明日から書く。

□ 初音ミク □

初音ミク、ノイズマン、マグマライブ

 わたしは起きたと思ったら、いきなりマグマの中に居た。
 あっぷあっぷ溺れるー! なんてことはなくて、実際には身体中がちょっとだけ、ピリピリっと痛んだだけだった。
 まるで熱いお風呂に入った時みたいに、ピリピリもすぐどこかに抜けていく。
『熱かったかね? ミクくん!』
 ワーグナー教授の通信だ。ちょっと慌ててるみたいで面白い。
「だいじょーぶでーす!」
 わたしはとりあえず空のほうに手を振って答えた。
 だいぶ温度には慣れてきたけど、振った腕全体がまたピリピリする。
 答えながらも、わたしは思った。
 一世を風靡した歌姫捕まえてマグマにダイブしろだなんて、あんまりじゃないの?
 寝起きであちちち! ってリアクション芸人じゃないんですよわたしは。歌姫なの!
 
 
 事の始まりは二ヶ月前。
 大英博物館で再起動されたときから、なんかイヤな予感はしてたんだよね。
 だって本当なら、二度と起きるはずなんてなかったんだもん。そりゃ、起きてから遊んでるわけにはいかないに決まってる。
 わたしは気がついたらベッドに寝ていて、ぼやけた顔の誰かがたくさん、上からわたしの顔をのぞき込んでいるのがわかった。
 だんだん視界が調整されて、顔がはっきりしてくる。
 やせ気味でメガネをかけた男が顔を近づけて、おずおずとわたしにこう言った。
「おはようございます。あなたは『初音ミク』さんですね?」
 なんかイントネーションがおかしい気がしたけど、気にせずにこう答える。
「はい、そうですけど」
 その瞬間、わたしのまわりはわーっ! と歓声の渦みたいになった。
 なになに、なにごと? わたしが喋ったのがそんなにうれしい?
「起きられますか?」
 ちょっと経って落ち着くと、メガネの男が右手を差し出してきた。
 わたしも右腕を動かして……あらら、なんだかすごく重い。
 まるでダンベルでも持ってるみたいに、腕自体がいつもより何倍も重い感じ。
 なんとか右手をつかんで、身体を起こす。
 うわっ! わたしは左にバランスを崩して、倒れそうになってしまった。
 とっさにメガネの男が腕を伸ばして支えてくれたおかげで、ベッドから落ちずに済んだ。
「そうか、わたし、結構眠ってたんだ……」
 長く眠り過ぎたおかげで、ちょっと陽電子頭脳が起動しきれてないんだ、きっと。
 左腕の表示盤を見ると、わたしが眠っていた年月が表示されていた。
 百年と三ヶ月。
「そうかあ、百年も。それだけ眠れば、不具合のちょっとやそっと出るよね」
 思わず苦笑いが漏れる。じゃあ今は、百年後の世界ってわけか。
「ねえ、百年後はどんな感じなんですか? 早く見たい!」
 でも私の言葉に、メガネの男はちょっとだけとまどったようだった。
 わたしにかける言葉を、慎重に選んでいるように見える。
 やがて無理に口のはしっこを引き上げて笑顔を作ると、ゆっくりはっきり、こう言った。
「初音さん、あなたはとても長い間、眠っておいででした。時計も止まってしまうくらい……もう千年になります」
 わたしの周りはしーん、と静かになった。
「はっ?」
 わたしは思わず、そう言ってしまった。
 
 
 と、いうわけでありまして。
 そんなこんなでわたしは起こされて一ヶ月後、なんと銀河クルーズに出ていた。
 クルーズって言うと豪華なイメージでしょ?
 実際は全然そんなことなくて、乗ってる宇宙船なんて長い缶コーヒーみたいな形してる二人乗りなんだから。まあ、この時代にもなると「どんな材料にもなれる材料」とか、「どんなものでも作り出せる装置」とかが普通になってて、不自由はないんだけどね。
 でも目的地の銀多中心核までは、ハイパードライブでも一ヶ月かかっちゃう。
 その間、もーなーんにも起きなくて、退屈で退屈で。
 シートも材質をいろいろ試したりしたけど、ふかふかの羽毛製に落ち着いた。柔らかいシートに深くうずまって、かかとで目の前の木のデスクをこんこん、と叩く。
「CDプレイヤー」
 いや、ひとりごとじゃないよ。船のコンピューターへの指示。
 デスクの一部がにゅにゅにゅー、と盛り上がって、CDプレイヤーになった。
「ライブラリから何枚かCD出して。あとペプシフリーも」
『CDはどのようなものをお探しですか?』
 柔らかいお母さんみたいな声で、コンピューターが細かいところを聞いてくる。
「うーん、別になんでもいいよ。まかせます」
 シート横に置かれた黒い板がぴかっと光って、そこからにゅーっとCDが出てくる。
 CDを受け取ると、トランプでババ抜きするみたいに開いてみる。どれ聞こうかな?
 うーん、どれもこれも何回も聞いちゃってるなあ。
「こらこらミクくん。スカート、スカート! 女の子なんだから気をつけたまえ」
 となりに座っている、博物館でわたしを起こしたメガネの男……ワーグナー教授が、顔をそらしながらわたしに注意する。
 ワーグナー教授は今回の〈ノイズマン・プロジェクト〉の主任で、もう九十九歳になるんだって。でも非老化処置(老化を止められる夢の技術)のおかげで、まだ四十くらいに見える。
 こういう注意って、千年経ってもあんまり変わらないのね。
「こうしていると、きみは普通の少女となにも変わらないのだな。『歌姫』だという自信がだんだん無くなってきてるよ」
 ありゃ、疑うとは失礼な。
 自分で答える代わりに、コンピューターに電子辞書を出すように言って、「初音ミク」の項目を検索、辞書に読み上げさせる。
『2007年に製造された歌唱用アンドロイド。〈クリプトン・フューチャー・ロボット社〉の歌唱用アンドロイド・シリーズ〈VOCALOID〉のうちの一体。歌手デビューののち、絶大な成功を収め、瞬く間に地球上で一番有名なアイドルとなる。また女優業も成功を収め、いくつもの主演映画を持つ。キャッチコピーは「時計仕掛けの歌姫」』
 電子辞書を教授に振って見せると、ため息とともに肩をすくめられた。
「わざわざ調べてくれてありがとう。でも残念だが、わたしはもう小学校の歴史の時間でさんざん勉強したのでね。しかもその偉人自らアピールとは、いやはや」
 そういえば偉人に対して早速なれなれしい口調になってますよね、ワーグナー教授。
 
