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□ 涼宮ハルヒの憂鬱VSドクター・フー □

電話

 空に浮かぶダーレクの戦艦、そしてそれに対峙するターディス。
 戦艦の威容に比べて、ターディスは点滅する青い光点にしか見えない。
 長門の放つ黄金の光でさえ、近くを流れる雲に反射してやっとわかる程度だ。
 あまりに小さく、淡く、儚い存在。
 だが、今はあれが文字通り人類の希望の光なのだ。
 頼むぞ、二人とも。
 と、そのとき、俺のジーパンがなにやら振動しているのに気づく。携帯か。
 まったく、長門が大変だってのに誰からだ。
 乱暴に取り上げて着信表示を見ると、
 なんと長門からだった。
「もしもし、長門か?」
『そう』
 間違いなく本人からだった。
「どうやって……いや、なんで電話してるんだ、いま?」
『直接基地局に電波を飛ばしている。今のところ、敵側の干渉はない』
 ああそうか、通信ラインを押さえてたヤツはさっき吹っ飛んだんだった。
『それと、電話した理由は』
 そこで、少し間を置いた。言葉を探しているようだ。
『……うまく言えない。あなたに見ていてほしい』
 思わず、言葉に詰まってしまう。
 そうか。
 そうだろうな。
 電話したくもなるよな。
 ちっぽけな青い電話ボックスに乗って、空に飛んで。
 凶悪で堅牢で、バカでかい戦艦と向き合って。
 人類やら地球やらの未来をいきなり背負わされて。
 空に一人で、誰も頼れなくて。
 俺は声がよく聞こえるように、携帯を耳に押し付けた。
「ああ、見ているぞ長門。目を離したりしない。だから早くやっつけて、帰ってこい!」
『わかった』
 言い終わるとすぐに、耳元で例の呪文の詠唱が始まる。
 何度かこのテープの早回しみたいなのは聞いているが、いつもよりさらに速度が増している気がする。加えて、それに焦りも混じっているような、気がする。
 本当のところは本人にしかわからないのだろうが、たぶん当たってるはずだ。
 おそらく三十秒ほど呪文は続いたが、突然、戦艦の外壁に線香みたいなオレンジ色の光点が二つ発生したかと思うと、ターディス目掛けて突進していった。
 なんだありゃ。
 ひょっとしてミサイルかとも思ったが、そんなもん実物を見たことなんて無いから判断のしようがない。
 耳元の呪文が止んだ。
 ターディスの青い光はギリギリでそれを避け、戦艦の外周を飛び始めた。
 オレンジの光点は恐るべき機動力で反転して追従し、追いつきそうになったところで。
 爆発した。
 そこに太陽が生まれ、戦艦と雲と地面を一瞬だけ昼のように明るく照らす。
 光が消えると、近くに雲が無くなったのがわかり、数秒後にようやく音波が到達した。爆音が身体に打ち付けられる。遠くの商店の窓ガラスがビリビリと共振した。
 青い光は……あった。吹き飛んでなかった。
「大丈夫か!」
『平気。ミサイルは無効化した』
 やっぱりミサイルだったのか。
 無効化してもこの爆音ってことは、もし直撃したら俺もどえらいことになってたな。
 何事もなかったかのように、またテープの早回しが始まった。
 そしてまた、ミサイルが飛んできた。
 
 
 何発も何発も、ひっきりなしに戦艦のそこら中でオレンジの光点が生まれては、青い光を目指して飛んでいった。まるで街灯にむらがる羽虫だ。
 オレンジの光点は青い光のそばに来ると、まぶしい光を放って消滅した。
 そのたびに、俺の鼓膜もえらい勢いで振動する。
 乱発する、やかましいフラッシュの群れを率いて、ターディスは夜空を疾走し続ける。
 その間も詠唱は続いていたが、ミサイルが直撃する瞬間だけぴたりと止む。
 つまり、ミサイルはなにも致命傷を狙っているわけじゃなく、長門の情報操作の発動を遅らせるための時間稼ぎだってことだ。
 実際、一分辺りで呪文を唱えていられる時間は確実に少なくなっていた。
 たぶん戦艦の準備が整い次第、地球総攻撃でも仕掛けるに違いない。
 まったくデカい割りに地道で狡猾な手段を使いやがる。
 首を痛めながら、悔しさに歯噛みしていると。
