明日から書く。

□ 涼宮ハルヒの憂鬱VSドクター・フー □

フラグとかいうレベルじゃない

 バックネットの裏には、青いポリスボックスが置かれていた。
 ポリスボックスってのはつまり、昔のイギリスでよく見られた交番みたいなもんらしい。大きさは電話ボックスぐらいで、木で出来ていて、横には飾りの電話もついている。
 これがターディスだ。
 どの時代の、宇宙のどこへでも自由に行くことが出来る超高性能タイムマシン。
 ホントか?
 半信半疑で、古ぼけた木製(に見える)ドアを押し開けてみる。
「やあ!」
 入り口から二十メートルは離れた位置から、ドクターが手を振っていた。
 ドラマの通りだ。中はメチャクチャ広い。
 外側は箱になっているが、中身は丸いホールだ。
 おそらく直径は五十メートルほどもあり、天井はお椀のように湾曲している。
 床と天井の間には、曲がった柱のような木の枝のようなものが、いくつも張り渡されていた。
 そして最も大事なのはホールの真ん中。
 制御コンソールだ。
 円盤状のコンソールは用途不明のレバーやらボールやらディスプレイやら雑多な装置で埋まり、そして中心からは薄く光るガラスの柱のようなものが天井に向かって伸びている。
 この柱の中身が上下動すると、ターディスがタイムトラベル出来るわけだ。
 で、ドクターが居たのはコンソールの横。ドラマでもおなじみの定位置だ。
 だが、その傍らにはなぜか冷蔵庫が置いてある。
 どこの家庭にもありそうな普通のタイプだ。あんなのドラマに出てたっけかな?
 俺が首をひねっていると、長サンドラはさっさとドクターのほうに歩いていた。
「やあカサンドラ! 来てくれるとは思わなかったよ」
 一度マシンガンを向けられているとは思えない、気さくな笑みを浮かべるドクター。
「わたしだって、来ないで済むならそうしたかったわよ」
 追いついた俺の横で腕を組む長サンドラが、吐き捨てるように言葉を返した。
「そうだろうな。まあ昔のことは置いておこう」
 さらっと言いのけやがる。
 長サンドラが何か言いかけたが、ドクターはすでにコンソールに注意を向けていた。
「さて、あいさつも済んだし、今の状況を説明しよう」
 コンソール付属のディスプレイをひねって、こっちに見えるようにする。
 そこには、パソコン室で見たのと同じ緑色の画面が動いていた。
「これって、スケイサス・パラダイム……?」
 長サンドラの口からつぶやきが漏れる。
「知ってるなら話は早い。これを解読して使えるようにするには、有希の情報処理能力が必要だ。僕だけではどうにも難しくて。タッチタイプも得意じゃないし」
 鼻の頭にシワをよせて、顔の前で指をぐちゃぐちゃ動かした。
 そりゃそうだろう。俺だって長門のマネなんかしたら、五秒フラットでけんしょう炎を起こす自信があるしな。
「と、いうわけで」
 長サンドラの両肩に、突然手を置いた。
 相手が身を固くするのにも構わず言葉を続ける。
「きみの身体が欲しい。いますぐに」
 顔が近い。ちょっと長サンドラに顔が近いですよドクター。
 それに、なんで二人とも黙って見つめあってるんだ。
 はっと我に返った長サンドラの右手が、ドクターの左ほほに伸びた。
 ぱあん!
 おっと強烈なビンタが入ったあ! どうですか解説のキョンさん!
 ええ、これは痛烈な当たりですね。しばらく女性不信になること間違いナシです。
「いったあ!? なにするんだ!」
「あなたこそ何をするつもりなのよ! 変態!」
 ほほを押さえ、涙目で俺を見てくるドクター。
 そこで俺は思い至った。
 ああ、カサンドラに説明してないや。
 