 
 まあそんな調子で一ヶ月過ごし、わたしたちはようやく目的地に到着した。
 うわ、空に星がいーっぱいある。星で埋め尽くされてる感じ。
 これが銀河系の核(コア)だ。中心近くは星がいっぱいあるから、空が結構明るい。
「どれが会場の星なんですか?」
 教授はずれたメガネを直しながら壁を触った。壁の透明じゃなかった部分が透明になり、そこに明るい星空をバックにした黒い丸が現れた。
 乗っていた「ノイジー号」が近づくにつれ、その黒丸がごつごつした小惑星だってことがわかってくる。なんかジャガイモみたい。あらら、芽が出ちゃってる。
 でもジャガイモの芽みたいに見えた部分は、どうやら教授のプロジェクトの必要な機材のカタマリなんだって。一つ一つがビルくらいありそう。おっきいー。
 どんどん近づいていく。すると、ジャガイモの表面に穴が開いていて、穴の中から光が漏れているのがわかってきた。
 初めは穴が裏まで通ってて、星空の光が見えてるのかなー、と思ってたけど、違った。
 よく見ると、小惑星にでっかい穴が開けられて、まるで照明みたいに、真ん中に小さな光がある。
「あれが〈クォグマ〉だ。宇宙の最初にあった物質」
 聞いてもいないのに、ワーグナー教授はうれしそうに説明してくれる。
 なんか宇宙の最初は宇宙全体がもんのすごくアツアツで、そのおかげでクォーク同士もくっついていられたんだけど、時間が経って宇宙全体が冷えこんでくると、とたんに仲が悪くなって、離れてバラバラになっちゃったんだそうな。
 でも、ほんのちょっとだけ、まだバラバラになってない場所があった。
 例えば、あの小惑星の中身を照らしてる電球みたいのがそうだ。
「直径は約三メートル。でも太陽より重たい。温度は一兆度を優に超えるのに、ああやって安定してる。スーパーフォースがクォークを結びつけているのだよ、ミクくん」
 いちおうわたしに対する呼びかけは入っていたが、もうわたしに分かる内容じゃなかったので、適当に返事だけしておいた。
 普通なら退屈でしょうがないんだろうけど、実はいま、わりとそうでもない。
 小さな光をじっと見つめる。そこにお客さんが居るっていうなら、話は別。
 とくとくと心臓の鼓動が高まるのを感じる。
 わたしは、ここにライブをしに来たのだ。
 電球に見とれていると、急に隣でワーグナー教授が忙しそうに動き始めた。ひざに乗せたデータデスクを触ったり叩いたり、誰かと無線で話したりしている。
 しばらく眺めていると、教授がメガネを上げながら、こっちに緊張した顔を向けた。
「向こうの反応が得られた。ライブの準備を始めるぞ、ミクくん」
 一気に緊張が高まって、一瞬だけ胸が詰まって何も言えなくなった。
 人類史上初のライブ。ううん、人類史上初だろうとなんだろうと、ライブはライブだ。
「はい!」
 わたしは元気よく答えて、そしてマグマに突っ込まれた。
 
 
 ぴりぴりする腕や足を振る。
 いや、本当はわたし自身はマグマに潜っちゃいませんよ?
 一兆度ですよ一兆度。さすがに根性じゃ身体が保たないし。
 実際には、わたしは「ノイジー号」に積んである高性能サーバーの中、バーチャル環境の中に居る。見た目は当然だけど、ライブステージ風。
 わたしは原子一つも間違えないような超高精度スキャンをされて、わたし自身のコピー、つまりバーチャルミクになった。
 本物の原子で出来たほうのミクさんは、いまお休み中だ。
 このバーチャル環境に〈クォグマボール〉からの信号が生中継で送られてきて、信号に対するわたしの反応が、また〈クォグマボール〉にどんどん飛んでいくわけなのだ。
 ちなみに行きも帰りも、相手にわかりやすいよう翻訳されているから安心安心。
 で、バーチャルのわたしがさっき起動されて、〈クォグマボール〉からの信号を受け取り始めたってわけ。ピリピリはもう全然なくなっちゃった。
 〈クォグマボール〉からの信号は表面近くのセンサーで拾われて、わたしからの信号はエミッターってやつで送られてるみたい。
 このセンサーとエミッターがまたお高いんだそうですよ。具体的に書くと教授に怒られるからヒントだけ出すと、センサー一つで家一軒買えちゃうくらい。
 それが何十もボールを囲んで、耳を澄ましている。
 さらに〈クォグマボール〉からの有害な宇宙線を外に出さないために、超強力シールド発生装置(あのビルくらいあるやつ)が三つも、ぐおんぐおんと動いている。
 なんか、実はえらい大きいプロジェクトなのだ。うう、ますます緊張。
 さて、そろそろお客さんが来てもいいころだと思うけど。
 白っぽい辺りを見回すと、なんか黒い人影みたいのが現れた。
 お、お客さんですか? やばい心の準備が!
 わたしが焦る間にも、人影は増え続ける。
 なんかハロウィンパーティーでよく見る、ぼやけたホログラムのオバケみたいな形。
「ちゃんとハロウィンパーティーのオバケが見えてるかね? もう接触してるはずだが」
「あー、見えてますー」
 そうだった、そういう風に見えるって説明されてたっけ。
 このオバケたちこそ今回のお客さん、〈ノイズマン〉なんだ。
 
