明日から書く。

□ ゾンビ同居中。 □

【#3】親に向って撃て!

「みんな……どうしてしもぉたの」
 ロメ子は、呆然とつぶやいた。
 周囲にある傾いたビル、割れたアスファルト、破壊された商店などは黙っている。
 地平線を越えて限りなく続く迷路のような、陰鬱な廃墟。
 数年前まで、ここは壮麗で活気に満ちた大都市だった。あの災厄が起きるまでは。
 うっとうしい雨が降りしきる夜、腐敗した死体のごとき姿に変わってしまった人々が、ロメ子に向けてゆっくりと距離を詰める。ずりずりと、足をひきずるように。
「わしよ! ロメ子よ! ねえ、わからんの!?」
 彼らは耳を貸さない。距離を詰め続ける。
 もはや言葉を理解する能力すら、彼らには残されていないのだ。
「ねえ……やめてよ」
 彼らとの間隔がゼロに近づいていく。
 ゼロになってしまえば、彼らは即座にロメ子を殺すだろう。
 猶予はない。
 ロメ子は制服のポケットからベレッタを抜き取り、安全装置を外し、構えた。
 その射線上に捉えたのは、紛れもなくロメ子の父だ。
 ……いや、父だったものだ。
 歯を食いしばり、震えるベレッタをなんとか押さえつけようとする。
 だがロメ子の心のどこかから、父の思い出がとめどもなくあふれ出し始める。
 仕事の都合で小学校の運動会に遅刻してしまい、来たときにはロメ子の出場種目が全て終わっていたこと――母が家に居ないとき作ってくれる味噌汁にはロメ子の嫌いなナメコが必ず入っていて、しかもひどく濃い味だったこと――寝るときには隣で横になり、優しくささやくような声で子守歌を歌ってくれたこと――それから、それから――。
 ロメ子の顔を、たくさんの雨が滑り落ちていく。
「おとん、すまんね」
 引き金に指をかける。
「ありがとうね」
 ベレッタが雷のような音を立て、そして父の頭に穴が開いた。
 父は倒れて、動かなくなった。水たまりの中から、じっとロメ子を見ている。
「おとん、おとん……」
 我慢していた声が、叫びが、ロメ子のノドを駆け登ってきた。
「おとおおおおおん!!」
 ロメ子は泣いた。全身で泣いた。父を殺したのだ。父を、この手で……。


「あのー」
 ちょいちょい、とロメ子の肩をつつく者が居た。西田井である。
「ゲームを、そこまで感情込めてやらなくても……」
 テレビの前でコントローラーを握りしめながら、なおも号泣するロメ子。
 なんでこんなことに、と西田井は重いため息を吐いた。
 
 
 
第三話【親に向って撃て!】
 
 
 
