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□ ルパン三世 □

【ルパン七世 #2】幼児が来りて『パパ?』と聞く     

 東京湾に浮かぶ人工島、トーキョーポリス。
 人間や異星人で賑わうその中心街……ではなく、地味な端っこの方の大通りに面して、あまりパッとしない雑居ビルがある。
 雑居ビル二階には、知る人ぞ知る……というよりもほとんど誰にも知られていない探偵事務所があった。
 その名を『次元探偵事務所』。
 この物語の主人公であるルパン七世の相棒こと、次元啓史郎(じげん けいしろう)が所長を務める事務所だ。
「僕のパパなの?」
 小さな子供が次元に聞いた。
「え……あ、ええー」
 驚くあまり口がきけなくなってしまった次元と、その様子を遠くの方から見守るルパン、そして五右衛門。
 次元はゴチャゴチャにもつれて混乱する頭脳をほどき、「納得のいく説明」という一本の糸を引きだそうと悪戦苦闘していた。
 なんとか、なんとか筋道立てて説明できるはずだ……この状況を。
 とりあえず、この五分間で何が起きたのか振り返ろう、と次元は決めた。
 
 
 
第2話 【幼児が来りて『パパ?』と聞く】
 
 
 
 五分前。
「たっだいまー、っと」
 ドアを身体で押し開け、次元と五右衛門、そしてルパンが事務所に戻った。
 全員が大きな紙袋を両手に抱えている。
 今日は月に一度の買いだめデー、つまり近所のスーパーの特売日なのだ。
「いやー、買えた買えた。タバコもこんくらいありゃ、一ヶ月保つだろ」
 ルンルン気分で、キッチンに向かう次元。
 タバコのカートンを三つ紙袋から取り出し、テーブルに載せる。
 そして他のパックされた生肉や野菜などを、手際よく冷蔵庫に詰めてゆく。
「いやー、買えた買えたでござる。お酒もこれくらいあれば、一ヶ月保つでござろう」
 ルンルン気分で、自分の寝るスペース(応接室のソファ脇)に向かう五右衛門。
 紙袋に詰まった日本酒(パック)を、客から見えないような場所に配置する。
「あ、俺のも置いといてくれ」
「了解した」
 次元のウイスキーも隣に置く。
 なぜなら次元もこの応接室で――具体的には五右衛門とソファーを挟んで反対側に寝るからである。
「いやー、買えた買えた。お菓子もこれくらいあれば、一ヶ月保つよねー」
 ルンルン気分で、自分の寝室(いちおう「会議室」なのだが)に向かうルパン。
 紙袋にはチョコレートやらガムやらアメやらがギッチリ詰まっている。
 次元がカレンダーを見て、ルパンに声をかけた。
「おい、明日ちゃんとゴミ出しとけよ!」
「はーいはい」
 聞いちゃいねえ、と眉をひそめる次元。
「あと部屋片付けとけよ。最近だらしねーぞ」
「えー? あたしの部屋なんだからいーじゃーん」
「ホントは俺の部屋だろーが」
「そうですねー」
 空返事を最後に、部屋のドアが閉まった。
 最近慣れてきた自分が悲しい、と次元が少し肩を落とす。
 風呂・トイレ・キッチンが全て備わっているとはいえ、この事務所はあまり大きくないし、部屋数も少ない。本来ならギリギリ一人暮らしが出来るかどうかだ。
 しかも最近は三人になってるし。なぜ野郎と同じ部屋で寝泊まりせねばならないのだ。
 ルパンが事務所に引っ越してきて早々に主張したところによると、
『お年頃の乙女に部屋が無いなんておかしいじゃん!』
 とのこと。
 なーにがお年頃か。しかもなんつった、乙女だあ?
「おわあああああ!!」
 ホラ見ろ、これが乙女の悲鳴かよ。
「ん!?」
「どうしたでござるか!」
 我に返った次元と五右衛門は、ルパンの部屋に直行した。
 
 
 
 
 現在。
「で、ルパンの部屋にこいつが居た、と」
 次元が応接室で、自分の横に立つ幼児に指を突きつける。
 背丈から判断するに、三歳くらいだろうか。
 サラサラの金髪にブラウンの目。可愛らしい顔立ちの男の子。
 服はなぜかフォーマルだ。
 茶色のジャケットに茶色の半ズボン、黒の革靴に白い靴下。シャツの上にネクタイまで絞めている。保育園の入園式でもあるのだろうか?
 幼児は次元のヒザの下あたりをぎゅっと持ち、無表情な顔で同じ文句を繰り返した。
「パパ? 僕のパパなの?」
「次元……言ってあげなよ」
 成り行きをドン引きで遠ーくから見守っていたルパンが、真剣な顔で切り出す。
「『そうだよ』って」
「ちがうわー!!」
 次元は思わず叫んでしまったが、幼児がびっくりして倒れたので、謝りつつ助け起こす。
「次元」
 呼びかけられた方を向くと、やはり遠ーくに居た五右衛門が、なんだか生暖かい視線で次元を見ていた。
「なんだよ、その目はよ」
「いや、なんでもないでござる。おっと!」
 急に携帯端末で時間を確認すると、出口に向けてルパンの腕を引っ張る。
「ちょっとヤボ用を思い出したでござる。ルパン、参ろう」
「えー? あたし用事ないよー?」
 五右衛門は仕方なく、といった様子で身をかがめ、ルパンに耳打ちした。
(久しぶりの再会でござる、拙者たちはいわば邪魔者)
 ルパンも小声で返す。
(そ、そっか! 気づかなかった)
(拙者たちが居れば、次元はあの子を抱きしめてあげることも叶わないでござろう)
(そうだよね……あたしったらバカだね)
 そして二人で次元の方を見る。
 今度は両方が生暖かい視線になっていた。
「では、出かけてくるでござる」
「いってきます、ちょっと遅くなるね」
「だから違うってー!!」
 次元はまたも、思わず叫んでしまった。
 
 
「え、なにホントに知らないの? 全然心当たりもまるで無いの? ゼロなの?」
「ああそうだよ。ぜえんぜん心当たりもねーし、こんな子知らねえよ」
 ルパンのおそらく五回ほど繰り返されている質問に、次元は全く同じ文面で答えた。
「こら、次元! 我が子に向けて『こんな子』とは! 子供が悲しむでござろう!」
 だん、とテーブルを拳で叩く五右衛門。
「だから違うの!! 俺の子じゃないんだよ!」
「ねえ、僕のパパなの?」
 幼児が、今度は五右衛門のジャケットを引っ張りながら言った。
「え」
 固まってしまう五右衛門。
 ここぞとばかりに、次元は反撃に転じる。
「よし、んじゃ俺ちょっと出かけてくるわー」
 事務所から出ようとする次元と、
「え? あたしも行ったほうがいいの? え? え?」
 状況がつかめないルパン。
「い、行かないでー!」
 五右衛門は半泣きになりながら、手を突きだしていた。
 元の位置に戻る二人。次元が口を開く。
「と、いうわけで。俺たち三人とも、この子の事は知らないわけだな」
 涙を拭いた五右衛門がちょっと咳払いして心を落ち着けると、自分のスラックスのすそを引っ張る幼児を見て言った。
「ふむ。しかし、なぜこの子は見境無く、自分のパパかどうかを聞くのでござろう?」
 次元はちょっと考えてみたが、
「確かにな。普通は親の顔くらい、すぐわかるだろうし」
 と言って頭を掻く。
 片や、ルパンは幼児の手を取って遊んであげていた。
「よーしよし。すぐにパパ探してあげますからねー」
「おいおい、軽く言うんじゃねーよ」
 心底面倒そうなため息をつく次元。ルパンが険しい表情で、ぐりっとそちらを向く。
「ちょっとなによー! こんな可愛い子が困ってるんだよ、助けるでしょうよー!」
「いや困ってるだろうけどな? それは俺たちには関係な」
「じ、次元!」
 慌てた様子で、二人の会話に五右衛門が割り込んできた。
「どうした? 幽霊でも見たよーな顔して」
「そ、そもそも……その幼児はどこから来たのでござろう?」
 五右衛門の言葉を聞いて、次元とルパンの動きが止まった。
「……そうだ、おかしいぞ。帰ったとき、この事務所はカギが閉まってた」
「それに、あたしは帰ってすぐ自分の部屋に行ったから……この子は後から入ってきた、ってわけでもない」
 二人の顔から、ゆっくりと血の気が引いてゆく。
 とどめとばかりに、五右衛門の口から決定的な事実が語られた。
「拙者、ここを出るときに全部屋の電気を消して回っているでござる」
 事務所が急に静かになった。
 異様な沈黙の中で、
「僕のパパなの?」
 幼児の言葉だけが不気味に響いた。
 
