明日から書く。

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□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

助手と大家、ある少女に出会う

 夕方のピカデリー・サーカスはものすごい混雑で、人や馬車でごった返していた。
 歩道はたくさんの通行人で埋まってしまったように見え、車道では馬鹿でかいオムニバス(乗員二十人程度の乗合馬車。バスの原型)に客が乗り降りしているかと思えば、ハンサムキャブ(タクシーのような二人乗り馬車)もそこら中で客を乗せて走っている。
 なにせ、ここで大通りが四本も交わっているのだから無理も無い。おまけに周りは劇場や商店だらけで、特に遊ぶ気の無い僕みたいな人間には、イヤガラセにも思えてくる。
「ねねね、ちょっと向こうに行ったところに、『コメディー劇場』があるのよ! いま何演ってるかだけでも、見てかない?」
 居た。遊ぶ気満々の人が居た。
 僕の服の裾をグイグイ引っ張りながら喜色満面の大家さんに、悪いとは思うけどちょっとだけ注意しておくことにする。
「あのですね、大家さん。僕たちがこうして噴水に座っているのは」
「『先生を待つためなんですから』って言うんでしょ?」
 ぐ、セリフを取らないでください。
「そうです。ですから」
「『ここでおとなしく待ってないとダメですよ』とか言うんでしょ?」
 だからセリフを取るのはやめてもらえますか。
「その通りです。もう、わかってるならおとなしく座っててください」
 大家さんは、ふうう、とワザとらしく大きなため息をつき、一言。
「退屈なオトコね」
「……いや、急に娼婦みたいな感じ出されても困るんですけど」
 僕がぼそっとつぶやくやいなや、大家さんがこっちに怖い顔を向けた。
 うわあ、ごめんなさいごめんなさい!
「ちょっと! 今なに娼婦って言った!? それどういう意味よ!」
「だ、だって今の『はあ、退屈なオトコ』は娼婦をイメージしたセリフとしか」
「違うわよ! 『恋愛経験が豊富な女』よ! 断じて娼婦じゃないわ!」
 当たらずも遠からずな気もしますよ、それ。
 おっと、辺りがザワザワし始めたぞ。若いカップルの痴話喧嘩に見えてるんだろうなあ。
「わ、わかりました、わかりました。じゃあコメディー劇場まで行きましょう」
「『わかりました』って、あんた本当はわかってな……え、なんで行くの?」
 突然の申し出に、怒っていた大家さんがぴたりと止まる。
「ええ、演目をチェックするだけなら、そんなに時間はかかりませんしね。せっかく来たんですから、多少は楽しむことにしましょうか」
「そ、そう。やけに物分かりが良くなったわね?」
 なるべく早くここを離れたいんですよ。うう、周りの人から集まる視線が痛い……。
 大家さんはコメディー劇場に行きたいのだから、きっとオペレッタ(喜歌劇)を観たいのだろう。なら、その演劇好きを利用させてもらうことにしようか。
 僕が先に噴水から立ち上がり、芝居がかった仕草で大家さんに右手を差し出す。
「おほん。それでは参りましょうか、ミス・リーヴィス?」
「え? ええ。ミスター……えー」
「ワットです」
「ミスター・ワット」
 大家さんが僕の手の上に手を乗せてきたので、その手を引いて立ち上がらせる。
 なんだかことさら周囲がざわめいた気がしたが、もうこうなればヤケだ。
 そのまま、僕と大家さんで並んでコメディー劇場に歩き出す。
 なんだか隣の大家さんが静かだ。
 いくらなんでも演技過剰で、呆れられちゃったかな?
「ねえ、あなたってひょっとして、いい家柄の出身だったりするの?」
 僕は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと、笑わないでよ! もう」
「ごめんなさい、ははは」
 僕たちは笑いながら、劇場に向かって歩き続けた。
 
