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□ ルパン三世 □

【ルパン七世 #1】ルパン七世 危機一髪!

「なんだコレ?」
 白いスーツに白い帽子の男――次元敬史郎(じげん けいしろう)が眉をひそめた。
 ここは『次元探偵事務所』。雑居ビルの二階を借りた、小さな事務所だ。
 東京湾に浮かぶ人工島、トーキョーポリスの端っこの方にある。
「なあ、ルパン」
 次元が振り向き、呼びかける。
 だが、すぐ後ろのソファー(来客用)に陣取り、ガラステーブル(来客用)を占拠して遊んでいる二人には聞こえなかったらしい。
 二人は将棋盤上の駒を裏のまま取って、勝ち負け判定装置にセットした。
 ボタンを押す。
「がー、負けたでござるっ」
 頭を抱える黒いスーツの男――十七代目石川五右衛門。
「はい、戦車は破壊されましたー。それ戦車だよね?」
 得意満面で笑う、オレンジ色のジャケットを着た女の子――ルパン七世。
「ぐぬぬ、通り道に地雷とは卑怯でござろう……」
「むひひひひ、勝てば官軍と申しますからねえ」
 軍人将棋は女子高生のチョイスするゲームじゃねえだろ、と思いながら、次元はもう一度ルパンを呼ぶ。
「おーい、ルパン。ちょっと来てくれ」
「え? どしたの?」
 ルパンがとことこと所長の机に歩いてくる。
 机の上には小包があった。片手に乗る大きさで、ピンクの包装紙の上から大きなリボンがかけてある。
 買い物に出る前には、こんな物は置かれていなかったハズだ。
「これ、お前持ってきた?」
「んーん。次元が買ってきたんじゃないの?」
 ふるふると首を振るルパン。
「いや買ってねえよ。お前も買い物ついてきただろ? てーことは……」
 次元が五右衛門を見た。
「どうした、次元」
 とことこと机に歩いてくる五右衛門。
「これ、お前置いた?」
「んーん。次元が買ってきたのだと思っていたが」
 ふるふると首を振る五右衛門。
「いやいや、お前も買い物一緒に……あれ、そうか。誰も買ってないよな」
「うん」
「でござるな」
 ちょっと考えて、次元は素早く机から離れた。
 他の二人もそれに習う。
 部屋はしん、と静かになった。
 
 
 机の向こうの大きな窓からは、柔らかなオレンジの光が差し込んでいる。
 お向かいの二階建てビルより先には、トーキョーポリスの中心部がそびえ立つ。
 夕日に赤く輝く超高層ビルの集合体はまるで森のようで、空中を漂う飛行船や自動車はさながら鳥といったところか。
 心落ち着く、のどかな光景である。
「えー、不審物を見かけた場合……ブツブツブツ」
 しかし目を血走らせた次元は景色になど関心はなく、『これで完璧! お茶の間危機管理マニュアル』(民明書房)なる本を、ソファーに座ってじっくりと眺めていた。
「不審物を見たら、大原則が三つ。ひとつ、触らない」
 ぱあん! ぱあん!
 すぱあん!
 机のほうから、なにやら景気のいい音がしてくる。
 ぱぱぱん、すぱーん!
「次は拙者! 拙者の番でござる」
「どーぞどーぞ」
 ぱんぱんすぱーん!
 ぱんぱぱすぱぱぱ、すっぱんぱーん!
「おお、いいビートじゃーん」
「なんだか楽しくなってきたでござるな。よ! ほっ!」
 ぱんぱぱすぱぱん、すぱぱぱ……。
 だが次元の耳には、その音は聞こえていないようだ。
 一心不乱に、手に持った本を読んでいる。
「えー、ふたつ、動かさない」
 ぶんぶんぶん、ぶんぶんぶん!
 机のほうから、何かが空気を切る音が聞こえてきた。
「ねー、これ何が入ってると思う、五右衛門?」
 ぶんぶんぶおん!
「これだけ振っても音がしないとは……まあ、割れ物ではござらんな」
「あ、お菓子とかかなー?」
「ならば良いのだが、はて何でござろう」
 だが次元の耳には、その音は聞こえていないようだ。
 まだ一心不乱に、手に持った本を読んでいる。
「えー、みっつ。嗅がない」
 すんすんすん! すんすんすん!
 机のほうから、鼻で何かを吸い込むような音がしている。
「お菓子じゃないのかな? 匂いしないし」
「ふむ? どれどれ、拙者も」
 くんくんくん! すんすんすん!
 くんくんすんすん、すんすんくんくん……。
「やめんかーい!!」
 突然大声をあげながら立ち上がる次元。
 くんくんしていた残りの二人は、思わず小包を落としかけた。
 
 
 震える指先を、次元が二人に向ける。
「しっ、死にたいのか! お前ら!」
 思わず苦笑いになるルパン。
「もー、心配しすぎだってえ」
 五右衛門もうなずく。
「まさか、ここをテロの標的にしたところで仕方あるまい」
「しかしだな、万一の場合ってものがあんだろが」
「なーいよ、ないない。なに、これ爆弾だっていうワケ?」
 ルパンがニヤニヤと笑いながら、次元に小包を向けてみせる。
 思わず、若干引き気味の姿勢をとる次元。
「時限爆弾ならば、何か音がするはずでござるな……ドラマなどでは」
「そーだよねー。でもホラ、こーやって耳をつけてもさー」
 手に持った小包を、耳に押し当ててみるルパン。
「何も……」
 突然、黙り込む。
 その笑顔が急にひきつったのを、次元の観察眼は見逃さなかった。
「おい。なんで固まってるんだよ、ルパン」
「あ、いや、そのー」
 ルパンがどもりがちに、希望的観測を口にする。
「これ、あれだよね。時計だよね」
 次元と五右衛門は一瞬迷ったが、素早くソファーの向こうに隠れた。


 五分後。
「どどどどーすんの、どーすんの? 次元ー」
 三人組は机の上の小包から隠れて、ソファーの後ろに待避していた。
 ルパンが次元の袖をつかみ、ぐいぐいと引っ張る。
「ししし知るかよ! ととととにかく、けけ警察に電話してだな……」
 次元は、慌てて携帯端末を取り出す。
 だが、手が震えているのでうまく操作出来ない。
「しかし、警察の到着が間に合わない可能性もある。まず我々が避難しなくては」
 落ち着いて、ソファーの裏から出ようとする五右衛門。
「待て!」
 がっしと、次元が五右衛門の足首をつかんだ。
「いま爆発したらどーすんだよ、ここが安全だって」
「……無念」
 しかたなく、五右衛門がソファーの裏に戻る。
 よく考えれば、ソファー程度でそれほど安全になるとは到底考えられない。
 だが三人から、そこに気づくほどの冷静さはとっくに失われていた。
「ど、どうすんの、どうすんの? もう爆発しちゃうよお」
 ルパンが次元の袖をぐいぐいと引っ張る。
「だから引っ張んなって。こ、こうなったら、俺らでなんとかするしか……」
「爆弾解体でござるか」
「そうだ。多少なら、知識はある」
 次元の額に、汗が光った。
「……ならば、まず外装を外さねばならぬな」
 五右衛門が、斬鉄剣を両手でしっかりと握る。
「斬って、くれるか」
「うむ」
 次元と視線を交わし、意を決してソファーの陰から出る五右衛門。
 慎重に、小包の前で斬鉄剣を構える。
 残りの二人はといえば、ソファーの背もたれから顔だけを出して見守っていた。
 祈るように、両手を合わせる二人。
「たのむぜ、くれぐれも中身は斬らないようにな」
「お願いね、五右衛門」
「……承知」
 五右衛門が目をつむり、一呼吸置く。
 雑念を追い払い、自然のエネルギーの流れを感じ、一体化し……。
 ぐっ、と柄を持つ手に力が入る。そして。
「てやああっ!!」
 きいん、と何かが切れた音がして、
 
 
『どっかあああああん!!』
 
 
 すごい音、いや声が部屋に響いた。
 次元とルパンは、反射的にソファーの陰へ倒れ込んだ。
 長い数秒が過ぎた。
 ルパンが目を開けてみる。おかしい。
 どこも怪我はしていないようだ。爆発が起きた様子も無く、部屋の様子にも変化が無い。
 そーっとソファーから顔を出してみると、小包と五右衛門が対峙していた。
 斬鉄剣はもはや構えられていない。
『おお、そこに居ったのか!』
 小包の上には笑顔の老人が立っている――いや、あれは等身大のホログラムだ。
「おじいちゃん!?」
『うむ。確かにルパン五世だが』
 老人がわざとらしく、両手で蝶ネクタイを引っ張って見せる。
「なーんだー……」
 ルパンはソファーの背もたれに二つ折りで干されたような姿勢になって、心の底から息をついた。
 が、すぐに身体を起こして抗議の声を上げる。
「もう、おどかさないでよ!」
『ははは、いや普通に仕事を頼むのも芸が無いかと思っての』
「しかし爆発物のフリというのは、いささか悪趣味でござろう」
 苦笑する五右衛門。
『いや、別にそんなつもりは無かったんじゃ。勝手にそちらが誤解しただけの事での。普通に開ければ良かったのに……まあ面白いから放っておいたんじゃが』
 だからそれが悪いんだよ、とルパンと五右衛門は思った。
『なかなか良い時計じゃよ、次元くんにどうかと思っての。次元くんは外出中かね?』
「え? 居るけど。あれ? どこ?」
「そういえば、先ほどから次元の声がしていないでござる」
 二人でキョロキョロしていると、ソファーの陰から次元の腕が伸びているのが見えた。
「次元!」
 ルパンが駆け寄る。
 次元は床にひっくり返った姿勢のまま、ピクリともしない。
「た、たたた大変、次元が」
「これは……ぬう、思ったより肝の小さい男でござるな」
「次元! 起きて! 次元!」
 ルパンが次元のえりをつかみ、力一杯揺さぶる。
「こら、次元! しっかりするでござる! 次元!」
 五右衛門が次元の顔に張り手を食わせる。
 だが、次元は起きない。
 彼の意識は身体を離れ、過去への旅を始めていたのだ……。
 
 
 
第1話 【ルパン七世 危機一髪!】
 
 
 
 ……じげん……
 
 
 じげん……
 
 次元……
 
 
 
