明日から書く。

□ ゾンビ同居中Z。 □

【#2】プリティ・ガール

 夜の西田井家。
『ううー、あー』
『キャアアアアア』
 カーテンまで閉め切った暗い部屋の中で、ただブラウン管のみが陰気な光を放っている。
 画面内のモノクロの世界では、真っ白な顔のゾンビが人間にかぶりついていた。断末魔の悲鳴が墓地にこだまする。
 そんな光景を無言で見つめる少年と少女。惨劇にすっかり心を奪われているようだ。
 古いゾンビ映画はいよいよクライマックスにさしかかり、朽ちたようにボロボロの服を着たゾンビが集団で、哀れな人間に襲いかかっている。
「うわわわ」
 おののくように少年が言った。少女は答えず、食い入るように画面を見続ける。
 やがて映画は終わった。
 スタッフロールが流れ始め、ようやく息をつく少年。
「いやー、これ案外怖かったですねー」
 隣の少女に話しかける。
 くるり、と少女が少年の方を向いた瞬間、少年は息を呑んだ。
 真っ白な顔――浮いた血管――ボロボロの服。
「ぞ、ぞ、ぞ」
 少年の顔にじわじわ驚きが広がっていき、ついに叫んだ。
「ゾンビだあー!」



第二話【プリティ・ガール】



「いやいやいや」
 少女が手の平をひらひらさせて言った。
「それを今さら言われても」
 少年が頭に手をやりながら言う。
「すみません、蛆沸ロメ子(うじわき ろめこ)さん」
「えっ、フルネーム?」
 怪訝な顔になるロメ子。
 なぜかそこで少年はテレビの前を離れ、何も無い壁に向いて立った。
「こちらの蛆沸ロメ子さん、一見死体のようですがゾンビではありません。故郷の村を突然襲ったバイオハザードによって、体質と見た目が変わってしまったのです」
 壁を見ながら話し始める。
「え、どうしました?」
 戸惑い、遠くから声をかけるロメ子。
 しかし少年は答えず、大きく息を吸って一気にまくしたてる。
「彼女は出稼ぎのために村を出ました。しかしどこにも雇ってもらえず、行き倒れ寸前になってしまいました。そこで僕、西田井庄二(にしたい しょうじ)の部屋へ勝手に上がり込み、同居を始めたのです」
「あのー、壁の向こうにどなたか居らっしゃるんですか?」
 おそるおそる西田井越しに壁を見てみるロメ子。しかし、ただの壁だ。部屋を構成する四枚目の壁、言いかえれば第四の壁である。
 手など振ってみるが、特に反応があるわけもない。
「ロメ子さんと僕は同居して早一ヶ月が経とうとしています」
 相変わらず誰かに向けての説明を続ける西田井。
「え、あの、さっきから誰に話してるんですか?」
 混乱したロメ子が西田井の肩をたたき始めた。
「ゾンビとの生活に始めは戸惑っていた僕ですが、最近は色々慣れてきました。いやまったく、慣れというのは偉大……」
「ちょ、どうしちゃったんですか! 誰に話してるんですかあ!」
 ロメ子が西田井の肩を掴んで揺さぶる。
「そういえば」
 急に西田井が振り返った。びっくりするロメ子。
 対照的に西田井は静かに声をかける。
「あれってなんだったんですか? 凍死しかけたとき、バッグに入ってたもの」
「え?」
 数秒思考した後、ロメ子は何かに思い至った。
「ああ、〈変装キット〉!!」
「もしかして忘れてました? なんか重要っぽい感じだったのに」
 完全に忘れていたので、ロメ子は相手の視線を避けた。
 西田井は壁に向けて肩をすくめて見せると、本編に戻った。