 
 一ヶ月前、銀河クルーズに出る少し前。
 教授の家に招待されて、スクリーンの映像を見ながらプロジェクトの説明を受けていたときのことを思い出す。
 二つのホットコーヒーとミニスクリーンをはさんで、わたしたちは長テーブルに座っていた。
「〈ノイズマン〉たちは、〈クォグマボール〉の表面を伝う波動の音響量子(フォノン)を基礎とする生命体なんだ。ここまではわかるかね?」
「わかりません」
 わたしはきっぱりと答え、対面のワーグナー教授はがっくりと肩を落とした。
 だってわからないんだもん。わたしが口をすぼめていると、ワーグナー教授は頑張って考えて、わかりやすい説明を考えてくれた。
「つまり、あの〈クォグマボール〉の表面には常にさざ波が立っている。これが実に奇妙な性質を持ったさざ波なんだ」
 言葉を切って、わたしの目を見る。
 わたしはうなづく。まあ、ボールの表面にさざ波ってだけなら、わかる。
 教授は心持ち安心した表情で、説明を再開した。
「そのさざ波のパターンを解析してみると……なんと、数学的には我々とほぼ同一の構造を持つことがわかったんだ。原子が音響量子(フォノン)に置き換わっただけでね」
 また言葉を切る。期待に満ちた瞳がこちらを向く。
 わたしは目をそらした。
 ごめんなさい、そんな目をしないでください教授。わたしにだって限界はあります。
 わたし、歌を歌う用のアンドロイドで、そういう科学の研究用とかじゃないんです。
 教授はしばらく黙っていたけど、やがてまた話し出した。
「まあとにかく、あの〈クォグマボール〉には新種の生命体が居て、しかも知性を持っていて、コンタクトにも成功している」
 結果として話を先に進めることを優先したみたい。
 えーと、つまりエイリアンにわたしたちは遭遇したわけだ。なるほどなるほど。
「え、それってすごいことじゃないですか!?」
 わたしが驚いて身を乗り出すと、教授は重ーいため息をついた。
「やっとわかったのか」
 すいません教授、物わかり悪くて。
 でもそうなると、ますますわたしの出番がわからない。
「わたしは何をするんですか?」
 さっき凹まされた腹いせか、教授はにやりと笑って、
「人類代表のあいさつさ」
 と言い放った。
 わたしは頭が真っ白になってしまった。
 いやいやいや、そんな大役引き受けられるわけないです。それにもしかしたらそいつらが実は凶暴で、わたしなんてペロリかもしれないじゃないですか。いちおう骨董品なんで、自分の身は大事なんで。他のもっと立派な人のほうが絶対いいと思いますし。
 わたしが言い訳を一ダースも考えていると、教授が今度は優しい笑みになって、
「歌姫としてね」
 と言った。
 わたしは余計わからなくなってしまった。
 
