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【#12】バナナナ

 夜の西田井家。
「バナナって、あるじゃないですか」
 西田井は漫画雑誌から顔を上げ、声のした方を向いた。
 真剣な顔のロメ子と目が合う。
「……ありますね」
 質問の意図が分からないが、とにかく返事だけはしておく。
 ロメ子はその返事を厳粛な面持ちで受け止め、そして次の言葉を口にした。
「あれって、踏んだら本当に滑るんですかね?」
 西田井は少し時間をかけて考え、漫画の続きを読むことにした。
 
 
 
第十二話【バナナナ】
 
 
 
 十分後、西田井の部屋の前の廊下。
 張り詰めた空気の中、二人は廊下の端に立っていた。
 廊下は焦げ茶色をしたフローリングで、端から端までが大まかに十メートルほど。
 その真ん中に、バナナの皮が設置されている。
 ちなみに二人はジャージ姿だ。
「あのー、ロメ子さん」
 西田井が、おそるおそるロメ子に声をかけた。
「なんでしょう」
 まっすぐバナナを見据えたまま、言葉だけで返事をするロメ子。
「やっぱりやめません?」
 その言葉に、ぐりっ! とロメ子が西田井の方を向いた。
「なんでですか、ここまで準備して!」
「いやだって、やっぱりバカバカしいというか、ベタすぎてどうせ転んだところで笑いも起きないし……」
 激高したロメ子の平手が、西田井のほっぺたへ伸びる。
「このバカチンがー!!」
 ばちーん!
「あいたーッス!!」
 床へ崩れ落ちる西田井。
 ちなみに、西田井のほっぺたには何も当たっていない。
 ロメ子は自分の手と手をぶつけて音を出したのだ。どうでもいいことだが。
 それでも西田井は自分のほっぺたを押さえ、ロメ子を仰ぎ見る。
「ロメ子さん何を……」
「コーチと呼びなさい! 西田井さ……西田井、くん!」
「こっ、コーチ!」
 西田井を助け起こすために手を伸ばしながら、ロメ子は一転して優しい表情になる。
「やってみなくては、何も分からないわ。そうでしょう?」
「コーチ……」
 ロメ子の手をしっかり握り、立ち上がる西田井。
「わかりました、わたしやります! 頑張って転びます!」
 胸の前で両手のげんこつを作る。
 なぜか性別の設定も変わってしまったようだ。
「よろしい!」
 ロメ子コーチは満面の笑みでうなずくと、ジャージのポケットから金属製のホイッスルを取り出した。体育の授業でおなじみの笛だ。
「では、この笛をわたしが吹きます。それを合図に、この廊下をこちらの端から」
 指で廊下の向こうを差す。
「あちらの端まで走るのよ。いい? バナナが見えても、決して減速せずに走り続けて」
「はいコーチ!」
 元気よく返事をする西田井。
 厳しい表情になり、廊下に鎮座するバナナを見据える。
(待ってなさいよ……あなたを踏んで、全力で転んでみせる!)
 誰にともなくうなずくと、廊下の端に立ち、スタンディングスタートの姿勢を取った。
 
 
 西田井の横に立つロメ子が、教え子を戦地に送り出す教師のような心境で声をかける。
「頼んだわよ」
「はいコーチ」
 二人でうなずきあうと、再び西田井が前を向いた。
 ロメ子がホイッスルを口に咥える。
 そして、吹いた。
 ピッ!
 走り出す西田井。
 とは言ってもバナナまでは五メートルほどしか無いので、到達までは数秒だ。
(走り続ける……走り続ける……!)
 世界の全てが、スローモーションのように遅く動いている。
 バナナの横に、下宿の一階と二階をつなぐ階段があるのが見えた。
 もし転び方がまずければ、そちらへ倒れこんで大惨事を招かないとも限らない。
 西田井はバナナの恐怖に圧倒されそうになりながらも、一心に身体を駆動させ続けた。
 バナナ到達まであと三歩。
 あと二歩。
 一歩。
 西田井の右足が、バナナを捉えた。
(神様……わたしを守って!)
 バナナの皮に、西田井の全体重がのしかかる。
 未だ体験したことのない、するはずも無かった強大な圧力を加えられ、バナナの構造が悲鳴を上げたようにさえ思えた。
 そして。
 
 西田井は廊下の反対側まで無事に走りきり、止まった。

 廊下にイヤーな空気がたちこめる。
 とりあえず、西田井は廊下を歩いて戻ることにした。
 時間をかけたかったが、廊下は短い。すぐにロメ子の所へたどり着いてしまう。
 お互いに黙ったまま、目を合わせようとしない。
「……あのー」
 西田井が口を開いた瞬間、
「ば、バカチーン!!」
「いでぶーっ!」
 対処に困ったロメ子に、とりあえず殴られた(音だけ)。