「だってー、似てるんですよ! やっぱり!」
 涙を拭いて落ち着きを取り戻したロメ子が、ばんばんと畳を叩きながら言った。
「はあ、そうですか」
 漫画雑誌を手に持ちながら答える西田井。
 いい加減な対応になってしまって申し訳ないとは思う。だが同じ話を、この二時間ですでに五回は聞いているのだ。
 西田井の家に来て生肉で夕食を済ませたロメ子は(一話と二話)、偶然発見したバイオハザード系のゲームに熱中し始めていた。
 始めは操作にかなり手こずったものの(テレビゲームをしたことが無かったらしい)、今では泣くほど感情移入するまでになっている。
 極端すぎるだろ、と西田井は小さく嘆息した。
 ロメ子が一時停止したゲーム画面を指しながら説明する。
「この人がお父さん、この人がお母さん、この人がお隣の田井中さん、この子が同級生のミイちゃん」
「いやいや、全員別人ですからね? その人たち、全員ゾンビですからね?」
 ひらひらと手を振る西田井。この説明も、もう五回目である。
「だから泣くのは変じゃないですかね」
 ぐ、と言葉に詰まるロメ子。
「でも、その……この人たち、可哀想じゃないですか」
 おや、急に論点をずらし始めたぞ。
「街中でたむろして世間話してたら、急に目を血走らせた警官が走ってきて、銃弾を撃ち込まれるんですよ?」
「え、世間話してたんですか?」
「してたんです」
 あくまでロメ子が真顔なので、西田井は何も言えなくなってしまった。
「わたしにはわかるんです……この人たちの話している内容が」
(この人はいったい何を言っているんだ?)
 早くも付いていけなくなりつつあったが、西田井は一応聞いてみることにした。
「どんな内容なんです?」
「え、それは、その」
(考えとけよー!)
 西田井が漫画雑誌を破りそうになった直後、ロメ子が思いついたように答える。
「ゾンビ1『なあ、尖閣諸島の流出映像見た?』
 ゾンビ2『見た見た。ありゃぶつけてるよなあ』
 ゾンビ1『な。間違いねーな』
 ゾンビ3『あれ! ちょ、これ見てみ』
 ゾンビ1『なに? 携帯のニュース?』
 ゾンビ3『[水嶋ヒロの受賞はヤラセ?]だって……マジ?』
 ゾンビ1『うそお』
 ゾンビ2『うそお』
 ゾンビ3『いやー、俺怪しいと思ってたわー』
 ゾンビ1『出た』
 ゾンビ2『出た出た』
 ゾンビ3『出てねーよ! なんだよ!』」
「……意外と最新の時事ネタに食いついてるんですね(※2010年11月08日現在)」
 半ば呆れかえりながらも、なんとか感想を述べる。
「そうなんです。だから、可哀想で可哀想で……」
 よよよ、とわざとらしく目を拭くロメ子。
 西田井は少々、このやり取りが面倒になってきていた。
「まあ世間話の下りはいいとしてですよ。そんなに似てるんだったら、もうロメ子さんのお父さんやお母さんやお隣さんや同級生の方はゾンビだとしか考えられませんよ。あと、ご実家の周りはそんな風な廃墟なんでしょ?」
 テレビ画面をぶっきらぼうに指して、そう口にした瞬間。
 しまった、と西田井は思った。
 ぐぐぐ、とロメ子の眉が寄り始めている。
 ありゃりゃ、怒らせてしまった。
 ロメ子が西田井の方に身を乗り出して、叫ぶ。
「失礼な! 謝ってください! 謝罪してください! 贖罪してください!」
 若干納得できなかったものの、思わず床に手をついて平謝りする西田井。
「す、すみません! すみません!」
 ロメ子は元の姿勢に戻ったが、ぷいっと顔をそむけてしまった。
 しまった。故郷や家族や友人を馬鹿にされれば、誰だって気分を害するものだ。西田井はどう謝ろうかと、頭を下げながら考え始めていた。
「廃墟になんかなってません! まったく」
 そしてしばらく、無言の気まずい時間が流れる。
 特にロメ子から付け足すことは無いようだ。
「そこだけー!?」
 西田井は頭を上げ、思わず叫んでいた。
 どうやらロメ子の故郷は、ロメ子と同じようなゾンビ達が住むワンダーランドらしい。
 ていうか、自分達がゾンビなのはあっさり認めるんだな、と西田井は思った。
 
 
 同日、深夜。
 タッタッタ、タッタッタッタ。
 ウー、ウウー。ウー、ウウー。
 バン! バン! バン!
「お、お……」
 ウアー……。 ドサッ。
「おとおおおおおん!!」
「うるっ、さああああい!!」
 西田井は跳ね起きた。
 ただでさえゲームの音がうるさくて気になるというのに、二十分に一回の割合でロメ子が叫ぶため、床に就いてから一睡も出来ていないのだ。
「何回お父さん殺せば気が済むんですか! 実は嫌いなんですか!?」
「あ、すみません」
 涙を拭きつつ、頭を下げるロメ子。
 西田井は本棚から別のソフトを引っこ抜いて、ロメ子に見せた。
「ちょっとソフト変えませんか? このレースゲームとか面白いですよ」
「あーいえ、それはその」
 ロメ子は気まずそうにうつむくと、言葉を継ぐ。
「このゲームをやってると、落ち着くんです。実家に帰ったみたいで」
(やっぱ実家の周りもそんな感じなんじゃないかよ~)
 思わず両腕で頭を抱え、地団駄を踏んでしまう西田井。
 だが、ゲーム画面を見つめるロメ子の表情に気づき、その動きを止める。
 代わりに机の引き出しを開け、耳栓を取り出した。
「じゃあ、僕はこれ付けて寝ますから。それやってていいですよ」
 西田井はさっさと耳栓を詰めて、布団に入る。
「あ、ありがとうございます!」
 ロメ子の声が聞こえたが、なんとなく返事はしなかった。
 
 
 翌日、朝。
 西田井が起きると、テレビの前にはロメ子が陣取っていた。
「……まだやってたんですか。徹夜ですか?」
「ええ、もうすぐ全面ナイフクリア出来そうなんです」
 ゲーム画面から目を離す事もなく答えるロメ子。
 無表情なままゾンビを切り裂き、倒れた相手も油断なく切りつける。
 ゾンビが絶命すると、関心を失ったようにそこを走り去った。
 感情の起伏など全く無い、効率を追求したプレイが続く。
 だから極端すぎるだろ! と西田井は叫びそうになったが、なんとかこらえた。
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Date:2014/05/20
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