明日から書く。

□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

猫探偵一行、犬を探し始める

 一時間後。僕たち三人は、当てもなくベイカーストリート近辺をさまよっていた。
 いや、先生には当てがあるのだが、僕たち人間には、何度説明されても目的地がハッキリとつかめないのだ。よって、どこに行くのかもよくわからずに歩いている。
 目的が無いものだから、通行人がこちらをジロジロ見ているのが余計気になってしまう。
 正直な話、視線が集まるのは仕方ない。なにせ、先頭は服を着た猫なのだ。
「なあ、ワット君。さっき、すれ違った子供が俺を見て『可愛い』とか言っていたんだが」
 服をちゃんと着ているか、触って確認する先生。
「山高帽にスーツにシャツにタイ。革靴にステッキ。どう見ても『かっこいい』よな?」
「ええ、かっこいいですよ、先生。子供にはわからないんですよ」
「そうだよな、ふむ」
 時折、横を馬車が通り過ぎる。乗っている客がバッチリ先生の方を見ているのがわかる。
「ねえねえ、どうでもいい話してるところ悪いんだけど」
「どういう断りかたですか、ていうか何であなたまで居るんです」
「今さら何よ、玄関出た時に言いなさいよー」
「言いたかっただけですよ……なんです」
「ちょっともう一回、あの手紙読んでくれない?」
「はあ。いいですけど」
 僕は懐から手紙を取り出し、歩きながら読んで聞かせる。
 
『トラヴァーズ殿へ。

 きみがロンドン王立協会を去ったとき以来会っていないが、元気でやっているだろうか。
 初めて出す手紙だというのに、ぶしつけな依頼になってしまうことをご容赦願いたい。
 
 半月前から、わたしはロンドンを離れ、イーストボーンで静養している。
 実はそのとき、わたしのペットのブルドッグをロンドンの知り合いに預けていたのだが、逃げてしまったらしい。警察にも届けたが、今も見つかっていない。
 わたしにとって、とても大事な犬だ。至急、探していただきたい。
 きみの頭脳と身体の特性を駆使すれば、難なく見つかるものと確信している。
 ブルドッグの写真を同封しておく。
 見つかった場合、すぐわたしに連絡して頂きたい。報酬はその際、お支払いする。
 それでは、よろしく頼む。
 
 敬具
 
 トマス・ヘンリー・ハクスリー』
 
「と、いうことです」
 おや、大家さんが頭を抱えてしまった。なんだろう、頭痛かな?
「二つほど、言わせていただきたいというか……突っ込みたい部分があるんだけど」
「なんでしょう」
「『ロンドン王立協会』って、超エリートの学者さんが集まるところよね?」
「はい。英国における科学者団体の頂点で、英国の科学の運営および行政にも大きな影響力を持っています。協会の会長も、アイザック・ニュートン等そうそうたる」
「知ってます!」
 ちょっと、いきなり大声出すから余計人の目が集まるじゃないですか。
「お、落ち着いてください。そうだ、ビスケット持ってますから、食べますか」
「おなかが空いてイライラしてるんじゃないわよ! 動物かわたしは。おほん、わたしが言いたいのは……この猫ちゃんが」
 一番前を歩いている先生を指差す。
「その元メンバーだ、って部分よ。多いにひっかかるわ」
「ちょっと待て大家。心外だな」
 先生が大家さんに向き、付けひげをいじる。あ、取れてしまった。また付け直す。
「この知的な顔立ちを見て、まだそんな世迷い言が言えるかな? ん?」
「いや、ていうかその前に猫だし!」
「もとは人間だったんだよ!」
 ああ、また視線が集まってしまった。
 叫んだ後しばらく荒い息をしていた先生が、落ち着きを取り戻す。
「……まったく、前に言わなかったか? 俺は科学者だったんだ、この姿になる前はな。俺が王立協会に居たころ、会長だったハクスリーさんにはずいぶんと目をかけて頂いた」
 ちょっとだけ、先生の目が遠いところを見ている。
 当時の思い出が蘇ってきたのだろう。
「俺は超自然現象の研究をしていてな、まあ他のヤツらは白い目で見ていたが」
「え、ちょっと待って」
 大家さんが慌てて先生の話を止める。
「超自然現象お? あなた本当に科学者だったの?」
 痛いところを突かれた、とばかりに、先生は一瞬黙ってしまった。
「いっ、いいじゃないかオカルトを研究したって! たとえ悪魔憑きとか幽霊騒ぎの原因を探るのでも、科学的な視点に立てば……おい! その哀れむような目をやめんか!」
「本当ですよ、大家さん」
 仕方ないので、僕が助け船を出すことにする。
「先生は本当に元人間で、元ロンドン王立協会の会員です。その頃の写真を見せてもらったこともありますし、王立協会に問い合わせたこともあります」
「……問い合わせって、あなたも疑ってたんじゃない」
 しまった、後半は要らなかったか。
「いや、その、出会った当初はさすがに……ねえ?」
 だって猫だったし、と先生を見る。
「見るな、そんな目で。おっと、ここで待っててくれ。犬の写真貸して」
「あ、はい」
 先生は写真を受け取るやいなや、路地裏に走って消えていった。
「え、どこに行ったの?」
「聞き込みですよ。猫のネットワークを駆使して、迷子の犬を探そうってわけです」
 