 
 事務所の応接室をおぼつかない足取りで、ウロウロ歩き回る幼児。
 ソファーを触ったり、テレビを触ったり。座ったと思えば、また歩き出す。
 それを遠くの方から、身を寄せ合うようにして見つめる三人組。
 ちょっと可愛いとか思っていたのに、ほんの数分で不気味な存在になってしまった。
 ルパンがおずおずと口火を切る。
「ね、ねえ。どうすんの、あの子」
 次元がそろそろと口を開く。
「さ、さあな。幽霊ってわけでもなさそーだが」
 五右衛門が重々しく切り出した。
「わたしねー、むかし、探偵事務所に勤めてましてね。その頃の話なんですけども」
「え、五右衛門さん?」
「なんだなんだ? なんで口調違うんだ?」
 他の二人が驚くのにも構わず、先を続ける。
「事務所のメンバーでね、朝スーパーに買い出しに出かけたんですよ。
 特売日でね。それでめいめい好きな物買って、紙袋こんな、パンパンになるくらいに」
 身振りで、紙袋の大きさを示す。
「それでスーパーから帰って、買った物を冷蔵庫とかにしまってたときにね。
 所員の一人が……女の人なんですけど、自分の普段使ってる部屋に戻った。
 そしたらそこから突然、
『きゃあああああ!!』
 って大きな叫び声が聞こえた」
 突然の大声に、次元とルパンはビクリと身体を震わせる。
「だもんでね、すぐそこに駆けつけたらば、子供が居るんですよ。
 幼児が一人で。
 でね、おかしいなー迷子かなーと思ってね、よくよく考えてみたら……」
 そこで少し間を取り、声を落とす。
「居 る は ず な い ん で す よ 。
 だって、わたしがカギ閉めて出てったんだもん。
 入るときにも、もちろん誰も一緒に入ってないし、出るときにももちろん居なかった。
 うわーなんだろうやだなーやだなー、怖いなーって思ってたら、子供がいつの間にか、スーッ……と居なくなってる。事務所中探してもどこにも居ない」
 顔がぐんぐん青くなっていく二人。
「でね、そこで所長が『思い出した』って言うんですよ。
『え、何を思いだしたの?』って聞いたら、
『むかし、ここで戦争があって、臨時の病院だかなんだかが設置されて、ずいぶん死傷者が出たって話を聞いたことがあるなあ』
 って言うんですよ……」
「やめろおおおお!!」
 次元がたまらず叫んでしまったので、幼児がこけた。
「この、この! 怪談風にまとめるんじゃない! この!」
 ルパンが五右衛門のヒザの辺りを蹴りつける。
「痛!? 拙者はただ、状況の整理をしようと」
「嘘つけこの野郎! なんか結末加えてるじゃねーか!」
 一緒になって五右衛門を蹴りつける次元。本当に怖かったのである。
 幼児がテレビのリモコンをいじったので、偶然テレビがついた。
『――次のニュースです。地球文明が銀河連邦に登録されてから、銀河標準周期でちょうど三十年が経過したことを記念して、各地でパレードなどが開かれました。また、銀河連邦から地球圏連合への通知によると、人類の銀河ライブラリ閲覧権限は一段階引き上げ、レベル3に昇格されるとのことです。続いて、天気予報――』
 しばらく幼児を眺めて消えない事を確かめていた三人だが、五右衛門が再び口を開いた。
「とにかく、警察に届けなければならないのでは? 迷子なのだし」
「なんだとお!?」
「今度は何を……」
 次元とルパンは喧嘩腰で何か言おうとして、
「……ほんとだ」
 しかるのち納得した。
 幼児にまつわる謎が邪魔して、当たり前の事に気づかなかったのだ。
 次元が重い雰囲気を打ち破るべく、声を張って宣言する。
「よし! あの子を交番に届けるぞ!」
「お、おー!」
「了解でござる!」
 とにかく目先の事に集中しようと、三人組はせかせかと動き始めた。
 ルパンは玄関に急ぎ、次元は幼児の脇の辺りを持って抱え上げる。
「う? うー!」
 が、突然幼児が暴れ出した。
「なんだよなんだよ、どうしたんだよ」
 仕方なく地面に降ろすと、テレビに向けて走り出し、張り付く。
「なんだ? まだテレビ観たいのか?」
「ここ、ここ」
 テレビを叩きながら、幼児が言う。
 画面には、「新トーキョーポリス駅」が映し出されていた。
「……もしかして、そこから来たのか?」
「ここ、ここ!」
 
 
 新トーキョーポリス駅は、空から見ると伏せたコップのようなずんぐりした建物だ。
 建物はあらゆる方向から金属のレールで刺し貫かれ、そしてレールはビルの合間を縫って島中へ散らばっていく。
 実に九つの路線(地下鉄が四線、モノレールが五線)が、ここに乗り入れているのだ。
 次元のミニクーパーは空中を流れる車の帯から離れ、白線で囲まれた着陸区域へふわりと降り立った。少しの衝撃と、車体の重みでタイヤのきしむ音がする。
 ルパンたち三人、そして幼児が降りる。次元の車は四角く切られた地面ごと沈み込み、地下駐車場へと運ばれていった。
 駅舎と広場は高層ビルに挟まれた形になっており、広場の向こうのメインストリートでは、巨大看板やディスプレイ、ホログラム(立体映像)広告がガヤガヤとやかましい。
「いやはや、いつ来ても人が多いでござるな」
「まあ、これなら迷子になってもしょうがねえかもなあ」
 朝のラッシュアワーほどでは無いにしろ、休日の駅前広場は人また人の大混雑だった。動く頭が邪魔して、端まで見通すことすら出来ない。
「人だけじゃないけどね」
 ルパンが群衆に指をさす。
 よく見ると、おでこにカブトガニがくっついた様に見える男性のビジネスマンや、耳のとんがった女子学生、さらには猫のような耳が頭から生えているカップル、直立歩行するイグアナや熊、宇宙服を着たタコなども混じって歩いている。
「あれも宇宙人だから『人』でいいんだよ」
 近くに宇宙港がある関係で、銀河系の辺境マニアや商売目的の人々もこの駅を通って、トーキョーポリスを含む東京都の各地へ散っていくのである。
 ひとつのディスプレイがCMを終え、ニュースパートに移った。
『――ヤードポンド人の皇太子が何者かに連れ去られた事件で、ヤードポンド圏のスポークスマンは先程[皇太子は銀河ライブラリ使用反対派のテロリストグループによって拉致された可能性が高い]と発表しました。ヤードポンド王室は日本国の大使館において行われる記念式典に参加するため、昨晩宇宙港に――』
 ルパンは頭に角が何本も生えた小さな皇太子の映像を眺め、
「あらやだ、物騒な世の中ねえ」
 と主婦のような文句を口にした。
 次元が軽くため息をつく。
「まあ、今でも宇宙人を目の敵にしてるヤツらは多いのさ。むかしは人類同士で人種差別をやってた。今はそれが銀河規模に広がってる……例え銀河連邦のテクノロジーで人類の生活がどんだけ向上しようが、『自分と違う』ヤツを認めるのは簡単じゃない」
 だがルパンは聞いておらず、近くのビルのホログラム広告を見て次元の袖を引っ張った。
「あのバッグ欲しいー! ねーねー、ちょっとだけショップ寄ってこうよ!」
 次元を引っ張ってブランドショップへ進もうとする。
 その手を振り払った次元は、答える代わりに幼児を持ち抱えてルパンに見せた。
「ほら、このお姉ちゃん、君のお父さん探す気無いみたいだよ~? どう思う~?」
「ママ? 僕のママなの?」
「え、ちょ」
 ルパンの口の端が引きつった。
「ほら、交番は向こうでござる。遊んでないで参ろうぞ」
 五右衛門が呆れ気味に先導して歩き始めたので、後の三人もそれに従った。
 
