生でも日本人でもなかった。どっちかっていうと小学生に近かったような。
 しかも飛行機に乗っているわけでもないのに、なぜか水色の客室乗務員の制服みたいな物を着ていた。
 そんな、まさかな。見間違いだ。
 もう一度、ゆっくりと開ける。
「いらっしゃいま」
 閉めた。
 おかしい。絶対おかしい。ありえない。
 なんだろう、どこと間違えたんだろう?
 ドアの上を見る。「図書室」の文字があった。
 合ってる。開けるドアは合ってるのに、その先の景色が間違ってるってことだ。
 ……うん、もう一回試そう。もう一回だけ、様子を伺ってみよう。
 念のため、しばらく待ち、ドアに手をかける。
 そろそろと開けていく。
 ズボオッ! ドアのすきまから指が飛び出てきた。
「なんで閉めるんですかあっ!!」
 少女が勢いよくドアを開ける。
 そこは図書室ではなく、図書館だった。
 つまり次元を越える道が偶然そこに、たまたまその瞬間、開いていたのだった。
 
 
「く、じ、か、ら……」
 図書室、ではない図書館のカウンターで、赤毛の少女はメモをとっていた。
「午後の五時までです」
「ご、ご、ご、じ、ま、で……と!」
 羽ペンの先が、白いメモ用紙の上で踊るように文字を刻んでいく。
 メモをこんなに楽しそうにとる人間を、少年はいまだかつて見たことがなかった。
 書き終えた少女が顔を上げて、質問を続ける。
「それで、その『高校』が終わったら、いつもはどうされるんですか?」
「ええっと、友達とゲーセンに行ったり」
「げえせん?」
 まさか知らないのか? と少年は目を丸くしたが、高校も知らないくらいだから無理もないな、と思い直した。
「『ゲームセンター』の略です。えーと、色々な……遊べる機械が置いてある場所です」
「機械というのは、例えばどんな物ですか?」
「どんな、ですか」
 む、それを人に説明するのは初めてだな。なんと言ったものか。
「そうですね、例えば車の運転席みたいになってて、目の前にモニターがあって、レースが出来たりとか。あとはボタンを押して格闘が出来たりとか」
「へえー、エネルギー源は何ですか? 電力ですか? それともアトロニック?」
「電力、です」
 アトロニックってなんだ。
「なるほどー、ふむふむ! げ、え、せ、ん。で、ん、りょ、く……」
 一心不乱にメモを取る少女。
 うーん、それにしても。
 可愛い娘だなあ、と少年は思う。
 鼻筋が通って均整の取れた顔立ちだが、よく動く口元が小動物みたいで愛らしい。
 ぱっちりと大きな瞳は千変万化の表情を見せ、ポニーテールにまとめた明るい赤茶色の髪と相まって活発な印象だ。
 背は大きくないけど、胸もそこそこある。こうやって見るとアイドルにだってなれそう。
 ただ、その丸いメガネはちょっと大きすぎるんじゃないかと思いますよ。
 ぱっと少女が顔をあげた。
「楽しそうですね、その『げえせん』!」
「あ、はい!?」
 少年は思わず、カウンター向かいに置かれた椅子の上で座り直した。
 いかんいかん、知らない人をあんまり見ちゃ失礼ですよね。
 あれ? 
「どうしました?」
「いやそのー」
 かりかりと首筋をかいてみてから、今思ったことを口に出してみる。
「なんで俺はこんなところで、自分の生活を知らない人に語ってるのかなーと思って」
「こ、こんなところとはなんですか!」
 羽ペンを振り回して抗議する少女。インクが飛ぶインクが。
「ああいやその、すいません、そういう意味じゃなくて、ええと……」
 なんだこれ。どういう状況だ? 何から聞けばいいんだろう。
「あの、ここはどこ、でしたっけ」
「図書館です」
「なに図書館?」
「グーゴルプレックス図書館です」
「ああ、そうでしたね」
 いかん。情報が増えなかった。
 名前はいの一番に聞いたんだった。何か別のことを聞かないと。
「あの、この図書館はどこにあるんですか?」
 その質問を聞いたとたん、少女が「むー」と神妙な顔つきでおでこに指を当てる。
「それはとても難しい質問ですねえ」
 え、そんな難しい質問? どこの県にあるのか知りたいだけなんだけど。
 少したつと考えがまとまったのか、カウンターに両ひじを付き、顔の前で両手を合わせて静かに口を開く。
「どこでもない場所、ですね。次元のはざまだとか、宇宙の外であるとも言われています」
「……わかりました」
 なんだよもう、全然わかんねえよ! もう! 
