明日から書く。

□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

猫探偵一行、イーストエンドにたどり着く

 僕たちはそれから、二時間近くも歩き回った。
 五匹の猫の情報通をハシゴして、結局イーストエンドまで来てしまっている。
 今はブリック・レーンで、六匹目の事情通に先生が話を聞いているところだ。
 あ、戻ってきた。
「よし! 決定的な証言が得られた。今朝ここをもうちょっと行ったところのパブ近くで、犬を見たそうだ」
「六匹目でようやくですね、やれやれ」
「急ぐぞ、早くせんと日が暮れちまう」
 もう夕暮れ時になり、そろそろ夜という時間帯だ。
「ねー、まだ探すのー? もう二時間歩き通しなのよー?」
 突然大家さんが立ち止まり、その場で地団駄を踏み始めた。
「出たぞワット君」
「出ましたね先生」
 本日何回目の「ねー、まだ探すのー?」だろう。
「ねえ、この辺りってちょっと危ないのよ、特に夜は。知ってた?」
 腰に手を当てて、なんでこんなところにわたしが、という雰囲気を出す大家さん。
「いや、イーストエンドに来るのは、出発のときに了解済みじゃないですか」
「でも、夜になるなんて思わなかったんですもの」
 先生が、ふうう、と心底面倒臭そうなため息をもらすと、言った。
「じゃあ帰るか? 大家。帰れれば、だが」
「帰れるわよ! テムズ川沿いに歩けばいいんでしょ。だから、えー……あっちね」
 通りの一方を指差す大家さん。
「真逆だ。川はこっち」
 反対側を指差す先生。
「わ、わかってたわよ。こっちね? それじゃ、帰りますから」
 顔を赤くしながら、大家さんはせかせかと歩き出した。
「さーて、やっかい払いできたな」
 うーん、と先生が大きく伸びをする。
 が、突然何かに気づいて、大声を上げた。
「あれ? そういえば、『切り裂きジャック』の犯行現場って、ちょうど大家の向かってる方だったよな」
 うわ、わざとらしー。でも、乗っかっておくことにする。
「ああ、そうでしたっけ。ホワイトチャペルの辺りでしたから、まあその辺ですね」
 急に大家さんがUターンして、戻ってきた。
「おいどうした? 忘れ物でもしたのか、大家」
 あくまでも、大家さんの行動に驚いた風を装う先生。
「あの、やっぱりあなた達の仕事ぶりを監視することにしたわ」
「帰った方がいいと思いますよ。ほら、ここら辺は危ないし」
 僕もちょっとしたイタズラ心で、先生の方針に従う。
「もう、意地悪しないでよ! 決めたの! 付いて行きます!」
「それじゃ、もう文句は言わないな、大家?」
 ニヤニヤと笑いながら言う先生。
「え、それとこれとは」
「よし行こうワット君!」
「はい先生!」
「わーん、置いてかないでよー! わかったわよ文句言わないわよー!」
 その半分泣きそうな声に、ちょっとスキッとしたのはここだけの秘密だ。
 