 
 広場の端にある、新トーキョーポリス駅前交番。
「家に……というか事務所なんですけど、帰ったらこの子が居まして」
 交番のカウンター越しに、警官に向けて幼児を見せる次元。
「なるほど、迷子ですね。何か、名前がわかるようなものは持ってないですか?」
「いやー、持ってないですねえ」
「わかりました。それでは、こちらでお預かり……」
 そのとき、交番の戸が開いた。
「あー、ちょっとすまない、道を聞きたいのだが」
 なんだか覚えのあるダミ声を聞いて、三人組の身体が反射的に震える。
 そろーっと、その声の主を振り返った。
「げ!?」
「ひ!?」
「う!?」
 次元、ルパン、五右衛門はそれぞれに出かけた悲鳴を飲み込んだ。
 銭形だった。ルパン一味の天敵、銭形警部だったのである。
 しかし当の銭形は呑気なもので、
「おや? どこかでお会いしましたかな」
 などとアゴに手を当てて考えている。
 地質学的に長い二秒ほどの時間が経過し、突然銭形が大声を上げた。
「そうだ! お前らルパン……」
 三人は反射的に、それぞれの武器に手を伸ばす。
「……の事件のときに現場をうろついとった探偵だな!」
 悟られないように息を吐き、ルパン一味は手を戻した。
 次元が頭に手など置きながら、携帯端末を開いてホログラムの名刺を表示させる。
「どうも、次元と申します。こっちは有瀬、こちらが石川」
「こ、こんにちは」
「お久しぶりです」
 ルパンと五右衛門も、それぞれ頭に手を置いた。なぜかはわからないが、そのポーズになってしまうのだ。
 同じく銭形も警察手帳を取り出し、開いて見せる。
「インターソル(太陽系刑事警察機構)の銭形だ。まあ、もう知っとるだろうが」
 すぐに手帳を戻した。
「お前ら、ここで何してるんだ。ん? まさか」
 鋭い眼光で見つめられ、身を固くする三人。
「また警察に通報せずに、独自調査などしとるんじゃないだろうな」
 心持ちホッとした作り笑いで、次元が答える。
「いやーまさか、ははは。あれ以来気をつけてますから」
「そのほうが賢明だな。特にルパンを見たり、予告状の類が来たらすぐ通報するように。ルパンのヤツは変装の名人だからな、現場で怪しいマネなどしない方がいいぞ。ルパンの一味だと疑われたくなければな」
「了解しました、はい」
 次元は話題を変えることにした。早く交番から出たいのである。
「で、銭形さんはなんでここに?」
 話題の矛先が自分に向いた途端、急に銭形の顔から覇気が無くなった。
「ああ、実はちょっと道に迷ってしまってな。部下がいい靴屋を紹介してくれたんだが、一体どこにあるものやら……この地図を見てもさっぱりわからん」
 表紙に〈トーキョーポリス・ベストセレクト ここに行けば間違いない! 人気の遊び場スポットランキング〉と書かれた雑誌を憂鬱な顔で見つめ、重いため息をつく。
「『若者の街』というのは、どうしてこう例外なくゴチャゴチャしとるんだろうな?」
「さ、さあ、なんででしょーねー。おっと!」
 次元が携帯端末を取り出し、時間を見た。
「ちょっと急ぎますので、それではまた」
「ん? ああ悪かったな、足止めしてしまって」
「いえいえ、それでは。じゃあ、その子をお願いしますね! じゃーねー、バイバイ」
 銭形に頭を下げ、警察官にも頭を下げ、幼児に手を振る。
「この『トーキョーポリス靴流通センター』というのはどこに……」
 雑誌を広げて道を聞き始めた銭形と幼児を残し、ルパンたちは早足で交番を出る。
 気がつくと、三人組は一秒でも早く交番から遠ざかろうと、全力で歩道を駆けていた。
 普段泥棒をやっているので、条件反射が出てしまったのだ。
 
 
 大通りを二つ越えた、大型百貨店の影になっている路地。
「はあ、はあ、に、逃げる必要なかったね……」
 ルパンが額の汗をぬぐいながら苦笑いする。
「そうだな、つい、げほ、ついクセで」
 帽子で自分を扇ぐ次元。
「これでは、銭形に怪しまれても致し方ないでござるな」
 神妙な顔の五右衛門。
「パパ? 僕のパパなの?」
 五右衛門のスラックスを引っ張って聞く幼児。
 そのまま、三人は息を整える。
「って、うぎゃあああああ!!」
 三人はそれこそ飛び上がって驚いた。
 素早く幼児から身を引いて、震えながら事態を把握しようとする。
 なぜだ、なぜここに幼児が居るのだ。
 大人がしばらく全力疾走したのに、子供が付いてこられるだろうか?
 しかも、幼児は息ひとつ切れていない。
 密室だったハズの事務所に幽霊のように出現した――思い出したくない事実が、再び脳裏をよぎった。
 まるで幼児が腹を空かせた猛獣であるかのように、三人は固まって、じりじりと後ろに下がる。
 しばらくの間、そのままの姿勢でにらみ合った。
 と言っても、幼児の方は早々に飽きて、そこらを呑気に歩き始めたが。
 これからどうすればいいのか見当もつかないまま、のろのろと十分ほどが過ぎる。
「あれ?」
 突然、ルパンが目をこすった。
 次元も、五右衛門も同じことをした。
 いつの間にか、幼児が居なくなっている。
「どっ、どういうことだ? どこ行ったんだ!?」
 あわてて辺りをキョロキョロと見回す次元。
 絶対に、一瞬たりとも目を離していないのだ。
「僕のパパなの?」
 足下から声がした。
 次元の全身の毛が逆立つ。
「僕のパパなの? 僕のパパなの?」
「あ、あ、あわわわわわ」
 無表情に繰り返す幼児と、血の気がますます引いてゆく三人組。
 そこで残念な事だが、三人組に我慢の限界が来てしまった。
「ぎやー!」
 つまり、その路地から走って逃げ去ってしまったのである。
 
 
 走って走って走り通し、やっと三人は止まった。
 どこか別の狭い路地に入り込み、幼児が追ってきていない事を確認する。
「はっ、はっ、はあ、ちょっと休憩」
 次元がヒザに手を突きながら提案すると、
「さ、さんせー」
「でござる……げほっ」
 他の二人も同じポーズで小休止に入った。
「僕のパパなの?」
「どわー!?」
 だが、幼児がどこからともなく現れたので、また走り出すハメになった。
 
 
 幼児はどこにでも現れた。
 男子トイレの中にも、
「僕のパパなの?」
「うわー!」
 逃げ去る三人組。
 タクシーの中にも、
「僕のママなの?」
「ひぎゃー!」
 タクシーを停めさせて、扉から転がり出るように逃げ出す三人組。
 モノレールの列車内にも、
「僕のパパなの?」
「うわわわわわ!」
 列車内を散々逃げ回ったあげく、駅についたらすぐ降りる三人組。
 さらには、走っている次元の車の中にさえ。
「ねえ、僕のママなの?」
「ぬぎゃー!」
 スピンしながらガードレールに激突し、煙を上げて止まる次元の車。
 ちなみに、まだローンは大分残っている。
 
 
「ねえ、僕のパパなの? 僕のママなの?」
 次元の車にもたれかかり、車道に座り込んでしまう三人組。
 しつこく食い下がる幼児の言葉は無視して……というより無視できたらいいのになーと思いながら、次元が虚ろな表情で口を開いた。
「なあ、俺、一回病院に行こうかと思うんだ」
 同じく、死んだ魚のような目で言葉を返すルパン。
「え、なんで? なんかあったっけ?」
 五右衛門が視線をさまよわせながら同調する。
「何かあったのか、次元?」
「それはな、つまり……」
 目の前をぽてぽてと歩く幼児を見つめ、
「いや、なんでもねえ」
 次元は黙り込んだ。
 座り込んだまま、時間だけが過ぎてゆく。
 対処しなければならない問題があるのだが、というか問題が周りをずっとチョロチョロ歩き回っているのだが、とにかく今は何も考えたくない、という時間。
「あのー、すみません」
 なので、解決法が警察手帳を持って向こうからやってきたとき。
 三人組は、その背後に後光が差しているのを見た気がした。
 