「おーい! キョーン!」
 駅のほうから、急に聞き慣れた声がした。
 谷口が能天気にも手を振りながら、駅の改札からこっちに走ってきている。
 よく見ると、国木田も後ろの方に小走りでくっついている。
 近くまで来ると、谷口が膝に手をついてぜえぜえと肩で息をし始めた。まったく、若いのにだらしねえな。
「なにやってるんだ、谷口」
「そ、そりゃこっちのセリフだ!」
 膝から手を離し、天を指差す。
「ありゃなんだ、え? キョン!」
「電車の乗客も皆、窓に釘付けだったよ。ソファーに膝立ち、まるで子供みたいにね」
 追いついた国木田が補足を加える。
 皆釘付け……そりゃどういうことだ。
 俺はてっきり、夜空のあの大騒動は住民には気づかれてないと思っていた。
 当然、長門やらドクターが情報を封鎖しているんだと。
 つまり、そのエネルギーすら惜しい状況らしい。
 ……相当まずいな。
「お前なにか知ってるのか! そうなんだな!」
 谷口が俺の肩をゆさぶり始めた。
 まあ、長サンドラのやつに比べりゃだいぶマシだったので、俺はゆっさゆっさしつつ、はてどうしようかと考えをめぐらせていた。
 そこで思い至った。
 もうこんだけ盛大にバレちまってる以上、別にごまかす必要も無いだろう。
 どうせ地球が壊滅するか、うまくいって住民の記憶を消すかだ。
 だったら、思い切り宣伝してやろうじゃないか。
 いま何が起きてるのかを。
「よーく聞け、谷口、国木田」
 ミサイルの爆発音に負けないよう、声を張り上げる。
 谷口が肩から手を離した。
 二人とも真剣そのものの表情で、俺の顔を覗き込む。
「いま、ウチの長門有希が、宇宙からの侵略者と闘ってるんだ!」
 次の瞬間、二人とも顔の筋肉から力が抜けきった。
 
 
「え、ナガトユキって、誰だ」
 谷口がようやく質問する気力を取り戻した。
「もちろん、SOS団の長門有希だ」
「ええっ、あの無口な長門さん? 本が好きな?」
 いま驚いたのは国木田。
 俺は無言でうなづく。
「いや待てよ、キョン。なんであの長門が宇宙人と闘うんだよ」
 まるでワケが分からない様子の谷口。
 困り果てた表情の国木田。
 そんな二人から目を離し、夜空を見上げる。
 携帯からの音に耳を澄ます。
 状況は良くなっていない。
「地球を守るためだ。人類を守るためだ。……俺たちを守るためだ」
 また目線を戻すと、二人は困惑しきった様子で、顔を見合わせている。
 まあ、俺もいきなり理解しろとまでは言わないさ。
「すまん、わからなくて当然だ。気にするな。誰かに伝えたかっただけだ」
 そこまで言ったとき、呪文が聞こえなくなった。
 夜空が静かになっている。
「おい、どうした長門! 聞こえるか!」
『キョン、まずいことになった』
 長門の代わりに聞こえた声は、ドクターだった。
『有希はだいぶ疲れてるから、電話を代わってもらった。かいつまんで言うと、ダーレク側の準備が整ったようだ』
「準備?」
 会話を続けるうちに、俺の後ろに人だかりが出来ているのがわかる。
 たぶん駅から降りてきた電車の乗客だろうな。
 なにかヒソヒソ言われてる気配もする。
 だがそれどころじゃない。
『地球を侵略する準備がさ。もうすぐダーレクの兵隊が飛び出してくるはずだ。それこそ一万のダーレク軍……地球もおしまい。やれやれまいったな。どうしたもんか』
 陽気に振舞っているが、ドクターの声にいつもの覇気が無い。
「どうにかならないんですか」
 ドクターのうなる声が聞こえる。疲労の色が濃い。
 答えが返ってくるまで、数秒の間があった。
『……そう、だな。ターディスの回路をオーバーヒート覚悟でぶん回して、それを有希の処理系と直列に接続して、なおかつ有希が死に物狂いで情報処理すれば、ダーレクが出てくるまでに……運がよければ間に合う、かもしれない』
 そうか、そこまで聞ければ考えるまでもない。
 その提案がほとんど成功する可能性の無いものだってことを、考慮に入れてもだ。
「じゃあ、そうしてください」
 一つしか方法が無いのなら、それを実行するしかないじゃないか?