 
『次元!!』
「うおっ!?」
 次元は意識を取り戻し、目を開けた。
 ゆっくりと両目のピントが合ってくる。
 そこはパーティー会場だった。
 時代がかった衣装で着飾った老若男女が、体育館ほどもあるホールを埋め尽くしている。
 天井からいくつも吊り下がる、巨大で豪華なシャンデリアたち。
「あ、あれ? 俺なんでここに?」
『何言ってんのー、もう。もしかして寝てたー?』
 ノイズ混じりの声が耳に痛い。
「いや、ああ。そうだな、たぶん……そうかも」
 小声で答える。
『しっかりしてよぉ。こんな大舞台で仕事すんのは初めてなんだから』
 だんだんと、次元は思い出してきた。
 なぜここに居るのか。今はいつなのか……。
「悪い悪い。で、ちょっと確認したいんだが」
『おう、どんとこい』
「ここは、トーキョーポリスのエンパイアホテルだよな」
『そう』
「今は、エンパイアホテルの最上階でパーティーの真っ最中」
『そうそう』
「で、お前は、ルパンだよな」
『そう……ホントに大丈夫?』
 次元はパーティー会場を見渡した。
 グラスを取り、談笑する人たち。
 長いテーブルから皿へ好きな料理を山と盛っている男性。
 ホールの隅の椅子に座って休んでいる美しい女性と、そこに水の入ったグラスを持ってくる複数の男性。
 忙しく銀盆に載せたシャンパングラスを持ち運ぶ、ウエイターにウエイトレス。
 これから、皆が見ることになるのだ。
 ここの全員が、一大イベントの目撃者になる。
 次元はほくそえんだ。きっとルパンも同じ気持ちだろう。
「ありゃ?」
 思わず間抜けな声が漏れる。
 どー見ても、会場にふさわしくない服装の男がうろついていた。
 茶色のトレンチコート、こげ茶色のハット。
 銭形だ。
 いよいよ役者はそろった。
 次元はもう一度、にやりと笑った。


「くそう、こんなに人が居てはな……」
 銭形警部は不機嫌そうにつぶやくと、ハットの上から頭をかきながら、華やかな人ごみの中を進んでいた。
 歩きながらも右へ左へ、にらみを効かせる事は忘れない。
 だが立ち止まり、鼻の付け根を強くもんだ。
 タキシードにドレスに宝石。美酒に美食に談笑。
(……まったく、自分には縁の無いものばかりだわい)
 警備に集中しようとしても、やはり居心地の悪さを感じてしまう。
「いかがですか?」
「いや、いい」
 近くを通ったウエイターにシャンパンを勧められたが、手を振って断る。
 ちら、と視界をかすめた男に目が留まった。
 タキシードを着こなし、周囲の人間にジョークと笑顔を絶やさない初老の紳士。
 腹は大きく出て髪に白いものも混じるが、その物腰からは老いをけして感じさせない。
(やれやれ、ようやく見つけたぞ)
 銭形は帽子の位置を直した。
 あの人の良さそうな小男が、パーティーの主催者だ。
 トーキョーポリスでも、いや地球でも有数の大富豪……ウォーレン・ゲイツ。
「失礼、ちょっと失礼」
 人を押しのけるようにして、そちらへ歩いて行く。
 銭形が場違いなパーティー会場に居るのも、このゲイツにそもそもの原因があった。
 先日、ある品物をオークションで落札したのだ。それも記録的高値で。
 地面を叩いて悔しがる青年をかたどった、等身大の銅像である。
「敗北した若者の像」と名づけられたそれは、紀元前四世紀に制作されたそうだ。
 現存する古代ギリシャ時代の、最も素晴らしいブロンズ像のひとつといわれている……らしい。
 銭形にはそのへんの事情はわからないが、大変な値打ちものだということはわかる。
(ルパンがわざわざ予告状を送りつけてくるってことは、そういうことだ)
 ゲイツが遠くから銭形に気づき、手を挙げた。
「これはどうも、銭形さん!」
 取り巻きの輪に手を振って離れ、銭形と共に会場を歩き出す。
「……それで、例の件はどうなってますかな」
 小声だが、あくまでも楽しい話題の雰囲気で話し出すゲイツ。
「はい。今のところ、会場周辺にヤツの影はありません」
「それは結構……」
 ゲイツの言葉を、手を上げて制止した。
「ですが、決して油断なさらぬように。ヤツめはさながらゴキブリのごとく、どこであろうと入り込む特技を持っておるのです」
 それを聞いて、吹き出すゲイツ。
「ははは、天下のルパンも、銭形さんにかかれば虫なみということですか」
 だが、あくまで銭形は真顔だ。
「あまり軽く見てはいけませんぞ。なにしろ、あのルパン一族の末裔ですからな。世間的にはまだコソ泥レベルだと思われとりますが……実力は一流です」
 ゲイツが片方の眉を上げ、一瞬だけ笑顔の底にあるものが姿を見せた。
「ほう、そうですか? 彼は失敗が多い」
「ええ。しかし、成功率はどんどん上昇しておるのです。今に脅威になります」
 持っていたシャンパンを口に含み、穏やかな笑顔に戻るゲイツ。
「なるほど、脅威になる前に逮捕してしまいたいというわけですな」
「その通りです。今回の予告状がこの」
 ばん、と銭形が自分の胸を叩く。
「銭形の目に留まったのが運のツキ。必ず、逮捕してご覧にいれます」
 二人は立ち止まり、ゲイツがグラスを銭形に向けて傾ける。
「期待していますよ。わたしの宝を守ってやってください」
「はっ、必ずやお守りいたします。では、失礼」
 銭形は敬礼をすると、ゲイツに背を向け、立ち去った。
(やれやれ……腹の底が見えん男だ。実業家ってのはみんなそうなのか?)
 耳にかけた通信機を軽く叩き、回路を開く。
「銭形から警備チームへ。異常ないか」
 辺りを見渡しつつ、会場のそこかしこに潜んだ警官から上がってくる報告に耳を澄ます。
「わかった。引き続き警戒に当たれ」
 また通信機を叩いて、回路を閉じる。
(なんにせよ、奴は必ず逮捕しなくてはならん)
 そう、今度こそ。
 再び、銭形の目に力が入った。


「それでは皆様、どうぞステージへご注目ください」
 照明を落とした会場に、司会を務める男の朗らかな声が響いた。
 会場の端に設けられたステージに、ライトが当たる。
 司会は脇へ下がっており、ゲイツが親しげな笑みを浮かべて立っていた。
 そして彼の後ろには、人がひとり入れそうな、横向きの大きな箱。
 あれじゃまるで棺桶だ、と銭形は密かに思った。
 ゲイツが観客の視線を浴びながら箱の横へと歩き、一拍置いてから口を開く。
「紳士淑女の皆様、いよいよ本日のメインイベントです! こちらの『敗北した若者の像』を皆様におひろめしたく思います」
 会場から拍手がわいた。それが収まるのを礼儀正しく待ってから、ゲイツが話を続ける。
「ですが、その前にひとつ、お伝えしなければなりません。実は昨晩、わたしに犯行予告があったのです。今日、この像を盗むと……」
 声を落として、しかしはっきりと聞こえるように、こうささやいた。
「……ルパンから」
 会場がざわめきたった。
 しかるべき時間を置いてから、ゲイツが両手を挙げて観客を落ち着かせる。
「ご安心ください。結局、この時間になるまで彼は現れませんでした。きっと、無理だと思って諦めたのでしょう。皆さんの前で大恥をさらすなんて、同じ人気者の有名人としてはルパンに同情せざるを得ませんね」
 会場が一転して、和やかな笑いに包まれた。
 しかし、そんな会場でただ一人、全く笑っていない人物がいた。
 銭形である。
(ゲイツめ。ルパンをナメてると、痛い目を見るぞ。それに……)
 帽子のつばを持ち、上に持ち上げた。ステージを良く見るために。
(……ヤツが動くとしたら、今からだ)
 ステージ上では、ゲイツが小さなスイッチを持っている。
「それでは、カウント3で開きたいと思います! いきますよ!」
 ゲイツがスイッチに指をかける。
「3!」
 銭形は、素早く周囲を見回した。
「2!」
 まだ、不審な人物は居ないようだ。
「1!」
 ヤツはどこから来る?
「ゼロ!」
 どこから?
「オープン!」
 ゲイツがスイッチを押した。
 と、その瞬間。
 ぱあん! と耳をつんざく炸裂音がした。
 同時に、ステージ上に一瞬火花が上がって、直視できないほどまばやく輝く。
 あっけにとられる観客。
 そして、箱の外装がはがれ落ちた。透明ケースに入った像があらわになる。
 静まっていた観客は、我に返ってぱらぱらと拍手しはじめた。
 拍手はどんどんと大きくなり、会場は万雷の拍手に包まれる。
「どうも皆さん! どうもありがとう!」
 ステージ上で観客に手を振るゲイツ。右へ、左へ。
 箱に入った像に目をやり、愛おしげに箱をなでた。
「実に素晴らしい。これこそ、真の芸術作品と呼ぶにふさわしいものです」
「なるほど、確かにそうですな」
 突然、別の声が割り込んだ。まだ若い、少年のような声だ。
 拍手の音は消え去った。代わりに聞こえるのは、観客たちの混乱したささやきと、警備員があわてて連絡を取り合う声。
 うろたえ、観客と共に会場を見回すゲイツ。
「だ、誰だ! どこにいる!」
「こちらですよ」
 ゲイツは、声のするほうを向いた。
 上を。
 だが、天井付近には照明が灯っておらず、濃い暗闇で何も見えない。
 目を細めるゲイツ。
 会場の照明が再び輝き、そこに人影を黒く、くっきりと照らし出した。
 天井の真ん中に、人がひとり、浮かんでいる。
 それは小柄だが、十分に人目を引く格好をしていた。
 真っ赤なバカでかいシルクハットをかぶり、上下赤のタキシード。
 そして、背中にこれまた赤いマントをはおり、手にはなぜか赤と黒のパラソル。全身で赤くないのは、茶色の革靴くらいのものか。
 とにもかくにも全身が赤色で、目立ってしょうがない。
 そう。とてもあれが、泥棒だとは思えない。
「ルパンだ!」
 会場から悲鳴にも近い叫びが上がった。
「ごきげんよう、諸君」
 ルパンは、優雅にマントをひるがえした。黒い裏地が広がり、天井のライトをさえぎる。一瞬だけ、そこに夜をもたらしたように見えた。
「わたくしの名はルパン七世。その銅像を頂きに参上しました」