 
「警視庁の佐々木です。こっちは田中」
「よろしく」
 私服の二人組が警察手帳を見せながら軽く頭を下げたので、三人もそれに習った。
「いや、見つかってよかったですよ。ご家族もだいぶ心配なさってましたから」
 佐々木の言葉に、よかった、と三人は胸をなで下ろした。
 この幼児は幻覚の類ではなく、実在するのだ。
 次元がふと田中と名乗った方を見ると、ふところから何か丸いバッジのようなものを取り出していた。
「あのー、それなんです? 田中さん」
「え? ああ、これはですね。その子の持ち物なんですよ。おでこに貼るんです」
「おでこに?」
「ええ、この頃の家庭の事情は良くわかりませんね」
 ははは、と快活に笑いながら、田中は幼児を腕で抱え込んだ。
「むー、むー! やー!」
 とたんに、幼児が暴れ出す。
 次元が抱えたときも少し暴れたが、それとは比較にならないほど激しい。
 だが、田中はそれにも負けず、がっちりと幼児を押さえている。
「はは、元気があってよろしいですな」
「そうですね」
 次元が返事をしている間にも、佐々木が田中からバッジを預かって、幼児のおでこに貼ろうとしていた。
「やー! やーあー!」
 振り回される腕をおさえつけ、なんとか隙をうかがって頭に手を伸ばそうとする。
 無理やり、といった表現が最も適切だろう。
 とんとん。
 ルパンに背中を叩かれ、次元はそちらを見た。
(どう思う?)
 目だけで問いかけられる。
 五右衛門も同じ表情をしていた。
 仕方ねえ、と次元はため息をつき、笑顔を作る。
「あ、ちょっとすみません、刑事さん」
「な、なんでしょう? いだっ」
 顔を散々殴られながらも、田中の方が答えてくれた。
「さっきの警察手帳、もう一度見せて頂けませんか? お二人とも」
「え、なんでです? あだっ」
「ちょっとですね、顔写真が良く見えなかったもので……画面のスイッチが切れてたのか、逆光だったのか……いちおう確認だけです」
 田中と佐々木は顔を見合わせ、渋々自分たちの手帳を次元に開いて見せる。
「どうぞ」
「これでいいですか?」
「いやー、すみませんどうも。奈々、あれ貸して」
 ルパン(奈々)に手を伸ばし、何かを催促する。
「あれ?」
「ソニックドライバー」
「ああ、はい」
 次元はペンライトのような器具を受け取ると、手帳の画面に向けてスイッチを押した。
 ビビビビ……と先端が青く光りだす。
 その様子を見て、佐々木が不審そうな声を出した。
「あの、それはなんです?」
「まあまあ、ちょっとそのまま持っててくださいねー」
 しばらく待ち、次元はスイッチを切った。
 ソニックドライバーをルパンに返し、頭に手をやりながら刑事たちに謝る。
「いや、ありがとうございました。実は写真がちょっと違うかなーなんて思ってたんですけど、そんな事はありませんでした」
「そうですか」
「なら結構」
 やれやれ、と肩をすくめつつ、田中と佐々木が手帳の写真を見る……と。
 目をまん丸に見開いて、止まってしまった。
 次元が言葉を継ぐ。
「『ちょっと違う』んじゃなくて、『全くの別人』でしたよ」
 
 
「クソッ!」
「てめえ!」
 二人が別人のようなどう猛さで、拳銃を次元に向ける。
 だが、次元の方がコンマ一秒ほど早かった。
 拳銃を向けあう三人の男。
「あんたら誰だい? 刑事じゃないのもわかったし、刑事をどーにかして警察手帳を手に入れて、データを改ざんしたのもわかったんだけどさ」
「どうやったんだ……?」
「そりゃ企業秘密だ。あんたらも苦労したんだろうけどな、データは削除しても完全には消えないんだぜ」
 ルパンは両手の指の股にダーツを挟んで構え、五右衛門は刀を抜いている。
 ククク、と佐々木と名乗った方が口角を歪めて笑った。
「お前らも、カタギってわけじゃなさそうじゃねーか」
 次元も薄ら笑いを浮かべ、相手の視線を正面から受ける。
「ああそうさ」
 拳銃を構え直す。頭の、確実に致命傷を与えうる箇所を狙って。
「だが、あんたらに比べりゃ大分マシだろーぜ」
 田中と名乗った方が幼児を抱え上げ、自分の盾にして見せる。
 泣き出しそうな顔で次元を見つめる幼児。
「ほら、撃てるわけないよな? かよわい子供が居るんだぜ」
「……ちっ」
 確かに、次元は撃てなかった。
 五右衛門とルパンも、その場から動くことが出来ない。
 どんな攻撃であれ、幼児に当たらない確証はない。
 田中と佐々木が、じりじりと後ろに下がっていく。
 そして、路地を抜けて遠くへ駆けていった。
 このまま逃がすしかないのか、と三人組が思ったとき。
 幼児が次元の目の前に居た。
 三人組は目を見張ったが、
「あっ!? クソッ!」
「だから早く貼っとけって言ったろうが!!」
 男二人の慌てる声が遠くから届いてきたので、すぐさま幼児を抱え上げ、逃げた。
 
 
「ぶはっ!」
 酒屋の裏で、次元がビールのケースに腰を落とした。
「きつい……子供抱えながら走るのメッチャきつい」
 三人は走って走って走り抜き、トーキョーポリスのかなり外れまで来ていた。
 次元の探偵事務所よりさらに中心部から遠いこの地域は、百年前と同じようなレトロ風の外観が特徴だ。
 もっとわかりやすく言えば、背の低いボロアパート・居酒屋・焼き鳥屋……などなどが、ゴチャゴチャと軒を連ねる地域である。
 その裏手のかなり狭い路地で、ルパンたちは休憩を取っていた。
 他の二人も息は切れているが、次元が一番辛そうだ。
 背中全体を使って、大きく呼吸を繰り返している。
「おじいちゃん頑張ったね」
 ルパンに肩へ手を置かれたので、
「ちがうわ! げほっ、げほげほ」
 一通り呼吸が整ったところで、ルパンに指を立てた。
「お前らも手伝えや! 俺ばっかりこの子運ばせやがって」
「あはは、ごめんごめん」
 両手を合わせて謝るルパン。
 やれやれと肩や脚をもんで乳酸を逃がしながら、息を整える次元。
 ふと気づいて、頭を上げた。
「あれ、なんだったんだろうな? この子の頭に何か貼ろうとしてたろ」
「ていうか、あの偽刑事たちはなんなの?」
 ルパンが当然の疑問を口にする。
「警察手帳を改ざんするなど、そこらの素人に出来るような芸当ではござらん」
 ふーむ、と次元は息を吐いて、幼児を見た。
「この子、結構な組織犯罪に巻き込まれてるっぽいな」
 幼児は不安に揺れる瞳で、三人組を見つめ返してくる。
「……かわいそうだね」
 ルパンはつぶやくなり、優しく幼児を抱きしめた。
「安心しな? あたしたちは味方だからね」
「うー……」
 次元と五右衛門も、力づけるために微笑んで見せる。
「ああ、そうさ。俺たちはお前を守る。絶対にだ」
「しかも我らは結構な使い手でござるゆえ、安心めされよ」
「うん!」
 幼児が嬉しそうな声を上げた。
 ルパンは子供を離し、頭をなでてやろうと手を伸ばす。
「ちょっとは安心してくれたかな」
 だが、ルパンはその手を途中で止めた。
 頭から数センチの空中で、特に何に触るでもなく浮かんでいる右手。
「ん? 何やってんの?」
 次元が聞いてみるも、ルパンは答えない。
 その代わりに、顔がどんどんと青くなっていく。
 やっとの事で口を開くと、
「なんか、見えないものにぶつかっちゃったんだけど、手が」
 と震える声で言った。
 新たな怪奇現象か、と五右衛門が一歩下がる。
 だが次元は立ち上がり、
「そうか、何で気づかなかったんだ!」
 と明るい声を出したので、ゴミを漁っていた猫がびっくりして逃げた。
 