 俺の返答に電話口が静かになった、が。
『ぷっ、ぷははははは!』
 すぐにドクターの心底愉快そうな笑い声が漏れた。
『やれやれ、きみも相当性格が悪いな。まさか即答とは、まったく他人事だと思って! よーし、いっちょやってみよう。ターディスの回路のリミッターを外す。すぐ終わるよ。今もかなり無理させてるから、どうなるかわからないけど』
 ごそごそと物音が聞こえ始めた。
 聞き入っていると、携帯を持っている右手が引っ張られた。
 谷口だった。


 なにすんだ、アホの谷口!
「携帯貸せ!」
「いやだね、今は大事な話をしてるとこだ!」
「いいから、貸せ!」
 俺は必死に抵抗したが、国木田や知らないオジサンまで参加し、数の暴力で持っていかれてしまった。深夜にしては思ったより乗客集まってたな。四十人くらい居そうだ。
 谷口が携帯をいじり始めた。
「おいてめえ、返せ!」
「落ち着けキョン!」
 国木田に羽交い絞めにされる。
「くそっ、返せ! 放せ! 俺は正常だ!」
「落ち着けって!」
『……ョン? キョン? 聞こえてるか? おーい?』
「放せ! 返……せ?」
 谷口が携帯を俺の鼻先に突きつけた。
 そこから大音量でドクターの声が放たれている。
「スピーカーモードっていうんだぜ。知らなかったのか?」
 開放された俺は、とりあえず携帯を持って立ち尽くした。
「まったく、また一人で話進めやがって。お前はいつもそうだ、キョン」
 谷口が続ける。
「なんだかよくわからねえが、今度は俺も混ぜろ。応援するくらいなら出来る」
「僕も混ぜてよ。うちの学校の女子が頑張ってるんだから」
 二人とも、どうも冗談でもからかっているんでもないらしい。
 後ろに立っている乗客連中も、それぞれの言葉で参加させてほしいと口にする。
 どういうことだ、誰一人笑っても困ってもいないって。
「まさか、信じてくれるのか? こんな安物の漫画みたいな、馬鹿な話を?」
「おいおい、信じるかって?」
 谷口が笑いながら天を指差した。
「あんなデカい証拠を空に浮かべといて、なに言ってやがんだ」
『あー、お話は終わった? もう始めたいんだけど』
 おっと、ドクターを忘れてた。
「あ、すみません。えーと、友達も一緒に応援したいって言うんで」
『そうかそうか、いい友達を持ったな、キョン! じゃあ有希に代わるから』
 数瞬、回路が切断し、もう一度つながるノイズが聞こえる。
『……もしもし』
 受話器から声が漏れると、谷口と国木田、それに乗客の皆が、俺の後ろにぎゅうぎゅうと集まる。
 長門の声だ。隠しようもなく、疲弊しきった弱々しい声。
 なんてこった、応援だって?
 俺はこいつに「頑張れ」なんて言える立場なのか。
 こいつはもう十分に、いや限界まで頑張り通してるじゃないか。
『もしもし』
 長門の不審そうな声。たぶん、俺の荒い息遣いだけが聞こえてるに違いない。
 なにか言ってやらなくちゃ。なにかを。
 そのとき、谷口が携帯に声をかけた。
「お前、長門か?」
『だれ』
「ああ、谷口だ。キョンのダチの。前に会ってるだろ」
『思い出した。その節はどうも』
「いえいえ、こちらこそどうも」
 おいおい、のんきに自己紹介してる場合か。いま地球が危ないんだぞ。
 俺(プラス四十名)の険悪な視線を感じたか、谷口は急いで本題に入った。
「おっと、急がねえと。なあ長門、頼む、もうちょっと頑張れないか」
『……かなり、厳しい』
 胸が苦しくなる。やっぱり、はっきり言われるとな。
 長門の言うところの「かなり厳しい」は、普通に言えば「もう限界」って意味だ。
 谷口がすう、と息を吸い込み、落ち着いた声で、ゆっくりと話し出した。
「悪いが、単刀直入に言わせてもらうぜ」
 俺や国木田や、皆が固唾を呑んで見守る。
「キョンはお前が好きだ」
 俺は呑んでいた固唾を噴き出した。
 
 
 はっ、は!? なに言っちゃってるのお前!?
