明日から書く。

□ ニニンがシノブ伝 □

ニニンがシノブ伝・ビギンズ

「そういえばさ、音速丸って頭領なのよね」
 私立忍者学園の教室で、せんべいをかじりながらカエデが言った。いつものように忍者たちと集まって遊んでいるところだ。
 ちなみに、シノブは所用で席を外している。
「なんでシノブちゃんの忍鷹をやってるの?」
 十枚重ねた座布団の上に鎮座する珍獣、音速丸が湯飲みを口から離す。
「まったく馬鹿だねお前さんは、そんなの小学生だってわかるっつうの。よーし、じゃあひとつヒントをあげようね」
 カチンときつつ、カエデは耐えて次の言葉を待つ。
 だが、音速丸は天井を見つめて固まってしまった。
「えー……と」
「覚えてないんじゃないの! 馬鹿はどっちよ!」
 カエデが音速丸の身体をぐいいー、と左右に引っ張った。まるで餅のように伸びる。
「あだだだだ!? 俺のボディーラインが崩れるううう」
「音速丸さん耐えて! 見事耐えてください!」
 サスケが無意味に音速丸を励ます。
 一分ほど後、音速丸がはれたほっぺたをさすりながら口を開いた。
「思い出した。今のショックで完璧に思い出した」
「ほんとー?」
 あくまでも懐疑的な視線を向けるカエデ。
「失礼ねあなた、口の効き方に気をつけなさいよ! おっほん」
 腕を組み、深い記憶の茂みの中へ分け入っていく。
「あれはそう、シノブがこの私立忍者学園『い』組の教室へ、まさにこの場所へ始めてやってきたときの事だった……」




「新入生のシノブです。よろしくお願いしますっ」
 少女が頭を下げると、教室内は割れんばかりの歓声に包まれた。
 黒装束の忍者たちが早くも抱き合い、感涙にむせぶ。
「すげえ……美少女だよお……」
「俺、俺、生きてて良かった、本当に良かった」
「これ現実だよな? げ、現実だよな? 俺まだゲームしてんのかな?」
「一日目は男ばかりで地獄だったけど、一気に天国へ急上昇!」
「いって! なんだこの黄色いまんじゅうは邪魔だな」
「こらあ頭領を踏みつけにすんじゃねえッ!!」
 踏みつけられていた音速丸は、踏んでいたサスケを突き飛ばす形で宙へ浮いた。
「わっ、頭領さんですか?」
 シノブが空飛ぶ黄色いまんじゅうを見て驚く。
「おうとも、俺が頭領の音速丸よ。以後よろしゅう」
 綺麗な歯を光らせニヒルに笑う音速丸を見て、サスケが呆れ気味につぶやいた。
「わー、我々は見たことのない素敵な笑顔ですね」
「シノブと申します! 以後、精一杯精進いたします」
 素早く膝立ちの姿勢になるシノブ。
「うむ」
 満足げにうなずく音速丸。だが一呼吸置いて、重々しく口を開いた。
「ところでシノブ。お前にひとつ、聞きたい事がある」
「はっ」
 シノブはうつむいたまま、張り詰めた声で答える。
「なぜ学校への到着が一日遅れた? お前の両親に電話しても『ちゃんと昨日家を出ています』って言うし、俺たち待ちくたびれちゃったんだけどもさあ、ねえねえ。ねえー」
 床に座り込み、だだっ子のように腕を振り回し始めた。
「あ、キャラが崩れた」
「限界だったか」
 呆れた顔で忍者たちがつぶやく。
 しかしシノブは姿勢を崩す事もなく、はきはきと報告を始めた。
「ははっ。実は家を出たところで妊婦さんが苦しそうにしていたので、タクシーを呼んで病院まで運びました」
「ほう? それから?」
 音速丸が先をうながす。
「それから病院を出たのですが完全に知らない場所で、電車に乗ったら反対方向の終点まで行ってしまい」
「ほうほうそれから」
「あわてて駅を出たら山の中で、熊に襲われてしまって逃げていたら橋の上に落ちていたバナナの皮を踏んで転倒して川に落ちて」
「それからそれから」
「なんとか無事に海まで出たものの流されてしまい、気がついたら無人島に着いていて」
「はあ、どうしたどうした」
「近くを通る漁船に助けてもらうまでお魚を焼いて食べていたのですが、砂糖と塩を間違えて激甘焼き魚になってしまい」
「ほれほれどっこいしょ」
「胃がもたれました」
 悲しそうにお腹を押さえるシノブ。
 教室に沈黙が降りた。
 だが一瞬の後、教室内が再び怒号に近い歓声に沸き返る。
「ドジッ娘だ!! 天然記念物だー!」
 音速丸は忍者たちに弾き飛ばされた。
「D!」
「O!」
「J!」
「I!」
「どーじっこ! どーじっこ!」
 困惑するシノブを、忍者たちが包囲する。
「ようし! ドジッ娘美少女シノブちゃんを、みんなで胴上げだ!」
 わーっしょい。わーっしょい。
「あ、あの? これはいったい?」
 わけもわからず、シノブはしばらくなすがままに宙を舞った。