 
 次元がジャケットの袖をまくり、幅広の革製バンドを露出させる。
 フタになっているところを開けると、中には何かの機械が収まっていた。
 スイッチを入れ、それを幼児に向ける。
 機械の上の空間にホロパネル(触れるホログラムの板)が展開し、パネル上で図表や文字列がくるくると踊り始めた。
 それをしばらく眺めたり指で叩いたりした後、次元が説明を始める。
「結果が出たぞ。携帯スキャナーの出した結果だから、あんまり精密じゃないけどな」
 ごほん、と咳払い。
「結論から言うと、内蔵や体組織の構造から見て、こいつは間違いなく宇宙人だ」
「宇宙人!?」
 ルパンが驚きの声を上げる。
「その通り。種族名はヤードポンド人。大部分がペルセウス碗の、銀河中心核に近い星系に分布してる。銀河ライブラリ閲覧権限はレベル5……まあ、技術水準は比較的人類に近い方だな」
 次元が機械のスイッチを切り、元通り収めた。
「しかし、地球人そっくりでござるな。ヤードポンド人とやらは」
「いや、実際はそれほど似てない」
 次元が幼児に歩み寄り、ルパンと同じように頭をなでようとする。
 が、やはり手は何かにさえぎられたように、途中で止まった。
「ほら、この辺りが本当の頭だ。この子は変装してる――身体全体を大きなホログラムで包んでるんだ。本当の頭が見えないのは、向こうの景色をホログラムで作ってるからさ」
 ルパンが手を振り振り質問する。
「んじゃあ、手が止まったのは?」
「それはな、ホログラムの中に手を突っ込んで、本当の頭に触っちまったからだ。人間のより大きい頭にな。手の映像は作れるが、さすがに有る物を無い事には出来ないからな」
 思わず感嘆の声を漏らす五右衛門。
「実に巧妙な仕掛けでござるな」
「そうだな。まあ系外人(太陽系の外から来た人)の変装方法としちゃ、結構ポピュラーな方だ」
 首をかしげるルパン。
「なんか詳しいね?」
「ああ、まあ、昔ちょっとな」
 次元は言いにくそうに、ぽりぽりとほほを掻いた。
「ともかくこれで、俺をパパと呼んだのも納得だ。本当のパパがどんな姿に変装してたか、この子は覚えてないんだ。元々は角だらけの頭だしな」
「え? ああ!」
 ルパンが手を打つ。
「この子、ニュースで言ってた皇太子なんだ!」
「そ。でもって、あの偽刑事はおそらくテロリスト」
「なるほど。これで謎は解けたでござ……」
「その子を渡してもらおう」
 五右衛門の台詞は、聞き慣れない声にさえぎられた。
 
 
 三人に拳銃を向けて、男が一人立っていた。
 狭くて汚い路地には不釣り合いな、清潔で機能的な黒いスーツ。
 ピカピカに磨き上げられた黒い武器。
 声をかけてきた男の後ろから、もう二人ほど同じ格好の男が走り寄ってくる。
 こちらはどういうわけか、大げさなアサルトライフルで武装していた。
「ち、浮かれすぎて気配に気づかなかったぜ」
 油断なく拳銃を向けながら、次元が舌打ちする。
 その後ろでルパンと五右衛門も、ダーツと斬鉄剣を構えて黒服の男たちをにらみつける。
 スーツの男が薄ら笑いすら浮かべながら、次元に声をかけてきた。
「なあ、取引する気はないかね?」
 落ち着いた、よく通る声。
 次元はその提案を鼻で笑いながら、答えを返す。
「出会い頭でいきなりチャカ向けてくるヤツとか? 信用されねーぞ、あいさつもロクに出来ないようじゃ」
 喋りながら脚の感触で、後ろに幼児が隠れていることを確認する。
「それに、子供の前でそんなもん振り回すのも感心しねえ。教育に悪影響だぜ……卑怯者のテロリストさんよ」
 男の顔から笑みが消えた。
「お前に分かってもらおうとは思わん。人類を破滅から救うためだ」
「なるほど。か弱い子供をさらって親を脅迫するのも、その英雄的行動の一部なんだな」
「仕方ないことだ。絶対に、人類は自力での発展を遂げなくてはならんのだ。銀河ライブラリなど必要ない。あんなものに頼ってしまえば人類は創造力を失い、やがて」
「うっさい!」
 突然、ルパンが声を荒げる。
 次元の前に進み出た。
「あんたなんかに心配されなくたって、人類はなんとかやってくよ! それとこの子には、なんの関係もないんだ!」
 ルパンと男がにらみ合う。
 しかしやがて、男が平常心と薄笑いを取り戻した。
「そうか。まあいい。その子を渡してもらえれば、君たちに理解してもらう必要はない」
 拳銃の引き金に指を当て、言った。
「さ、渡してもらおう」
 三人と三人は、対峙した姿勢のまま動かなくなった。
 お互いに隙が見えず、攻撃のタイミングが計れないのだ。
 永遠に続くような五秒間が過ぎる。
 何かきっかけがあれば、この状況を打開できる……。
「ぶえーくしょん!!」
 意外なことに、きっかけは誰かのクシャミだった。
 靴屋を探して迷子になっていた、銭形警部である。
 
 
 ルパンにはクシャミ直後で若干ブサイクになった銭形の顔、そしてそちらを思わず振り返ってしまった三人の男が見えていた。
 もちろん男たちはコンマ数秒で視線をこちらに戻す――が、ルパンは既に動いていた。
 右手の指の股にはさんでいた三本の金属製ダーツを、一本ずつ通常の持ち方に持ち変え、目にもとまらぬ素早さで連続して投げつける。
 それらは正確そのものの弾道を描いて飛び、三人の手に深々と刺さった。
 うめき声を上げ、思わず拳銃を取り落としてしまう男たち。
 ルパンはそこで高く跳んだ。
 男たちの頭上へ到達すると、左手の指の股にはさんでいたダーツをまとめて投げつける。
 丸まった背中や肩に、それらが突き刺さった。
 ワケもわからず、手や背中を押さえてうずくまる三人。
 ルパンは男たちの向こう側へ着地すると、銭形と顔を合わせることになった。
「なななんだ、何が起こっとるんだ?」
「ごめん銭形さん後でね!」
「はいどいたどいた!」
「ちょっと通りまーす」
 困惑する銭形を押しのけて、ルパンたちは路地を駆け始めた。
 
 
「やれやれ、いったいどうなっとるんだ」
 頭をかきかき、独りごちる銭形。その横で、スーツの男たちが立ち上がった。
 悲鳴を上げていたようなので、声をかけてみる。
「おいあんたたち、大丈夫か……」
「くそっ!」
「追え! 逃がすな!」
 ダーツを引き抜いて地面に叩きつけ、男たちも走り出した。
 手元で拳銃が光る。
「お、おい!? 貴様ら! その拳銃は何だ! おーい……」
 ルパンたちも男たちも、あっという間に見えなくなってしまう。
 ちらっと振り返ってもくれない。
 路地には、ぽつんと立つ銭形だけが残された。
「……銃刀法違反だぞ」
 
 
 幼児を今度はルパンが抱きかかえ、三人は路地をひた走る。
 背後から絶え間なく銃撃されるが、銃弾は全て五右衛門が刀を振るって迎撃する。
 なぜ弾が当たらないのか理解できない様子の黒服たちに、今度は次元が振り返って銃弾を撃ち込んだ。
 弾の反動がしっかりと次元の肩を打つ……だが、男たちも被弾した時に少し姿勢を崩すだけで、何事も起きなかったように走り続ける。
「くそッ、防弾スーツか! 頭は撃てねえし……五右衛門!」
「あいにく、こちらは防御で手一杯でござる」
「よし、あたしに考えがあるよ! しっかりついてきて」
 路地の向こうに明かりが見えたと思うと、ようやく開けた場所に出た。
 モノレール駅の駅前ロータリーだ。
 平日だが、外回りの営業マンや買い物中の主婦などで混み合っている。
「ん、ん、げほ、あー、あ、あーアー♪」
 先頭を走るルパンが突然声色を調整し始めると、
「キャア~!! 助けてえ~!!」
 叫んだ。
 次元と五右衛門は驚いて、あやうく転んでしまう所だった。
 