 時間も、進むことを忘れてしまったようだった。
 パーティー会場は完全に凍り付き、ささやき声すらも聞こえない。誰も身動きひとつしない……パーティーに招かれたたくさんの客も、パーティーの主催者のゲイツも、そして彼のもとに駆けつけたSPたちも。
 だが会場内でただ一人、動く事の出来る人間が居た。
 銭形である。
 彼は自身の脳を叱咤激励して忙しく考え始めた。
(人間が何のトリックもなしに宙に浮かんでいるなど、ありえん)
 そう。そうだ。
 あそこに浮かんでいる男こそ、ルパンなのだから。
「きっさまあ! ルパン! さっさと降りてこんかああ!!」
「むひひひ、高い所から失礼しておりまーす。むーちゅ。んむーちゅ」
 ルパンは銭形の叫びに気がつく事もなく、会場内に投げキッスを始める。
「無視するなあ!」
 両腕を振り回す銭形をまたもスルーして、宙に浮いたままゲイツの方向へ指を立てる。
「さあて、僕にその銅像を渡してもらいましょうかね」
 すっかり怯えきった様子で、銅像のケースにすがりつくゲイツ。
「わ、わ、渡さんぞ! このバケモノめ!」
「……と、言いたい所だったんだけどさ」
 ルパンが腕を降ろした。
「やめとくわー」
 芝居がかった仕草でため息をつきながら、肩を上下させる。
 喋る事の出来ないゲイツに向かって、ルパンは再びニヤリと笑った。
「だって、それ偽物だからねえ。ゲイツのだ・ん・な?」
「なっ……」
 ゲイツだけでなく、会場の全員が息を呑んだ。
 得意満面のニヤケ顔で、ルパンが続ける。
「実は、とおーっくの昔に盗んじゃっててねえ。それと入れ替えたわ・け。まあでも言わないままなのも可哀想かと思って、今回こうしてはせ参じた次第」
 まるで舞台のカーテンコールのような、格式張ったお辞儀をして見せる。
「う、嘘をつけ! これが偽物……?」
 狼狽しながら、銅像のケースのガラス板にべたべたと指紋をつけるゲイツ。
「確かめてみればー? 銅像のひざの所に、僕の印がついてるよん」
 数秒間、ゲイツは逡巡した。しかし、近くのSPに声をかける。
「は、早くケースの鍵を渡せ!」
 ざわざわと、会場にどよめきが満ちた。
 ルパン? あれがルパン? 思ったより若いな、というより子供? どうやって浮いているんだ? いやそれより、どうやって銅像を盗んだんだ……?
「待ったあ!」
 独特のガラガラ声が、ぴしゃりと会場の話し声を止めた。
 いつの間にか、ステージの上に銭形が上がっていた。ゲイツの側へぐいぐいと寄る。
「騙されないでください、あれはホログラムですぞ!」
 呑気に宙で漂うルパンに向けて、噛みつくように叫ぶ。
 ルパンは返事もしない。
「あらかじめプログラムされた動きをしとるだけです。ヤツのよく使う手です。あなたに、そのケースを開けさせる魂胆です」
 ゲイツの肩を掴む。
「ふん! わたしが開ける分には問題あるまい!」
 銭形の手を振りほどき、鍵を受け取り、ケースに向き直る。
「そうですか。では」
 会場から、再び悲鳴が上がる。
 ゲイツの後頭部に、銭形が拳銃の先を押しつけていた。


「……おや、銭形さん。少しお酒を召し上がりすぎましたかな?」
「いいえ、一滴も飲んでいませんよ」
 油断なく拳銃を押しつけながら、安全装置を解除する銭形。
「わたしが誰か、わかっていらっしゃるんでしょうな」
「もちろん」
 拳銃でゲイツの頭を強く押す。
「ルパン七世」
 顔をこわばらせるゲイツ。
「すり変わったんだろ? あのとき。花火が上がった瞬間に」
「なにを……」
「ケースから手を離せ。これが最後の警告だ」
 低くはっきり宣言し、拳銃のトリガーに指をかける。
 指に力を入れ……。
「わーかったよ。わかったわかった」
 ゲイツは――いやルパンは笑顔で両手を挙げた。
 もはや声も、さきほど宙に浮いていたルパンと同じになっている。
「とっつぁんも、まだまだ目は若いのねぇ。いやはや参りました」
「ふん、減らず口もそこまでだ」
 招待客の何人かが壇上に駆け上がり、ルパンと銭形を取り囲んだ。全員が銃口をルパンに向けている。
「これだけの警官に囲まれては、いかにお前だろうと脱出は出来んだろうな」
 ふところから手錠を取り出す銭形。
「さ、観念しろルパン。今日こそお前の素顔を……」
 そのとき。
 ガシャアアアアン!!
 派手な音を立てて、銅像のガラスケースが砕け散った。警官たちと銭形は、とっさに床へ伏せる。誰かが銃撃してきたのだ。
「おいおい、手間かけさせんじゃねーぜ!」
 声のした方を見ると、壁際の高いところ――開いたバルコニーへの出口に、一人の男が居た。
 派手な青いロングタキシードを着て、なぜかカウボーイハットを被った男。
「お前、次元!」
 銭形がそちらを睨み付ける。
 満月の光を背に受けた男が、拳銃の煙を吹き消して笑う。
「これは貸しにしといてやる」
「セーンキュッ!」
 ルパンはバルコニーへ注意が向いている隙に、懐から白いボールを取り出した。
「しまっ……」
 銭形が言い終わる間もなく、ボールは床へ思い切り叩きつけられる。
 白い煙が爆発し、ルパンを銅像もろとも覆い隠した。
「落ち着け! くそっ、どこに逃げた!」
 むせかえりながら、慌てて周囲を探す銭形。
「じゃーね、とっつぁーん!」
 居た! カウボーイハットの居たバルコニーへの出口に、二人そろって立っている。
「これは頂いていくぜ!」
 カウボーイハットの男が、よっこらしょ、と件の銅像を背負う。
 二人がバルコニーへ駆け出した。
「くそっ、外へ逃げたぞ! 追え! 追えーっ!」
 警官たちを引き連れて、銭形がステージから飛び降りる。
 会場の外へ出た銭形一行が見たのは、今まさにバルコニーから離陸する黒い気球だった。よく見ると、ゴンドラから銅像がはみ出している。
「くっそお、待てルパーン!」
 拳を振り上げる銭形。
 夜空へ消えゆく気球を追うため、警官たちもパトカーに乗り込み、空高く飛び立った。
 
 
 一方その頃、パーティー会場。
 ルパンの張った煙幕もようやく晴れ、銅像のケースもうっすらと見えてくる。
「んん?」
 誰からともなく、招待客から疑問の声が上がった。
 まだあるのだ。
 割れたケースの破片を被ってはいるが、銅像がまだケース内に鎮座している。
 確かに、ルパンとその手下が持ち去るのを見たはずなのに。
「いたぞーっ!」
 SPの一人が、さるぐつわをかまされ、ロープで縛られたゲイツを抱えて会場に入って来た。
 さるぐつわを外し、ロープを切る。
「ぷはっ! ど、銅像はどうした」
 慌てて周囲を見回すゲイツに聞かれて、SPたちは困った顔をした。
 まだ、よく事態が飲み込めていないのだ。
 ゲイツが銅像を発見した。
「おお、無事じゃないか! よくやったぞ! ははは」
 どうも、とかなんとか曖昧な答えを返すSPたち。
 しかしゲイツは、はたと何かに気づき、眉根を寄せた。
「待てよ、もしかしたら、ルパンが偽物を置いていったのかもしれんな」
 なるほど、とSPおよび招待客は思った。それなら筋が通る。
「ふーむ」
 ゲイツが銅像をあちこち見たり、触ってみたりする。
「ふーむむ」
 彼を運んできたSPも参加する。
 じろじろぺたぺた、ぺたぺたじろじろ。
「ちょっと、持ち上げてみてくれ」
 ゲイツの指示で、SPたちが銅像を持ち上げた。
「ふむ、じゃあ運んでくれ。別室で鑑定する」
 SPが銅像を慎重に背負う。
「よし。では皆さん!」
 会場の混乱した群衆に向かって、ゲイツが一礼した。
「今晩は、これでパーティーはお開きです。おやすみなさい」
 そして、足早に出口へと去って行った。彼を運んできたSPも一緒に。
 その様子を手を振って見守る、招待客とSP……。
「ああっ!」
 全員が、ほぼ同時に声を上げた。
 だが気づいた時には既に遅し、なのだった。
 
