明日から書く。

□ ゾンビ同居中。 □

【#7】イグアナの小娘

 朝が来た。
 さわやかな朝が来た。
 キッチンの窓から見える空は雲一つない青白さで(この地方では晴天でも空が若干白みがかる)、弱々しいが暖かな日光がふんだんに降り注いでいる。
 下宿の前の駐車場も、そして近隣の家々も雪を被って白くお化粧。
 綺麗な景色だ。
 きいんと冷えた室内の空気を駆逐するため、西田井は掛け布団を被りながらエアコンのスイッチを入れた。
 少し待って布団から起き上がりつつ、ふすまに目をやる。
 よし、ロメ子さんを起こそう。
 昨夜、西田井は押し入れを開けたとたんに腰を抜かしてしまったが、結局は悪魔憑きではなく、単なる生理現象だとわかった。
 ロメ子は普通の人間と異なる生態を持つ部分もある。
 だが心の隅っこで準備をしておけば、何が起きてもある程度落ち着いていられるだろう。未知の動物を飼育……いや失礼、同居していると思えばいいのだ。
 押し入れのふすまを軽くノックし、中に声をかける。
「あのー、ロメ子さーん? もう朝ですよー」
 しばらく待ったが、返事が無い。
 とんとんとん、ともう一度ノック。
「ローメー子ーさーん。起きてくださーい」
 やはり返事が無い。
 困ったな、と西田井は頭を掻く。
 このままでは、自分の布団を押し入れに入れられないのだ。
 つまり、生活スペースの床がほとんど布団に覆われたままなのである。不便極まりない。
「う……う……」
「ん?」
 ふすまを通して、かぼそい声のようなものが聞こえた。
 またうなされているのか?
 ふすまに耳をつけてみる。
「さ……さああむうういい……さああむうういいい……」
 イヤな予感が西田井の心を締め付ける。
 まさか。いや、無いとは思うが。
 心の中で気合いを入れ、押し入れのふすまを開ける。
 ロメ子と目が合った。
 びく、と身体が震えてしまうが、もう驚いたりはしない。
 相手が寝ていようがいまいが、常に目が合うのだ。
 それよりも、ロメ子は自分の身体をかき抱き、ぶるぶると震えている。
「ろ、ロメ子さん? 大丈夫ですか?」
「さああむうういい……さああむうういい……」
 妙に間延びしたしゃべり方だが、ただ事でないのはわかる。
 西田井は唇を噛んだ。予感が現実のものとなってしまった。
 なんらかの病気にかかってしまったのは間違いない。ああ、自分がこの少女を押し入れに突っ込まなければ、こんな事態にはならなかったかもしれないのに。
「す、すぐに救急車呼びますから!」
 西田井が(柔らかい布団に足を取られながら)携帯電話を取りに走ろうとしたとき。
「あのおおお……違うんですううう」
 震えながらも、ロメ子に止められた。
 
 
 
第七話【イグアナの小娘】
 
 
 
 ロメ子はずるずると押し入れから這い出し始め、床に落下した。
 落ちたことは特に気にする様子もなく、なぜかほふく前進のような動きを始める。
 床に敷かれた布団の上を、もぞもぞと進んで行くロメ子。
 もっぞ。もっぞ。もっぞ。
 ゆっくり、ゆっくり。一歩ずつ着実に、噛みしめるように。
 どうやら、キッチンの方を目指しているようだ。
 西田井はその動きに見覚えがある気がした。たぶん、テレビで見たような。
 そうこうするうち、ロメ子がキッチン前の床に出来た日だまりに到達した。
 ほふく前進の途中のポーズで、ぴたりと止まる。
 再び進む様子もない。日の光を浴びたまま、身体が固まってしまったとでもいうように。
 なぜか顔は上げたままだが、どこを見ているというわけでもない。
 西田井は思い出した。
 ああ、これイグアナの日光浴だ。
 