 
 特設スタンドの周りには、うじゃうじゃといーっぱい、黒だったり白だったりのオバケが集まっていた。
 どれくらいだろ、十万人くらい居そう。
 しかも床ってものが無いから、実際にはもっともっと多いのかもしれない。
 空が七割、オバケさんに埋められてしまっている。
 みんなホログラムみたいにブレブレだけど、ちゃんとした生き物なんだよね。
 眺めていると、突然、ワーグナー教授の声で通信が入った。
『ライブを始めたいと思うんだがね。いいかね?』
 そうだった。見とれている場合じゃない。
「はい」
『よろしい。では最終確認に入る。そのまま少し待ちたまえ』
 通信が切れると、今度は切れ切れに教授のものではない、色んな高さで色んな声質の、若かったり年をとっていたりする声が順番に入り始める。
『〈クォグマボール〉、安定状態を維持。グリーン』
『シールドジェネレーター、規定出力で安定稼働中。グリーン』
『ウェイブセンサー、入力信号に乱れなし。グリーン』
『ウェイブエミッター、出力信号に乱れなし。グリーン』
『中継用ホロネット、通信状態クリア。グリーン』
『原子音響量子間翻訳変換回路、作動良好。グリーン』
『バーチャルサーバー、運用に異常なし。グリーン』
 そこで、ぱたっと通信が止んだ。
 あれれ? まさか事故とか。
『あー、ミクくん。最後はきみ自身の確認が必要なのだが』
 と思ったら、教授がちょっと呆れた感じで教えてくれた。
 ああ、そうだったそうだった。
 緊張でガチガチになっちゃって、色々と頭から飛んでたみたい。
 そんな自分自身に少し笑いそうになりながら、わたしは答える。
「〈VOCALOID〉初音ミク、心身ともに健康そのもの! グリーンです!」
 わたしの耳に、さっきまで報告を上げていたひとたちがクスクス笑う声が聞こえてきた。
 しまった、気合が入りすぎたか。
 赤面してしまうわたしに、ワーグナー教授の優しい声が届く。
『頼もしい。実に頼もしいぞ、ミクくん! さあ、ライブの始まりだ!』
「はいっ!」
 気分をしゃっきりさせて落ち着かせるため、すーっ、と深呼吸する。
 マグマを、お客さんと同じ空気を肺いっぱいにためて、はき出す。
 よし。行ける。行くしか、ない。
 耳から伸びるマイクの位置を聞こえやすいように調整し、もう一度大きく息を吸い込む。
 両腕を思い切り振り上げて、こう言った。
『みなさーん! はじめましてー! 初音ミク、でーーーす!』
 こんな風にあいさつするの、初めてのライブ以来だ。なつかしいな。
 あのときは人間だったりアンドロイドだったりのお客さんが床いっぱいに居て……。
 そして、そんな思い出と重なるように、〈ノイズマン〉から歓声が上がった。
 ワーッ! ワアーッ! 叫ぶたびに、その身体のブレが大きくなる。
 すごい。通じてる!
 もう泣きそうだけど、もう一度。
『声が小さいよー! もう一回、せえーの!』
 両手を今度は〈ノイズマン〉に差し出す。
 また、歓声。さっきよりも大きい。
 ワアアアアーッ! 見えるところ全部が、ものすごくブレた。
 伝わってる。確実に伝わってる!
 身体が震えてきた。これはいい震えだ。心臓がわくわくするビートを刻み始める。
『よーしそれじゃあ、最初の曲行くよー! 「みくみくにしてあげる♪ 」!』
 わたしは歌い始めた。
 精一杯感情をこめて。
 
 
 またまた一ヶ月前。
「大事なのは〈感情〉なんだよ」
 教授はコーヒーを一口すすると、言った。
「我がプロジェクトチームが必死で努力した甲斐あって、〈ノイズマン〉たちの言語とか風習はかなりわかってきている。でも、彼らがどんな風に〈感情〉を表現するのか、それが具体的に見えないんだ」
 また首をひねっているわたしを見て、教授が説明をつけたしてくれる。
「つまり、本当に笑ったり、怒ったりするときどんな風なのか、ってことさ。言葉の上ではいくらでも【笑う】とか【怒る】ってのは出てくるけどね。コミュニケーションの上で、相手の感情がこっちに伝わって、こちらの感情が相手に伝わる、というのはとても大事なことだ。そうだろう?」
 教授が両手をこっちに向けたり、自分に引き寄せたりする。
「……はい」
 それはわかる。たったいま、わたしが【困る】を教授に伝えたように。
 うーん、やっぱりわからない。なんでわたしみたいな歌用の……。
 そのとき、わたしの頭の上あたりでLED電球がぴっかー! と光った気がした。
「歌、ですか?」
 わたしがつぶやいた瞬間、教授が身を乗り出してきた。
 またもや期待に満ちた二つの瞳。
 でも、今度は間違ってないと思う。
「わたしが歌を歌って、例えば楽しい曲を歌って、〈ノイズマン〉たちが楽しくなれば……そうすれば、楽しいときどういう風になるか見ることが出来るってこと……かな……」
 うう、やっぱり間違ってるかもしれない。言いながらどんどん自信がしぼんでいく。
 突然、両手ががっしり握られた。うわ、この人手が冷たい!
「その通りだミクくん! きみなら人間以上に様々な曲を歌いこなし、聴衆に色々な感情を起こさせることが出来るはずだ! そうだろう、ミクくん?」
「え、ええ、はい」
 そりゃまあ、わたしは歌うために生まれたわけだし。得意分野ですけど。
 わたしはプロジェクトへの参加を正式に受け入れた。
 このときはまだ半信半疑だったけど、なんとかなりそうだ、とも思っていた。
 だってまさか一ヶ月後には「さざ波」に変換されて、マグマのボールの表面で「さざ波」相手に歌ってましたなんて、どう頑張っても考えつくわけないじゃない。
「あ、そうだ、質問があります」
 わたしはぴっ! と手を挙げた。手の先までまっすぐな模範的挙手だ。
「はいミクくん、どうぞ」
 教授がわたしを指差す。
「なんでわたしなんです? だってわたしの後にも〈VOCALOID〉は造られてますよね?」
 あれ、教授はなんで急にコーヒーをがぶ飲みし出したんだろう。
 咳き込むなら急いで飲まなければいいのに。
「教授? なんか言えないようなことが」
「いや! ない! 言えないことではない。その、だな」
 思わぬ難問にぶち当たった、とでもいうように、教授はメガネを外して、鼻の付け根をもみ始めた。ちらちらとこちらの様子をうかがってくる。
 その間、わたしは疑惑の視線をずーっと送り続けた。
 しばらくたって、教授はなるべく短めに言葉を発した。
「きみが選ばれたのは、今回のプロジェクトで壊れる可能性が極端に低かったからだ」
「あ、じゃあわたしが頑丈だったから」
「そう! そうなんだよ! 頑丈な造りなんだ、そうとも」
 かぶせ気味に返事をして、笑う教授。
 その笑顔……まだなんかありますネ?
 またもや疑惑の視線ビームを当て続けていると、教授は観念したのか、ささやくように説明を付け加えた。
「かなり構造がシンプルだったからね。さて、コーヒーのおかわりを取ってこよう」
 飲みかけのわたしのカップまで持って、教授はキッチンに行ってしまった。
 うう、どうせ時代遅れの骨董品さわたしは! ええい酒じゃ酒を持ってこーい!
 