 
「なんだ、長門さんに身体を返せ、って意味だったのね」
 長サンドラは胸元の布をぎゅっと掴み、ほっとため息をついた。
「なんだと思ったんだ」
 ほほに氷の入った袋(ターディスには救急箱もあるらしい)を当てながら、ドクターが小さい声でぼやく。
 長サンドラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「そういうことなら……しかたない、か」
 すう、と息を吸い込む。
「わかった。返すわ」
 俺とドクターは、信じられない思いで顔を上げた。
 長サンドラが真剣なまなざしで見つめ返してくる。マジらしい。
「人死にが出たら寝覚めが悪いものね」
 いやいや、アンタすでにドラマで四・五人殺してるだろうに。なにをいまさら。
 しかしすでに目を閉じて何かの準備をしているので、口に出すチャンスはなかった。
 突然、長サンドラの口からピンク色の人魂が出てきたと思うと、ドクターの口に向かって飛び込んだ。
 ドクターはそれを飲み込んでしまう。
 と同時に、長サンドラの顔から表情が消えた。
 いや違うな。
 あれはもう「長サンドラ」じゃない。
「戻ってきたか、長門」
 長門はこくり、とうなづいた。
 よかった無事だ。脳がどうこうは無いみたいだ。
「あーらあ? やっぱり変な感じねえ~」
 なぜかドクターがクネクネした仕草で歩き始めた。
 パリコレモデルのパロディみたいに腰をふりふり、長門に近づく。
「身体貸してくれてどうもありがとうねえ」
「……いい」
 答える長門も若干面食らっている。
 なるほど、カサンドラはドクターに乗り移ったのか。
 にしても、ずっと両手を肩の横に上げているのには一体どんなメリットがあるんだ?
 長門へのあいさつが終わると、今度は俺をまじまじと見つめだした。
「あら、あなた縮んだあ? 違った、わたしが大きくなったのね! おほほほほ」
 右手の甲を口に当て、高笑い。
 あはははは。
 これは何が面白いんだ?
 と長門に聞こうとしたら、長門のほうが先に口を開いた。
「わたし一人では、作業は完遂できない。ドクターが必要」
 ドクターが、じゃなかったカサンドラがしぶい顔になる。
「なによお、身体返してっていうからそうしたのにい。じゃあどうすればいいワケ?」
 もー、と拳を小さくパタパタさせる。
 カサンドラってこんな喋り方じゃなかったよなあ。
 ん?
 なんだ、なんで二人とも俺を見るんだ?
 おい小声で相談すんなって。なんなんだって。
 俺も混ぜろって。
 近づこうとした瞬間、ドクターの口が開いてピンクの人魂が俺に飛びかかってきた。
 
 
 それを最後に、しばらく俺の記憶は途切れる。
 
 
 目が覚めると知らない天井があった。
 いや知ってた。ターディスの天井だ。
「おっ、起きたか!」
 まだぼやける視界に、ドクターの笑顔がひょこっと飛び出した。
 続いて、長門も。
 起き上がると、ずきっと後頭部が痛んだ。なにがあったんだ?
 頭を押さえながら立ち上がる。あてて、今度はちょっと腰が痛い。一体なんでだ。
「あー、俺どうしちゃったんですかね」
 腰に手を当てて聞いてみると、ドクターが突然顔をそらした。
 口元を手で押さえて、ぷるぷる震えている。
 どうしたんだ、吐きそうなのか? 乗り物酔いか?
 長門のほうに向き直ると、長門もあわてて顔をそらした。
 ドクターほどじゃないがちょっと震えているようにも見える。
 なぜか携帯電話を手に持っている。
 おいまて。
 ちょっと待てお前ら。
「……俺はどうなったんだ、長門」
「ユニークだった」
 だんだん記憶がはっきりしはじめた。
 ピンクの人魂を飲み込んだとたん、ドクターがくねくね歩き始めたこと。
 口調も性格も変わったこと。
 そんでもって、意識がなくなる直前に、今度は俺にその人魂が飛んできたこと。
「その携帯、やっぱカメラ付きだよな」
 顔をそむけながら、うなづく。肯定。
 あー、なるほどね。面白い写真が撮れたわけだ。
 よかったよかった。
 携帯貸しなさい!
「消去、っと」
「あ……」
 心底残念そうな顔すんな、長門。
 
 
「確かに勝手に写真を撮ったのは肖像権の侵害だ。でもなにも消さなくたって」
 ドクターが肩をすくめ、不平を垂れる。
「あとで有希にプリントアウトしてもらう約束までしてたのに」
 長門も遺憾の意を表明する。
「ターディスの壁に貼るという話になっていた。額縁に入れて」
 お前らは俺の生き恥を銀河系規模で宣伝するつもりだったのか。
 写真を見たが、見事に腰がくねっていたさ。
 暗く沈むターディス内部。言っとくが俺は一ミリも悪くないからな。
「そんなことより、スケイサス・パラダイムでしたっけ? あれはどうなったんです」
「ああ、あれね。もう解けた」
 こともなげな言葉に、俺は驚いてドクターを見た。
 と同時に身構えた。
 これじゃドクターに「さあ自慢話を始めてくれ」と言っちまったも同然じゃないか。
 しかし、予想していたような自慢げな表情はそこにはなかった。
「有希があと一歩のところまで行ってたから、予想よりずっと簡単だった」
 むしろ、ちょっと残念そうにさえ見える。小遣いをためて買ったプラモデルがあっさり完成しちまったって顔だ。
 長門がちょっと遠慮がちに口を開いた。
「わたしだけでは解読できなかった。解読に使用されたメタ言語マトリクスの規定因子を演算するためのパラメータを、わたしは持っていなかった」
 その言葉に、ドクターが笑顔になる。
「いや、たまたま覚えていただけさ。それを言えば有希のアプローチだって斬新だったよ。いったん複素関数形式で表現して、グロタンディーク宇宙でコリヴァギン=フラッハ法なんてね。実にエレガントだ、いいものを見せてもらった」
 なんか適当な言葉を組み合わせているだけにも聞こえるが、ようするに相方を褒めあっているらしい。
「まあそんなわけで、もういつでも校庭に時空間の裂け目を開くことができる。あとは敵の到着を待つばかりさ。あと大体三十分の予定だ」
 くつろいだ、得意そうな笑み。
 ならまあ、俺の写真を撮って遊んでる余裕もあったわけだ。
 もうこの件は不問に付そう。てか二度と思い出したくない。
 だが、もうひとつ気になることがある。
「そういえば、カサンドラはどこ行ったんです?」
「なに? ……ああ、彼女ね」
 ドクターの声のトーンが落ちた。
 自慢話が終わっちまって残念でならないらしい、まったく。
 