 
 それはまるで青春の思い出から抜け出てきたような、セックスシンボルそのものの声だった。つまりセクシーなお姉さんの声である。
 スピーカー並みの声量と併せて、その声は驚くべき成果を上げた。一瞬だが、ロータリー全体で人の流れが止まったのだ。
 立ち止まった人々は、声の主を捜す。
 しかし、それらしき人物は見当たらない。なんだか背の低い女の子と、男二人と幼児が走って通り過ぎていったが。
 そこでロータリーに、黒服の男たちが現れる。
 男たちの現れる場所、路地の出口に視線を誘導されていたロータリーの人々は、その手に銃器が握られているのを見た。
「人殺しよお~!!」
 再び声が聞こえる。
 一瞬の間を置いて、ロータリーは大パニックになった。
 人々は黒服の男たちから離れようと走りだし、あちこちで叫び声が上がり、人が倒れた。車が急発進し、どこかにぶつかった音がする。
 男たちは誰かを追っていたようだが、人混みに見失ってしまったようだ。
 辺りを野獣の目で見回した後、たまたま近くに居た夫婦に走り寄り、拳銃を突きつける。
「ひい!?」
 驚いた妻の方が買い物袋を取り落とし、両手を高く挙げた。
「おい、どこだ!」
「だ、だ、誰が」
「男二人と女が一人、幼児が一人だ! ここを通っただろう! どこに行った!」
「あ、あ、あっちに……」
 夫の方が、震える指で駅を指し示す。
「クソッ、駅を探すぞ!」
 モノレール駅に乗り込むテロリストたち。
 人々が遠巻きに見守る中、今度は駅員に拳銃を向けている。
 そして、先程の夫婦は慌てて駅から逃げ去った。
 
 
 夫婦は路地に入って追っ手が無い事を確認すると、片手で首の辺りを触った。
 二人の身体が、空中でかき消えた。まるで朝霧が太陽の光で溶け去るように。
 表面が消えると、後には次元と五右衛門が残った。
 なぜか首輪をはめている。
 そこへ小柄な妊婦が息を切らして合流して来た。
 同じように首を触ると、幼児を抱えたルパンになった。
「だー、疲れた。確かに重いねえ、この子」
「だろー?」
 次元が首からホログラム投影機を外し、懐に収める。
 五右衛門とルパンもそれに習った。
「この投影機でも、自分より小さい相手に化けられれば良いのでござるが」
 幼児をうらやましそうに見つめる五右衛門。
「技術格差ってやつだな。これはあんまバッテリー保たねえし」
 次元が路地から顔だけ出して、黒服たちの様子を見る。
 まだ駅の辺りでウロウロしているようだ。
 見つからないよう、すぐに顔を戻す。
「よっしゃ、また走るぜ。ルパン、そのまま頼んだ」
 仕返しとばかりに、さらりと言いのける次元。
「げ、マジ!?」
「大マジ」
 三人は休憩もそこそこに、路地を走って戻り始めた。
 
 
「ヤードポンド大使館まで! なるべく早くね!」
 次元がタクシーに乗り込むなり、運転手に早口で目的地を伝える。
 偽刑事の件で警察が信用できなくなったので、直接両親の元へ届けようという算段だ。
「はいよー」
 四人を乗せたタクシーは滑るように走り出し、先程とは別の駅のロータリーを後にした。
 めいめいがホッと息をつく。ようやく休憩出来るのだ。
「やーれやれ、もー脚が限界だ」
 両ももをポンポンと拳で叩く次元。
「あたしも疲れたー」
 肩を揉むルパン。
「全く、迷子を届けるだけでここまで大事になるとは」
 幼児の頭(見えない)をなでてあげる五右衛門。
「ぎゅー、ぶーん」
 何かピカピカ光る物で遊ぶ幼児。
 ルパンがそれに気付き、幼児に声をかけた。
「あれー、それなに? 宇宙のおもちゃ?」
「びゅーん」
 何か大豆のような形をしたそれは、なぜか一部分が点滅して光るようになっている。
 なんとなく助手席からそちらを見た次元が、
「ちょ、それ貸せ!」
 いきなり大声を出したかと思うと、幼児からそれをひったくった。
「あー!」
 幼児が腕をばたつかせて抗議する。
「次元! なにすんのさ子供に!」
「そうでござる! 外道! 鬼畜! 変態!」
「え、そこまで言われる!? じゃなくて、これ良く見ろ!」
 次元にうながされて、他の二人も大豆を眺めてみた。
「こりゃ発信機だ! しかも地球製だぜ」
 あっけにとられる二人。
 ルパンが座席に沈み込みながら、深いため息をつく。
「なーる、どこに行っても見つかるわけだわ」
 発信機は助手席の窓から放り投げられた。
「む? 運転手どの、運転手どの!」
 今度は五右衛門が大声を出す。
「え、俺かい? どうした?」
「このドアを開けて頂きたいのだが」
 自分の横にあるドアを指し示した。
「何だい、車酔いかい? ちょっと待ってな、すぐそこで停めるから」
 運転手が苦笑いしながら、ハンドルを切ろうとする。
 だが、それを次元が止めた。
「悪い、そのまま走ってくれ」
「うわ!?」
 次元が懐から取り出した拳銃に驚く運転手。
 さらに他の二人も日本刀やらダーツやらで武装しているのに気づき、叫ぶ。
「おい、あんたらなんなんだ! ここでぶっ放すなんてのはお断りだぜ!」
「それがそーもいかないみたいでな」
 バックミラーを見る次元。
 黒くて無骨な車が、他の自動車を押しのけながら追って来ている。
 
 
 次元が助手席の窓を開け、外へ身体を乗り出す。
 黒い車のタイヤに狙いを定めて、撃った。
 一発、二発、三発。全て命中。
 だが、車はしっかりとした足取りで走り続ける。
「タイヤまで防弾かよ。面白みのねえ奴ら」
 その言葉に応えるかのごとく、車の窓から二本の筒のようなものがニョッキリ生えた。
「た、たたたた」
 次元の顔から一瞬にして血の気が失せる。
「対戦車ミサイル砲!?」
 あわてて弾薬を交換し、拳銃のレバーを〈火薬〉から〈電磁投射〉にひねった。
 ミサイルが発射された。
 薄い煙の尾を引きながら、花火のような音を立てて飛来する。
 黒服はよっぽど確実に、こちらを全滅させたいらしい。着弾した瞬間、車ごとバラバラの燃えかすになって飛散するだろう。
 設定変更を終えた次元がミサイルに照準を合わせ、待つ。
「じじ次元! もう来ちゃうよ!」
 室内で幼児の上に覆い被さっているルパンが、次元を急かした。
「チャージ中だ……よし!」
 トリガーを引く。
 拳銃の先で、雷が輝いた。
 特殊鉄鋼弾が超音速で滑空し、ミサイルの装甲に食いつく。
 弾頭からプラズマジェットが噴き出し、通り道にある装甲や中身を瞬時に蒸発させた。
 ミサイルが空中で爆発する。
 炎と煙がまばたきより早く視界を埋め、タクシー全体に衝撃波が叩きつけられる。
 思わず身をすくませ、腕で顔を覆う次元。肌や髪がちりちりと焦げる。鼓膜も痛い。
 タクシーのリアガラスは割れたようだが、幼児はルパンが守ってくれているだろう。
 黒い車は爆風を突き抜けて、なおも迫り来る。
 一発目はなんとかしのいだものの、まだミサイル砲は一本残っている。もう一度プラズマ弾を撃てる時間は無い。
「五右衛門! 頼む!」
「了解でござる……よし出れた」
 窓から外に身体を出そうとモゾモゾしていた五右衛門が、ようやくタクシーの天井に乗ることが出来た。
 ミサイルが発射される。
「はっ!」
 五右衛門は斬鉄剣を閃かせると、信じられない距離を跳んだ。
 軽々と、ミサイルに片足を乗せる。まるで岸から川面の船へ乗り移るように。
 そこで一瞬だけ留まって刀を振るい……また跳んだ。
 黒い車のボンネットを凹ませ、着地する。
 爆炎が五右衛門に背後から叩きつけた。
 しかし、それでも黒服の武士は涼しい顔で立っている。テロリストの顔が蒼白となる。
「てえああッ!」
 気合いのこもったかけ声と共に、またも斬鉄剣が宙で輝く。
 どのような原理かは不明だが、車は『ボンネットと前輪』『座席部分』『トランクと後輪』の三つに綺麗に分割された。男たちには傷ひとつ付いていない。
 どすんと音を立てて座席部分は落下し、前輪と後輪はどこかへさまよっていった。
 五右衛門を乗せたまま、座席部分は道路を耳障りな音を立てながら滑り、止まる。
 止まったタクシーから降り、次元とルパンが駆けつけた。
 怯える黒服たちの目の前で、ハイタッチして喜び合う三人。
「さて、と」
 ルパンが男たちの方を向く。
「この人たちどうする?」
「そうだな。ここで足止めを食って頂こうぜ」
「よっしゃ」
 ボールのようなものを三つ取り出し、空に掲げるルパン。
「速乾性液状特殊プラスチック入りボールー!」
「懐かしいでござるな」
 感慨深げにうなずく五右衛門。
「いいから早く使えよ」
「へいへい」
 ルパンがボールを男たちの足下に投げると、ボールが割れて半透明の液体が流れ出し、足全体をすっぽり包んで固まった。
「さてと、後はタクシーで……」
 何かが急発進した音に気づいて、次元は言葉を切った。
 タクシーは居なくなっていた。
 ルパン一味が恐怖を抱かせたのは、テロリストたちだけでは無かったのである。
 