「とにかく、だ」
 教室の騒ぎがようやく沈静化すると、音速丸が重々しく告げた。
「情状酌量の余地があるとは言え、シノブには罰を与えねばならん」
 すかさずサスケたちが弁護に入る。
「そんな可哀想ですよ!」
「仕方ないですドジッ娘はそれだけで美しいんですから!」
「だーまらっしゃーい!!」
 一喝する音速丸。正座したシノブに向き直る。
「いいか、ここが忍者の学校だということを忘れるな。忍者はまず、自分に対して厳しくあらねばならん。戦場に出れば、敵はお前の言い訳など聞いてはくれぬのだからな」
 真剣な表情で語る音速丸に、教室の空気が張り詰める。
 シノブは再びうつむき、押し寄せる不安をなんとか顔に出すまいとしているようだ。
「ではシノブ。お前の罰を発表する」
 誰からともなく、ごくりとつばを飲んだ。
 顔を上げるシノブ。
 音速丸が漂ってきて、その太ももに着地した。
「よーしこのまま、優しくやらしく耳かきしろーい!」
 愕然としたのはサスケたちである。
「ええー!?」
「さっきの台詞はなんだったんですか! 自分に対して激甘じゃないですか!」
 シノブの太ももの上でうごめきながら、音速丸が声を荒げる。
「うっせえ! 戦場でも耳がかゆくなったら耳かきをするんじゃないんですか? 僕なにか間違った事言ってますか、ええ?」
 悔しさに身もだえる忍者たち。
「くうう、反論出来ん」
「あれが頭領じゃなければすぐにでも代わってもらってるのにい」
 しかしそんな混沌とした空間に、涼やかな声が響いた。
「わかりました、頭領」
 シノブである。
「わたしでよければ、つつしんで耳かきをさせて頂きます」
 神妙な顔で頭を下げる。
 これには当の音速丸も困惑気味。
「お、おう。よろしく」
「ところで耳かき棒は、どちらに……?」
「え? えーっとサスケ、どこだったっけ」
「あ、えっと。確かそこの戸棚の中です。と、取ってきます」
 耳かきが始まり、音速丸から檄が飛ぶ。
「ほらほら、もっと右そして左、上上下下左右左右BA!」
「はい頭領」
「優しく優しく、ときに大胆に! 蝶のように舞って蜂のように刺す、そしてムヒを塗る気持ちで」
「はい頭領」
 ちょっと離れた位置で見守る忍者たち。
「うわーシノブちゃんめっちゃ従順」
「あんな訳の分からない指示に素早く従えるとは」
「恥ずかしくないんですか、頭領! そんな良い子を利用して!」
「へーんだ恥ずかしい? そんな感情はとっくの昔に捨てたね、あ、そこもっと強めに」
「はい頭領!」
 心の底から満足そうな音速丸を見て、また忍者たちは頭を抱えて悔しがった。