 
 エンパイアホテルはトーキョーポリスにある。これは先ほど次元が確認した通りだ。
 トーキョーポリスの中心部、密集した高層ビル群の中でも一際高いビルディング。その最上階から十フロアを使い、世界中からVIPを受け入れている。
 サービスの質もさることながら、ホテルの下および周囲のビルには百貨店、銀行、レストラン、クリニックフロア等が設置されている素晴らしい立地である。
 しかも、周囲のビルには地上に下りることなく、渡り廊下を使って直接移動出来る。雨の日などは特にありがたい。
 エンパイアホテルから隣のビルへ伸びた渡り廊下。高度六百五十メートルを、ルパンと次元は走っていた。
 今は営業時間外なので、照明が消えている。
 渡り廊下は全体が透明なチューブになっており、外側を丸棒の骨組みが補強し、内側に床板が差し込まれている。壁や天井を通して、柔らかな月の光が差し込む。
 というより、少し力不足だ。時折置いてある装飾用の像が大きな影を作る。全体的に、かなり暗い。
 走る二人は変装をやめて、いつも通りの格好になっている。
 ルパンはオレンジのジャケットとハーフパンツ。
 次元は白のスーツとハット。
 外に出ても、あまり目立たない格好だ。
 ……次元が背負っている、布に包まれた大きなカタマリを度外視すれば。
「おい、ルパン! プラットフォームはまだか、ヒイッ、ヒイッ」
「息切れすぎだよ次元、まだ若いのにい」
「くのやろー、お前に背負わせてやろうか!」
「やーん、堪忍してー」
 と、ルパンが急に止まった。
 それにつられて、次元が転びそうになりながらも止まる。
「おい、急に止まんな! 銅像に潰されそうだったぞ」
 ルパンは答えない。
 目の前の暗い空間を、じっと見ている。
「誰か、いるね」
「……なに?」
 次元もルパンの視線を追う。
 壁際に置かれた像に気づいた。その影の中に、人影が混じっている。
 次元はゆっくりと銅像を床に降ろし、拳銃を取り出す。
 ルパンはその場で、拳を上げて構える。
「出てきなさい!」
「出てきな」
 すっ、と、音をたてずに人が出てきた。
 闇のように黒いスーツを着た男。
 銀色のオールバックが、窓からの月光に照らされて刃物のように輝く。
 スーツに似合わない、古風な仕込み刀のようなものを持っている。
 そして、刀の切り傷のような切れ上がった瞳。
 男は特に構えるでもなく、あくまでも自然体でそこに立っている。
 しかし。
「やばいね、あいつ」
「ああ」
 男から視線を逸らさず、手短に会話するルパンと次元。
 二人を圧倒する何かを、男は全身から放っていた。
 男が静かに口を開く。
「その包みを、置いていってもらおう」
 ルパンが笑顔を作って答える。
「へへ。やだ、って言ったら?」
「……そのときは」
 男が構えた。右手の刀の持ち手に、左手を添える。
 居合い斬りの構えだ。
 二人も、攻撃に備えて身構えた。
「でやああっ!!」
 男が吼え、その場で一瞬、刀を振るう。
(ッ!?)
 二人組は凍りついた。
 男は二人を斬ったわけではない。ただ刀を振って見せただけだ。
 しかし、見えなかった。
 次元にも、そしておそらくルパンにも、男の太刀筋が全く見えなかった。
 これがもし至近距離だったら……おそらく、斬られた事にすら気づかない。
 ぞくり、と次元の背を冷たい物が走った。
 男が見せつけるように刀を滑らせ、ゆっくりと鞘に収める。
 カチンッ。
 涼しげな金属音と共に収まった、瞬間。
「へっ?」
「え?」
 次元とルパンは、間抜けな声を出してしまった。
 なぜなら、目の前の渡り廊下が下にズレたから――つまり、男と二人が立っている間の部分が綺麗に切断され、筒状を保ったまま少しずつ落ち始めたからだ。
 あんぐりと口を開ける二人組の前で、透明な強化アクリルの断面、磨いたように綺麗な外側の骨組みの断面が披露されていく。
 やがて廊下は抜け落ち、どどおん……と、遠くの地面に落下した音が聞こえた。
 
 
 渡り廊下は完全に分断されていた。
 廊下と廊下の間の何も無い部分を、冷たく強い夜風が吹きぬける。
 そのとき二人はどうしていたかというと、固まっていた。
「ル、ルパンさん、これはその……どういうことなんでしょうか」
 混乱しきった頭で、次元が辛うじて疑問を口にする。
「えーと……斬ったんじゃないでしょうか」
 同じく混乱しているようだが、ルパンも答えた。
「廊下を?」
「ええ。見たとおりで」
「なんで」
「イヤだと言ったらこうなるよ、という意味じゃないかと」
「どうやって斬ったんでしょう」
「知りません。全然見えなかったので」
「なんらかのトリックという線は」
「いやー……こんな大掛かりな仕掛けをしておく理由が見あたらないですし」
「じゃあ、本当に斬ったと」
「ええ、かくいうワタクシも全然信じられないですが」
「相談は終わったか」
「うわ!」
「うお!」
 会話に突然刀の男が割り込んできたので、身体を震わせて驚く二人。
「お、おどかすな、バカ野郎!」
 抗議の声を上げるルパンと、
「む、すまぬ」
 なぜか謝る刀の男。律儀な性格らしい。
 男が次元の背負っていた銅像を指差した。
「決まったか。その荷物をどうするか」
「ああ、そのことなら」
 ルパンがにやりと笑うと、次元が包みを背負う。
「あいにく、置いていく気はさらさらねーな」
「……そうか。残念だ」
 男が、また刀を構える。二人も身構えた。
 今度こそ、来る!
 男が跳んだ。
 分断された渡り廊下の端から、こちらの端まで。
 いや、そこを飛び越えて、目の前まで……。
 その間、瞬きする時間もない。
 斬られる! 
 ルパンは反射的に、真上へと跳んだ。
 足を畳むと、そのすぐ下を剣が横になぎ払っていった。
 転びながら着地するルパン。一瞬遅れて、男も廊下の奥に着地する。
「ふむ、やるな」
 男が二人のほうを向き直り、剣を鞘に納めた。
「避けられたのは初めてだ」
 慌てて起き上がるルパン。
「そ、そりゃ光栄だね」
「おいルパン。今の、見えてたのか?」
 ルパンは無言で、男の方を見つめている。
 次元は、今度こそお終いか、と思った。
「今度は、こうはいかんぞ。本気で斬らせてもらう」
 ぐっ、と腰を落とし、再び男が構えに入る。
「やっばい、そろそろ『ザ・エンド』ってかんじ?」
「『ジ・エンド』だろ」
 冷や汗をかきながら、無理にでも余裕を作ろうとする二人。
 男が刀を抜こうと……。
「へっ、そうはいかんざき! くらえっ!」
 ルパンが懐から何かを取り出すと、男に向かって投げた。
「むっ!」
 不意を突かれた男が、思わず投げられたものを斬りつける。
 ボオーンッ!!
 投げた物が爆発した。
 真っ白な煙が廊下を覆い、何も見えなくなる。
 銭形から逃げるときに使った煙幕ボールを投げつけたのだ。
「次元、荷物持って!」
「はいよっ」
「くっ、無駄なあがきを!」
 男が刀を一振りする。
 すると突風が起き、煙幕が吹き飛ばされた。
 銅像を背負った次元と、今まさに走ろうとしているルパンが煙の中から現れる。
 距離は先ほどとそう変わらない。
 男にとって、二人は刀が一瞬で届く場所にいる。
 もはや、斬ったも同然だ。
「覚悟!」
 男が再度腰を落とし、
「むっ!?」
 止まった。
 両足が、半透明のアメのようなもので覆われていたのだ。
 床にへばりついたそれはガチガチに固まり、くるぶしをすっぽりと覆っている。
 得意げに鼻の下を指でこするルパン。
「へへ、持っててよかった、『速乾性液状特殊プラスチック入りボール』!」
「名前が長いのが難点だな」
「く、くそっ!」
 男は必死に足を動かそうとするが、ぴったりと床に着いて離れない。
「よっしゃあ今のうち! 逃げるよ次元!」
「あいあいさー!」
「ま、待てっ!!」
 二人は一目散に走り出し、廊下の抜け落ちた部分を飛び越え……奥に姿を消した。
 取り残された男は、奥歯を噛んで悔しさに顔を歪ませる。
「不覚……!」
 そして、刀を持つ手に力を込める。
「てやっ!」
 刀を振ると、足を覆っていたプラスチックがばらばらになり、両足が自由になった。
 二人が消えていった、廊下の奥をにらむ。
「ルパン七世……覚えておくぞ」


 翌日の朝。
 トーキョーポリスで、いや日本国で売り出された朝刊はほとんど、一面の記事をこんな文句であおり立てていた。
「ゲイツ氏の銅像、盗まれる」
「史上最大規模の美術品盗難事件」
「ルパン七世現る」
「届いていた予告状」
「白昼堂々の犯行!」
「警官隊を振り切り、逃走。未だ行方つかめず」
 もちろんトーキョーポリスの玄関口「新トーキョーポリス駅」のキオスクに置いてある新聞の一面にも、そんな記事が載っていた。
 キオスクの周りは、朝の通勤客であふれんばかり。
 店員のおばちゃんは、目の前の怪しい二人組に油断の無い視線を送っていた。
 普通の客であればキオスクには五分も留まらないだろうに、その二人組はもう二十分は黙々と新聞を読んでいる。
 それもとっかえひっかえ、全種類の新聞を読破する勢いで。
 大きい方(大人くらいの背丈)も小さい方(子供くらいの背丈)も、店の前に突っ立ったまま動こうともしない。
 そろそろ通報しようか、とおばちゃんは思った。
 なにしろその二人組ときたら、格好からして奇妙だ。深く被った帽子とサングラスに、季節はずれのコート。
 しかも新聞を読みながら、時々くつくつと押し殺した笑いを漏らすのである。
 そして、笑いを漏らしたほうが相方の軽い肘鉄をくらって、咳払いでごまかす。
 しばらくすると今度はその相方が笑い出し、肘鉄をもらう。
 その繰り返し。それが二十分。
 よし通報しよう、とおばちゃんは決意する。
 にしても、この場合どこに通報すればよいのだろう。鉄道警察?
「おばちゃん、ここの新聞全部くださいっ!」
「ひっ!?」
 突然二人組がそろって叫んだので、おばちゃんはあやうく腰を抜かすところだった。
 