 
「あの」
 コメディー劇場に向かう途中、劇場の看板から少し離れた路上で、かすれるような声に呼び止められた。
「あの、お花を買ってください」
 声の主は、バスケットを持った小さな女の子だった。
 孤児だろう。ボロボロの服を着て、長い黒髪が顔にかかっても気にする様子もなく、裸足で固い石の歩道に立ち、顔も汚れて……。
 僕は息を呑んだ。
 なんて顔色の悪い子だろう。顔にかかった髪のせいで半分見えないが、まるで死んでいるような、陶磁器のような白さだ。
「ねえ、きみ、大丈夫かい? だいぶ顔色が悪いけど」
「お花を買ってください」
 僕を見つめる、輝きの無い瞳。病気か何かだろうか? そういえば声もかすれていたし、栄養不足がひどいのかもしれない。
「ちょっと、助手さん」
「あ、はい?」
 大家さんに呼ばれ、我に返る。
「花売りがそんなに珍しいの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「相手にしてたらキリが無いわよ。早く演目を見ましょう」
「ええ。……ごめんね、それじゃ」
 女の子には悪いけど立ち去ろうとしたとき、その女の子がまた声をかけてきた。
「お二人は恋人同士ですか?」
 僕は立ち止まった。
「え、なんで、そう、思ったのかな」
 一応、一応聞いておこう。周りから同じように思われてるのかもしれないし。
「だって、あちらのご婦人が」
 遠くで腕を組んでいる大家さんを指差す。
「あんまりお綺麗だから、恋をなさっているのかと思ったんです」
「もーっ! お上手なんだからあ」
「うわ近ッ!」
 急に大家さんが隣に居たので、危うく腰を抜かすところでした。
「そんなに綺麗だった?」
「はい」
「お花おいくら?」
「一ペニーです」
「ひとつちょうだい。はい一ペニー」
「ありがとうございます、奥さま」
 ものすごく素早いやり取りが終わると、大家さんは花をひとつ持っていて、女の子は走ってどこかへ行ってしまっていた。ここではもう売れないと判断したのだろう。
「『奥さま』ですって! 孤児なのに、すごく教養のある子よね。ね、そう思わない?」
「え、ええ。話し方もていねいでしたよね」
 しかし僕は、やはり顔色の悪さが気になっていた。
 行き倒れなんかになってたら、気分悪いしなあ。
 
 
「あ、まったくどこに行ってたんだ、お前ら! ここで待ってろと言ったろう!」
 噴水に戻ると、先生が腰に両手(両前足)を当てて憤慨していた。
「すみません、先生。大家さんがコメディー劇場を見たいと言って聞かないもので」
「え、わたしのせい!?」
 驚いてますが、半分はあなたのせいだと思います。
「そんなもの俺が帰るのを待ってからでも……むう?」
 なんですか、先生。なんでこっちをジロジロ見るんですか。
「なんで腕組んでるんだ、お前ら」
「え」
「あら」
 僕たちは急いで腕を放した。そのまま咳払いなどして、無かったことにしようとする。
「……はっはーん?」
 先生がニタニタと下卑た笑いを口元に浮かべ始めた。
「そうかそうか、二人はそういう仲だったのか。まったく、いつの間に……」
 笑いながら、やれやれと首を振る先生。ちょっと待った、なんでそうなるんだ。
「いや、これはですね」
「いやいや、別に言い訳などしなくてもいいぞ。なにも悪いことではない。それどころか、とても素晴らしいことだ。人と人が互いに愛し合い、信じ合う……なんと美しい光景だろう。事務所の所長として、心からおめでとうを言わせてもらうぞ。うむうむ」
 うわ、ひとりで納得してしまっている。これはまずい。
「先生、違います」
「ふむ、違う? 何がだ? 大家は本気だけど、ワット君は遊びだとかそういうことか?」
「いやいや、そうじゃなくて」
「そんな! 遊びだったの!?」
 なぜかショックを受けた様子の大家さん。
「いや、何がですか! やめてください、話をややこしくするのは!」
 僕の一喝で、大家さんも正気に戻ったようだ。
「ごめんなさい、つい雰囲気に流されたわ。腕を組んでたのはね、その、花売りの女の子に『奥さま』なんて呼ばれたからつい、うれしくてね?」
「そうそう、舞い上がった大家さんが『せっかくだから夫婦のフリして歩かない?』と意味のわからない提案をされまして。で、今に至ります」
「『意味のわからない』って……まあ、今にして思えばね」
 僕は当時からそうでしたよ。言いませんが。
 先生がチェシャ猫みたいにニヤニヤ笑うのをやめて、ごほんと咳払いした。
「なるほど、どうやら早とちりしてしまったようだ。すまなかった」
「いえいえ、わかればいいんです」
「お互い真剣に付き合っているようだな。結構なことだ」
「先生は何を聞いていたんですか!」
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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