 数日後。
「まったく、頭領にも困ったよなあ」
 放課後の教室で、忍者の一人が菓子を食べながら言った。
 別の忍者が相づちを打つ。
「ホントだよな。耳かきはまだいいとしても、ボディタッチやら着替えのぞきやら」
「シノブちゃんが可哀想だよ」
 そんな同級生の会話を聞きながら、サスケは拳を握りしめ、改めて義憤に燃えた。
「委員長の俺がなんとかしなきゃ。今度あのセクハライエローボールを見つけたら、思い切りどついてやらんと」
 すると教室の外から、なんだか白い玉が入ってきた。
 上に下に、右に左にふらふらと漂う。小さな風にも流されそうな、か弱いボール。
 風船か何かか? と思ったサスケは、そこに顔が付いているのを見て驚いた。
 音速丸である。真っ白に燃え尽きているようだ。
「どっ、どうしました頭領」
 サスケが音速丸の様子がおかしい事に気付き、声をかけた。
「うう……シノブがよお、シノブがよお……」
 なんと、はらはら涙を流し始める音速丸。
 他の忍者たちも集まってくる。
「なになに? どしたのー?」
「頭領が泣いてる!」
「シノブちゃんもさすがに怒っちゃったんじゃない?」
「やっぱりなあ、さすがにひどかったもの」
 だが、音速丸はこう言葉を継いだ。
「シノブのやつ、俺が何を言っても何をしてもよお、『はいわかりました!』とか『さすが頭領です!』しか言わねえんだもんよお。あいつ……あいつ……学校に来る途中でロボットにすり替わっちまったんじゃねえのか? くそう許せねえ、スカイネットの野郎めえ。地球は渡さねえー」
 おーいおいおい、と声を上げて泣き始める。
 小声で会議に入る忍者たち。
「なに? スカイネットって何?」
「ああ、そこは意味無いから省略していい。これ豆知識な」
「なるほど。頭領はもうちょっと嫌がって欲しいんだな」
「嫌がったらそれはそれで文句言うくせに……わがままなんだから」
 サスケが代表して音速丸に進言する。
「頭領。きっとシノブちゃんは『頭領は立派な人』という先入観が強すぎて、頭領の単なるセクハラが全部意味のある言動に見えてるんですよ」
 隣で別の忍者がスケッチブックを広げて見せる。
「シノブちゃんに頭領を描いてもらったらこうなりました」
 さらに別の忍者が首をひねる。
「太陽?」
「いや、たぶん頭領に後光が差してるんだろう」
 音速丸が頭を抱え、ぶるぶる震え出す。
「しかもしかも、最近寝るたんびに怖い夢を見るのよ。なんか踏んでるんだ、俺の足下で何かが潰れるんだよ。俺はいったい何を踏みにじってるんだ?」
 すかさずサスケが指を立てて言った。
「たぶんシノブちゃんの誠意とか良心では」
「ひー! それ以上聞きたかねええ」
 耳をふさぎ、音速丸は現実逃避を始めた。
 そのとき、ふすまが開いた。
 現われたのは当のシノブである。
「遅れましたー。……あれ、何かあったんですか?」
 ヘンテコな歌を歌い始める音速丸を見て、首を傾げる。
 音速丸を隠すように人垣を作る忍者たち。
「いや別になんでもないよ、シノブちゃん。何かご用?」
「あっ、はい。今日はこれから頭領と一緒にお風呂に入るお約束をしていたので」
 にっこり笑うシノブ。
 凍り付く忍者たち。
「シノブちゃん……それはその、水着着用で?」
「いいえ? もちろん裸です」
 忍者たちは音速丸の方を見た。
 気まずそうに目を逸らす音速丸。
 沈黙の数秒が過ぎた後、サスケが皆の意見を代表して言う。
「頭領……さすがに」
 音速丸がぴょんと宙に浮く。
「わかってるよ! 俺だってまさかオッケーだとは思わねえだろが、ほんのジョークだよジョーク!」
 険悪な空気が部屋を支配する。
 だがそんな空気の外に居るシノブは、笑顔のまま言った。
「ではでは、参りましょう頭領!」
「う、うわああああ!!」
 突然叫んだかと思うと、音速丸はシノブを突き飛ばし、外へ飛んで行ってしまった。
「と、頭領ー!?」
 音速丸を追うシノブ。
 ぽかーんと見守る忍者たち。
「あらら。どうしたの頭領」
「わずかに残った良心が耐えきれなかったみたいだな」
「難儀な生き方だなあ」