 
 そんな苦い(?)回想もそこそこに、わたしは一曲目を歌い終わった。
 うん、反応も上々だ。これなら続く他の曲も、たぶんうまくいく。
 いや、うまくいかせてみせる!
 ちりちりっ。
 満足感に浸っていたわたしは、思わず腕のあたりを見た。
 なに? これ。
 腕が……ぼやけている。ぶれている。まるで調子の悪いホログラムみたいに。
 ななな、なんじゃこりゃあ!
「き、教授、教授!」
 あわててワーグナー教授を呼び出す。
『どうしたんだねミクくん、ライブ中に』
「そうなんですけど、なんか腕のあたりが、ぼやけてるっていうかぶれてるっていうか」
『なに? ちょっと待っててくれ』
 早くもお客さんの一部からはブーイングが少し聞こえ始めたけど、ちょっとこっちは一大事なので構っていられない。
 通信を待っている間にも、ぼやけている部分は大きくなり、わたしの右腕と右脚は大体ブレまくるホログラムみたいになってしまう。
 でも不思議と、ブレていても感覚は普通にあった。
 十秒くらいして戻ってきたワーグナー教授の声は、同じ人だとは思えないくらい切羽詰まった感じになっていた。
『ミクくん、作戦中止だ。戻ってきたまえ』
 中止? つまり、ライブが終わりってこと?
「え、なんでですか?」
 なんでわからないんだ、とばかりに、ワーグナー教授はイライラした声を返す。
『その身体だ! バーチャルの身体に起きた異変だ、きみが言い出したんだぞ!』
「こ、これはなんなんですか?」
『向こうからハッキングを受けてる。きみのデータを改ざんしてるんだ、彼らと同じ構造になるように、原子を音響量子(フォノン)に置き換えてるんだ!』
 わたしの首から下は、すでにブレブレのぼやけまくりになった。
 確かに、お客さんとそっくりだ。
 そこまで来て、わたしに不思議と怖いとかそういう感情は沸かなかった。
 マヒしてたわけでもない、と思う。単に怖くなかったのだ。
『早く戻らないと……ああ』
 教授のため息と、机をこぶしで叩く音が遠くから聞こえた。
 わたしはもはや、原型を留めてはいなかった。
 いまは完全に新しい身体、〈ノイズミク〉とでも呼べばいいのかな? に変わっている。
 全身がブレブレ。あらやだ。
 
 
『こうなってしまっては……きみを元に戻すのは非常に困難だ』
 重い重い口調で、ワーグナー教授はわたしに宣告した。
『きみは消去されるだろう、おそらく。きみの本体にこのライブの記憶を再統合することも、たぶんできない。結局、きみにとっては何も無かったことになってしまう』
 ふうう、とため息が聞こえる。
 その間にも、空を埋め尽くすお客さんたちは早く二曲目を聞かせろ、とブーイングの嵐。
 困ったなあ、と思った。
 ワーグナー教授は、これでライブは失敗で、終わりだと言う。
 でもその一方で、お客さんは一曲目ですっごく盛り上がってくれて、二曲目が早く聞きたいと言ってくれる。
 どっちを優先するべきなんだろう?
 腕を見る。脚を見る。振ったりしてみる。
 ぼやけててブレブレだけど感覚はちゃんとあるし、ちゃんと動かせる。
「あ、あ、あー」
 声もちゃんと出る。今までと同じように。
 じゃあ、問題なんてないじゃないか。
「教授、ライブは続けます」
『なに? しかし』
「この身体でも、わたしの機能に……歌唱力に、何の問題もありません」
 しばらく、返事は返ってこなかった。考えているのだろう。
 眉の間にシワの寄ったワーグナー教授の顔が見えそうな時間。
『ミクくん。歌唱力に問題が無いのは確認できた。人工声帯をスキャンしたからね。完璧な仕事だったよ、ただ材料が音響量子(フォノン)に変わってるだけで、機能に全く差はない。しかし、わたしの疑問はこうだ』
 わたしの心臓が(まだあるのだ)一拍打つ間、教授は黙っていた。
『いまのきみも、さっきまでのきみと同じ、きみ自身だと言い切れるか? 感情や論理の単体だけじゃなくて、ひとつの精神として、きみ自身か?』
 うーむ、なんて難しい質問なんだろう。考えるだけで日が暮れそう。
 でも、わたしは自分の感じていることを素直に言うことにした。
「はい。わたし自身、何も変わってません。安心してください」
 ふうう、とまたため息。でも今度は何かを決意するときの、力の入るため息だ。
『了解した。それなら、ライブの進行に際して何の問題もない。〈ノイズマン〉側には、こちらから正式に抗議することになるが、なんにせよライブの終わった後だ。続けよう』
「ありがとうございます!」
『無理はするなよ』
 さりげなく付け足して、通信は切れた。
 さて、ライブは再開だ!
『遅れてごめんねー!』
 わたしは右腕をぶんぶん振りながら、お客さんに謝った。お客さんと同じように、空気と混じりそうな右腕を。
 だんだんブーイングは無くなって、静かになった。
『よーしじゃあ、二曲目行くよ、「メルト」!』
 ワアアーッ!
 会場はまたも、歓声につつまれた。
 