 
 ニュースはトーキョーポリスの端っこにも届いていた。
 雑居ビルの二階にある地味な探偵事務所、その応接室。
 二人の人物が来客用ソファーにふんぞり返り、来客用ガラステーブルに足を載せて新聞を熟読している。
 大きい方も小さい方も、黙々と読んでいる。
 静かに。
 黙々と。
 音を立てずに。
「ぷっ」
 小さい方が吹いてしまった。
「ぷ、くくく」
 続けて大きい方が、口を覆って口許の緩みをごまかそうとする。
 二人とも、しばらく両手で口を押さえたまま、じたばたしていたが。
「ぷはっ、ぷはははは!」
「あっ、ははははは! いーっひひひひ!」
 耐えられなかったようだ。
 腹を抱えて大笑いしながら、空中で足をばたばたと振る。
 小さい方が立ち上がり、床に置いてあった紙袋をひっつかんで、テーブルの上で逆さにした。何十紙もの新聞が、テーブルの上にぶちまけられる。
 紙袋を放り捨ると、テーブルの新聞を両手で投げ上げ、大きい方に落とし始めた。
「くらえ次元! 新聞のシャワーだ!」
「わははは、やめろってルパン! 熱い熱い! うめてうめて!」
 大きい方――次元も反撃とばかりに、自分の近くの新聞を小さい方――ルパンに投げつける。
「そらそら! 埋まっちまえ!」
「あはは、埋まっちゃうよ! 自分の名声に埋まっちゃうよー!」
 しばらく二人は遊んでいたが、ルパンが足下の何かに気づいた。
「あ、とっつぁん写ってる」
「なに? ホントか」
 ルパンが新聞を拾い、次元がその一面をのぞき込む。
 またも吹き出してしまう二人。
「おいおい、こりゃタコだぜ!」
「ホントだ、タコだこれ! 真っ赤だ真っ赤!」
 怒りで真っ赤な顔の銭形が、血管が浮き出るほど拳を握りしめている写真であった。
 次元がわざとらしいほどゆっくりと、その記事の一部を読み上げる。
「なになに、『偽物の気球にまんまと誘い出された警官隊、ルパンを逃がす』……なーにやってんだかねえ」
「いやいや次元くん、仕方ないよ」
 ルパンがジャケットの内側を探り、コイン大の装置を取り出す。
 横に付いたスイッチを押し込み、手近の床に投げた。
『じゃーね、とっつぁーん!』
 なんと、コインの上にルパンがもう一人現れた。全身が赤い衣装で、どこかに向けて手を振っている。
 次元が同じ装置をポケットから出し、テーブルに投げる。
『これは頂いていくぜ!』
 カウボーイハットを被った次元が現れ、例の銅像を背負う。
 二人ともどこかに駆け出し、霧のように消えた。
「バルコニーに居たあたしたちが、まさかホログラムだとは思わないでしょう。ポリスの皆さんも頑張ったよ。うんうん」
 神妙な顔を作り、腕組みをしてうなずくルパン。
「うそこけ、心にもないことを」
「そんなことないのですよ?」
 二人の視線が交差した。
 しばらく真顔で見つめ合う。
 だが、まもなくルパンが破顔した。次元も顔の力を緩める。
「大・成・功ー!!」
 絶叫し、バンザイする二人の泥棒。
 笑い転げながら、ソファーに座り込んだ。
「あっはっは、あー。うまくいったな」
「そうだねー。いやいや、笑い疲れちゃったよ」
「俺も。そうだ、テレビつけよーぜ。ニュースに出てるかも」
「おっ、いいね!」
 次元がリモコンのスイッチを押し、壁に貼り付けてあるテレビをつける。
『――次のニュースです。昨日発生した、美術品盗難事件の続報が入りました』
 二人が身を乗り出す。
『昨日、午後十時ごろ、美術品の購入記念パーティーが開かれていたトーキョーポリスのエンパイアホテル最上階から、[ルパン七世]を名乗る窃盗犯によって[敗北した若者の像]が盗まれた事件について、持ち主のウォーレン・ゲイツ氏からマスコミ各社に対してコメントがありました』
 ルパンと次元が、テレビを観ながら軽くハイタッチする。
『コメントによりますと、盗まれた美術品は本物そっくりに造られた偽物で、パーティーが開かれる前に本物とすりかえられていたことがわかりました。これは安全上の理由で、当時警備に当たっていた警官隊にも知らされず――』
 二人が固まった。
 
 
 数分後。
 もはや二人組は動く気力も無く、ソファーに寝転んでしまっていた。
 全身に毛布のごとく新聞を載せ、まるで新聞が寝ているようだ。
 一方のソファーの新聞が、もぞもぞと動いた。
「じーげーんー」
 先ほどの騒ぎが夢だったかのように、か細く間延びした声。
 もう一方のソファーの新聞が、もぞもぞと動く。
「なーんーだー」
「ニセモノだってー、気づいたー?」
「いーやー」
「だーよーねー」
 新聞が動くのを止めた。
 大きなため息がどちらからともなく聞こえると、事務所はしんと静まり返ってしまった。
 応接室の床にばらまかれた新聞。
 消されたテレビ。
 横たわる二人。
 窓の外、遠くの方でカラスが「あほー」と一声鳴いた。
「むっがああああああ!!」
 ずばーん!
 新聞を勢いよく吹っ飛ばし、ルパンが飛び起きた。
「うお!?」
 反対側で次元も驚いて身を起こす。
「次元、ハンカチないハンカチ!」
「え? ああ、俺のでよければ……」
「貸して!」
 ポケットをまさぐり、ハンカチをルパンに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
 ルパンはおもむろにハンカチを広げ、端を口にくわえた。
 すう、と一息吸う。
 そして、反対の端を両手で思い切り引っ張り始めた。
「むきーーーーー!! 悔しいいいい!」
「わー!? 破れる! 破れる!」
 次元はルパンを止めながら、なんでこんな古いリアクションを取りたがったんだろう、と思った。
 あと、自分のハンカチ使えよ、とも。
 その後しばらく悔しさの収まらないルパンは「ヒ、ヒイィィ」などと言いながら地団駄を踏んでいたが、少し落ち着くとソファーに座り直した。
 頭ががっくりと落ちている。
 隣に座る次元が、気遣わしげに見つめている。
「落ち着いたか」
「うん」
 ルパンが拳で目頭を拭く。
「で、どうするよ」
「……どうするって?」
「おいおい、お前」
 次元が手近の新聞を拾い、手の甲で叩いた。
「こんだけコケにされて、まさか黙ってるワケじゃねーんだろ?」
 はっ、とルパンが顔を上げ、次元を見た。
「狙った獲物は必ず奪う、神出鬼没の大泥棒。天下のルパン七世様がよ」
 もう一度テレビをつける。画面には、記者団に対して笑顔を振りまくゲイツの姿。
『――[敗北した若者の像]は、これから宇宙機に乗せられ、火星に向かいます。太陽系各地の美術館に順次展示されていく予定で――』
 じわじわとその目に、顔に、生命力が戻ってくるルパン。
 自分の拳と手のひらを、勢いよく突き合わせる。
「よっしゃ! もートサカに来た! こうなりゃ、とことん思い知らせちゃるっ」
 すっかり活力の戻った声で、ルパンはそう宣言した。


 二週間後。
 地球上空、宇宙機係留軌道。
 地上から約四百キロメートル上空に浮かぶ、ふくらんだクジラのような船。全長およそ二百五十メートル。船体の腹の部分が、地球の青い光を反射して輝く。
 この小型貨物機は火星からの長旅を終え、地球へ着陸するための最終手続きを行っている所である。
 その頃、貨物機内の貨物室。ここには宇宙とはまた違った暗闇があった。
 金属製の大きく細長い箱が床に固定され、まるで墓石のごとく整然と並んでいる。
 ワインを運ぶための密封保温コンテナで、長さ約十二メートル。幅と高さはそれぞれ二・五メートルほど。
 そのコンテナの内ひとつの扉が、なにやら内側から蹴破られた。
「ぶはー! やっと出れた」
 小さい影がうーん、と伸びをすると、すかさず後ろから大きな影がその頭を叩く。
「いった!?」
「静かにしろよ! ゲイツにバレるぞ」
「大丈夫だってえ。旦那はコクピットで商談中ですもの」
「でも気をつけなさい」
「はいはい」
 二人はペアルックであった。
 おそろいのアロハシャツと短パン、コンバースのシューズ、そして暗視ゴーグル。
 大きい方が、腰に手を当てながら小さい方に聞いた。小声で。
「で、本当に合ってんだろうな? ルパン」
「なにが? 次元」
「情報だよ、情報。ここにホントに例のブツがあるんだろうな」
「えー、なにそれ、疑うワケー!?」
 ルパンが驚いたような声を出した。小声で。
「いや、そうじゃねえけど……なんつーか、潜り込むの簡単すぎやしないかなーって」
 肩をすくめるルパン。
「まあた始まった。ゲイツのシステムをハッキングして情報盗んで、パスポート偽造して観光客のフリして火星まで行ってコンテナに潜り込んで……大変だったじゃーん」
「まあ、それなりにな」
 二週間ほとんど寝ないでの作業を、それなりと呼ぶならばだが。
「でもよ、もっと警戒されててもいいっつーか……」
「かあんがえすぎだって次元!」
 ルパンが次元の腰のあたりをぽん、と叩いた。弱めに。
「このルパン様を信じてくださいよ!」
「……まあ、一番怖いのはお前のその自信なんだけどな」


 コンテナの森を抜けてしばらく歩くと、貨物室中央に鎮座する特別製コンテナにたどり着いた。横幅と奥行きが五十メートル、バカでかい金属製の豆腐のような形。
 威圧的なごつごつした外殻は喪服のように真っ黒で、巨大なボルトで貨物室の構造自体にしっかりと接合されている。
「ここか」
「そ。これを開ければ、晴れてお宝とごたいめーん! てわけ」
 ルパンはウエストポーチからペンライトのようなものを取り出すと、コンテナの扉の横にある制御パネルへと向けた。
 ペンライトのスイッチを押す。
 ビビビビ……と先端が青く光りだした。
 開くのを待つ間、次元は扉を見上げている。
「にしても、こいつはずいぶんと頑丈そうだな」
 事前に調べたデータによれば、この扉は厚さ一メートルもあるデュラリウム製の一枚板だ。デュラリウムは銀河文明で一般的に使われている、とんでもなく頑丈な金属である。
 これなら例え真空にさらされても、光線銃の一斉射撃を受けても、ロケット弾を撃ち込まれても中身は無事だろう。戦車の砲撃やミサイル爆撃にすら耐えられそうだ。もし地球へ墜落したとしても耐えられるかもしれない。外側だけは。
「やっぱ、中身が中身だから……」
「開いたー!」
 ルパンが(小声で)叫んだのでそちらを見ると、制御パネルの表示が変わっていた。
 重々しい音を立てて扉がスライドし、開いていく。
「便利だよな、それ」
「でっしょー? 『ソニックドライバー』ってゆーんだー」
 ひらひらとペンライトのような物を見せびらかすルパン。
「知ってるよ。でもその名前、聞いた事あるんだよな。ドラマか何かで」
「あっ、お宝だよじげーん!」
 ルパンは次元の話を聞かずに、扉の中へと走り出していた。
 コンテナ中央部には、防弾ガラスに守られた「敗北した若者の像」がある。
 やれやれ、とため息をつきながら次元も後を追う、と。
 ルパンがこけた。
「あっ、ててて」
「大丈夫か? 気をつけろよ」
「あれ、いや、突然目の前が暗く……あれ、ゴーグルは? あれー?」
 ぺたぺたと顔を触るルパン。
 良く見ると、いつの間にか暗視ゴーグルが取れている。
 つまり、突然何も見えない暗闇でひとりぼっちになったのだ。
 そりゃ不安だよなあ、と次元が思った瞬間。
 次元も暗闇に放り出された。
「あれ? あれれ?」
 ルパンと同じように、顔をぺたぺた触る。
 不安な数秒間が経過した、そのとき。
「……油断したな……」
 第三の声が、暗闇に低く響いた。
「そ、その声は!」
 と、ルパン。
「えーと、あの……だれだ!」
 と、次元。
 聞いたことのある声だが、思い出せなかったのである。
「ひさしぶりだな」
 貨物室に響く、落ち着き払った男の声。
「くそう、姿を見せなさい!」
「そうだぞ、この卑怯者!」
 続いて響く、二人の慌てふためく声。
 突然まばゆい光が出現し、二人の目をくらませた。
 コンテナ内部の照明が点いたのだ。
 