 三十分が経過した。
 ロメ子はイグアナの姿勢で微動だにせず、じーっと日光を浴び続けている。
 西田井はそんなロメ子をコタツに入りながら眺めていたが、ある疑念にとらわれた。
 布団は片付けられたものの……これ、いつ終わるんだ?
 自分はとっくに着替え終わっているのだが、これでは朝食を食べることも出来ない。
 いや、食べてもいいのだろうが、なんだか気がとがめる。
 よし、本人に聞いてみよう。
「ロメ子さん?」
 数秒の間が空き、返事があった。
「はーいー」
 まだ話し方がスローだが、起きた直後よりは大分マシである。
「それ、日光浴で体温を上げてるんですか?」
 五秒経ち、ロメ子の顔がぐるーっとゆっくり西田井の方を向いた。大砲が旋回する様子に似ている。
「そーうーでーすー。
 あーさーはー、こーおーやーっーてー、たーいーおーんーをー、
 あーげーなーいーとー、いーけーなーいーんーでーすー」
 これが戦場カメラマンのモノマネだったらカチンと来ているだろうが、ロメ子はあくまで真剣に話している様子だ。
 ただ、まだ脳の回転速度が足りていないだけなのだろう。
 西田井は待つことにした。
 
 
 もう三十分が経過した。
 もぞっ。
 西田井は漫画本から顔を上げる。
 ロメ子が立ち上がっていた。
 立った! ロメ子が立った!
「に、西田井さん。お風呂……お借りできますか……?」
 立っているのも辛そうな状態で、顔色も(いつもより一層)悪い。
「え、ええ。一階にありますけど。大丈夫ですか?」
「ええ……シャワーで、おっと」
 ふらっと倒れそうになるが、なんとか右足を床に突き、耐えた。
「シャワーで体温を上げれば、大丈夫です」
 ぐ、と弱々しく親指を立てて見せるロメ子。
 逆に悲壮感を増しちゃってるよなあ、と西田井は思った。
 死を覚悟しつつ戦地へ向かう兵士といったところか。
「んん? あれえ?」
 突然ロメ子が両目をぱちくりさせたかと思うと、西田井を穴が開きそうなほど見つめ始める。
「西田井さん、なんで三人も居るんですか……? おしゃれな段ボールですねえ」
 げんこつで目の辺りをゴシゴシこするロメ子。
 もちろん、西田井は段ボールを着たりはしていない。というかどうやって着るんだ。
「……ロメ子さん、早くシャワー浴びた方がよさそうですよ」
「ええ、じゃあ、行ってきます」
 ロメ子は自分のナップザックを(鉄のカタマリが入っているかのように)持ち上げて、部屋のドアを開け、廊下に出た。
「あ、ちょうちょだー」
 ドアの向こうからそんな言葉が聞こえた直後、
 ドタン! ドタン! ガターン!
 ロメ子が階段を落ちる音も聞こえてきた。


「お風呂頂きましたあっ!」
 がちゃりと西田井の部屋のドアが開き、ほかほか湯気を上げるロメ子が入ってくる。
「ああ、はい。元気になりました?」
 朝食のトーストと生肉をコタツに並べながら答える西田井。
 風呂は下宿全体の共用なので、自分に言わなくてもいいような気がするが。
「ええ、十分な体温が確保できました!」
 ガッ、と胸の前で拳を握るロメ子。一時間前とは別人のように元気だ。
 ウイルスのせいで変温動物っぽくなっているのだろう。難儀な身体である。
「よかった。ご実家でも、いつもこんな感じだったんですか?」
「あはは、そうなんです。朝は家族全員で縁側に出て日光浴して、それから順番にお風呂です」
 ドアを後ろ手に閉めながら、苦笑いのロメ子。
 明日の朝からはエアコンのタイマーであらかじめ室温を上げておこう、と西田井は考えた。
「それじゃあ、朝ごはんにしましょう」
「はーい」
 ブンッ!!
 ドアの前から、ロメ子が消えた。
 ……消えた?
「え、ろ、ロメ子さん?」
 わけもわからず、立ち上がりかける西田井。
「西田井さん、まだですかー? 先に食べちゃいますよー!」
「!?」
 なんと、ロメ子はいつの間にか、コタツの反対側に座っていた。
(見えなかった……だと……)
 西田井はロメ子から目を離してはいない。
 そして、ドアからコタツまでの移動経路を考えると、絶対に西田井の目の前を横切らなければならないのだ。
 西田井は言葉を失ってしまった。
 ロメ子の移動速度が、もはや人間では捉えられない領域にまで高まっているということだ。
 体温だ。
 低ければゆっくり動き、高ければ素早く動ける。
 クロックアップ、という単語が西田井の頭をかすめたが、口には出さなかった。
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Date:2014/05/20
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