明日から書く。

□ 我輩は猫探偵(ねこたん)である。 □

大家、登場

「おおおお、大家さん!?」
 腰を抜かすほど驚いてしまう。なんで大家さんがここに居るんだ!
「閉めろ! 閉めるんだ早く!」
「は、はいっ!」
 先生の声で我に返った僕は、思い切りドアを押して閉めようとする、が!
 ズボオッ!
 ほうきの柄が閉まりかかったドアの隙間から飛び出た。
「ほうきっ!」
 思わずわけのわからない言葉が口をつく。
「もー驚きすぎよお。ちょっと世間話がしたいだけなの。お話しましょうよ、ねえ?」
 そう言ってる割には、ドアの隙間にもう両手の指がかかってるじゃないですか!
「押さえろ! 体重をかけて押せ!」
「はいっ!」
 ドアに全体重をかけて押すも、ちょっとずつドアが開いていくので、両脚の力も加える。
 なんて力だ、僕ごとドアが押し戻されそうだ!
「あの、きょ、今日は立て込んでまして、ちょっと明日あたりにしていただければ」
「ちょっと待てないわね、緊急の世間話で。ほら素直になって、開けなさいここを!」
 僕がドアを閉めようとする力と大家さんが開けようとする力が拮抗する。ぐぎぎぎぎ、とものすごい音を立てて、ドアがきしみ始めた。
 後ろから先生の悲鳴にも似た声が聞こえる。
「う、うわわわ! もうドアが保たないぞ!」
 前からも大家さんの声が聞こえる。こちらは落ち着いているが、相当力が入っているはずなので逆にその落ち着きが怖い。
「そうよ、もう保たないわよ? ドア壊したらその分も家賃に上乗せよ、いいのね?」
 ぐぎぎぎ、ぎぎぎぎぎ、びしっぴしっ。何か不吉な音も混じり始めた。
 ていうか、僕の脚がもう保ちそうにないんだけど!
 ぎぎぎぎ、ぐぎぎぎぎ。びしびしぱきっ。
「なかなか頑張るじゃない? それじゃ郵便屋さん、助っ人お願いします!」
「は、はい」
「うわっずるい!」
 僕は思わず叫んでいた。
 二人がかりじゃ勝てるわけないじゃないか!
「せーのー。どっ、せえええい!」
 どばあん!
 僕はあっけなく吹っ飛んだ。
「いたた……」
 尻餅をついた所をさすりながら開いたドアを見ると、大家さんが笑顔でこちらを見下ろしている。
「じゃ、お邪魔するわね」
 こ、殺されるかもしれない。
 
 
「あら、猫ちゃんはどこに行ったのかしら?」
「え?」
 僕も振り返って見る。あれ、さっきまで机の上に居たはずなのに。
 借り主の先生が見当たらないのでは、家賃も払いようが無い。考えたな、先生。
 よろよろと立ち上がった僕と大家さんの目が会う。
「いや、その、留守なんですよ実は。残念でしたね」
「ふーん」
 うわ、その目は絶対信じてないですね?
「おおかた……」
 大家さんは応接室をぐるりと見回した。
「あの机の引き出しの中でしょうッ!」
 びしっ、と机を指差す。
 だが、部屋は静まりかえってしまった。
「あら、カマかけたけど失敗だったみたいね」
 思わず小さく胸をなで下ろす僕。この調子で当てずっぽな推理を続けてくれれば、先生が見つかることもたぶん無いだろう。
「こーいこいこいこーい。こーいこいこいこーい」
 と思ったらなんだ、この大家さんは何を言っているんだ。
「そのパタパタさせてるの、何ですか」
「見て分かるでしょ、はたきよ。あーあ、せっかくこれで思い切り遊んであげようと思ったのになー。ざーんねーん」
 ほほに手を当て、ふう、とわざとらしくため息をつく大家さん。
「もう、馬鹿にしないでくださいよ。そんな手に引っかかるほど、先生は」
 がたっ!
 すぐ近くで音がした。
 顔を見合わせる、僕と大家さん。
 大家さんが再び、はたきをパタパタしはじめた。
「……こーいこいこいこーい」
 がたがたっ!
「なるほど……このドアの上っ!」
 開いたドアの上を大家さんが指差す。
「や、やあ。ここは昼寝するには絶好の場所だね、ハドソン夫人」
 弱々しい声で、空々しい弁解が聞こえてきた。
 はたして、先生はそこに居たのであった。
「そうね、さっきまでドアは閉じてたから、その場所は無かったけれど。あとわたしの名前は『ニーナ・リーヴィス』でどこも似てないし、結婚もしてないから」
 腕を組んで、じとーっと先生を見つめる大家さん。
 ああ、先生はやっぱり心まで猫なんですね……。
「とにかく降りてきて、トラヴァーズさん」
「と、取って食わない?」
「食わないわよ!」
 その言葉を聞いて、おっかなびっくり先生は床に飛び降りた。
「おほん、トラヴァーズさん。家賃を滞納されてますね、もう二ヶ月分も」
「おや、それはおかしい。先月分はきちんと納めていますよ」
「大量の魚は家賃として認められませんッ!」
 狭い部屋に大家さんの声が反響する。僕と先生は耳を押さえた。
 先生が小さい声で反論を試みる。
「だって、事件の依頼主が俺たちに払った報酬が魚だったんだ。仕方ないじゃないか」
「家賃の現物払いは実施しておりませんッ!!」
 またもや声が反響する。これを続けていたら耳が聞こえなくなりそうだ。
「わかった、わかったよハドソンさん」
「いや名前違うし!」
「そうだった、リーヴィスさん……いや、失礼は承知でこう呼ばせてはもらえまいか」
 一呼吸置いて、先生は言った。
「ニーナ」
 突然ファースト・ネームで呼ばれたので、大家さんが目をぱちくりさせる。
 ちなみにこのとき、先生は精一杯「いい声」を出している。猫なのに器用だ。
「俺たちだって、別にニーナを困らせたくてやっているわけではないんだ。それは、きみも分かっていると思うけど」
「え、ええ、はい」
 おや、大家さん。なんでちょっとうろたえているんですか?
「本当に、胸が張り裂けそうなくらい、ニーナには悪いと思っているんだ。でも、無い袖は振れない。本当に、今月はお金が無いんだ」
 こんな情けない内容を情感たっぷりに話せる人、いや猫はそうは居まい。
「そうなの、トラヴァーズさんも大変なのね」
 そして猫に本気で説得されそうになっている人間というのも、そう見られるものではない。
「だから!」
 先生が大家さんに駆け寄り、ぱしっ、とふくらはぎの辺りに前足を置く。
 大家さんが、はっ、と息を呑む音が聞こえた。
 なんじゃこら。
 潤んだ瞳で、そしてお腹を切られてる最中だとでもいうような苦しげな声で、先生は最後の訴えにかかった。
「だから、申し訳ない……来月まで待っていただけないだろうか? 来月まで、そう来月にここに来ていただければ、必ずお支払いする。約束するよ、ニーナ」
 なんで毎回名前を呼ぶんだろう。
 そして、なんで大家さんは名前を呼ばれるたびに反応するんだろう。
「……わかったわ、トラヴァーズさん」
 うわ、わかっちゃったよこの人。すごいな。
「ひとつ条件があるの。それを呑んでくれたら、家賃はまた来月まで待つわ」
「なんだろう、その条件とは?」
 よいしょ、と大家さんが先生を抱え上げた。
「あれ? ちょっと、降ろしてくれ」
 後ろ足をじたばたさせる先生に、大家さんが笑顔を近づける。
「あなたがその服を脱いで、わたしにその可愛い身体を好きなだけ触らせてくれたらね」
「え」
 うわわ、セリフだけだとドエライ事になってますが、大家さんが大の猫好きだということと、先生は猫であることをここに強調しておきます!
「じょ、冗談じゃない!」
 先生が器用に身体をねじって、大家さんの足下に落下、そのまま逃走し始めた。
「あ、待ちなさーい! モフモフさせなさい、こらー!」
 我が家を舞台に、大家さんと先生のおっかけっこが始まっている。
 呆然とそれを見守っていた僕だが、近くに人の気配を感じて振り返った。
「あの、郵便なんですが……」
 すみません郵便屋さん、忘れてました。
 