 忍者屋敷の廊下をふらふら飛びながら、音速丸がつぶやく。
「あーあ、ついに俺も焼きが回ったようだぜ。ナオンから逃げっちまうなんてよお」
 ぴた、と止まった。
 自分の両手を驚いた顔で見つめる。
「まさか、まさかこれが……デリカシー?」
 わなわなと震える両手。
「まずいぜまずいぜ、ついに俺の中の良心回路が目ざめちまったのかあ?」
 頭を抱え、空中をころころ転がり始めた。
「うわーそんなもん要らねえ、鋼のような俺の心にそんな甘っちょろいもんは不要だぜえ、誰かスイッチを切ってたもれー」
 だが何か物音がしたので、ころころをやめる。
 目の前に廊下の曲がり角があり、その先で誰かが話しているようだ。
 音速丸は壁にひっついて、そーっと向こうをのぞきこむ。
「わたし、自信無くなっちゃいました」
 シノブが居た。
 うなだれて肩を落とし、サスケと向かい合って立っている。
 サスケがシノブをなぐさめているようだ。
「だ、大丈夫だってば。だったら頭領に相談してみたら?」
「いえ、頭領にこんなご相談をするわけには」
「でも……シノブちゃんの進退に関わる問題だし」
「そう、なんですが」
 もっと良く聞こう、と音速丸はさらに身を乗り出す。
 が。
「あれー頭領? どうしたんです?」
 背後から別の忍者に声をかけられた。
「うわっと!」
 驚いた拍子に声が出てしまい、
「頭領!?」
 シノブとサスケに発見されてしまった。
 急いで体裁をつくろう音速丸。
「あ、いえね、食後のお散歩をしとったんだがね。何かあったのかな?」
 サスケが口を開く。
「実は……」
「な、なんでもありません!」
 シノブがさえぎった。
「失礼します」
 ぶんと頭を下げると、廊下を走ってどこかへ行ってしまった。
 唖然として見守る音速丸、そして忍者ふたり。


「はあ? 成績が悪くて悩んでるう?」
 教室にて、座布団に乗った音速丸が呆れた声を出した。
「そうなんです」
 サスケが神妙にうなずく。
「いや、シノブは小学校からずっと成績悪いだろ。今さら何言ってんだよ」
「ええまあ、そうみたいですが」
 肩を落とすサスケ。
「でも、どうやら頭領にも原因がありそうですよ」
「俺に?」
「この『い』組に来て、だいぶ指導方法が変わったじゃないですか。なんというか独創的というか、独裁的というか趣味の延長というか」
「まあ独自のセンスが光ってはいるわな、俺の」
 ほこらしげに背筋を伸ばす音速丸に、サスケは頭を押さえる。
「とにかく、『頭領の指導の意図が見えない』って悩んでるんですよ。『無いものは見えないんだよ』って教えてあげたんですが、聞いてくれないし」
「だったら俺に聞けばいいじゃん。親切丁寧に教えてあげるじゃん?」
「頭領に嫌われてるんじゃないか、って思ってるみたいですよ」
「なんでよ」
「この前逃げたでしょ? 突然」
「なるほどな。つまり俺には聞きづらい。さりとてお前らじゃ話にもならん、と」
 ぐっとこらえるサスケ。
「そうです、ね」
「ふうーむ」
 腕を組んで考え込む音速丸の横で、テレビが輝いていた。
 どうやら動物番組のようで、鷹が宙を舞っている。