 
 二十メートルほど先には、例の銅像が収められたガラスケース。
 銅像の向こうではもう一つの扉が開き、貨物室の暗闇が口を開けている。
 そして、銅像の前にも人の形に切り抜かれた闇があった。
 仕込み刀を持った黒いスーツの男。
 偽物の銅像を二人が盗んだときに、渡り廊下で会った男である。
 男が右手を胸の高さまで持ち上げ、持っている物を見せた。
 後ろのバンド部分を切断された、二組の暗視ゴーグル。
 つまり。
 気づかない間に男は接近し、刀が後頭部をかすめていたのだ。
「……まただよ」
 ルパンが小声で漏らした。
 次元がルパンの方を見ると、隠しようもなく両手がけいれんしている。
 はっきりと怯えている。
「またわたしたち、死んでた」
 声までも震えていた。
「生かされてる、ってことか」
 次元も足や腕から、血液が引いていくのを感じていた。
 呼吸とは、こんなに時間がかかったものか。こんなにうるさかったものか。
 数瞬の時がゆっくりと流れていく。
「なんで」
 ルパンがわななく声を絞り出し、男に聞いた。
「なんで? 殺すことも出来たのに、とっくに……」
 言葉が続かない。
 しばらく待ってから、男が引き取った。
「闇討ち、か。趣味ではないのでな」
 次元は言葉もなかった。
 こいつに遊ばれている。
 生きるも死ぬも、目の前の男の気持ちひとつ。
 今も自分がここに立っていられるのは、偶然と、こいつの気まぐれが重なっただけ……。
 またも静寂の時間が過ぎていく。
 残された人生はあと、わずかか。
 そこまで次元が考えたところで。
「くくく……」
 小さな笑い声が聞こえた。
 黒服の男か? いや、違う。
 ルパンだ。
 隣で、ルパンが笑っている。
「あはは……あははは」
 次元はルパンの目に狂気の輝きを探したが、しかし見つからなかった。
 それは恐怖によるものではなく。
 とても嬉しそうな。
 新しい遊びを発見した、子供の笑いだった。
「あはは、そっかそっか」
 ルパンは笑い終えて、すっかりリラックスした様子だった。
「やばい、すっごい楽しくなってきちゃった」
 乾いた唇をぺろりとなめる。
 次元はあらためて、こいつはすげえ大物になるぞ、と思った。
 ルパンはまだ震えてはいるが――おそらく恐怖のみでなく、恐怖と興奮の混じった震えに変わっている。
 次元は深呼吸して、なんとか自分を落ち着かせようとした。
 こいつは何かやらかす。
 自分もついていけるようにしなければ。
 目の前の男は予想外の反応に、少々驚いているようだ。
 今なら、何かしらのチャンスが生まれるかもしれない。
「さあて。こうなっちゃったら、決着つけようじゃないの」
 ルパンは力を溜め、男に向かって走り出した。
「おうよ!」
 次元もそれに続く。
 その際、小声でルパンが「プランE」とささやいたのが聞こえた。
 
 
 二人は全身を躍動させ、男へ向けて駆けた。
 男が油断なく刀を構える。
 先を走るルパンがバッグから煙幕ボールを取り出し、男に放り投げた。
「同じ手はくわん」
 男はひらりとそれを避け、ボールは虚しく地面に転がる。
「じゃあこれなら! くらえ!」
 今度は指の全てのまたにダーツの矢をはさむと、まとめて投げつけた。
 全て斬り落とされる。
 だが、その間にルパンと男の距離はだいぶ縮まっていた。
 ルパンが拳を握りしめ、目にも留まらぬ速度で突き出した。
 普段の相手ならこれだけで気絶する……だが。
 男は難なく身をかわした。
 その後も数発の突きや蹴りを試みるが、男は陽炎のようにゆらゆらと受け流し続ける。
 下からの一閃。
「くっ」
 ルパンの左腕から血がほとばしる。
 だが、身体全体を右に逸らしていたので、致命傷は避けられた。
 逸らす動きとつながるように、ルパンは男の右横を駆け抜ける。
 男にルパンを追う余裕は無かった。
 ルパンの後ろから、拳銃を構えた次元が接近していたからだ。
「ちょっと卑怯だが」
 出来るだけ接近し、弾丸を撃ち込む。
 一発、二発、三発。
 しかし驚くべきことに、男には当たらなかった。
 弾丸が何かにはじかれる音がしたかと思うと、男の足元に半分になった弾丸が転がる。
 四発、五発、六発。
 刀を振り、弾丸を斬り落としている。
 そのようにしか見えない。
 次元の全身の毛が逆立った。
 本能が告げている、こいつは人間じゃない。
 バケモノだ。
「次元!」
 ルパンが床に落ちていた煙幕ボールに、ダーツを放った。
 ボールが破裂し、煙幕が次元と男を覆う。
「ありがてえ!」
 次元が男の横を走り抜ける。刀が顔をかすめた。
 入口とは反対側の開いていた扉に向かって、二人で走る。
 煙幕はすぐに効かなくなる。
 というか、もう効いてないかもしれない。
 これだけは、もう運にかけるしかない。
 扉を抜け、回りこみ、ソニックドライバーを制御パネルに向けてスイッチを入れる。
 ビビビ……と、先端が光りだす。
 ソニックドライバーがパネルを乗っ取るには、短くて数秒の時間が必要だ。
 二人には、その時間が致命的に思われた。
 現にもう、煙幕の中からこちらに向けて走る音が聞こえる。
「おい、まだかルパン」
 到達まで二秒といったところか。
「まだか!」
 次元が叫び、扉がようやく動き出した。
 扉が閉まる瞬間、男は話が出来る距離に居た。


「た、た」
「助かったあ」
 二人は制御パネルによりかかり、長いため息をついた。
「あっ。次元、ほっぺ切れてる」
「ん? ホントだ。それよりもお前、大丈夫か」
 ルパンはそう言われて、腕を切った事を思い出したようだ。
「だいじょうぶこんなの……あつっ!」
 自分で無用心に傷口を触ってしまって、痛みに顔をしかめる。
「待っとけ」
 次元が自分のアロハシャツを脱ぎ、ルパンの腕の傷を覆うようにしばりつけた。
「よし、と」
「……ありがと」
 思いがけずルパンに見つめられて、次元は視線を逸らした。
「ふん、貸しだからな」
「じゃあ、この前と今日で貸し二つ?」
「そうだな。二つだから、コーヒー二本おごりだ」
 ルパンが微笑む。
「安上がりだね、次元は」
「うっせえ。ま、とにかく」
 次元が右の手のひらを頭の高さに上げた。
「プラン『Escape』は大成功! だな」
「いえーい」
 ルパンがその手のひらに自分の右手をぶつけ、大きな音を立てた。
 朗らかに笑う二人。
 ドガガガアアアン!!
 しかし、突然のすさまじい轟音に身をすくませる。
 すぐ近くに雷が落ち、同時に大地震と地滑りでも発生したのかと思ったが、ここは宇宙だ。あり得ない。
 次元がそーっと横を見ると、同じ方向を見ているルパンの頭。
 その向こうでは厚さ一メートルの扉がバラバラに切り刻まれ、床に崩れ落ちていた。
「なかなか手応えのある獲物だったな」
 扉を、というより扉の残骸を抜けて現れる刀の男。
「だが、もう容赦せん」
 刀を二人に向ける。
「……本格的にバケモノだな」
 頬をひきつらせる次元。
 男が刀を上段に構え、宙へと跳んだ。
 次元は刀が振り下ろされる前に、思わず目をつむってしまう。
「あっ……があああ!!」
 予想通り、ルパンの悲鳴が聞こえた。
 ああ、次は自分の番か。
 次元は待った。
 だが、その瞬間が来ない。
 まだか。
 まだか?
 ……どういうことだ?
 目を開けた次元は、信じられないものを見た。
 
 
 刀が止まっていた。
 ルパンが拍手のように両手を合わせ、刀をはさんで受け止めていた。
「うぎぎぎぎぎ」
 歯をくいしばり、うなるルパン。
「貴様……!」
 両目を皿のようにして驚く、刀の男。
 真剣白刃取りである。
 左腕の傷口から血液があふれ、巻いたシャツを紅に染めていく。
「こ、これ、で」
 腕と同じくぶるぶる震える声で、ルパンは言った。
「コー……ヒー、チャラ……ね!」
 しかし、善戦むなしくルパンは押されつつある。刀が一センチ、また一センチと、徐々に頭へと近づいていく。
「まだだ!」
 次元が叫び、ルパンの後ろで同じように刀を押さえた。
「絶対コーヒーだ! 絶対この後、コーヒーで返してもらうからな!」
「次元……」
 今度こそ、刀は完全に止まった。
 だが、男は余裕の笑みを浮かべる。
「なるほど、もはや動かす事は出来ない。だがしかし、いつまで持っていられるかな」
「くっ」
「ぐぐ」
 実際、ルパンと次元の腕は早くも限界を迎えようとしていた。
 限界点を越えた瞬間、速やかに二人は両断されるだろう。
 しかもなお悪い事に、ここでこうやって刀を押さえている以上は他に何も出来ず、動くことすら叶わない。
 じりじりと過ぎゆく時間の中で、次元は地獄の門が開くのを見た気がした。
 あともう少しで、二人ともそこへ……。
 唐突に暗闇が訪れた。
 なぜか照明が落ちたのだ。その一瞬だけのチャンスを、二人は最大限に活かした。
 ルパンが力一杯、男の腕を蹴り上げた。次元は全身を使って巻き込むようにして、刀をひねり上げる。
 男の腕から、刀がもぎ取られた。
 照明が復旧した。貨物室全体が、薄暗く赤い光の中に立ち現れる。
 同時にけたたましく吼えるようなサイレンが、貨物室に鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報! 特別コンテナに侵入者! 特別コンテナに侵入者!』
「ずらかるよ次元!」
「あらほらさっさー」
 二人はすぐさま、貨物室の中を駆け出す。
「刀、とったどー!」
 両腕を使って刀を持ち上げ、ルパンが勝ち誇った。
「返せッ!」
 男が追いかける。
 泥棒たちはコンテナの間を抜け、まっすぐコクピットに向かって行った。
 