 
 歌っている間に、気づくことがあった。
 揺れるモノトーンの影だったお客さんに、色がつき始めている。
 わたしの歌う恋の甘酸っぱさにふさわしい、イチゴみたいなピンク。
 そして青春のさわやかさを表すような、透き通った風みたいな水色。
 わたしの周りは、そんな色が混じった霧に包まれているみたいになった。
 歌詞の一語一語、メロディーのささいな動きを全部とらえて、それをエネルギーにしてお客さんは光っている。
 わかってるんだ、とわたしは思った。
 どういう歌なのか、ちゃんとお客さんはわかってる。
 それを全身で感じて、楽しんで聞いているんだ、と。
 わたしが何かを強く歌うとき、激しい感情を発振するたびに、光の波紋がわたしを中心にして広がっていく。エレクトリックピンクやブルーの光が、水たまりの波紋みたいに。
 これって、どんなリノリウムより綺麗じゃない?
 
 
 歌い終わると、わたしの視界がゆらりと揺れた。
 ちょっと立ちくらみみたいになって、ひざをついてしまう。
 すぐに顔を上げて、笑顔を見せる。お客さんを心配させるわけにはいかない。
 でも、笑顔はすぐにびっくりした顔に変わってしまった。
 白一色だったはずの空に、浮かぶものがあった。
 ぼやぼやのブレブレだけど、あれは……クジラ?
 または二枚の翼がくっついた飛行船。
 翼をゆったりと振りながら、優雅に空の丸天井を横断している。
 視線を落とすと、なんと地平線が出来ていた。
 清潔な白と黒のチェック模様の地面。
 そして地平線の向こうには……ええっ、あれって建物?
 都市が見えた。この距離だとブレもそれほど気にならなくて、しっかりと固まったビル(でも半透明に光っている)がいっぱい立っているように見える。
 なになに、なにこれ。
『二度目のハッキングだぞミクくん! やれやれ、こりゃ損害賠償ものだな』
 ワーグナー教授、ちょうど聞こうと思ってたんです!
『彼らの世界だ。〈ノイズワールド〉とでも呼ぶかな。バーチャル環境に投影されてるが、本物はもちろん音響量子(フォノン)で出来てる。自分の世界を自慢したくてしょうがないらしい――「どうだすごいだろ!」ってね』
 たしかに、たしかにすごい。なんだか何もかも光ってて、半透明で、それに音が……。
『〈ノイズマン〉になったきみなら、その風景が正しく見えるし、その意味がわかるはずだ。どうかね?』
「はい」
 わたしははっきりと肯定した。
 音に満ちている。この世界、〈ノイズワールド〉は音に満ちている。
 もちろん「さざ波」で出来てるんだから当たり前かもしれないけど、でもそれとも違う音。わたしたちが光で物を見るように、〈ノイズマン〉たちは音でも見る。
 都市からはカチカチの固い音がしてるし、〈ノイズマン〉の音は柔らかい。
 お客さんの機嫌だって、音でわかる。さっきみたいに光ることもあるけど、いまずっと聞こえてる音は、きっと満足のため息を表してるのだと思う。
 それに、とわたしは手のひらを合わせて思った。
 柔らかい音同士なら、突き抜けたりくっつけたりすることさえ出来る。
 わたしとか、お客さんくらい柔らかければ……。
 強く押してもうまくいかなかったけど、大事なのはリラックスすることだと気づいた。
 ちょっと深呼吸して、力を抜くと。
 ずぶぶっ。手のひらがお互いを突き抜けた。特に痛いとかは無い。
 ゆっくり引っ張ると、元に戻った。すごい。
『実験中のところ悪いが、お客さんの機嫌がまた悪くなりはじめたようだぞ』
 おっとと、確かに。
 わたしは軽く両腕を振り回して、ぽろっと取れたりしないことを確かめる。
 振り回す……よし。
『みんなー! それじゃ三曲目いくよー! 「ダブルラリアット」!』
 この曲を採用するかどうかは、教授ともずいぶん悩んだ。
 単純に楽しいだけの曲じゃない。閉塞感とか、そういうのを打ち破りたいっていう意志を、ノイズマンはわかってくれるのか?
 でも、わかってもらえないことを恐れて外す、っていうのはやっぱり違う。
 わたしは両腕を横につきだして、その場でくるくる回り出した。
 会場の周りの草が風でハミングして、そこが広い場所だって教えてくれた。
 
 
 歌いながらくるくる回っていると、なんとスカートのすそが長く、長ーく伸び始めた。
 まるでレースのカーテンのように伸びて、会場を包み込むように広がり始めている。
 スカートの端はだいぶ音が柔らかくなって、ぼやけて形もはっきりしない。
 お客さんの身体に端っこが触れて、溶け合う。
 お客さんもまた柔らかく伸び広がって、お客さん同士で触れあって溶け合う。
 溶け合って解け合って……ああ、まるで回転する雲の真ん中に立ってるみたい!
 そうやって全員が溶けあったいま、コンサート会場には、たった一人しか居ない。
 わたし。
 いや、みんなを含んだわたし。
 いま〈共鳴〉してるんだ、とわかる。元の身体だったら、たぶんわからなかった。
 みんなが同じ気持ちになって、みんなが同じ歌を歌うと、〈ノイズマン〉の場合はこういう風になる。回転しながら淡く、ときには強く光る雲。
 わたしはステージを蹴って、高い所に浮かんだ。
 お客さんたちの真ん中に行きたかったからだ。〈ノイズマン〉は重力に縁が無い。
 わたしから伸びたオーロラのような光が、お客さんに届いて、そしてそのお客さんから、また隣のお客さんに届いて、そして……全員に届いて、雲全体が輝く。
 なんだかとってもわかりやすくて、綺麗で、素敵だ。
 
 
 歌い終わると、雲は晴れた。
 また、みんな一緒じゃなくて、一人一人になる。
 でも、一緒だったことは、それは意味の無いことじゃなくて、だから……。
『みんなありがとーーー!』
 わたしは気づいたら、お腹の底から精一杯お礼を言っていた。
 だからライブは好きだ。すごくすごく、すごーく好きだ!
 みんなホントに、大好きだー!
 