 忍者屋敷近くの森。
 木にもたれかかり、うなだれるシノブが居た。
「わたし……やっぱり才能ないのかな」
 大きくため息をつく。
「ダーブラー!」
「ひい!?」
 突然わけのわからない台詞と共に、空から黄色く丸い物体が振ってきた。
「って、頭領。おどかさないでくださいー」
 しかし音速丸は指を振り、自信たっぷりにこう告げた。
「ちっちっち。俺はその頭領とか言うカッコいい人とは無関係の森の民。そう、忍鷹の音速丸様だ!」
「ええー!?」
 シノブは驚きつつも、懐疑的な視線を自称忍鷹に向ける。
「……鳥さん、ですか?」
「そう!」
 力強くうなずく音速丸。
「で、でも、頭領とおんなじお名前……」
「違う!」
 力強く首を振る音速丸。
 どこからかスケッチブックを取り出し、マジックペンで素早く文字を書き込んだ。
「頭領の名前はこう! 『音速丸』」
 うなずくシノブ。
「そして俺の名前はこう! 『On Socks Mail』。靴下の上に乗っかった手紙みたいに育つよう、パパとママが付けてくれた名前なんよ」
「文法的には疑問ですが、しかし確かな愛情を感じます!」
 スケッチブックを捨てると、音速丸はシノブに近寄る。
「頭領とか言う超絶ハンサムボーイとは無関係の俺だから、お前もフランクな態度で接してくれて構わんよ」
「わかりました」
「うーん、フランクさが足りんな」
「だって会ったばかりですし」
「そりゃそうか」
 納得する音速丸だが、すぐさまシノブの鼻に人差し指を突き立てた。
「ところでお前さあ、部下欲しくなあい?」
「え? なんですか突然」
「俺は忍鷹だって言ったろ、お前が気に入った。お前の部下になってやってもいいぜ」
 ニヒルに笑う音速丸。
「ほ、ホントに?」
 驚きつつ、シノブは嬉しそうだ。
「ああホントだとも。じゃ、契約成立な」
 指切りする二人。
「これからよろしくお願いします。音速丸さん」
「よしてくれよ、タメ口きいちゃってくれい。なんせお前の部下なんだからさ」
 どこから取り出したのか、葉巻を吸う。
「ごっほごほ。わかりまし……わかったわ、音速丸」
「よーし。ではまず、ちょっとこの葉巻を注意してくれんかね」
「え?」
「いいからいいから」
「あの……」
 しばらくためらってから、根負けしたシノブが言った。
「だ、ダメでしょ音速丸、鳥なのに葉巻なんか吸って。めっ」
「てへへ、ごめんなしゃーい」
 なんだか音速丸は嬉しそうである。


「……で、何を悩んでるんだシノブ」
「うん。わたしね、忍者の才能が無いのかな、って」
「どうしてそう思う」
 涙ぐむシノブ。
「だって、失敗ばかりだもの。頭領もサスケさんたちも、みんな良い人だからはっきりとは言わないけど、きっと忍者失格だって思ってるわ」
 音速丸はふよふよと漂っていき、シノブの目の前で止まる。
「シノブ。サスケは立派な忍者か?」
「ええ。普段はおとぼけだけど、本気になったらすごい忍術を使うの。わたしなんて全然敵わないくらい」
 うつむくシノブ。
「そうか」
 ひと呼吸置いて、音速丸は続ける。
「ではシノブよ、もうひとつ聞こう。サスケは始めから、忍術を使えたと思うか」
「えっ……?」
 シノブは驚き、顔を上げた。
「お前に足りないものは才能じゃあない。努力だ。血のにじむような不断の努力の積み重ねによってこそ、忍者は忍者たり得るのだ」
 真剣な表情の音速丸に、シノブはおずおずと反論する。
「でも、わたし、サスケさんが血のにじむような努力なんて」
「してないと思うか」
「ええ」
「そうか。ではあれを見さらせい!」
 音速丸がシノブの眼前から飛び退く。
 すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「サスケさんが……鉄下駄を!?」
 そう、サスケが鉄下駄を履き、神社へ続く石階段を走り登っていたのだ。
 軽やかな足取りは疲れを知らず、まるではばたく鳥のよう。長い距離でも速度が落ちる気配すら無い。
 等間隔に生えている木が手前にあるためちらちらと隠れてしまうが、しかしまぎれもなくサスケである。
「見たかシノブ」
 驚くシノブの横で、音速丸が言う。
「忍術が使えるから忍者、なのではない。忍術を使えるようになったから忍者なのだ」
 音速丸の横顔を見るシノブ。
「当然、全員が忍者になれるわけではない。しかし、あきらめたらそこまでだ」
「音速丸……」
「あてっ!?」
 そのとき、石階段から間抜けな声が聞こえた。
 二人はそちらを見る。
 どうやらサスケが転んだようだ。痛そうにひじを押さえている。
 おや?
 なんと、転んだサスケの前方にある木の陰から、もう一人のサスケが飛び出して階段を登り始めた。
「サスケさんが二人!?」
 驚くシノブ。
 走るもう一人のサスケ(サスケB)が、もうひとつ前方の木の陰に入る。
 が、後ろの転んだサスケ(サスケA)に気がついてまた出てきた。
 と思ったら、さらに同じ木の陰から別のサスケCが出てきて上へ走り始める。だがすぐに止まって、後ろのAとBの様子をうかがう。
「さ、三人!?」
 叫ぶシノブの横で、顔面蒼白になる音速丸。
 その間にも、木の陰からわらわらとサスケが沸いて出ていた。どうやら全ての木の陰にひとりずつ居たらしい。
「サイゾウこけてんじゃん! だっせえ!」
「ねー、俺もう出てもいいのー?」
「鼻緒が切れちゃったんだけどさ、お前の下駄貸してくんない?」
「いーよー。あ、でも俺のが無くなるわ。やっぱダメ」
 シノブは困惑した様子で、音速丸を突っついた。
「ねえ」
 びくんと震える音速丸。
「はい!? なにかにゃー!?」
「なんだか、サスケさんだけじゃないみたいなんだけど……」
「あ、そうだね。そうみたい。んーとね、ちょっと待って」
 数秒考えて、音速丸は声を張った。
「忍術鉄下駄リレーじゃあい!」
「鉄下駄リレー!?」
「そう! ああやってクラスの団結を高めておるのよ、そうだろ皆の衆!!」
 突然話しかけられた忍者たちは、びっくりしつつも声をそろえて答えた。
「そ、そうでーす!」
「ということなんだけども……」
 シノブをちらりと見やる音速丸。
 だが、シノブは無垢な瞳をキラキラと輝かせて言った。
「すごーい! 素晴らしい団結力だわ音速丸! てっきりひとりで走っているのかと思ったくらい完璧!」
 シノブに聞こえないよう、音速丸はホッと息を吐いた。
 そして、再び出来るだけ声を張って言う。
「よおし! これから特訓だ、ついてこれるかシノブ!」
「うん! シノブ頑張る!」
「では俺の事はコーチと呼べい!」
「はいコーチ!」
「まずはダーッシュ! それから一緒にお風呂だ!」
「はいコーチ!」
 サスケが驚いて言った。
「結局お風呂入るんじゃないですか!!」