 そんな哲学的な答えが欲しいんじゃねえよ! 
 ていうか「言われています」ってなんなの? 具体的にどこなの? 知らないの?
 仕方ないので、ひとまず違うことを聞くことにする。
「じゃあ、えー、この図書館はどういう図書館なんですか?」
「あっ、言ってませんでした!?」
 少女が椅子から飛び上がる勢いでびっくりする。こっちがびっくりしました。
「聞いてません。図書館の名前以外なんにも。着いたらいきなり所持品を全部見せろって言われて、なんか変な『スキャナー』で全身をくまなく検査されて、その後『じゃあ簡単な質問をさせてください』って言われて、普段どんな生活をしてるか語って……そのまま現在に至るんですから」
「あー、すいませんでした、それは。うっかりしていました……」
 少女がうつむいて頭を抱えはじめた。
「あ、あのー、そんなに落ち込まなくても」
「あっ! お茶もまだでしたよね!!」
 少女が跳ね上がるように起きる。うわびっくりした。わざとやってません? 
 
 
 少年はカップに注がれた熱いお茶をすすっていた。少女は「説明マニュアルを探す」と言い残して、どこかに行ってしまった。
 それにしても。
 図書館のカウンターなのに、ここから一冊の本も見えないのはおかしいんじゃないか?
 長い木のカウンターはコの字になっていて、中に司書が座る丸椅子が7つ並べてある。つめればもっと座れそうな余裕のある配置だ。
 カウンターの奥のレンガ壁には、上に「事務室」と「検索室」の表札がかかったドアがひとつずつ。木の枠に大きいすりガラスがはまり、鉄で模様をつけた凝ったデザイン。
 と思えば、カウンターの上の壁には、なぜか空港に置いてあるような到着案内板、例のパタパタするヤツの小さいバージョンがくっつけてあった。
 ぐぐっと背中をそらすと、何か書いてあるのが見えた。なになに。
『第四十二番カウンター 到着便ご案内』だって?
『便名』とか『発地』とか『定刻』とか、まるっきり空港の到着案内板と同じような文字まで書いてある。
 なんだろう、これは単なるアクセサリーなんだろうか。
 背後を見ると三十人分くらい座れそうな量のベンチがずらっと並べられており、まるで図書館のカウンターというより、小さい空港の到着ロビーみたいだ。
 うーん、やっぱり実用的な意味がありそうな気がする。
 図書館のカウンターめがけて、一体なにが飛んでくるっていうんだろう?
 ベンチの向こうを見ると、エレベーターが3つ並んでいる。大理石の壁に開いた穴に、真鍮製の枠と木で出来たドア。もしかしたら空港に行けるのかもしれない。
 そして最後に横を見ると、少年の入ってきた方向には……驚いたことに、なんにもない。
 具体的に言うと、少年が使ったはずのドアはいつの間にか消え去り、そこには真鍮製のバカでかい枠のようなものが残っていた。枠の外はレンガ、そして枠の中にもレンガ。
 確かにここから入館したはずなんだけどなあ。
 なんだか薄気味悪いので見ないようにしてきたが、やっぱりこれは変だと思う。
 と、チン! とベルが鳴り、エレベーターがひとつ到着した。そこから、例の少女が降りてくる。
「ありましたー!」
 右手に持ったうっすい本をぺらぺらと振る。
 うーん、正直、あれくらいなら覚えられないもんだろうか?