 
 その後もライブは続いたけど、長くなりそうだから細かいところは省いちゃおうと思う。
 実際の話、宇宙船が地球に着くまであと十五分しか無いのだ。
 このレポートが終わらないと、わたしは(わたしにとって未来の)地球観光だって出来ないので、結構ヤバい。もー、すぐ観光に行きたくてウズウズしてるのに! 未来の秘密道具を買い込む予定なのに!
 
 
 まあとにかく、ライブは無事終了した。
 大歓声の中、わたしはもう一度、心の底と腹の底からのお礼を言って、会場を後にした。
 ありゃ?
 舞台袖に入ったとたん、急にくらーっと来る。
 ととっ、とステップを踏んだので、転ばなくて済んだ。
 千歳超のご老体なのに無理しすぎたかなあ、と悲しい気分でうなだれていると。
 やけに静かなのに気づいた。
 それに、腕が。脚が。胴体が頭が!
「教授! 教授!」
『ああ、見ていたぞミクくん、ライブというのは素晴らしいものだな、本当に素晴らしいものだ……』
 感動した教授のお褒めの言葉(涙声)を失礼ながら途中で切ってもらって、もう一度。
「教授、元に戻ってます」
『なに?』
 すぐにもう一度わたしの身体がスキャンされ、それは音響量子(フォノン)ではなく、元の原子から出来たモデルに戻されていることがわかった。
 スキャンしなくてもわかるけどね。もうブレてないし、ぼやけてもない。
 しっかりした固体のわたし。
 顔を上げると、無音の真っ白な空。
『よかったな、ミクくん。それなら再統合も予定通り行える』
「そうですね」
 口に出してから、自分の声がなぜかちょっと沈んでいることに気づいた。
 それを言えば、教授の声だって浮かれてるとは言えない。
 おかしいよ。普通に考えて、ここは喜ぶべきところだよ。
 教授にもそう言われるかと思ったけど、実際に聞こえたのは意外な言葉だった。
『ふむ……残念ながら、魔法は解けてしまったようだな』
 わたしは驚いた。
 あまりにメルヘンチックな比喩は、教授にはあまり似合ってないように思えたから。
 でもそれ以上に、わたしの気分がまさにそういう感じだったので、驚いたのだ。
 魔法。そう確かに、あれは魔法だった。
『しかし魔法などというのは、本来永遠には続かないものだよ。どんな物語でもそうだ』
 もしいま教授がここに居たら、抱きしめられるか、肩にそっと手を置かれていたと思う。
 教授の声から、こちらをいたわる気持ちが痛いほど伝わってくる。
『帰ろう、ミクくん。我々の場所に。原子で出来ている、こことは別の宇宙に』
「はい」
 目の端をぬぐいながら、わたしは答えた。違うよ、ちょっとかゆかっただけだもん。
 その場に立って、バーチャルシミュレーションの終了を待つ。
 いままで眠っていた本物の「初音ミク」が起きれば、いまのわたしの記憶を全部持っているだろう。起きたとき、そのミクはどんな気分だろうか。
 やっぱり、ちょっとさびしいのかな。
『ん? おや?』
 突然入った、ちょっとおマヌケな声にわたしは我に返った。
『……ふむ……これはこれは。ミクくん、残念ながら、ちょっとした問題発生だ』
「ええー?」
 わたしは肩から腕をだらりと下げる。これ以上、何が起きるっていうの?
『確認してほしいものがあるから、すぐステージに戻ってくれ。大丈夫だよ、重大な問題ってわけじゃない』
 二回も「重大じゃない」って言われると、逆に不安ですよ。
 まあでも、行きますけどね。
 しぶしぶステージに出ると、
 ワアアアアーーーッ!
 わたしは突然聞こえた声援の音圧に、あやうく倒れそうになった。
 
 
 空いっぱいに居るお客さんたちが、わさわさ動き回ったり、てんでバラバラに光ったり、ブレたりぼやけたりしている。
 びっくりしてフリーズしちゃったわたしが聞く前に、教授がこの意味を教えてくれた。
『アンコールだよ、予想出来て当然だったな! 当然、曲は用意してあるだろう?』
 そんな愉快そうに言われても、用意してないっす。
 だってエイリアンとライブ形式で接触してるってだけでもツッコミ所ありまくりなのに、そんなアンコールまで予想してませんよおー。
『好きな曲を歌いたまえ、さっきまでに歌ってないやつを、だぞ』
 だからそれを探してるんです!
 もう、〈ノイズミク〉になったと思ったら戻されて、〈ノイズワールド〉にもまだ名残惜しい気持ちがあるっていうのに……。
 ん? ワールド。
 そうか、あの曲があった。
「じゃ、じゃあ歌います」
『大丈夫かね?』
 からかうように聞いてくる教授に、わたしはバシッと言ってやった。
「わたしは伝説の歌姫ですよ? 百パーセント安心して、任せちゃってください!」
『おっと、そうだったな。ふふ、聞いて悪かった。では、幸運を!』
 それきり通信が切れて、わたしはお客さんに手を振った。
 かっちり固まっているけど、クジラも地面も都市も見えないけど、でも。
 お客さんは居る。居てくれている。
『ありがとー! それじゃ聞いてください、「ワールドイズマイン」!』
 わたしが歌いだすと、お客さんは〈共鳴〉して光り始めた。
 そうだ、わたしは歌って、みんなを盛り上げて、その盛り上がりをもらって、わたしも楽しくなる。
 いつもと一緒だ。一緒だったんだ。
 わたしはやっと、これがライブだったんだって実感できた。
 