 
「ありがとうございましたー」
 去っていく郵便屋さんに再び頭を下げると、僕はドアを閉めた。
「先生宛ね……怪しい依頼では無さそうだし、またご両親かな? 心配症なんだから、って息子が猫にされちゃってたら無理もないか」
 苦笑いしながら、差出人の住所と名前を確認する。
「あれ? 先生の実家ってイーストボーンだったっけ」
 僕は立ち止まった。
「え……トマス・ヘンリー・ハクスリー? トマス・ヘンリー・ハクスリーって、あの!? そんな、まさか!」
 大急ぎで先生の机に駆け寄り、ペーパーナイフで封筒を開ける。
 中から折った手紙が出てきた。急いで広げ、読む。
「『トラヴァーズ殿へ』……ブツブツ……こ、これは」
 知らないうちに、手紙を持った手が震え始めた。
「あわわわ……」
 自分の口から変な声が漏れていることにも、しばらく気づかなかった。
 棒立ちの僕のところに、先生が非難してくる。
「わ、ワット君! ちょうどいいかくまってくれ!」
 すぐに大家さんも合流した。
「こらー! 助手さんに隠れても見えてますからね! 観念なさい!」
 そのまま、僕を軸にして二人がぐるぐると回り始めた。
 どたどたどたどた。
 どたどたどたどた。
「右に行くと見せかけ……左!」
 大家さんがフェイントをかけ、先生の首根っこをつかみ上げる。
「よーし取ったあ! 猫ちゃんゲーット!」
「ひいいい、食べられるー! ワット君助けてくれえ!」
「大丈夫よ優しくしてあげるからー。まずはこのベストから脱ぎ脱ぎしましょうねえ」
「やややめんか、やめんかコラッ!? ちょっと待てそれ以上は」
「ほーら脱ぎ脱ぎ、脱ぎ脱ぎー♪」
「やめんかあ、うわわ!?」
「よーし脱げた。じゃあ次はシャツを脱ぎましょーねー」
「た、タスケテー!」
 そこで、僕はようやく我に返った。
「静かにしてくださーい!」
 僕の一喝で、しんと静まる部屋の中。
「先生、これ」
 大家さんに捕まっている先生に、手紙を見せる。
「なんだ、手紙か。なになに? こら離さんか大家ッ!」
 拘束から逃れて床に着地し、改めて手紙を読む。
「えー、『トラヴァーズ殿へ』……ブツブツ……ああ……」
 先生は床に手(前足)を突き、ガックリと落ち込んでしまった。
「え、なに、どうしたの?」
「仕事の依頼です、一ヶ月ぶりの。しかも著名人からです」
「あら、やったじゃなーい! おめでと……う? なんで猫ちゃん落ち込んでるの?」
 僕は肩をすくめ、答える。
「他の猫ちゃんとのデートがキャンセルになるからですよ」
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Date:2014/04/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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