「……と、いうことがあったんよ。うんうん」
 しみじみと話を終える音速丸。
 だが、カエデは忍者たちと別の話題で盛り上がっていた。
「へえー、絶対路面が濡れてるんだ!」
 感心するカエデ。目の前ではサスケが指を立ててウンチクを披露している。
「そうらしいですよ。昔はフィルムの性能が悪くて、夜のカーチェイスだと道路が見えないんですって」
 サスケを突き飛ばし、別の忍者が割り込んできた。
「あ、俺もネタありますよ!」
 さらに別の忍者も手を挙げながら滑り込んでくる。
「俺もー!」
 上から振ってくる者も居る。
「俺も俺も!」
「もー、順番順番。あはは」
 賑やかに楽しむ忍者たちとカエデ。
 ぶちっ。
 何かが切れた音がした。
 次の瞬間、忍者の顔面に黄色い何かが張り付いている。
「お前ら俺の話を聞けえええ! ほーらほらほら、次にやられたいヤツから前へ出ろ!」
 ぐりぐりと尻を押しつける音速丸。
「いーやーあああああ」
 悶絶する忍者と、素早く退避する他全員。
 廊下に通じるふすまを背景に、悪魔じみた顔で音速丸が笑う。
「さあーて、こうなりゃ覚悟せいよ、全員に俺の頭領たる由縁を思い知らせてやらあな。次はサスケ、お前だあ」
 青い顔(おそらく)で震えるサスケ。
「お待たせしましたー!」
 そのとき涼やかな声と共に、ふすまが開いた。シノブが戻ってきたらしい。
 と同時に、音速丸が巨大な手にむんずと掴まれた。
「あんれ? 嫌なよかー……」
 最後まで言い切る前に、音速丸は手によって教室の外へ放り投げられた。上空で日差しを反射する。
 シノブと一緒に来ていたミヤビが腕組みして言う。
「まったく。ちょっと離れた隙にこれなんだから。大丈夫? みんな」
「み、ミヤビちゃん……あなたは僕の救世主だ」
 サスケがミヤビの両手を掴んで、涙ながらに礼を言う。うろたえるミヤビ。
「いや別に、そこまでの事は」
「よーし! このチビッ子クライストを、みんなで胴上げだー!!」
「え、ちょ!?」
 他の忍者たちも集まってきて、戸惑うミヤビを胴上げし始めた。
 わーっしょい。わーっしょい。
 顔を赤くしながら宙を舞うミヤビを見て、カエデは思う。
 この子が頭領の方が良いんじゃないかなあ。
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Date:2014/05/15
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