 
「ぜえ、ぜえ、大使館はまだか、ルパン」
 道ばたに座り込み、肩で息をする次元。
「なんかずーっと狭いところ走ってない?」
「だってよ、そうでもしねーと危なくてしょうがねえ。いつまたミサイルぶち込まれるか」
「さすがに脚がパンパンでござる」
「うー」
 四人組はまたしても狭い場所で休憩していた。
 三方向をビルに囲まれた、路地の突き当たりの薄暗がりだ。
 ルパンが携帯端末を取り出し、現在位置を確認する。
「うーん、あと徒歩十分って感じ。もうすぐだよ」
 次元が勢いをつけて立ち上がった。
「よし! もう行こうぜ。早い方がいい」
「そーだね」
「では参ろう」
 五右衛門が幼児を抱きかかえる。
 路地を引き返し始める三人。
「はて?」
 突然、五右衛門が立ち止まった。
「なんだ!?」
「なになに!」
 敵襲か、と辺りを確認する次元、そしてルパン。
「いや、大したことでは無いのだが。この子について、何か重大な事を忘れているような気がしたのでござる。まだ謎が残っていたような……」
 そうだっけ? と顔を見合わせる他二名。
「まあ、歩きながら思い出そうぜ」
「ふむ、そうでござるな。失敬」
 全員で首をひねりながら、再び歩き始めた。
 すると。
「んん?」
 ルパンが立ち止まった。
「おい、今度は何を思いだしたんだよ」
「いや、それ」
 前方を指差した。
 路地をふさぐように、何か陽炎のような物が揺れている。
 おかしい、と気づいた時には遅かった。
「お久しぶりだな、お三方」
 陽炎が喋ったのである。
 
 
 陽炎のようだった空気が結晶化し、人の形に固まり始める。
 三人が武器を取ろうと手を伸ばすと、
 ガアンッ!
 ビルの壁に小さな穴が開いた。
 コンクリートだった物のホコリが路地に舞い、淡い日光を受けて白く光る。
「変なマネはするな。死にたくはないだろう」
 仕方なく、ルパン一味は武器を諦めた。
 せめて逃げ道が無いかと後ろや上を見る――だが、そこにも大勢の銃口が見えた。
 空気が完全に固体化し、路地やビルの屋上に、黒いスーツの男たちが現れる。
 次元がため息をつき、最初に現れたスーツの男に向けて両手を挙げた。
「光学迷彩か。テロリストさんもずいぶん良い装備を持ってるじゃねえか」
「それはどうも。これを使わずとも、ミサイルで片が付くだろうと思ってたんだがね」
 ククク、と黒服の男が歪んだ笑みを浮かべ、拳銃を改めてルパンたちに向けた。
 突っ立っていたルパンと五右衛門が、渋々ながら次元と同じポーズを取る。
「さ、その子をこちらに渡せ」
 当の幼児はというと、また次元の脚の向こうに隠れていた。
「イヤだそうだぜ」
「ふん、そうか。では予定通り、全員死んでもらおう」
 拳銃をわずかに動かし、その存在をアピールする。
「残念だが、ガキが死んでいたって脅迫は出来るしな」
 三人が三人とも、頭や心臓を狙われているのは明らかだ。
 彼らが撃ち損じてくれることも、この都市の外れの狭くて暗い路地に救援が来ることも、期待できそうにはなかった。
「……相談させてくれないか」
 次元の突然の提案に、黒服の眉がくい、と上がる。
「時間稼ぎか?」
「そうじゃねえ。この子を渡すかどうか、俺の一存では決められないんだよ」
 黒服はしかめ面で、この提案を受け入れる場合のメリットとデメリットを天秤にかけていたが、
「早くしろ。三十秒しか待たん」
 と吐き捨てるように言った。
 次元がテロリストから顔をそむけ、声を落として、後ろに立つ五右衛門に聞いてみる。
「なあ、なんとか全員斬れないか?」
「数が多すぎる……それに、遠すぎるでござる。無念」
 目をぎゅっとつむり、悔しさに耐えている。
「そうか……ルパンは?」
 少し間を置いて、ルパンが口を開く。
「ごめん、無理そう」
 笑顔を作ってはいるが、声が震えている。
「わかった」
 次元はうなずき、幼児の方を向く。
「悪いな。守るって言っといて、結局このザマだ。本当にごめんな」
「う、う」
 とうとう我慢できなくなり、幼児は泣いてしまった。
「うえええ、うええええ」
 大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「おい、時間だ。答えを聞かせろ!」
 黒服が吠えた。
 意を決して次元は顔を上げ、はっきりとこう言った。
「助けて欲しい」
「は?」
 テロリストはぽかんとした顔になったが、すぐにニタニタと笑い出す。
「なんだ、命乞いか? 情けないな、ははは、ははははは!!」
 まるで猛獣のような笑い声。
「お前に言ってるんじゃねーよ」
「なに?」
 黒服の疑問には答えず、次元は同じ文句を繰り返す。
「助けてくれ」
「おい、誰に言ってるんだ?」
「助けてくれ」
「どういうことだ」
「助けてくれ」
「おい、答えろ!」
 黒服はイライラが頂点に達しており、今にも撃ってしまいそうだ。
「聞こえてるんだろ、助けてくれ。お前しか居ないんだ」
 再び足下の幼児を見て、
「皇太子さん」
「しまった」
 黒服と、そして幼児が目を見開く。
「撃てーッ!!」
 黒服の男たちは叫ぶなり、一斉に発砲した……。
 
 
 ルパンは、死んだんだな、と思った。
 その証拠に目を開けば、周り中が青空ではないか。地面がとても遠くにある。
 三人組と幼児はふわふわと、空に浮かんでいるのだ。
 これが天国か……とルパンがぼんやりした頭で考えた時。
「いーやっほおおおおう!!」
 次元が柄にもなく、大声で叫び、ガッツポーズで喜んでいた。
「やったぜ大成功ー! ありがとよ皇太子さん!」
 幼児を抱き寄せ、その顔にほおずりする。
 うへえ、とその光景を見守っていた五右衛門が、おそるおそる口を開いた。
「何が起きたのでござるか」
「なに?」
 バタバタと周囲を飛んでいく風がうるさいので、五右衛門は耳にレシーバーを付ける。 他の二人もそれに習った。
「いったい何が起きたのでござるか!」
「瞬間移動だよ」
 幼児を解放して、次元が答える。
 今度は耳元にクリアな音質で届いたのだが、やはり五右衛門は聞き直した。
「……今なんと?」
「ヤードポンド人は、全員が瞬間移動出来るのさ」
「ええー!?」
 ルパンと五右衛門が、そんな無茶な、と声を上げる。
 次元は肩をすくめて、両手を広げた。
 自分たちが居たはずの路地は、もう眼下に広がるトーキョーポリス、灰色のじゅうたんのどこかへ紛れてしまっている。
 二人は両手を挙げた。降参のポーズだ。
 次元が説明を続ける。
「テレパシーとテレポートが、この種族の得意技なんだ。テレパシーで特定の人物や場所を見つけ出して、そこにテレポートする。そのとき、誰かを巻き込むことも出来るし、誰かを連れてくることも出来る。あの偽刑事がおでこに貼ろうとしてたのは、この能力を無効化するためのものだったわけだ」
 そこで、ニヤニヤ笑いが一瞬だけ苦笑いに変わった。
「まあ正直、助かるかは五分五分……っていうかぶっちゃけ一割無かったくらいだけどな。十三分経ってたかも自信無かったし」
 きらきらと日差しを反射する自動車の列が下から迫ってきて、すぐに頭上へ飛び去っていった。一瞬だけ、びっくりした顔の運転手と目が合う。空中高速道は今日も渋滞らしい。
「十三分ってなに?」
「ああ、ヤードポンド人は一回瞬間移動すると、十三分待たなきゃもう一度出来ないんだ」
「へえー」
 次元とルパンの会話を聞いていた五右衛門が、ふと何かに気づいた。
「では、次に瞬間移動出来るのは十三分後ということか?」
「その通り! ははは」
「では、いま我々は急速に落下しているわけだが、どう着地するのでござるか……?」
 次元の笑顔が凍りついた。
 こちらを抱きしめようとするかのように、トーキョーポリスの地面が近づいてきている。
 続けざまに、空中道路を二、三通り過ぎた。地表まで六百メートルを切ったようだ。
 見る間に距離が縮んでいく。もはや建物の形が見分けられる高さまで来た。またいくつもの道路を突っ切って、落下し続ける。
 何やらどこかの邸宅の、大きな庭が見える――そして、そこに置かれた白いテーブルや椅子、動き回る人間たちまでハッキリと。
 残り数秒で、全員がその庭に、前代未聞の速度で叩きつけられるだろう。
「ぎ、ぎやあああああ!!」
 三人は恥も外聞もなく悲鳴を上げた。結局数秒間、寿命が延びただけだったのか。
 