 
「よおフランク、久しぶりだな。いつ以来……ああそうなんだ、実は仕事でな。ちょっと力を貸してもらえるとありがたい。なに報酬? そうだな、明日ウチの前までくれば、適当に何か用意しよう。何って、ベーコンとかだよ。それならいいか? よし。実は、この写真の犬を……そうだが、なにか。なに? 冗談じゃない! 俺はただ依頼を……違うって!」
 あれ、なんだか聞き込みのハズがケンカに発展しているようだけど。
「ねえ、あれ止めなくていいの?」
「いえ、先生は大人ですから、ケンカまではしないはずです……ほら、帰ってきましたよ」
 先生は肩をいからせながら、足早にこっちに戻ってきた。
 写真を僕に突っ返す。
「まったく、分からず屋のフランクの野郎め」
「どうしたんです?」
「どうもこうも! 犬の犬に成り下がったのか、とかなんとか。あいつが大の犬嫌いだってことを忘れてた」
「犬の犬、ですか」
 なるほど弱肉強食の世界だから、自分を捕食しかねないようなヤツは嫌いにもなるだろう。
「猫なのにねえ」
 呆れてため息をつく大家さん。まあ、動物がしゃべると大体ややこしいことになる。
「よし! 次行くぞ。リージェント・ストリートのピカデリー・サーカス寄りに、事情通が居るそうだ」
「了解です、先生」
「ねー、ちょっとだけ休んでいかない? また一マイル以上も歩くんでしょ?」
 立ち止まって手で顔を扇ぐ大家さんに、僕たち二人(猫含む)はそろって肩をすくめた。
「なんならここで帰ってもいいんだぞ? 大家」
「そうですよ、これからストランドとフリート・ストリートを通ってセント・ポール大聖堂を通り過ぎて、ホワイトチャペルの辺りもちょっと見ていく予定なんですから」
「ええー、それって結構かかるんじゃない?」
「いえ、往復でも十マイルいかないと思いますよ。まあ結構遠いのは確かですけど」
「うえー。うーん、どうしよう……」
 大家さんは僕の言葉を聞いて、しばらく考えることにしたようだった。
「よし、今のうちに行くぞ」
「はい先生」
 考えているスキに僕たちが立ち去ってしまおうとしたとたん、ぱっと顔を上げる。
「わたしも行きます。あなた達がちゃんと仕事して、その写真の犬を探さないと、ウチにも家賃収入が入らないんですもの! さあ行くわよ!」
 僕たちは深くため息を吐いた。はあー。
 正直、文句は多いし歩くの遅いし、連れて行きたくないんだけどなあ。
 と、突然先頭を切っていた大家さんが立ち止まった。
「ちょっと待って、ホワイトチャペルって言った? それイーストエンドでしょ?」
「無論そうだが」
「ええー、そんな危ないところ行くのー?」
「だから帰ってもいいと言っているだろうがっ」
 怒ってステッキを振り回す先生。
 しばらくうんうんとうなった末、大家さんは再び歩き始めた。
「うん、やっぱり付いて行くわ。その写真を見る限り、持ち主は大富豪ですもの! 家賃の収入どころじゃない、多額の報酬が期待できるわ!」
「大富豪ねえ」
 僕は写真を見てみた。ブルドッグが写っている。
 だが特筆すべきは、その首輪にあった。
 馬鹿でかい宝石、おそらく水晶か何かが垂れ下がっていた。
「確かに、こんな何ポンドするのか検討もつかないようなでっかい水晶を、犬の首輪に付けちゃうくらいですもんねえ」
「どうも、そこが引っかかるんだよなあ」
 突然、先生が話に入ってきた。
「ハクスリーさんが犬を飼っていらっしゃったというのも初耳だが、ほとんど連絡を取っていなかったから仕方ない。しかし、そんなド派手な首輪を犬に付けさせるような人では……」
「でも、現に付けてるじゃないの」
 ふーむ、とアゴに手をやって先生は何事か考えていたが、やがて観念したように肩をすくめた。
「そうだな、まあ犬を探すのが先だ。よし行こう」
 こうして、僕たちは再び歩き出した。
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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