 
「ここに居るよ」
 漠然と、天井の辺りを指し示す。
「どこに?」
「そこらじゅうにさ」
 それっていよいよ成仏して、千の風になって俺達を見守ってるとかそういうことか。
『ちょっとドクター! 紹介が雑すぎるわよ!』
 突然、室内中にハイファイサウンドでドクターへのクレームが響いた。
 なんだなんだ、ヤツはどこに居るんだ。
「ターディスの心臓部に宿ってもらってる。ひとり分の意識を受け入れる余裕はある」
 マジかよ。なんでもありか。
『ハアイ、キョン!』
「ホントにカサンドラか?」
 おいおい、俺はどっちを向いて何を見て喋ればいいんだ。
『そうよー。って言ってもこれじゃ話し辛いか……えーと』
 声が途切れた。どうした、ご臨終か?
「これでどうかしら」
「うおっ」
 突然、俺の視界が長門の顔で埋められた。
 いや、この俺をあざ笑うような表情は、まさか。
「カサンドラ? どうやって?」
 宙に浮いていた長サンドラが、軽やかに着地する。
「ホログラムエミッターが見つかったから、借りちゃった」
 自分の身体を楽しげに眺める長サンドラ。くるっと回ってみせる。
 すげえな、ホントにそこに居るみたいだ。これが立体映像とはな。
「しかも、えいっ」
 どんっ。
 肩を小突かれた。長サンドラに。
「……それ、映像なんだよな?」
「フォースビームと磁気バブルをどうにかこうにかするのよ。原理は忘れたけど」
 どっかで聞いたような気もするが、まあいい。
 要するに、合成じゃなくて俳優がそのままそこに居て演技してるような感じか。
 にしても、マジで未来の宇宙船みたいな技術だよな。映像に触れるのか。
「なに? 触りたいの?」
 やべ、無意識に手が上がってた。
「いや、そういう意味じゃなくてな。純粋に学術的な興味でだな」
「へえー」
 だからそのニヤケ顔をやめろっての。
 うおっ?
 不意を付いて、長サンドラが俺の右手を両手で包んだ。
「どう? どんな感じ?」
「どうって……」
 手の圧力は感じるし、つるっとした肌があるのもわかる。
 でも温度が無い。体温が無い。
 固体の空気に触れているような感じ。
「不思議な、感じだ」
「そうよね……そうだと思うわ」
 なぜかほんの一瞬、悲しげな表情になる。
 ちくっと刺さる視線に気づけば、長門が俺たちをじっと見つめていた。
「お前も触りたいか?」
「いい」
 そう言ったきり、ぷいっと顔をそむける。
 なんなんだ。
「あ、そうだキョン! お取り込み中悪いんだけど」
 ドクターがコンソールから手を振る。
「ちょっとおつかいを頼まれてくれないかな? とても重要なおつかいなんだ」
「え、なんでこのタイミングで」
 今から外に出るとか、もうイヤな予感以外何も感じないんだが。
「大丈夫さ、まだダーレクの到着までは三十分ある。それまでにちょっと部室に行って、とーっても大事な、あるものを取ってきてほしいんだ。僕たちはとってもとーっても大事な用事で動けそうにないから」
「あるものってなんです」
 もったいつけないで教えろっての。
「お茶だよ! アツアツのお茶! あーもう、ここに来てから一杯も飲んでないんだ!」
 そーかよ。
 もがき苦しむ英国びいきの宇宙人を見ながら、俺はまたしても大きなため息をついた。
 だが今回ばかりは妥協しないぞ。なんつっても危険すぎる。
「お断りします」
「ええー、お願いだよキョン。ちょっとレールガンとか冷蔵庫とかを急いで組み立てないといけないんだよ」
 なおも駄々をこねるドクターに、俺はきっぱりと言ってやった。
「絶対に、イヤです!」
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Date:2014/05/14
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