「違うか、キョン!」
 谷口がこっちを振り向いて問いただす。
 いやその、好きか嫌いかで言えばもちろん好きさ。っていうかそうじゃなくて、なんで俺が長門を好きだとかそういう恋バナチックな話題になるんだ。
「好きだそうだ。愛してるそうだ。よかったな、長門」
 いやいや、待て待て谷口、捏造はよくないぞ!
『本当に?』
「ああ、本人はこう言ってるがな、俺レベルの眼力を持たずとも一目瞭然だ。慌てぶりでもうバラしてるようなもんだ」
 いや、なんていうかそうじゃないんだ。そう、長門は長門であって長門でしか……いやこれは原作で使ってるからやめにしよう、ってそういうことじゃなくてだな、誤解を招くような発言はどうかと思うわけだ俺は。
「だから、もうちょっと頑張ってくれ。人類のために……いや、キョンのために」
『……わかった』
 あれ? わかっちゃった!
 また携帯から、呪文の洪水が流れ始めた。
「交渉成立、っと」
 得意満面の笑みを俺に向ける谷口。よし、地球に平和が戻ったらまずコイツの顔面に拳を突き入れることにしよう。
「まあまあ、そう怒らないで、キョン」
 国木田が俺の震える肩に手を置いた。
「もしかしたら、谷口は地球を救ったのかもしれないよ」
「それはそうなんだが、俺の腹の虫が収まらないのとは別問題だ」
「今はもっと大事なことがあるよ」
 携帯を指差す。
「応援してあげないと。キョンの応援が一番効果あるみたいだしね」
 その「なにもかもわかってる」的な笑顔をやめろ国木田。
 あと後ろの皆さんも「若いっていいわねえ」って目をしないでください。
 まあ、でも。
 これが俺にしか出来ないことか。
「頑張れ、長門。頑張れ、頑張れ!」
 ひとりでに声が大きくなる。
「行けー! 長門! ぶちかませー!」
 これは谷口。
「長門さんファイト! 頑張れー!」
 これは国木田。
「頑張って!」
「長門さん行け!」
「ファイトファイトー!」
 そして、通勤客の皆さん。
 皆が声を張り上げて、応援し始めた。
 携帯からは長門の声が聞こえ続けた。
 
 
 しかし、無常にも時間というヤツは、特定の誰かのために待ってくれようとはしない。
 長門の呪文が突然途切れた。
「どうした、長門」
『ダーレクが……出てきた』
 なんだって?
 戦艦を見上げると、青白く光る、イナゴの群れのようなものが湧き出てきていた。
 あの粒ひとつひとつが、地球を乗っ取るほどの力を持っている。
 それが一万体。
 止められるわけない。
 間に合わなかった、ってことか。
「くそっ!」
 携帯を力いっぱい投げ捨てたいが、なんとかこらえる。
『予定、より……出現が……早い』
 長門の切れ切れの声。もはや喋ることすら苦痛なんだろう。
「いや、お前は精一杯やってくれた。それは俺がよく知ってる。頑張ったな」
 言いながら、夜空に拡散していくダーレクの群れを眺める。
 ちくしょう、いま戦艦ごと吹き飛ばしてしまえたら。
 もっと力が、俺にもう少しだけ力があれば。
『終わっ……た』
 力ない声。
「ああ、そうだな。人類の一万年あまりの歴史、あと俺らの十五年かそこらの人生が」
 今もどんどん、ダーレクどもは散らばり続けている。
『ちがう』
 力ない、だが確信に満ちた声。
「なんだって」
『攻性……プログラム……埋め込み、完了。無限不可能性、爆弾、作動……用意』
 言うなり、ターディスが戦艦から猛烈な速度で逃げ出し始めた。
 おいまさか、お前。
 勝ったのか?