 それにいちいちエレベーターで持ってくるってのも、なんだか不便だ。
「じゃあ説明させていただきますね!」
 おっと、もう少女はカウンターの向こうに座っている。少年も姿勢を正した。
「えーっと、当図書館はですね……ちょっと待ってください」
 うっすいマニュアルをめくり出す。迷うだけの文章量も無さそうだけどなあ。
「ありました。おほん」
 咳払いをして、少女が説明を始める。といっても、マニュアルから視線は外さない。
「当グーゴルプレックス図書館は、『どんな本でもある図書館』です。文字通りの意味で、全ての本があります。可能な文字の配置全てどころか『可能な原子の配置全て』を網羅しておりますので、必ずやお探しの本が見つかることでしょう。また、お客さまの幅広いニーズに対応するため、本かどうか判断しづらい物体も多少収蔵しております」
 ぱたん、とマニュアルを閉じた。
「え、え?」
 少年はすぐに納得することが出来なかった。いっぺんに飲み込むには、あまりにもイメージの方が大きすぎるのである。
 腕を組んでしばらく考えてから、自分の理解が正しいか確認してみる。
「えっと、じゃあ『ここにはどんな本でもある。なぜならありとあらゆる全ての本を作ったから』ってこと……ですか?」
「そーです」
「どんな本でもあるんですか?」
「そーです」
「ありとあらゆる本が?」
「あります」
 少年は黙りこんだ。いやいやまさか、それをいきなり信じろって言われてもねえ。
「じゃあ例えば、聖徳太子の自伝とか」
「あります」
「古代エジプト人の日記とか」
「あります」
「未来の本で、色んなスポーツの結果が載ってるやつとか」
「あります」
「僕のクラスの女子の書いたドリーム小説とか」
「あります」
「さっきから『あります』しか言ってないじゃないですか!」
「ありま……じゃなかった、だって本当にあるんですもの」
 少女が口を尖らせる。え、本当になんでもあるの? 
 少年の表情を察したのか、少女が指を立てて自慢げに説明を続けた。
「それどころか、カブトムシの書いた日記とか、ミトコンドリアの書いた大河ドラマの脚本、宇宙人のサイン入り宇宙論講座とかもありますよ」
「ええーー!?」
 頭を抱える少年。いや、そこまで何でもあるのもどうか。
「でもそれって、どうやって本物だって証明するんですか」
「証明はできませんねえ。というより、ここにある本は全部図書館が作ったものなので、全部ニセモノと言っていいかも」
「なんだニセモノかあ」
「で、でも、本物と何も変わらなければ、それは本物じゃないですか!」
 こぶしをぶんぶん振り回す少女。うーん、まあ確かにそれはそうかなあ。
 あれ?
 少年は気づいた。ちょっと待てよ、それってメチャクチャな量が必要なんじゃないの?
「ありとあらゆる本って……それって何万、何億? いや何兆冊とか必要なんじゃ」
 少女が笑顔になり、なんでもない事のように答える。
「いえいえ、そんなんじゃ全然足りないんですよー。一兆冊は、ええと、1のあとに0が十二個です。でも本となると、まあ十万個の文字があるとして、1のあとに0が……そうですね、二十万個あるくらいの数は作らないと、全部の組み合わせは試せません」
「え、それって本はどれくらいの量に……?」
 天井を見つめてちょっと考えてみて、少女が口を開いた。
「普通に詰めたら宇宙ひとつじゃ足らないかなあ」
 少年が頭に両手を置く。いきなり話が馬鹿デカすぎてついていけないぞ。
「あ、でもそれは、あくまで文字の組み合わせだけを試してる場合の話です。この図書館はある大きさの中に納まる原子の組み合わせ全てを試していますので、もっともっと本の数は多くなります」
 理解は出来ないかもしれないが、いちおう聞いておこう。
「……じゃあ、結果として蔵書数はどれくらいなんでしょう」
「うーんと」
 少女はまたマニュアルを開いた。ぱらぱらとめくる。
「えっと、『グーゴル冊からグーゴルプレックス冊の間のどこか』です」
「グーゴルプレックス?」
 また知らない単語だ。しかし後で聞いたところによると、これはさっきまで自分の居た世界で使われている単語らしい。
「はい、『グーゴル』は1のあとに0が百個続く数です。で、『グーゴルプレックス』は1のあとに0がグーゴル個だけ続く数です」
「え? えっ?」
 少年はまたも腕を組み、まじめにイメージしようとしてみた。
 グーゴルだけでも半端じゃなくでかい数だ。なのに、1のあとに0がグーゴル個?
「ほへー……」
 少年はだらりと両手を下げ、諦めた。ダメだ、そんなでかい数は想像すらムリだ。
「でも、宇宙に入らなかったらどうやって収めてるんですか?」
 少女が指を立てて、嬉しそうに話し始める。どうやら専門分野らしい。
「それは特別な方法で、空間の次元を拡張してるんです。そうすると、かなりコンパクトに収める事が可能なんですよ」
 少年はため息をついた。いや、説明を求めたら求めたで、答えが全部難しすぎ。
 とりあえず、お茶をすすった。
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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