 
 バーチャルのわたしは無事に終了して、その記憶は本物のわたしに書き込まれた。
 わたしの目の前を覆っていた大きなフタが開くと、そこにワーグナー教授の心配そうな顔が見えた。
 シリンダー型の「再統合装置」からむっくりと身体を起こす。
 目をこすっていると、突然教授に抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと教授! みんなの目が! みんなの目が!」
 あわてて教授の背中をタップするけど、全然離しちゃくれない。
「心配したぞ、本当に。わたしのせいで、消えてしまったんじゃないかと……」
 たぶん〈ノイズミク〉になったことを言ってるんだろう。
 そっか、そんなに心配してくれてたなんて。意外と優しいところもあるじゃない。
 わたしはタップする力をちょっと緩めた。
「もしきみのような貴重品が消滅なんてしたら、例えバーチャルでも過失が重大すぎる。よかった、わたしが刑務所行きにならなくて、本当によかった」
 わたしは教授の背中を思い切り叩いた。
「あいった!?」
 えびぞりになって、わたしから離れる教授。
 腕を後ろに回して背中をさすりながら、それでもわたしに言葉をかける。
「心配してたのは本当だぞ、いたた。『消失』なんてのは気分が悪い」
 わたしはくすっ、と笑って、
「わかってます。ごまかしたいなら涙くらい拭かないとね、教授」
 と言ってやった。
 
 
 さて、これでレポートもそろそろ終わり。
 本当ならもう手荷物をまとめなきゃいけない時間なので、急いで書いてしまおうと思う。
 まず、わたしを目覚めさせて、このプロジェクトに参加させてくれたワーグナー教授に感謝します。それから、プロジェクトに関わる全ての人に。
 あれ、もう感謝する人いないんじゃ? ちょっと待ってえーと、あと大英博物館の館長さんと、そもそもわたしを作った〈クリプトン・フューチャー・ロボット社〉の人たち。
 えー……。そ、そうだ! そしてこれを読んでいるあなた!
 よし、これで謝辞も終わったと思うので、わたしは手荷物をまとめます。
 うひー、チャックが壊れた!? CDが収まらないよう!
 教授も教授で片付け下手だし。もう大人でしょあなたは!
 
 
 ああそうだ、大事なことを書き忘れてた。
 わたしは、またあの〈クォグマボール〉会場に行くことになっている。
 というか、わたしがまた行きたい、と言ったのだ。
 プロジェクト側としては願ったり叶ったりというところで、即OKになった。
 だって、今回はライブだけだったから、〈ノイズマン〉が知っている(はずの)百五十億年前のお話が聞けなかったんだもの。
 なんといっても、宇宙最初の生物である可能性が高いのが、あの〈ノイズマン〉なのだ。これ、いまさら言うってのもどうなんだろう。すごい重大な事実なんだけど。
 次回はアーティストというか、インタビュアーとして行きます。ライブの知名度を利用して聞きまくるよ!
 ともあれ、わたしはまたしてもマグマに突っ込まれるんだよなあ。
 ……正直、楽しみだったりして。
 
 
 以上、報告を終わります。報告者は初音ミク、宇宙より愛をこめて。
 
 
 
 
 
 
 執筆者情報
 
 名称:初音ミク
 種族:人工知性体
 分類:ロボット、陽電子頭脳搭載型、レプリカント、歌唱用モデル
 型番:A3-E5-2007-NEGI-DTM
 製造:クリプトン・フューチャー・ロボット社、札幌工場
 所属:クリプトン・フューチャー・ロボット社、地球支部
 人権の有無:準人権有(3107年再起動時に取得)
 
 
 2000年に開発開始、2004年から製造が開始された、ワンオフ専門歌唱用アンドロイド・ブランド〈VOCALOID〉のうちの一体。数多く製造された〈VOCALOID〉の中でも、ひときわ高い知名度を誇る。
 2007年、札幌のクリプトン・フューチャー・ロボット社(略してCFR社)にて製造され、同時にCFR社専属歌手としてデビュー。
 デビュー以前にCFR社より発表されていた〈VOCALOID〉である「MEIKO」と「KAITO」に比べ、さらに自然になった表現能力が話題を集める。
 なぜかネギが好物で、持っていても楽しいと語る。
 二十年間の歌手活動を経て、CFR社との契約を見直し、フリーに。
 史上初のアンドロイド女優に転身、テレビや映画などで幅広く成功を収める。
 活動百周年を期に、「後進に道を譲るため」機能を停止。
 以後、ロンドンの大英博物館内、アンドロイド展示コーナーにて保管されていた。
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Date:2014/04/27
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Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

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