明日から書く。

□ ゾンビ同居中。 □

【#5】アイランド

 西田井の部屋のコタツをはさみ、ロメ子、西田井、そして板石は座っていた。
 板石が西田井の部屋に来てから三十分ほど経ち、板石もようやくロメ子の存在を受け入れる準備が出来かけているところだ。
 黙ってお茶を飲んでいた三人だったが、板石が意を決して口を開く。
「えー、と、蛆沸さん」
「あ、ロメ子で結構ですよ~」
 ひらひらと手を振りながら訂正されたので、仕切り直し。
「じゃあ、ロメ子さん。あなたは、そのー……何者なんですか?」
 ゴトン!
 ロメ子が、お茶の入った湯飲みを取り落とした。倒れた湯飲みからお茶があふれだし、まるで血溜まりのようにコタツの天板の上を広がっていく。
 西田井がおでこに手をやった。ああ、またやっちまった。
 目をまん丸に見開いたまま、硬直してしまうロメ子。
 板石が驚いて手を伸ばそうとした途端、ロメ子が勢いよく立ち上がり、言った。
「あの、わたし帰ります!」
 ぶおん、と音を立ててお辞儀すると、部屋を走り出ようとする。
 なんとかスカートを掴んでロメ子を止める板石、そして西田井。
「ちょ、待って! 待ってください!」
「すみません! 友達がすみません!」
 ロメ子が二人を振り返る。泣いてしまっていた。
「すみません、ご迷惑なら、ひっく、そう言って頂いて、結構ですので……」
 ぐしぐしと涙を拭きながら、途切れ途切れに謝るロメ子。
 西田井が大げさに手を振り、あわてて否定する。
「いえいえ! 迷惑だなんてとんでもない! ね! 板石くん! ね!」
 急に同意を求められた板石も、首をぶんぶん縦に振って言った。
「そ、そうですとも! 迷惑だなんて言ってないじゃないですか!」
 ロメ子がばっ、と顔を上げる。
「だ、だってさっき、『貴様、いったい何様のつもりだ!? クビ切り落としてク○流し込むぞ!』って言ったじゃないですか」
「言ってねーよ!!」
 夜の「知苑荘」に、二人のハモりツッコミが響いた。
 
 
 
第五話【アイランド】
 
 
 
「……説明してませんでしたっけ」
 ポリポリとほほを掻きながら、ロメ子が苦笑いした。
「ええ、もう全く何にも、一切全然聞いてません」
 ゆっくりと一回だけうなずく西田井。
「正体不明の女の子泊まらせて、事情も聞いてなかったのかよ。すげーなお前」
 板石が半ば感心した声を漏らす。
「だってさー、なんかチャンスを逃し続けてきたというか、なんというかさー」
 特に反論も出来なかったので、西田井はちょっと顔を逸らしてしまった。
「おほん!」
 咳払いする音が聞こえたので、二人はロメ子の方を向いた。
 ロメ子は西田井と板石の瞳をまっすぐに見つめ、真面目な……やや哀しげでさえある表情で、語り始める。
 
 
「わたしの育った村は、小さな島にあって……物は無かったけど、みんな仲良く暮らしていたんです。魚を捕ったり、お米や野菜を育てたり、牛を飼ったりして。
 島には小学校がひとつしか無くて、中学校とか高校はフェリーで隣の島まで行くくらいの田舎でした。わたしも、そうやって高校に通ってたんですよ。生徒は六人しか居なくて、もうすぐ卒業だった……んですけど」
 そこで、少し言葉を切った。何かを思い出し、顔を曇らせる。
「そんな島ならたくさんあるかなと思うんですが、ウチの島には一つだけ変わったところがありました。
 製薬企業の研究所が置かれていたんです」
 西田井と板石は顔を見合わせた。小さい声で話し合う。
「なあ西田井さんや、なんかこう、ちょっと聞いたことあるよーな」
「いやいや板石さんや、まだわかりませんよ。この先聞いてみないと」
「あのー、なにか……?」
 二人の様子を見て、不思議そうにロメ子が聞いてきた。
「ああいえ! なんでもありません!」
「どうぞ、続けてください」
 慌てて先をうながす二人。
 ロメ子はうなずくと、重々しく口を開いた。
「その会社は、〈株式会社・傘〉っていう名前で」
「かさ!?」
 思わず口を挟んでしまう西田井。
「おい、黙って聞いとけよ!」
 板石が注意する。
「だってさあ、英語に直したらモロ……」
 ロメ子がじーっと西田井を見つめていた。
「いえ、すみません。続けてください」
「……? はい」
 こほん、と咳払いして、話を続ける。
「〈傘社〉は風邪薬から化粧品、向精神薬から清涼飲料水まで幅広く手がけ
 ようとしている弱小企業で」
(あ、大企業じゃないんだ)
 西田井は意外に思ったが、口には出さなかった。
 ロメ子が間を取って、言いづらい事を告白する調子で口を開く。
「表向きには知られていないんですが……実は生物兵器の開発も行っていたんです」
「あー」
「なるほど」
 二人が特に驚かなかったので、ロメ子が逆にびっくりした顔になる。
「え、まさかご存じとか!?」
「いえ、別に」
「でもまあ、なぜか察しがついたというか……いえ、続けてください」
 ロメ子は戸惑いながらも、うなずいて続ける。
「ある時から、村の周りで変な事件が起きるようになったんです。
 突然家畜が凶暴になったり、頻繁に怪物が目撃されるようになったり。
 村に変な病気が流行って、感染した人が〈傘社〉に運ばれて戻ってこなかったり。
 そして」
 ぐす、とロメ子は目元をぬぐって、言った。
「村全体で、大人も子供もみんな……ゾンビみたいになっていったんです」
 