 
「さてと、ここだが」
 僕たちは件のパブの前まで来ていた。すごい混雑と喧噪。
 照明で煌々と照らされたパブの中は人でぎゅうぎゅう詰め、しかもパブの前にまで椅子を並べて、酔っ払いたちがビールを胃袋に流し込んでいる始末だ。
 ときおり、そこらで喧嘩が始まっているのがわかる。
「うひゃー、繁盛してますねえ。大家さんも気をつけないと……あれ」
 大家さんはどこだ? 帰っちゃったかな?
「あの、わたし連れが居ますので、すみません……」
「そんな連れなんて放っとこうぜえ、おごるからよお」
 声のした方を見ると、なんと大家さんが外の椅子に座った酔っ払いにナンパされていた。
 仕方ない、助けてあげよう。
「先生、ちょっと大家さんを助けてきます」
「なに? ああ、ナンパされてるのか。わかった、俺だけパブに入って聞き込みしてくる」
 先生がパブの客に踏まれないように四足歩行に切り替えると、入り口の小さなすき間から素早く中へ侵入した。
 こういうとき、猫って便利だ。
「あの、ホントに困ります……」
「いーじゃねえかよ、一緒に飲もうぜえ」
 おっと、助けないと。酔っ払いに近寄り、声をかける。
「あの、すみません」
「あ、助手さん!」
 大家さんが安堵の声を出すと、酔っ払いが怒りもあらわに僕をにらみつけた。
「ジョシューさん? はっ、変な名前だなあんた」
 僕は少々カチンときた。あまり人の名前を馬鹿にするのは良くありません。
「そちらのご婦人は、僕の連れなんです。すみませんが、もう行かないと」
「なんだい兄ちゃん、邪魔するなよ。このご婦人は俺と政治について語りたいってよ」
 政治ねえ、と僕は思った。よりによって大家さんが一番疎い分野じゃないか。
「そうなのかい、ニーナ?」
 答えが返ってくるまでに一瞬の間があった。あれ、ホントに政治の話がしたい?
「い、いえ」
「違うそうですよ?」
 内心ほっとしながら、酔っ払いに厳しい目を向ける。
 すると座っていた椅子から、酔っ払いがゆっくりと立ち上がった。
 背が高く、筋骨隆々の労働者。僕を威嚇するように丸太のような腕を回してみせる。
「うわ、でけー……」
 思わず声が漏れていた。聞こえないように、あくまでも小声ではあるが。
「なあ兄ちゃん、ちょっとボクシングでもしねえかい」
「あはは、お誘いは嬉しいのですが、ちょっともう時間が無くて」
 シュッ!
「うわっ!?」
 何かが風を切って飛んできたので、僕は反射的に頭を横に反らした。
 それは左のジャブだった。
 うわーでっかい拳。クルミくらいなら素手でつぶせるんじゃないだろうか、この人。
「へっ、避けるとはやるなあ。それじゃあ、こいつはどうだ!」
「危ない!」
 大家さんが悲鳴を上げる。
 シュッ! ヒュバッ!
「わっ! わっ!」
 左ジャブからの、右ストレート。すんでの所で避けきる。
「まだまだ行くぜ!」
「結構で、うわわ!」
 ブオン! ブン! 慌てて飛び退く。危ない危ない。
「くそ、ちょこまかと!」
 シュッ! シュッ! ブオン! 拳が一瞬顔をかすめる。ギリギリだ。
「ちくしょうが!」
 シュッ! シュッ! ヒュバッ! ブオン! ブオン! シュッ! ヒュバッ!
「わっ! わっ! ちょ、ちょっと、わわっ!」
 もうなんだかメチャクチャだ。でもなんとか避けられて……ガツッ。
 あれ?
 どったーん!
「あいった!」
 なんだか聞き覚えの無い音がしたと思ったら、僕は思いきり後ろにこけていた。
「へへへ、足もとに注意しねえとなあ。足場が悪いからよ」
「しまったー……」
「おい! そこのお前ら! こいつを押さえつけろ!」
 すぐに男が二人駆け寄ってきて、僕の腕を思い切り踏んづける。
「いたたた!」
「ひ、卑怯よ! 彼を離しなさい!」
 気づくと、大家さんが酔っ払いの腕をつかんで、にらんでいた。
「へ、お断りだね。俺はな、バカにされるのが、この世の何よりもでえっきれえなんだよ。そこで見てな!」
 そのまま、大家さんを突き飛ばす。
「きゃあっ!」
 歩道に尻もちをついてしまった。
「大家さん!」
「ふん、人の心配より自分の心配をしなよ。よーしそんじゃ、たっぷりとお返ししてやるぜ」
 いったい何のおかえしなんだよ、と思いながら、近づいてくる酔っ払いを見上げる。
「マウントとって、ボッコボコにしてやる」
 まずいなあ。非常にまずい。あばら骨の一、二本じゃすまないかもしれない。
 僕がどうやって痛みを忘れようか考え始めた、そのとき。
「ん? なんだこのガキ?」
 なぜか、小さな影が僕と酔っ払いの間に割って入った。
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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