 
「どこだ! 出てこい! 殺してやる!」
 窃盗犯を見失い、コンテナの間をウロウロする男。
「ハッハッハッハッ……どこを見ているのかね」
 ルパンの高笑いが赤く暗い貨物室にこだまする。
「どこだ!」
「こっちだよー、お侍さん」
 声のした方を見ると、コンテナの上にルパンが立ち、ニコニコしながら手を振っている。
「貴様ッ」
「おーっと待った」
 飛びかかろうとした男を、ルパンが手の平を見せて制する。
「わたしが忍者だって言ったっけ?」
 一拍、その場を沈黙が支配した。
「……なに?」
「侍の技は見せてもらったから、今度は忍術を見せてあげましょう」
「ふざけ」
「臨! 兵! 闘! 者!」
 男の言葉を遮り、胸の前で素早く印を結んでいくルパン。
 右手と左手を、目まぐるしく組み替えていく。
「皆! 陣! 列! 在! 前!!」
 印を結び終わった。
 しかし、何も起きる気配が無い。
「時間稼ぎにしては芸が無いな」
「ふふ、それは見てのお楽」
 返答を待たずに男は跳び、次の瞬間にはルパンに肉薄していた。
 刀が無くとも小娘ひとりなら、素手で十分に始末出来る。
 脊髄を叩き折るため、首の根元目がけて手刀を突き入れる。
 が、ルパンは消え去った。
 男は目を丸くして驚愕する。まるで霧を突いたように手応えが無い。
「ふふふ、それは残像だ!」
 後ろから声がしたので、男は振り向いた。
 二人のルパンが、男を見つめていた。
「な……」
 まるで双子のようにそっくりな二人の少女が別々のコンテナに立ち、同じように腕を組んで笑っている。
 同時に口を開き、声高に宣言した。
「これぞ、分身の術!」
 唖然として言葉も無かった男だが、ようやく一言だけ言うことが出来た。
「馬鹿な」
「まだまだ、はっ!」
 二人が同時に印を結ぶと、
「四人、八人、十六人」
 言葉の通り、ルパンがあちこちのコンテナの上に、倍々ゲームで増えていく。
「三十二人、六十四人、百二十八人!」
 もはや、貨物室はルパンに占拠されてしまった。
 気がつけば、男は同じ顔、同じ声、同じポーズの少女に包囲されている。
 狼狽した男が、なすすべもなく貨物室を見回す。
「さあ、我らルパン軍団がお相手つかまつる!」
 その声は厚い層を持った合唱となって、貨物室に轟いた。


 かつっ。
 男の足に、何か軽い物が当たった。
 ルパン軍団に隙を見せないよう、慎重にそちらを見やる。
「これは」
 拾い上げ、手の平に載せて眺めた。コイン大の装置。
「ホロチップ!」
 怒りに燃える男が、ホロチップを握りつぶす。
 やかましいサイレンと薄暗い環境で気づかなかったが、「ルパン軍団」は当然あるはずの雑音を一切出していない。
 ただの映像、ホログラムだからだ。
 他のルパンが立っているコンテナへ跳ぶ。
 接触しそうになった瞬間にルパンはかき消える。これもホロチップに対人センサーが組み込まれているに過ぎない。
 ペテンだ。
「ははは、どうしたどうした! まだまだ一杯いるぞー!」
 男は目を閉じ、サイレンの音や「ルパン軍団」の声を遮断した。
 生物なら必ず出す、出さねばならぬ音を探す。
 息づかい。
 目を開き、二つ先のコンテナの向こうまで一足に跳んで着地した。
 先ほどの男の位置からは死角になっていたが、コンテナが一つ抜けて広場のようになっている場所である。
 そこには「ルパン軍団」と全く同じポーズを取ったルパンが居た。
 視線の先では、携帯端末がコンテナの壁に貼り付けてある。
「ルパン」
「うえっ!?」
 ルパンが男の方を向いた。声が百二十八倍に増幅され、貨物室に反響する。
「ここでホログラムを撮影し、投影していたのだな」
「あー、えー」
 そーっと手を伸ばし、端末を回収した。磁石でくっついていたらしい。
「そうです」
 ホログラムの軍団は消え去ったらしく、声は寂しく一人分だけになった。
「ここまで……ここまで」
 男は拳を手近のコンテナに叩きつけた。
 雷鳴のようなすさまじい音と共に、コンテナの壁がクレーター状にひしゃげる。
「虚仮(こけ)にされたのは初めてだ」
 見る見る血の気を失っていくルパンに、一歩ずつ歩を進める。
 相手は広場を横断してじりじりと下がっていったが、背中にコンテナがぶつかった所で立ち止まった。もう諦めたのか、胸の前で端末を握りしめている。
「もう死ね、ルパン」
 一撃で息の根を止めるため、手刀を振りかぶる。
 手の届く範囲に来て初めて分かったのだが、ルパンはぶつぶつと、怯えた様子で何か唱えている。
 念仏か、と男は思った。
 だが、そうではなかった。
「……きゅう、はち、なな」
「貴様、なにを」
 ルパンは端末の画面を男に向けた。
 ストップウォッチだ。数字がめまぐるしく減っていく。
「3、2、1」
 男が我に返り、動こうとしたとき。
「ゼロ」
 すさまじい縦揺れが、貨物室を襲った。


 男はルパンにたどり着けなかった。
 縦揺れによって空中に投げ出された後、すぐさま後ろ向きにはじき飛ばされ、広場を抜けてコンテナの間を二十メートルも「落ちて」いった。
 勢いよく鋼鉄の壁にぶつかり、そのまま動かなくなる。
「おいルパン、大丈夫か!」
 男のすぐ横で貨物室とコクピットを結ぶ扉が開き、傷だらけの次元が顔を出した。
 彼から見ると、貨物室は横倒しになったように見える。まるでコンテナが壁から生えているようだ。
「大丈夫でもないー」
 ルパンはコンテナの壁から下向きに伸びていた。シューズに磁石が仕込んであるのだ。
 貨物室の向きが正常に戻る。ルパンの足はくっついたまま、頭が床に落ちた。
「いたた」
「ほら起きろ、早く入るぞ」
 シューズから足を引っこ抜き、コンテナの自動扉にソニックドライバーの光を浴びせ、引き開ける。
 すぐに二人で中へ入り、扉を同じ方法でロックする。
 そして、内壁にしっかり手足をふんばった。
「次元、コクピットは?」
「大丈夫だ、うまくいった。ゲイツもSPの皆さんも耐加速シートでおねんね中よ」
「敵の応援が来なくて助かったよ。航行プログラムもいじった?」
「もちろん。おっと、そろそろ来るな。口閉じろ、舌噛むぞ!」
 またしても天地がひっくり返り、そして回転を始めた。
 まさに嵐の海に投げ出されたイカダ、いやおもちゃのボートと言った方が正しいかもしれない。
 身体がバラバラになりそうな揺れの中、なんとか意識を失わずにいたのは奇跡としか言いようが無い。
 クジラのような貨物機は本来のコースを外れ、地球に落下していた。
 もちろん貨物機の操縦システムは近くの海へ着水する事を選んだし、反重力エンジンもフルパワー、さらに緊急用化学ロケットの逆噴射で定期的にブレーキをかける等、最善を尽くした。
 だがそれにも関わらず、着水の瞬間には大変な衝撃が待っていた。


 一時間後。
 次元が空をあおぐと、強い光に目が痛んだ。
 久しぶりの陽光にしては、強すぎる。空は青すぎるし、海も透明すぎる。
「帰って来た」
 浜辺に背中を預けながら、潮風を胸一杯に吸い込む。
 焼けた砂の匂いが心地よい。
「うー。かえってきたねえ」
 横ではルパンがひっくり返っている。
「まだ目え回ってるのか」
「そりゃもう。揺れキツすぎ……うえー」
 ルパンはアロハシャツを脱ぎ、上半身はブラジャーのみになっていた。
 そのアロハシャツはどこに行ったかというと、ルパンのさらに隣にあった。
 刀の男が寝ている。骨折していた左腕に添え木をして、シャツを巻いて固定したのだ。
「こいつもたいがい頑丈だよな」
 次元が呆れたような声を出す。
「そーだよねー。普通死ぬよねー」
 ルパンが男の髪をなでる。起きている時には決して見られないであろう、安らかな表情。
「ところでよ、ルパン。そいつはどうするつもりだ」
「どうするってー?」
 相変わらず髪をいじりながら、ルパンが答える。
「危ないだろ、ってこと。このまま置いていくか? 起きないうちに」
「そうだねえ。でもさ、また仕事の邪魔されたら厄介じゃない」
「じゃあどうすんだよ」
「ふふふ、だいじょーぶ」
 ぺし、とルパンが胸の辺りを叩いた。
「このルパン様に名案があります!」
「お前のその自信、ホント怖いわ」
 しばらく待っていると、刀の男が目を覚ました。
 急いで立ち上がろうとし、地面に突いた左腕の痛みに顔をしかめる。
「あっ、ダメだってばー、起きたら」
 ルパンの制止を振り切り、ゆっくりと上半身だけを起こす。
 だいぶ痛むらしい。息づかいが荒い。
「ここは、どこだ」
「地球の島。天国じゃないよ」
 ルパンが海の方を指差す。サンゴ礁の浅い海の向こうで、貨物機が転覆していた。
 浜辺には、打ち上げられた救命ボート。ちゃっかり例の銅像が乗っている。
 砂から生えた背の高いヤシの木が、ビーチにいくつも影を落とす。
 男はため息とともにうつむいた。
「それは残念だ」
 暖かな南国の風が、三人の間を吹き抜けていった。