 
「始めは、原因が全然わかりませんでした。
 でも、ゾンビになった人たちを〈傘社〉の人がどこかへ連れて行くときに、偶然会話を聞いてしまったんです。
 これは〈傘社〉の造った人工病原体、〈丁(てい)ウイルス〉が研究所から漏れたために起こった事故だったんです。
〈傘社〉の人は消毒剤を撒いたりしましたが、結局は効果がありませんでした。
 村は……人も犬も家畜も、全員がゾンビになってしまいました。
 わたしはそこから……」
 ロメ子は話を続けられなくなり、うつむいて涙を拭くことに専念する。
 その様子を見て、西田井と板石は後悔していた。
 多少素性が分からないくらい、大目に見たって良かったじゃないか。
 まさかこんなに辛い話をさせることになるなんて、思っていなかったのだ。
 部屋はとても静かになってしまい、ロメ子がすすり上げる声しか聞こえない。
 ややあって、西田井がおずおずとロメ子に声をかけた。
「あの……すみません、無理に聞いてしまって。そんなに辛いことがあったなんて、全然、思ってなかったもので」
 西田井は昨日の夜、ロメ子が言ったことを思い出していた。
 本当だったのだ。家族や隣人や同級生は、本当にゾンビになってしまったのだ。
 地獄のような惨状になり、そして現在はもう無いのであろう、ロメ子の村。
 故郷の最期の光景とゲーム画面を重ね合わせたロメ子の心中は、いかなるものだったのか。
 自分には推測することさえ出来ない、と西田井は思った。
「いえ、大丈夫です……」
 なおも涙を拭き、自分を落ち着かせた後でロメ子は顔を上げ、こう言った。
「村を離れるときは辛かったですけど、みんなが『頑張れー!』ってちっちゃい国旗を振りながら送り出してくれたので! わたし、まだ頑張らないといけないんです!」
 ぐっ、と胸の前で拳を握る。
「へっ?」
「はっ?」
 西田井と板石は、無意識に間抜けな声を出してしまっていた。
 
 
「は、はい! 先生!」
 なぜか西田井が手を挙げた。手の指の先までまっすぐな、模範的挙手である。
「えー、はい、西田井さん」
 ロメ子が西田井を指し、西田井が口を開く。
「あのー、命からがら、死の村を脱出してきた……のではなくて?」
 きょとんとするロメ子。
「いいえ? 出稼ぎに来たんです」
 西田井は両腕をバタバタ動かし、なんとか意見をまとめる。
「だ、だって、村はウイルスに汚染されたって言ったじゃないですか! 村の人も全員ゾンビになっちゃったんでしょ?」
「ええ」
 ロメ子は事も無げに認めた。
「でも、わたしもこの通りほら、ゾンビになってますし。というか、厳密にはゾンビってわけでもないんです、死んでないので。ただの病気……というか体質改善というか」
「か、改善ですか?」
 板石が思わず口を挟む。ロメ子が笑顔でうなずいた。
「そうです。あまり食べなくても良くなりましたし、力も少し強くなりましたし、それに寿命も延びました」
「ち、知能は? 低くなったりとか」
「ええ、ウイルスに感染した最初はそうなったんですけど、ちょっと経ったら元通りになりました」
 西田井も気になった点を聞いてみることにした。
「あの、じゃあ別にウイルスに感染しても、混乱とかは起きなかったんですか?」
「そうです。まあ最初はみんなバカになっちゃったんですが、元々ゾンビ同士では食い合わないんです。村全体が一斉に感染したので、逆に平和なままでした。で、知能が戻った後は、元通りの暮らしに戻りました」
 板石は頭を抱えた。
(ゾンビのまま村の暮らしを続けてるのかよ?)
 そして、西田井は思い出していた。
(ああ、そういえば実家に電話してたな)
 ロメ子がセーラー服の腕をまくり、ちょっとさびしそうに笑う。
「まあ、後悔してないわけでもないんですけどね。この見た目とか」
 自分の真っ白な腕をなでる。
 ウイルスに感染する前はきっと、みずみずしい桃の果肉のような色をしていたのだろう、と西田井は思った。
「こっちに来てアルバイトの面接をたくさん受けたんですけど……やっぱり、どこにも雇って頂けませんでした。仕方ないですよね」
 セーラー服を元に戻す。
「結局、食べるものにも困ってしまう有様でして。暖かいところを探してフラフラしていたら、このお家を見つけたので、勝手に入ってしまいました。すみません」
 えへへ、と頭を掻く。
 西田井は、その笑顔の裏にある本心を知りたいと思った。
「ロメ子さんは……元に戻りたいって思いますか? 戻れるとしたら」
 もちろん、自分に体質を戻せるわけもない。だが、どうしても聞いておきたかった。
 ロメ子はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、もうこの姿の方に慣れちゃってます。もう、四十年以上になりますからね」
 
 
「よんじゅうねんー!?」
 
 西田井と板石は、またも叫んでいた。
「ええ。あれ、言ってませんでしたっけ?」
 板石は、そこで気がつきたくなかった事実に気がついてしまった。
「あのー、ロメ子さん。そのウイルス事件が四十年以上前ということは……あなたのお歳はおいくつなんでしょうか……?」
 西田井も、その質問によって、否応なく何かに気がついてしまう。
 出来れば答えを聞きたくなかったが、しかしロメ子は口を開いた。
「六十になります」
 二人は畳に倒れ込んだ。
 なんだかもう、色々馬鹿らしくなっていた。
 この少女は、自分達の両親よりも年上なのである。
 
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Date:2014/05/20
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