 
「あああああ……あれ」
 死の瞬間は訪れなかった。
 なんだか背中がチクチクする。
 気がつくと、四人は芝生の上で叫びながらモゾモゾ動いているところだった。
 身体を起こす。
 周囲をぐるりと暗色のタキシードやパステルカラーのドレスを着た人々に取り囲まれており、真っ白なテーブルや椅子が並べられている。
 どうやら屋外パーティーの最中だったらしい。
 急に恥ずかしくなってきたので立ち上がり、ひざなどを手で払ってみる。
「あのー……ここはどこでしょう?」
 苦笑いしながら、次元が聞いてみた。
 遠巻きに四人を囲んでいる人たちは答えず、戸惑った様子で四人を眺めたり、ヒソヒソと耳打ちをしたりしている。
 なんだよ答えろよ、と三人がぶすっとしていると。
「プーヴ! プーヴ!!」
 頭に細かい角のたくさん生えた貴婦人が走り寄ってきた。
 変装を解いているので、服もヤードポンド風のひだの多いドレスだ。
「ママ!!」
 幼児がそちらに向けて走る。
 しっかりと抱き合う二人。
 母親が涙を拭きながら、皇太子――プーヴに何かの機械を向ける。
 プーヴの人間の姿が溶けるように消えていく。
 角だらけの頭と、ヤードポンド風のスーツに身をつつんだ幼児が現れた。
 もう一度、お互いの存在を確かめるように抱きしめ合う。
 すぐに立派な角を生やした紳士も合流し、こちらとも抱き合った。
 ぐいぐいと力強く、息子の頭をなでてやる。
 もちろん家族三人ともが、まばゆいばかりの笑顔だ。
 その光景を眺めながら、ルパン一味にも自然と笑みがこぼれていた。
「あー……なんだかわからねーけど、合流できたみたいだな」
 次元が腰に手を当てながら言うと、
「よかったねー、よかったー……」
 ルパンが目の端を拭う。
「やれやれ、一件落着でござるな」
 ふー、と安堵の息を五右衛門が吐いた。
 すると、どこからかルパン一味目がけて、黒いスーツを着た男たちが走ってくる。
「あれ? ま、またテロリスト!?」
「いや、あれはたぶん」
「違うでござろうな」
 黒服の男たちは拳銃を三人に向け、
「両手を挙げろ! テロリストども!」
 と叫んだ。
「ええー……」
 予想通りである。
 命令には従いつつも、重ーいため息を吐くルパン、次元、五右衛門。
 プーヴが無邪気に笑いながら手を振ってきたので、三人も苦笑いしながら手の先だけ振っておいた。
 
 
 
 
 翌日、次元探偵事務所。
『――通りがかりの市民により、皇太子は無事に保護されました。なお、皇太子誘拐に関わったとされるテロリストグループは、太陽系刑事警察機構の銭形警部により――』
 テレビ画面には、テロリストの本拠地に乗り込んだ銭形警部率いる特殊部隊が、誘拐犯たちを組み伏せている様子が映っている。
「うわ、つえー」
 コーヒーを飲みながらつぶやいたのは次元。
「まさに銭形無双でござるな」
 腕を組んで感嘆の声を漏らすのは五右衛門。
「わわ、相手拳銃持ってるのに、突撃してる!? 手錠投げだ! 出た!」
 身を乗り出して驚きっぱなしなのはルパン。
 ニュースが次の話題に移ったので、三人は一息ついた。
「あれ、なんでとっつぁんがテロリスト鎮圧してんの?」
 かりかりに焼いたトーストにかじりつきつつ、ルパンが次元に聞く。
「なんかな、靴屋探してさまよい歩いてたらまたテロリストに会っちゃって、銃刀法違反の現行犯で逮捕したら口を滑らせて本拠地の場所がわかったんで、『むう、そんな悪人を放っておいたらご先祖さまに申し訳がたたん!』とかなんとか口走って、すぐさま警視庁に連絡して本拠地に向かったんだってよ」
 トーストにブルーベリージャムを塗りつけながら答える次元。
「ははは、銭形なら十分あり得る展開でござるな。苦労人というか、いやはや」
 頭を振りながら笑う五右衛門。おにぎりにかぶりつく。
「にしても危なかったよねー、プーヴのご両親が気づいて良かったね」
「ホントだよな、俺たちが大使館の上空に居なかったか、悲鳴がご両親に聞こえなかったか、タイミングがあと五秒遅れてるかすれば、全員即死だったな」
「ま、よくある話でござる」
「そだねー」
 ちなみに、これは皮肉でもなんでもない。
「んあ!? やばい、もう行かなきゃ!」
 ルパンがトーストを口でくわえながら、玄関に向かって走った。
「おい、ちゃんと食ってから行けよ!」
「はにあわないほ(間に合わないの)ー!」
 玄関で靴に両足を突っ込み、ドアを開け、出て行った。
「さわがしいでござるな」
「毎朝毎朝、まったく。ちょっと早く起きりゃいいだろうに」
 ゆっくりと朝食を堪能する次元と五右衛門。
 ふと、次元がテーブルの上を見た。
「あいつ、制服のタイ忘れてるぞ。アホだなー」
「浮きまくりでござろうな、クラスで」
 トーストと卵焼きとサラダを食べ終えた次元が、うーん、と伸びをする。
「んじゃ、クラッキングの続きでもやりますかねー」
 皿を片付け、テーブルに大きめの黒いマットを敷いた。
 マットの上に、キーボード用のホロパネルが現れる。
 さらに追加のホロパネルが三枚、顔の高さでパタパタと広がるように現れた。一枚には文字の列が流れ始め、もう二枚では複雑なグラフや図が動き始める。
 立体図も投影された。何かの施設のセキュリティ構造を表しているようだ。
 あっという間に、ただのマットがインターフェース装置に早変わりである。
 キーボードを叩き、せかせかと模様やグラフを触り、パネルがどんどん増えていく。
 メモリーチューブをマットに乗せ、データを記録したり読み出したりする。
「では、拙者は道具の組み立てでもするでござる」
 所長の机を片付け、ドライバーや半田ごてやその他の機材を持ち込んだ。
 時計職人のようなルーペを片目にくっつけると、机にかがみ込んで作業を始める。
 何やらボール状の何かを、慣れた手つきで組み立てているのだ。
「なあ、五右衛門。ちょっとこれ見てくれ」
 次元がホロパネルの一枚を五右衛門に向けて投げた。
「その赤いところ、斬れそうか?」
 五右衛門が受け取り、眺める。ちょいちょいと指で触り、表示を確かめる。
「問題ござらん」
 パネルを投げ返した。
「さっすが五右衛門先生」
「世辞など無用」
 肩をすくめ、次元が仕事に戻る。
 すると今度は、五右衛門が顔を上げて言った。
「そういえば、写真はどうするでござるか」
「ああ、じゃあテレビの横にでも貼っといて」
「了解した」
 五右衛門は席を立ち、ルパンの寝室から一枚の写真を持ってきた。
 テレビの横の壁に、写真をテープで固定する。
 ちょっと位置を直した後、五右衛門は仕事に戻った。
 写真の中では、ルパンと次元と五右衛門、貴婦人と紳士、そしてプーヴが、とびきりの笑顔を見せていた。
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Date:2014/05/20
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