 三十分後。
「コーチ! わたしもうダメです! もう出来ません!」
 西田井はまたも床に倒れていた。
 先ほどからかれこれ二十回以上、西田井は廊下を走り抜けている。
 そのたびに急激な加速と減速を繰り返しているので、脚に相当な負荷がかかっている。
 若いからと運動不足を放置してきた大学生の身体には過酷だ。
「立って! 立ちなさい! 西田井くん!」
「もう無理です、コーチ!」
「くっ……」
 心底悔しそうに、廊下の真ん中を見つめるロメ子。
 そこにある黄色い物体が、二人の努力をことごとくはねつけてきたのだ。
 まるで二人をあざ笑うかのように、皮の表面が照明を反射している。
「思ったより難しいわね……」
 実際、バナナの皮で滑るのは想像以上に難しかった。
 そもそも、一回目でバナナの皮を踏めたのが奇跡に近かったのだ。
 全力で走れば走るほど、偶然バナナの皮を踏む確率が低くなった。
 バナナの皮を踏もうとすれば、速度が落ちて転びにくくなってしまった。
「コーチ! ジャンプして踏みつけても転べないんじゃ、もう無理です!」
 最後の手段として、バナナの皮を踏んで急ブレーキをかけてみたのだ。
 しかし、それでも転ぶことは出来なかった。
「何を言っているの、西田井くん! まだ諦めるには早いわ!」
「でもコーチ、もう出来ません!」
「出来ないんじゃないの!」
 すう、と息を吸い込み、一喝する。
「やるのよ!!」
 有無を言わさぬコーチの迫力に、それ以上何も言えなくなってしまう西田井。
 よろめきながらも、なんとか立ち上がる事が出来た。
 ロメ子がうなずき、バナナを指さしながら指導を始める。
「いい? 西田井くん。必要なのはスピードと、そして確実性よ。全力で走りつつ、的確なポイントを狙って踏む。このとき、バナナを」
「はいコーチ! 質問です!」
 ロメ子の説明を途中でぶった切って、西田井が手を挙げた。
「なに? 西田井くん。説明がまだ終わってないわ」
「コーチが見本を示してください!」
「え」
 コーチは固まってしまった。
 
 
 スタートの位置についたロメ子の隣で、西田井がホイッスルを持って声をかける。
「位置について。よーい」
 ホイッスルを咥えて、吹いた。
 ふぃー!
 うまく鳴らなかったが、とにもかくにもロメ子は走り出す。
 全身をバネのように躍動させ、バナナ目がけて突進していく。
(スピードを殺さず、かつバナナを確実に仕留める!)
 バナナが迫ってくる。
 その存在感は、そびえ立つ壁のように思えた……しかし、越えなければならない。
 空気が蜜のようにとろとろと流れる中、ロメ子は躍進し続ける。
 バナナ到達まであと三歩。
 あと二歩。
 一歩。
 ロメ子の左足が、バナナを捉えた。
(いける!)
 
 そして、そのまま廊下を走りきり、止まった。
 
 あからさまに目を逸らしながら、西田井の所へ戻ってくるロメ子。
「いや、違うんです」
 何も聞かれていないが、とりあえず否定した。
 
 
 廊下に座り込んでしまう二人。
「もう無理ですコーチ。諦めましょう」
 本気で止めたい口調でロメ子を諭す西田井。
「で、でも、西田井くん。きっと次こそはうまくいくんじゃないかなー、って」
 ロメ子も先ほどの失敗以来、あまり強く言えなくなっている。
 このまま挑戦が終了するのか、と二人が思っていた、
 そのとき。
「あれ? おーっす! なにしてんのー?」
 一階から、板石が階段を上って現れた。
 ジャージ姿で廊下に座り込む二人に驚いている。
 西田井が説明しようと、口を開きかけた。
 が。
 
 すぽーん!
 
 なんと、板石がバナナを踏んで、転んだ。
 しかも両足が完全に天を突き、背中が床に着く――理想的な体勢で。
 宙に浮かぶバナナの皮を、ジャージの二人が驚愕の表情で見つめる。
 マット運動の後転のような体勢になってしまった板石は、勢い余ってそのまま階段を後ろ向きに転がり落ちていった。
「な……そんな……」
 言葉がうまく出てこない西田井。
「完璧だわ……」
 魅了された表情のロメ子。
 西田井が床に両手を突き、がっくりとうなだれる。
「あんなに完璧なフォームで、一回で決めるなんて……わたしには無理です。彼のような才能はありません!」
「いいえ!」
 ロメ子の力強い言葉に、西田井がはっ、と顔を上げる。
「あなたに足りないものは、才能じゃない。それは努力よ!」
「努力!?」
 ロメ子がうなずき、続ける。
「板石くんも、初めからあれが出来たわけじゃないわ。血のにじむような努力があるからこそ、今の板石くんがあるのよ!」
 その言葉を聞いて、西田井の両目に活力が戻ってきた。
 勢いよく立ち上がる。
「コーチ! わたし、やります! あと何度でも!」
「その意気よ、西田井くん!」
 ロメ子も立ち上がった。
「あなたとわたしで、バナナの星を目指すのよ!」
 天井の適当な染みを選んで、指差す。
「はい、コーチ!!」
 寄り添って天井を見上げる二人。
「おーい……助けてくれー」
 一階から小さく板石の声が聞こえたが、とりあえず無視した。
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Date:2014/05/20
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