『チェックメイト』
 戦艦が、その内部から湧き出した闇に飲み込まれた。
 音もなく、真っ黒なボールが空いっぱいに広がった。
 雲も、ダーレクの戦艦も、ダーレクの群れも全て飲み込んで。
 そして、一瞬でボールが縮んで消えた。
 あとには、ヘンテコな丸い穴が開いた雲、そして夜空だけが残った。
 ダーレクは跡形もなく消滅していた。


 俺たちは唖然としてそれを見守っていた。
 リアクションに困っていた。
 なんつーか、例えば戦艦が火を噴いて爆発するとか、夜空にダーレクの断末魔の悲鳴がこだまするとかすれば、ああ勝ったんだなと納得できるんだが。
 ノイズひとつたてずに、ひょいっと消えちまったしなあ。ホントに勝ったのか。
 無言で夜空を眺めていた俺たちは、やがて点滅しながら次第に大きくなる青い光点に気づいた。
 降下するターディスだ。無事だったか。
「おーい!」
「こっちこっちー!」
 我先に手を振る俺たち。とりあえずやることが見つかってよかった。
 それに、あの二人なら何がどうなったのか説明できるだろう。
 光点は次第に大きくなり、青いポリスボックスの形も見分けられるようになった。
 ポリスボックスはゆっくりと降下し、俺たちから数メートル離れた路上に、ズシンと音を立てて着地した。天井に乗った長門もはっきりと見える。
 それ目掛けて走り出す。一刻も早く無事を確かめたい。
 ポリスボックスにたどり着くか着かないかのところで、天井に立っていた長門がふらっと姿勢を崩し、落下した。
 あぶねえ!
 受け止めようと足を速める……が、段差かなにかにつまづいてコケてしまう。
 コンクリートの地面に派手に転び、ヒザとかヒジをしたたかに打ち、おまけに背中を上から重いもので思い切り打ちすえられた。息が止まる。
「……大丈夫?」
 頭上から声がする。上から落ちてきたのは長門だった。
「ああ、まあな。そのセリフは俺が言おうと思ってたんだがな」
 やれやれ、大事な場面に限ってうまくいかないもんだ。全身が痛い。
 情けなくも長門や、あと谷口とか国木田、乗客の皆さんに見守られながら起き上がる。
「待ってて」
 手をかざされた。
 すぐに、ヒジやヒザや背中の痛みがどこかに抜けていく。
「……治して、くれてるのか」
「そう」
 長門を見ると、寝起きでパジャマのままフルマラソンを走らされた後のような表情だ。
「俺なんかより、自分の治療を優先してくれ」
 痛みは完全に無くなった。
 長門は手を元に戻しながら、俺の目を見て言った。
「あなたは『なんか』ではない」
 おかしいな、夜にもかかわらず暑いんだが。それも顔だけ熱い。
「ヒューヒュー! アツいねおふたりさーん!」
 うっせえバカ谷口! 口笛やめろ!
 セリフが古いんだよ!
 あと、乗客の皆さんも「あー」とかため息を出すのやめてください。
 そんな騒ぎの中、ポリスボックスのドアが突然開き、ドクターが飛び出してきた。
 びっくりした谷口が急に静かになる。
「有希大丈夫か! ……ああ」
 まずいものを見てしまったような表情で立ち止まる。
 俺と長門がいったいなにをしてたっていうんだ。
「失礼、その、邪魔するつもりじゃなかった。どうぞ続けて」
 顔をそむけて、手で先を促す。
 いやいや、続けるもなにも、治療はさっき終わりましたよ。
「あーそうだ、ちょっとターディスに忘れ物をしてしまった。十分ほど探してくるよ」
 いや大丈夫ですから!
 そんなあからさまに気を遣われても困りますから!
