明日から書く。

□ ゾンビ同居中Z。 □

【#1】ザ・アパート・オブ・ザ・デッド

 桑潟県(くわがたけん)、加尾長市(かおながし)。
 その山沿いの端っこに、とある木造家屋がある。
 二階建ての一軒家。近所にある大学に通う学生専用の下宿だ。


 深夜。
 近くに電灯はあまり無く、月の光だけが男を照らしている。
(ここは仕事がしやすい)
 と、男は思った。
 田んぼの間の道を抜け、木造家屋になにげなく、躊躇無く近付く。
 誰も彼を見る者は居ない。
「知苑荘(ちえんそう)」と表札のかかった玄関の引き戸を開く。当然のごとく鍵が開いているのだが、この周辺では特に珍しい事でもない。
 目的の部屋は二階だった。足音を消して階段を上る。
 下見に来た段階で、一番不用心だった部屋を目指す。
 男は連続窃盗犯であった。



第一話【ザ・アパート・オブ・ザ・デッド】



 ドアノブをひねると、鍵が開いているのがわかった。
 ピッキング用具をしまう。
(楽勝だな)
 男は暗がりで笑みを浮かべた。古くさいディスクシリンダー錠で、解錠に三十秒もかからなかった。やはり、ここらのセキュリティは甘すぎる。
 ドアをゆっくりと開いて、中をのぞき見る。
 窓から月明かりが差し込み、辛うじて内部の様子が分かる。
 下見に来たときは二人居たように見えたが、今は誰も居ない。
(お友達とお出かけかな)
 なるべく音が鳴らないようにゆっくりと、暗い部屋の中を歩く。
 狭い部屋だ。布団を一枚敷くだけで床がほとんど隠れてしまうだろう。
 六畳一間で、置いてあるのは必要最低限の家具だけ。テレビやたんす、勉強机、本棚、冷蔵庫、こたつになるテーブルなどだ。
 通帳は……あった。机の一番上の引き出しに放り込んである。印鑑も一緒だ。
(へへ、不用心すぎるぜ? 坊ちゃんよ)
 預金残高を見た。四万円弱。
 まあ、この部屋の様子ではこんなものだろう。
(さて、さっさと退散……)
 ゴトッ!
 背筋が硬直する男。声が出そうになるが、反射的に抑える。
 音がしたのは、背後の押し入れかららしい。
 そっと振り返って見る。だが何も無い。誰も居ない。
(気のせいか?)
 ふすまから目を離す――。
 ガタゴトッ!
「う」
 また音。
 今度は少し声が漏れてしまった。
(いや、気のせいじゃねえ)
 ということは、ふすまの中に何かが居る、のか。
 ペットを飼っているとか? 押し入れの中に?
(確かめておくか)
 男は、いちおう押し入れの中を見ておくことにした。まさか人間は居るまい。
 通帳を元の位置に戻し、押し入れにゆっくりと近付く。
 ふすまに手をかけ、開く。
 死体と目が合った。


「うわあっ!?」
 目を見開いた黒髪の女だった。死んだ魚みたいに濁った両目と、真っ白な皮膚。破けてボロボロのセーラー服らしいものを着ている。
 後ろにのけぞったとたんに、転がっていたペットボトルを踏んづけて転んでしまった。
(こ、腰が抜けた)
 両腕を使って、なんとか下がっていく。
「なんでだよ、な、なんで、し、死体なんか」
 まさか、この部屋の主が女を殺して……しまっておいたのか?
 何も考えて無さそうな若者だったが、とんでもない殺人鬼だったらしい。えらい所に入ってしまった。
 ドアは幸いすぐ近くにある。このまま出て行って、逃げれば……。
「う、う、う、う、う」
 ふすまの奥から、うめき声が聞こえた。
 同時に、何かが内部でうごめく音。
 馬鹿な。あり得ない。そんな。
「ううううう」
 男はもはや動く事も出来なくなっていた。
 ずるり。
 女の死体が勝手に、開いたふすまから伸び出てきた。
 頭から床に落ちる。
 そのまま、さながらハ虫類のように、両手両足を使って這いずってくる。
 畳の上を、男に向かって。
 べた。べった。べたっ。
「ううう、うううあああ」
 すぐ近くまで来た。やはり死んでいるように見える。しかし動いている。
「にいいいいいくううううううう」
 死体が男に覆い被さってきた。
「ひっ」
 両肩を掴まれた。尋常ならざる握力が、男に悲鳴を上げさせる。
「にいいくう、にいくう、にく、にく、肉!」
 眼前の死体が口を開けるたびに、生臭い吐息が鼻を刺す。
 濁りきった両目は開いたまま、瞬きすらしない。
「肉! 肉! 肉!!」
 口許から赤い液体が垂れて、顔の横に落ちた――。
 ふいに男の全身に力が蘇り、死体を振り落とした。
 立ち上がって駆け出し、飛ぶように廊下を抜け、落ちるように階段を下り、下宿を後にする。
 追っ手は無かった。
 
 
「ただいまー」
 部屋の主が帰宅した。
 スイッチを引っ張って電気を点ける。
 死体が畳の上でひっくり返っていた。
「ちょっと、ロメ子さん!」
 若者が呼びかける。死体が、はっ、と気がついた様子で、もぞもぞ動くのを止めた。
 ゆっくり起き上がる。
「あれえ、西田井さん? おはようございますー」
「いや、まだ夜です。なんで畳の上で寝てるんですか」
「ん? あれ?」
 ロメ子は初めて状況に気づいたらしく、きょろきょろと辺りを見回す。
「確かお腹が空いたから、西田井さんにお肉をせがんでいたような」
「僕はいま帰ったところです」
 コンビニの袋を掲げて見せる。驚いた顔になるロメ子。
「そう、ですか? じゃあ夢かも……」
「ああもう、ドリップが口に付いてますよ」
 ウエットティッシュを取り、西田井がロメ子の口を強制的に拭く。
「むぐむぐ」
 ゴミ箱にティッシュを捨てて、押し入れの中から空の肉用トレイを回収した。
 流し台に行き、トレイを水洗いしてからプラスチック用ゴミ箱に放り込む。
「寝ぼけながらお肉食べるのはもういいですけど、歯ぐらい磨いてください」
「え、臭います?」
 ロメ子が自分で自分の息の臭いを確かめてみる。だが顔をしかめて首をひねっているところを見ると、よくわからないらしい。
「そうだ、ドアも開いてましたよ。気をつけてください、まったく」
 西田井が腰に手を当てる。
「はあ、すみません」
 頭を下げるロメ子。
 洗面台を兼ねている流し台に向かい、PCクリニカのチューブを歯ブラシにしぼって歯を磨き始める。
 しゃこしゃこ、ごしごし。
 はて、それにしても。
 ドアは開けたかなあ?
 ロメ子は考えたがわからなかったので、西田井が眠るのに合わせて電気を消し、自分も寝床に戻った。
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Date:2014/05/20
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