 こたつを挟んで座る二人。
 天板には木の箱が乗っている。ふたには大きく開いた傘のイラスト。
〈傘社〉のシンボルマークだ。ロメ子の村にバイオハザードをもたらした企業である。
「いやー、これ使うのも久しぶりだなあ。覚えてるかな」
 ロメ子が慣れた手つきで箱の掛け金を外し、ふたを開く。
 中には大きなプラスチックのボトルが横たわり、脇には小物が詰め込まれている。絵の具と筆、コンタクトレンズと保存液らしきもの。
 ロメ子は手早くそれらを取り出し、こたつの上に並べた。
「なんですかこりゃ」
 用途が皆目わからない、と思う西田井。
「化粧道具です。えーとまず、これを肌に塗ってと」
 ロメ子がボトルを手に取って振った。西田井がそれを眺めながら聞いてみる。
「化粧水ですか?」
「いえ、ASです」
「ん?」
 眉根を寄せる西田井。ロメ子が怪訝な顔になった。
「あれ知りません? 常識ですよ」
「そう、ですか」
 西田井は少し脳内を検索してみるが、やはり聞いたことが無い。
 もしかすると現代の化粧では必須の何かなのだろうか。
 ロメ子はボトルのふたを開け、手の平ににゅるりと白色の液体を垂らした。
 両手をこすり合わせて伸ばし、顔に塗っていく。
「ちょっと待ってと」
 待っている間に、西田井はASとやらのボトルを手にとってみた。
「あの、ロメ子さん」
「はい」
「『人工皮膚』って書いてありますけど」
「そうですよ?」
 またもやロメ子が怪訝な顔になったので、西田井は黙ってボトルを置いた。
 指で触って乾き具合を確かめるロメ子。いまひとつのようだ。
「じゃあ西田井さん、外に出てください」
「え、なぜ」
「じっくり見られるとやっぱり恥ずかしいんです! さあ早く!」


 そんなわけで、西田井はドアの前で待っていた。
 と、ポケットの携帯電話が振動する。
 友人の板石からだ。画面を指でなぞって電話に出る。
「もしもし」
『あ、西田井? お前変なオッサンに会わなかった?』
 ちょっと考えて、記憶を探ってみる。
「……会ってないけど?」
『そうか。いや、さっきロメ子さんの事を聞かれたからな』
 西田井は黙り込んだ。先ほど見た、傘のマークが鮮明に蘇る。
 呼吸を落ち着けてから板石に尋ねる。
「何を聞かれたの?」
『ロメ子さんの写真を見せてきて、[家出した娘を探してます]って言ってたな。ロメ子さんって家出してるの? 話違くない?』
 間違いない。西田井は呼吸を落ち着ける事に努めた。
 ついに、〈傘社〉が動き出したらしい。
「俺の家教えちゃった?」
「いや。なんか向こうに電話が来て、それで俺のこと忘れたみたいでどっか行っちゃった」
「どんな人?」
『それが上下真っ黒なスーツでさ、最初葬式の帰りなのかと思ったよ。サングラスと帽子も黒くてな、ガタイもいいし、威圧感があったな』
「そう。わかった」
「なあ、結局ロメ子さんって……」
 通話を切る。
 気づけば、携帯のボディが悲鳴を上げていた。
 あわてて手の力を弱める。
〈傘社〉の魔の手は、エージェントはすぐ近くまで来ている。
 どうしよう? どうすれば、ロメ子さんを守れるだろう?


 こつこつ!
 ドアが突然ノックされて、西田井は飛び上がるほど驚いた。
「どうぞー。終わりましたー」
 くぐもったロメ子の声。
「あ、はい」
 そういえば何かを待っていたような気がするが。なんだったっけ。
 傘社のエージェントについて考えを巡らしながら、ドアを開ける。
 ロメ子が居なくなっていた。
 代わりに、全く別の少女が居る。まるで一輪のユリの花が咲いているかのように。
「えっと、こんな感じなんです、けど」
 白いワンピースをふわりと広げながら少女が回転して見せると、柔らかな黒髪が半歩遅れて付き従う。
「ど、どうですかね? 破れてないのこれしか無くて、夏服なんですけど」
 照れ笑いを浮かべる少女。
 西田井は言葉を失っていた。
 この少女――ロメ子の代わりに現れた、可憐で健全な少女に見とれていた。
 しかし、すぐに廊下に出てドアを閉める。
「え、え? 西田井さん? ちょ、え!?」
 ドアを身体でしっかり押さえつけながら、携帯電話を取り出した。


 警察はすぐに来てくれたので、西田井は安堵した。
 あの少女は誰なんだろう。ロメ子さんはどこへ行ったのか。
 謎は深まるばかりだった。
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Date:2014/05/20
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