 
 
 ターディスの周りには落ち着きを取り戻したドクター・だいぶ回復した長門・そして俺や谷口や国木田や乗客の皆さんが集まっていた。
 ごほん、と咳払いして、俺が切り出す。
「じゃ、なにが起こったのか説明してもらえますか」
 ドクターも同じく咳払いして、聴衆を一度見渡した。
「いいだろう。どこまでみんなが理解できるかわからないけど」
 俺たちは次の言葉を待って、ドクターを一心に見つめている。
「はじめに宇宙が創造された。これには多くの人が大変立腹したし、よけいなことをしてくれたというのがおおかたの意見だった……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 怪訝な顔で俺を見るドクター。
「いまなんの話をしてるんです?」
「なにって、いま何が起こったかの説明だよ。まずは背景の説明から入らないと」
 その説明は俺が死ぬまでに終わるんだろうな?
「いや、手短にお願いします」
 目が大きくなり、眉毛がひょいっと上に上がった。
「ごめん、おしゃべりなのが欠点でね。えー、まとめるとだな」
 アゴに手をやって、眉を寄せてちょっと考える。
「遠くからすげーヤバい宇宙人が来たんで、さっきやっつけたんだ。わかった?」
 わかりません。
 今度は短すぎだ。そんなムキになって略されても困る。
「わたしが説明する」
 見かねて、長門が口をはさんできた。
「頼む」
「多次元時空の間隙を超越して攻撃的ハイブリッド生命体が到来した。人類の存続を図るため、確率分布を反転する手法によってそれを消滅させた」
 言葉を切る長門。
 補足を待つ俺たち。
 だが、続ける様子がない。
 終わり?
 長門を見ると、ちょっと首をかしげられた。なるほど、もう説明は終わりってことか。
 俺たちはそろって頭をかかえた、もしくはおデコに手を当てた。
 ちょうどいい長さで、ほどよい難しさで説明できるヤツはここにいないのか!
 ドクターと長門は、なんでこいつらはわからないんだ、と顔を見合わせている。
「じゃあ、さっき戦艦が消えたのは、一体どういう攻撃の結果なんだ?」
 もう一番気になっている部分をピンポイントで聞くことにした。
 その他細部は知らん。
「無限不可能性爆弾を使用した」
「なんだそれは」
「確率分布を反転させる装置。つまり、起こりそうにない事象ほど起きやすくなる」
 また頭を抱えかけた俺に、ドクターが助け舟を出した。
「つまりこういうことだ。ダーレクの戦艦は普通に考えれば、あのまま何もなく浮かんでいた可能性が最も高い。頑丈な造りだから、突然爆発したり、事故が起きたりする可能性はかなり低い。そこで」
 いったん言葉を切った。
「その可能性を逆転させてやったのさ。そうすれば、起きそうにない出来事は反対にとても起きやすくなる……つまり普通には浮かんでいられない」
 なんとなくわかった。つまり事故が起きやすくなるわけか。
 具体的にどうやったのかは聞かないことにしよう。
「で、結果どうなったんです」
「ああ、拾っておいたよ」
 なにを、と聞く前にドクターはターディスの中にひっこんでいた。
 すぐに出てくる。
 手になにか持っている。
「あの爆弾はかなり高性能だったみたいだな。まさかこんなことになるとは」
 俺にそれを手渡してから、肩をすくめる。
「質量数千万トンの戦艦が、一冊の文庫本に変身か。確かにありそうにないな」
 俺はその本をじっと見つめた。
 二人の女の子が描いてある表紙のライトノベルだ。
「なんて本だ、キョン」
 谷口が本を覗き込む。
「えー、学校を出……」
「よし! 帰るか!」
 若干不自然なタイミングでドクターが言った。
「その本は家に帰って読むといい。さ、ターディスに入った入った」
 ドアを開けて、俺と長門を先に入れる。
 俺たちがドアの中に入ると、ドクターが群がる群衆に声をかけるのが聞こえた。
「さあ、爆発で目が悪くなってないか検査しよう。この光を見て」
 後ろでフラッシュのような光がひらめいた。
「さ、ここを離れようか」
 サングラスをしまいながら、ドクターは後ろ手にドアを閉めた。
 ドアの外が急に無言になったのが気になるが、まあいいか。
 ドクターがコンソールを操作すると、その中心から天井に伸びるガラスの柱が動いて、そして止まった。テレポート完了だ。
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Date:2014/05/15
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