「そうだ。おっ、とと」
 ルパンが立ち上がったと思うと、おぼつかない足取りでボートに向かう。
「ねえ。武士の人」
 男が顔を上げた。
「これ、斬れる?」
 こんこん、と銅像を叩く。
「……刀があればな」
「あるよー」
 ボートに乗り込み、目当ての刀を探し出した。
 砂浜に降りると、男に放り投げる。
 右腕で受け止めた刀を、怪訝な表情で眺める男。
「ばっ、おま!」
 ずざざざ、と砂を巻き上げて、次元が後じさった。
「銅像そっち持ってくね」
 ルパンが銅像をボートから持ち上げて背負い、砂浜に足跡をつけながら男に近づく。
「きっ、斬られるって! なにやってんだルパン!」
 次元が遠くから手をぶんぶん振って止めようとする。
「だいじょぶだいじょーぶ」
 対してルパンは落ち着いた様子で、砂浜に慎重に銅像を置いた。
「はい、じゃあお願いします」
「うむ」
 男が口で鞘を抜き、右手に刀を構える。
 ルパンは離れた。あくまでゆっくりと。
「ていああっ!」
 刀が陽光を浴びてきらめき、空気を切断した音がした。
 銅像は縦に真っ二つになった。
 その片側が砂の上に倒れると、内部から何か白い煙のようなものが立ち上る。
「ビンゴ! おーっと、吸わないようにね」
 ルパンが口を腕で押さえ、風上に移動する。
 次元と刀の男も同様。
「おい、ルパン。まさかこれって」
「そう」
 慎重に銅像へ近づき、しゃがみこんで倒れた半分に手を突っ込む。
 立ち上がると、その手には切り裂かれたビニール袋があった。
 袋には何か白い粉が詰まっている。
「これはね、『ハイパードライブ』。簡単に言うと超ヤバいクスリ」
 刀の男は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
「普通の会社が殺し屋を……しかもあんたほどの凄腕を雇うのもおかしいな、って思って調べてみたら案の定」
 次元が頭を押さえながら口を開く。
「おいルパン、どういうことだよ。そいつも本物じゃねえのか?」
「いや、本物なんて無いんだよ」
 首を振るルパン。
「こんな銅像は存在しない。ただ、このクスリを運搬するための方便だったってワケ」
 男がようやく口を開いた。
「ルパン。貴様は、すべて承知の上で銅像を奪いに来たというのか」
「いや、確証は無かったけどねー」
 ぽりぽりと頬を掻く。
「ていうか、俺には何にもナシかよ、ええ?」
 次元がルパンの頭に両手の拳を当て、ぐりぐりと圧迫し始めた。
「いたたたた!? 違うって、証拠が無かったんだってー!」
「殺せ」
 男は刀を投げ捨て、砂浜に座り込んだ。


「すべては貴様たちの筋書き通り。俺は手の上で踊っていただけ。情けない」
 泥棒二人は顔を見合わせ、フォローに入る。
「いや、結構予定狂ったよ?」
「そうそう、お前さんが出てくるのが思ったより早すぎて……」
「情けは無用!」
 その頬を、悔し涙が伝って落ちる。
 なすすべもなく見つめていた二人だが、やあやってルパンが次元に近づいた。
 次元のポケットをまさぐる。
「おい、何を」
 拳銃を抜き取り、安全装置を外した。
 戸惑う次元に背を向け、男に向かって歩いて行く。
「……お前まさか、これが『名案』だって言うんじゃねえよな」
「そうだよ。こう言ってくれると思ってたんだよね」
 言いながら、男の後頭部に銃口を押し付けた。
「こっちは殺されかけたんだからさ、これくらい当然だよね?」
 次元には、ルパンが薄く笑ったように思えた。
 腕に巻いたシャツが赤黒く変色している。
「おい、やめろ、ルパン!」
 次元が駆け寄ろうとした瞬間。
 トリガーに指がかかる。
 男が目をつむる。
 そして、
「ばきゅーん」
 口で効果音をつけながら、銃口を上にそらした。
「はい死んだー」
 ぺし、と男の頭を叩く。
「なっ……?」
 男は混乱した様子で立ち上がり、ルパンに詰め寄った。
「な、何をしたのだ? どういうことだ?」
「いやだから、殺したんだって」
「バカにしているのか!」
 次元に拳銃を返しながら、ルパンが男を押しとどめる。
「だからね、こういうこと。やっばい組織の殺し屋はこれで死亡。いい? これなら、別に辞表書かなくても辞められるじゃん」
 眉間にしわを寄せ、言葉の意味を反芻する男。
「で、さ」
 ルパンが咳払いする。
「組まない? あたしたち!」
 次元はこのときのことをよく覚えている。
 ルパンは満面の笑みだった。
 そして、男の戸惑った表情。
「だってさ、だってさ! 大泥棒でさ、ガンマンでさ、武士だよ? これ最強じゃん! 最強トリオじゃん! ね!?」
 早口にまくしたてるルパン。
 次元はため息をつきながら、こう思っていた。
 悪いな、そいつはバカなことを言っているわけじゃないんだ。
 バカなんだ。


「貴様ッ! 何をやっているっ!」
 突然の怒声に振り向くと、そこにはウォーレン・ゲイツその人が居た。
 そして、拳銃を持った十数人の部下も砂浜に立っている。
 全員がひどく揺さぶられたらしく、身体を動かすのも辛そうだ。
 ルパンたちよりずいぶん先に、救助艇で脱出していたらしい。
「早く、そいつらを始末しないか!!」
 つばを飛ばしながら、ルパンと次元を指差す。
 対してルパンは余裕の笑顔で、手を振って返す。
「これはゲイツの旦那。こんな所で会うとは奇遇ですな」
「よくもぬけぬけと……お前が女だということを、世界中に宣伝してやるぞ。その顔も」
 肩をすくめるルパン。
「ご自由に。今日この時は少女ですが、明日は老人か、はたまた青年か……どれも仮の姿だということは、ゆめゆめお忘れ無きよう」
「ぐぬぬ」
 そのルパンの背後で、刀の男がゆらりと立ち上がった。
 右手には刀を持っている。
 男の姿を確認し、ゲイツの口角が上がる。
「斬れッ!」
「承知」
 刀の男は走り出した。
 ルパンの横を抜け、次元の横を抜け、ゲイツ目がけてまっすぐに。
 驚いた部下たちが男に弾丸を撃ち込む。
 だがしかし、男は刀を振るだけでその全てを落としてしまう。
 ゲイツの横を抜け、部下の群れを抜けた。
 刀を下ろし、立ち止まる。
 ゲイツの、そして部下の服がバラバラになり、砂の上で舞った。拳銃も同様に、細切れになって落ちる。
 倒れ伏す十数人の人間。
 雇用主の身体を踏みつけ、ゆうゆうと戻ってくる男。
「これで、俺は……いや、拙者はクビでござる」
 その顔からは憑き物が落ちたように、殺気が消え去っている。
「拙者の名は五右衛門。十七代目石川五右衛門。その話、乗らせてもらおう」




 突然、砂浜が暗闇に消え去った。
 
 次元の意識が宙をさまよう。
 
 
 ……じげん……
 
 
 次元……
 
 
「じげん、次元!」
「ぶわっ!!」
 突然次元が息を吹き返したので、そばで見守っていたルパンはひっくり返った。
「び……びっくりしたー」
 と胸をなでおろすルパン。
「おっ、生き返ったでござるな」
 と、エプロン姿に包丁の五右衛門。
 鋭利な包丁がきらりと輝く。
「ひい!?」
 その姿を見て、必死にあとじさりする次元。
「うわ!?」
「ぬあっ!?」
 その次元のリアクションに、さらにリアクションを重ねる二人。
「……ああ、なんだ夢か」
 次元は顔をぺちぺち触りながら、びっくりした顔をしている。
「あ、そう、なの?」
「驚いたでござる」
 びっくりした顔を見合わせる二人。
「ふふふ……」
 突然次元が笑いだした。
 それを見て、ルパンが心配そうな表情になる。
「も、もしかして、頭が」
 次元が首を振った。
「いやいや、違うんだ。ちょっと面白い夢を見たもんでな。つい」
「ああ、そうなの?」
 ほっと胸をなでおろすルパン。
「でもとりあえず、明日脳外科に行こうね」
 次元の肩に手を置く。
「ヤだよ! 脳は大丈夫だよ!」
 肩の手を振り払いながら、次元は叫んだ。


 三人でテーブルを囲んで、夕食。
 今日はシチューである。
 食べながら、次元が思い出したように聞いた。
「あれ、そういえばあの箱なんだったんだ」
 シチューでほっぺたを膨らませながら、ルパンが答える。
「はーほうか、ひげんわひらないんだ」
「食べてから話しなさい」
 もぐもぐごくん。
「あーそうか、次元は知らないんだ。おじいちゃんからだったよ。はいコレ」
 ルパンが懐から腕時計を取り出し、次元に手渡した。
「おおすげえ、機械式か! なかなか高そうだな」
 しばらく色々な角度から時計を眺めていた次元だが、ふと何かに気づいてルパンを見る。
「なあ。これって、もしかして」
「仕事の報酬。前払い」
「うわー、マジかよ」
 時計を置き、両手で顔を覆ってしまう次元。
「ちょっとなによー」
「だって、じじいからの依頼はロクな展開にならねえじゃねえか」
「……まあ、そうだけどさ」
 過去の出来事を思い出し、三者三様のため息をつく。
「でも、こーやって仕事をこなして、スキルを上げていけば」
 ルパンがぐっ、とスプーンをにぎる。
「いずれは宇宙船を手に入れて……ルパン一家宇宙進出! ですよ!」
 スプーンを振り上げる。きっと、彼女の心の中では宇宙船へ化けているに違いない。
「そーだな、生きてるうちに出来るといいな」
 黙々と食べる次元。
「夢でござるなあ」
 シチューをおかわりする五右衛門。
「すーぐーでーすー! すーぐー乗ーれーまーすー!!」
「ああ、わかったわかった、わかったからスプーン振るな」
「シチューが飛ぶでござる」
 その後、次元と五右衛門は延々とルパンの宇宙進出計画を聞かされることになった。
 ほおづえをつき、うんざりした表情で聞き流しながら、次元は思った。
 ホント、五右衛門も丸くなったよなあ。
 気づかないうちに、五右衛門と目が合っていた。
「ちょ、なんでござるか!?」
「え、なになにどうしたの五右衛門」
 次元から目をそらす五右衛門。
「いや、次元が……なんかその、うっとりした目で見つめてくるでござる……」
「ええええ!? 次元って五右衛門のことが」
 首を取れるんじゃないかという勢いで振る次元。
「いやいや、違う違う!」
「次元……申し訳ないが拙者は……」
「まあまあ、付き合ってみたらいいんじゃなーい? むひひひ」
「だから違うって!!」
 わいわいやりながら、次元は思っていた。
 まあ。
 こんなのも悪くはねえな。
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Date:2014/05/20
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